第45話 マザー vs 古代ゴーレム
大地が悲鳴を上げていた。
王都の方角から、ゆっくりと、しかし確かな絶望を纏って近づいてくる超巨大な影。
全長50メートルを優に超える、岩と鋼鉄の巨人。
かつて建国以前に暴れ回り、地中深くに封印されていたという「古代魔動巨兵」。王国が自らの滅びと引き換えに解き放った、純粋な破壊の権化だ。
俺はギガント・マザーの操縦席に座り、手汗で滑りそうになる操縦桿を強く握りしめた。
「デカすぎるだろ……」
マザーの巨体ですら、高さは10メートル強だ。
大人と赤ん坊以上の体格差がある。見上げるほどの巨壁が、ズズン、ズズンと地響きを立てて迫ってくる。
その顔に目や鼻はなく、ただ赤黒く発光する魔力回路の幾何学模様が、怒りのように明滅しているだけだ。
『マスター。対象の質量、および内包魔力量、極めて強大です。通常の物理攻撃は、表面の超硬度岩盤装甲に阻まれる確率が99%を超えます』
マザーの音声は冷徹な「戦闘用」に切り替わっていたが、どこか緊張しているのが分かった。
「それでも、やるしかない。あいつをここに通せば、テラ・テルマエは一踏みで更地になる」
俺は深く息を吸い込み、自身の固有スキル【魔力変換・接続】を全開にした。
俺の体内の魔力を、余すことなくマザーの炉心へと送り込む。
マザーの機体が共鳴し、青白い光を帯び始めた。
「行くぞ、マザー! まずは先制攻撃だ! 最大出力で撃ち抜け!」
『了解しました。主砲、荷電粒子砲展開。出力限界突破』
マザーの背部から長大な砲身が伸びる。
空気が焼け焦げるような高周波音が響き、目も眩むような閃光が放たれた。
極太のレーザーが、一直線に古代ゴーレムの胴体へと突き刺さる。
カッッッ!!!!
光の奔流が巨人を包み込む。
ワイバーンをも一撃で蒸発させた一撃だ。
だが、光が収まった後、俺は目を疑った。
「……嘘だろ」
ゴーレムの胴体には、黒く焦げた跡があるだけだった。
表層の岩盤がわずかに削れた程度で、その分厚い装甲を貫通するには至っていない。
ゴーレムの表面に展開された、目に見えない多重の魔力防壁が、熱量の大半を拡散させていたのだ。
「グオォォォォォォォッ!!!」
ゴーレムが咆哮を上げた。
それは機械の駆動音と岩の擦れる音が混ざった、不気味なノイズだった。
巨人が、ゆっくりと右腕を振り上げる。
ビルほどもある巨大な岩の拳。
『敵、攻撃動作に入ります。回避不可能です!』
「シールド最大! 耐えろ、マザー!」
ズドォォォォォォォォンッ!!!!
天から隕石が落ちてきたかのような衝撃。
マザーの展開したエネルギーシールドと、ゴーレムの拳が激突する。
操縦席が激しく揺れ、俺はシートベルトに体を強く打ち付けられた。
「ぐはっ……!」
ミシミシと、マザーの装甲が軋む音がする。
6本の多脚が、衝撃に耐えきれずに大地にめり込んでいく。
シールドの出力が急激に低下し、赤い警告光が点滅し始めた。
『シールド出力低下……40%、30%……! このままでは圧壊します!』
圧倒的な質量の暴力。
このまま押し潰されれば、俺もマザーも鉄屑だ。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
俺の背後には、リーリャが、シロが、皆が待つ温かい家があるんだ。
「まだだ……! 俺の魔力を、全部持っていけェェッ!」
俺は奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばり、魂を削るように魔力を練り上げた。
指先から血管が破裂しそうなほどの圧力をかけて、マザーの回路へと魔力を叩き込む。
俺の意志と、マザーの思考術式が完全に同期する。
『マスターの魔力供給量、設計上の安全限界を突破。……マスター、貴方のその無茶な情熱に応えましょう』
マザーの音声が、かつてのオカンのような、誇り高く温かい響きを取り戻した。
『承認コード・アルファ。隠し兵装の封印を解除します。――局地超重力発生機構、起動』
「隠し兵装……?」
『私の本来の用途は「星の開拓」です。邪魔な山を削るのではなく、山そのものを「圧縮」して平地にするための、最終整地機能。マスターの今の魔力があれば、発動可能です!』
マザーの全身の装甲がスライドし、内部から黄金色のコアが剥き出しになる。
周囲の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
「やれ、マザー!!」
『粉微塵にしてさしあげます。――『ギガント・プレッシャー』!!』
マザーの頭上から、漆黒の波動が放たれた。
それは光ではなく、目に見えない「重力の檻」だった。
俺たちを押し潰そうとしていた古代ゴーレムの巨体が、その波動に捉えられた瞬間、ピタリと動きを止めた。
「メ、メリメリメリッ……!」
異様な音が響く。
ゴーレムの足元から、空間そのものが内側に向かって落ち込んでいるかのように歪んでいく。
数千倍に圧縮された超重力場。
いかに硬い古代の装甲であっても、己自身の何千倍もの自重と、空間の圧縮には耐えられない。
「グ……ガガガッ……!?」
ゴーレムの岩の腕に亀裂が走り、砕け散る。
胴体がひしゃげ、内部の魔力回路が断線して紫色の火花を散らす。
50メートルの巨体が、まるで空き缶を握り潰すように、40メートル、30メートルと、見る見るうちに圧縮されていく。
バキィィィィンッ!!!
