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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: U3
第5章:独立国家マザーランド

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第47話 勝利の祝杯はフルーツ牛乳で

 巨大な古代の魔動巨兵を打ち砕き、王国の消滅という現実を受け入れた激動の数日が過ぎた。

 三千人の元王国兵たちと、王都から逃れてきた難民たちは、ソフィアとララの迅速な手配により、新たなテラ・テルマエの領民としてそれぞれの区画での生活を始めている。

 急ごしらえの街はまだ完成には程遠いが、それでも人々には安堵の笑顔が戻っていた。


「……極楽だ」


 夕暮れ時。

 俺は、拡張工事が終わったばかりの大露天風呂に肩まで浸かり、深く息を吐き出した。


「全くだぜ、アルドの旦那。王都の泥水みてえな風呂とは大違いだ」


 隣で湯船に浸かっているのは、ガムリの親方だ。その横には大工のトマや、元王国軍の中隊長たちもいる。

 彼らは鍛え上げられた肉体を黄金色の湯に沈め、至福の表情を浮かべている。


「親方たちには、さっそく無理を言って工房を建ててもらったからな。ゆっくり疲れを癒やしてくれ」


「へっ、この湯があれば、いくらでも金槌を振れるってもんだ。……それにしても、まさか俺たちが、旦那の作った国で暮らすことになるとはな」


 ガムリの親方が、湯気を上げる水面を見つめて呟いた。


「国なんて大層なもんじゃない。ただの寄り合い所さ」


「いや、こりゃ立派な国だ。国ってのは、土があって、水があって、人が笑って暮らせる場所のことを言うんだ。あの狂った王のいた場所は、もう国じゃなかった」


 親方の言葉に、元王国兵たちも深く頷く。

 俺たちは無言で、黄金色の湯の温もりを分かち合った。

 言葉は多くなくていい。この圧倒的な心地よさの前では、過去のしがらみも悲しみも、全て汗と共に流れていくのだ。


「ぷはぁっ!」


 風呂から上がり、脱衣所に併設された湯上がり処で、俺は腰に手を当ててガラス瓶をあおった。

 中に入っているのは、マザーが特製ブレンドした「果実の乳飲料」だ。

 新鮮な牛型の魔物の乳に、桃と蜜柑の果汁をたっぷりと混ぜ込み、キンキンに冷やしてある。

 濃厚な乳の甘みと、果実の爽やかな酸味が、火照った身体に染み渡っていく。

 風呂上がりのこれに勝る飲み物は存在しない。


「アルド様。……随分と寛いでおられますわね」


 俺が二本目の瓶に手を伸ばそうとした時、背後から冷ややかな声がした。

 振り返ると、完璧な身なりのソフィアが、山のような羊皮紙の束を抱えて立っていた。


「お、おう。ソフィアも入ってきたらどうだ?」


「私はすでに女性用の湯で済ませました。……それよりも、これです」


 彼女はドサッと、テーブルの上に羊皮紙の束を置いた。

 一番上には『戦勝記念および新領民歓迎の宴・予算案』と書かれている。


「今夜の宴の経費計上です。ララさんの商会から急遽買い付けた酒樽の数、エルフの皆さんに手配していただいた食材の量、さらにマザーさんの稼働にかかる魔力石の消費予測……。ざっと計算しただけで、私の胃が痛くなるような数字が弾き出されていますわ」


 ソフィアは眼鏡のブリッジを押し上げながら、深いため息をついた。


「ただでさえ難民の受け入れで予算が逼迫しているのに、アルド様は『祝杯だ! 派手にやるぞ!』と大盤振る舞い。……領主としての自覚が足りません」


「す、すまん。だが、こういうのは勢いが大事だろ? 不安な顔をしてる連中を安心させるには、満腹にさせるのが一番手っ取り早い」


「……分かっていますわ」


 ソフィアはふっと表情を緩め、テーブルに置かれた羊皮紙を愛おしそうに撫でた。


「理屈では無駄遣いだと分かっていますが……あの絶望していた人々が、今夜の宴を楽しみにしている姿を見ると、どうしても財布の紐を緩めてしまう。……私も、監査官としては失格ですね」


 そう言う彼女の顔は、とても明るかった。

 予算繰りに頭を悩ませながらも、この街のために働くことを心から楽しんでいる。

 彼女の「鉄の微笑」は、今や本物の温かい笑顔に変わっていた。


「苦労をかけるな、ソフィア。……よし、それなら俺も、お前たちの期待に応える最高の料理を作らないとな!」


 俺は居住ユニットの広大な厨房に立ち、腕まくりをした。

 今夜の宴は、席を設けず自由に飲み食いできる形式だ。

 必要なのは、かしこまった料理ではなく、誰もが手づかみで笑顔になれるような、親しみやすく、かつ腹にたまる菓子。


「よし、今日は『環状の揚げ菓子』を大量に作るぞ」


『小麦粉、砂糖、卵、酵母、そして最高級の澄んだ油を準備しました。マスター、油の温度管理は私にお任せください』


 マザーのアシストを受けながら、俺は巨大なボウルで生地を練り始めた。

 小麦粉に温かい乳と酵母を加え、しっかりと捏ねていく。

 発酵はマザーの温度管理庫で急速に行う。

 倍以上に膨らんだ生地を台に取り出し、空気を抜いてから、麺棒で均一な厚さに伸ばしていく。


「そして、型抜きだ」


 大小二つの丸い金型を使い、生地をくり抜いていく。

 外側を大きく、中心を小さくくり抜くことで、きれいな「輪っか」の形ができる。

 この真ん中の穴こそが重要だ。油の熱が中心まで素早く均一に伝わり、外はサクッと、中はフワフワに揚がるための職人の知恵だ。


「油の温度、170度。行くぞ!」


 熱した油の海に、輪っか状の生地を次々と滑り込ませる。


 シュワアアァァァッ!