最後に、ゴーレムの頭部と胸部が内部崩壊を起こし、莫大な魔力の光と共に大爆発を起こした。
圧縮されていた反動で、凄まじい爆風が荒野を吹き抜ける。
マザーは多脚でしっかりと大地を踏みしめ、俺たちを守り抜いた。
土煙が晴れた後。
そこには、古代魔動巨兵の姿はなかった。
巨大なクレーターの中心に、高密度に圧縮された、バスほどの大きさの金属と岩の塊が転がっているだけだった。
『対象の完全沈黙を確認。……ふぅ、少し力みすぎましたね。辺りの地形が変わってしまいました』
マザーが、どこかスッキリしたような声で報告する。
俺は全身から力が抜け、操縦桿から手を離してシートに深く沈み込んだ。
「……終わった、か」
魔力を使い果たし、指先一つ動かすのも億劫だ。
だが、生きている。俺たちは、あの理不尽な破壊の権化を打ち砕いたのだ。
マザーがゆっくりと向き直り、テラ・テルマエの拠点へと歩みを進める。
防壁の入り口が開かれ、そこから仲間たちが一斉に飛び出してきた。
「アルドォォォッ!!」
先頭を切って走ってきたのはリーリャだ。彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
その後ろから、ララ、ヴァネッサ、シルヴィア、ソフィア、ヘレナ、ザラが続く。
そして、銀色の小さな影。
「わおぉぉぉんっ!」
シロだ。シロが全速力で駆け寄ってくる。
マザーが膝をつき、操縦席のハッチを開いた。
俺はふらつく足で地面に降り立ち、飛びついてきたシロを抱き止めた。
「うおっ……痛てて。ただいま、シロ」
シロは俺の顔中を涙と唾液でベロベロに舐め回し、無事を確かめるように何度も鼻を押し付けてきた。
リーリャが俺の胸に飛び込み、他の皆も口々に安堵と賞賛の言葉をかけてくれる。
「無茶をしおって……! 本当に、死ぬかと思ったのだぞ!」
「よくやったわ、アルドさん! これで王国の脅威は完全に消えたわね!」
「まったく、ハラハラさせる男だ」
仲間たちの温かい体温に触れ、俺はようやく生還の実感を得た。
腹の底から、安堵の息が漏れる。
と、同時に。
――きゅるるるぅぅぅ……。
俺の腹の虫が、盛大に鳴り響いた。
皆がピタリと黙り、そして、一斉に吹き出した。
「はははっ! 締まらないな、相変わらず」
「魔力を使い果たしたんだ。腹も減るだろうさ」
俺は頭を掻きながら笑った。
「ああ、ペコペコだ。……俺もマザーも、限界までエネルギーを絞り出したからな」
俺は皆の顔を見渡して言った。
「今日は大勝利だ。こんな日は、疲れた体に染み渡る、とびきり濃厚で美味い飯を作ろう。……極上の夜食の時間だ」
厨房に立った俺は、極限の疲労を吹き飛ばすための高熱量・強香辛料の料理に取り掛かった。
メニューは、『野鳥の肉と木の実の濃厚煮込み』だ。
「マザー、食材の準備を頼む」
『はい。野鳥の肉、香草、そして特製の「木の実のペースト」を用意しました』
まな板の上には、荒野のオアシス付近で狩った脂の乗った野鳥の肉がある。
これを大きめの一口大に切り分け、強い香りの根菜と塩、香辛料を揉み込んで下味をつける。
大きな鉄鍋に油を熱し、野鳥の肉を皮目から焼き付ける。
ジジジジジッ!