 無数の気泡が生地を包み込み、心地よい揚げ音が厨房に響き渡る。

 生地が油を吸ってふっくらと膨らみ、表面が美しいキツネ色に染まっていく。

 香ばしい小麦と油の匂いが、暴力的なまでに食欲を刺激する。


「浮き上がってきたら裏返す。……よし、完璧だ」


 金網ですくい上げ、しっかりと油を切る。

 これだけでも十分美味いが、祝祭の菓子だ。ここからさらに飾り付けを行う。


 あるものは、粉雪のような微細な砂糖をたっぷりとまぶす。

 あるものは、溶かした黒いショコラの海に半分だけ沈め、艶やかなコーティングを施す。

 あるものは、先日のベリーの蜜を煮詰めた鮮やかな赤い衣をかける。


 色とりどりの、美しい『環状の揚げ菓子』が、山のように積み上げられていく。


「これに合わせる酒も特別だ」


 俺は、氷室から取り出しておいた細長いガラス瓶を用意した。

 中に入っているのは、透明で、ほんのりと黄色みがかった蒸留酒だ。

 これは、八角形をした星のような形の香辛料や、甘草の根など、数十種類の薬草を漬け込んで蒸留した酒だ。

 アルコール度数は非常に高く、香りは強烈だ。


「そのままじゃ強すぎる。魔法を見せてやるよ」


 俺はグラスにその透明な酒を注いだ。

 そこに、冷たい湧き水を一対五の割合で注ぎ入れる。


 ――モワァッ。


 水が混ざった瞬間、透明だった酒が、まるで雲が発生したかのように、急激に乳白色へと白濁したのだ。


「……ふふ、何度見ても面白い反応だ」


 薬草の精油成分が水に反応して溶け出せなくなり、白く濁る現象。

 見た目の美しさだけでなく、水で割ることで香りが一気に開き、むせ返るような甘く爽やかな芳香が広がる。

 南方の暑い港町で愛される、労働者のための薬草酒だ。


「よし、準備完了! 宴の始まりだ!」


 夜の広場は、これまでにない規模の歓声と熱気に包まれていた。

 中央の巨大な焚き火を囲むように、長いテーブルが並べられ、エルフたちが作った野菜料理や、マザーが焼き上げた肉の塊が所狭しと置かれている。

 元王国兵たちも、難民の職人たちも、今日ばかりは身分も種族も関係なく、酒の入った木のジョッキを打ち鳴らしていた。


「アルド! こっちへ来い!」


 ヴァネッサが俺を呼び止める。

 彼女の周りには、シルヴィア、リーリャ、ララ、ソフィア、ヘレナ、ザラといった「テラ・テルマエの幹部」たちが勢揃いしていた。

 足元には、お腹をパンパンにして寝転がるシロの姿もある。


「待ちわびたわよ、領主様。……あら? その山積みの可愛いお菓子は何?」


 ララが目を輝かせる。


「『環状の揚げ菓子』だ。甘くて油っこくて、最高に体に悪いが、最高に美味いぞ。……こっちの白濁した酒と一緒にやってみてくれ」


 俺は揚げ菓子の山と、白濁した薬草酒のグラスを配った。


「いただくわ」


 シルヴィアが、ショコラがけの菓子を手に取り、小さくかじる。


「……サクッ、フワッ……!」


 彼女の青い瞳が見開かれた。


「表面はカリカリなのに、中は羽毛のように柔らかい! ショコラの苦味と生地の甘さが絶妙に絡み合って……」


「こっちの赤い蜜の方も最高よ! 甘酸っぱくて、油の重さを感じさせないわ!」


 ララも口の周りを砂糖だらけにしながら頬張っている。


 そこに、薬草酒を流し込む。

 ゴクリ。


「……っはぁぁ!」


 ヴァネッサが感嘆の声を上げた。


「なんだこの酒! 匂いは独特だが、飲んだ瞬間に口の中の油をスッと洗い流しやがる! 爽やかで、甘みがあって……胃袋がリセットされるぞ!」


「星茴香の香りが、揚げ物の重さを中和しているのね。……見事な調合だわ」


 ザラも感心したようにグラスを揺らす。


 甘く重たい揚げ菓子と、スッキリとして香り高い薬草酒。

 この無限ループに、ヒロインたちはすっかり虜になってしまったようだ。


「アルドさん。……本当に、お疲れ様でした」


 ソフィアが、砂糖のついた菓子を手にしながら、俺に向かって微笑んだ。


「王国の脅威を退け、これだけの人々を救った。……貴方は、立派な指導者ですわ」


「よせよ。俺はただ、みんなと一緒に美味い飯が食いたかっただけだ。……それに、俺一人じゃ何もできなかった」


 俺はグラスを掲げた。

 そこに、ヴァネッサのジョッキが、リーリャの木の杯が、皆のグラスがぶつかる。


「「「私たちの楽園に、乾杯!!」」」


 澄んだ音が、夜空に吸い込まれていく。

 焚き火の炎が揺れ、人々の笑い声が絶えない。


 ここは、見捨てられた者たちが集う荒野の果て。

 だが、間違いなく世界で一番温かく、世界で一番美味い飯が食える場所だ。


 足元のシロが、楽しげな声に反応して「わふっ」と尻尾を振った。

 俺はシロの頭を撫でながら、改めて心に誓う。

 この騒がしくて愛おしい日常を、ずっと守り続けていくのだと。


 勝利の祝杯は、甘い果実の乳飲料と、少し癖のある薬草酒の味がした。

 俺たちの開拓生活は、ここからが本当のスタートだ。


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