弾ける油の音と共に、香ばしい肉の焦げる匂いが厨房に充満する。
表面がきつね色になったら、薄皮の野菜をたっぷりと加え、甘みが出るまで炒め合わせる。
「ここに、赤い果実と辛味の実を加える」
酸味のある赤い果実をざく切りにして投入。水気が引き出され、鍋の中で赤いソースがグツグツと煮立ち始める。
そして、この料理の魂である食材を入れる。
マザーが用意してくれた、油分をたっぷりと含んだ木の実を、トロトロになるまですり潰した褐色のペーストだ。
これを鍋にたっぷりと落とし入れ、水と香草を加えて蓋をする。
弱火でじっくりと煮込むこと数十分。
「よし、いい具合だ」
蓋を開けると、赤い果実の色と木の実のペーストが完全に乳化し、表面にオレンジ色の艶やかな油が浮き上がっている。
スパイシーでありながら、木の実のまろやかな甘い香りが、胃袋を強烈に刺激する。
「食後の飲み物も作っておこう」
激戦で冷えた神経を癒やすには、極上の甘味が必要だ。
俺は別の小鍋で少量の湯を沸かし、そこに「黒き豆」を細かく挽いた粉を加え、丁寧に練り上げる。
そこに温めた牛型の魔物の乳をたっぷりと注ぎ、黒砂糖でしっかりとした甘みをつける。濃厚で熱い黒き豆の乳飲料の完成だ。
「仕上げはこれだ」
卵の白身と砂糖を極限まで泡立てて固めた、弾力のある「白雲の菓子」。
これを、熱い乳飲料の入った器の上にポイッと浮かべる。
熱で菓子の表面がトロリと溶け出し、黒い水面に白い雲が広がるように覆っていく。
「完成だ! みんな、広場に集まってくれ!」
夜の広場。
ランタンの温かい光の下で、俺たちは大きなテーブルを囲んでいた。
「いただきます!」
皆が野鳥の濃厚煮込みを口に運ぶ。
リーリャが目を丸くした。
「……濃い。だが、まったくしつこくない。赤い果実の酸味と、木の実の甘みが肉に絡みついて……いくらでも食べられそうだ」
「香辛料の刺激が、疲れた細胞を叩き起こしてくれますわね。……ふふ、これは元気が出るわ」
ザラも満足げに頷く。
野鳥の肉はホロホロに崩れ、濃厚なスープと共に胃に落ちていく。
俺も無我夢中で平らげた。魔力を使い果たした体に、熱量と油分が急速に染み渡り、命の炎が再び燃え上がるのを感じる。
「食後は、これだ」
食事が一段落したところで、俺は白雲の菓子を浮かべた熱い乳飲料を配った。
「わあ……。白いお菓子が、ドロドロに溶けてるわ」
シルヴィアが嬉しそうに器を両手で包み込む。
器に口をつけ、溶けかけた白雲の菓子ごと乳飲料をすする。
「……あぁぁ…………」
ソフィアから、魂が抜けるような声が漏れた。
「黒き豆のほろ苦さを、溶けたお菓子の強烈な甘みが優しく包み込んで……。心臓の裏側まで温かくなりますわ……」
皆が一様に、ほぅっと息を吐き、幸せそうな顔で黒き豆の乳飲料を堪能している。
足元では、シロが専用のミルク煮を平らげ、俺の足に寄りかかってスヤスヤと眠っていた。
遠くの夜空には、星が瞬いている。
あの星の向こうで、狂気に飲まれた王国は今頃、静かに崩壊の時を迎えているのだろう。
だが、俺たちの居場所はここにある。
「……終わったな、アルド」
ヴァネッサが、空になった器を置いて言った。
「ああ。これからは、誰にも怯えなくていい。俺たちの、本当の国造りの始まりだ」
俺の言葉に、皆が力強く頷いた。
強大な古代の脅威を退け、俺たちは完全な自由を手に入れた。
テラ・テルマエの夜は、この温かく甘い黒き豆の香りと共に、穏やかに更けていくのだった。




