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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第4章:微笑みの鉄壁と叡智の集結

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第40話 嵐の前の静けさ

 テラ・テルマエは、かつてないほどの活気と、そして平和な時間に包まれていた。

 王都から逃れてきた難民たちも、すっかりこの街の生活に馴染んでいる。

 ガムリの親方たち職人組は、マザーが生成した建材を使って本格的な工房や店舗の建設を始め、エルフの農夫たちと共に働く姿は、種族の壁を越えた新しい共同体の誕生を感じさせた。


 朝。

 広場では、今日も銀色の毛玉が弾んでいた。


「わんっ! わんわんっ!」


 愛犬シロが、人間の子供たちとエルフの子供たちを引き連れて「鬼ごっこ」をしている。

 シロが鬼の時は、わざとスピードを落として子供たちが逃げるのを待ち、追いつくと「捕まえた!」と言わんばかりにペロリと頬を舐める。逆に逃げる時は、短い足をフル回転させて大人顔負けのフェイントをかけ、子供たちを翻弄していた。

 本当に賢い子だ。争いを知らない子供たちとシロの笑い声は、この領地の平和の象徴だった。


「……平和だな」


 俺は居住ユニットのテラスで、マザー特製の熱い珈琲を啜りながら、目を細めた。

 王国での過酷な日々が嘘のようだ。

 しかし、俺のこの「平和な朝のひととき」は、すぐに終わりを告げることとなる。


「アルド! 採れたての野菜で朝食を作ったぞ! 昨日の夜、お前が好きだと言っていた味付けだ!」


 エプロン姿のリーリャが、湯気の立つ鍋を抱えて現れた。

 だが、その背後からすかさず別の声が割り込む。


「ちょっとリーリャさん、抜け駆けはズルいですよ! アルドさん、今日の商談の打ち合わせを兼ねて、私とお茶にしません? とっておきの茶葉を仕入れたんです!」


 バッチリと化粧を決めたララが、高級そうな茶器セットを持って滑り込んでくる。


「うるさいわね、朝から騒々しい。……アルド、私の部屋の空調が0.2度低いのよ。今すぐ調整しに来なさい。ついでに、あの『あいすくりーむ』という冷菓も持ってきなさい」


 銀の軍装のまま、なぜか髪から良い匂いを漂わせたシルヴィアが、腕を組んで俺を見下ろす。口実は強引だが、頬が少し赤い。


「あらあら、アルド様は機械ではありませんよ? お休みが必要です。……ほらアルド様、私の膝で少し眠りませんか? 古代遺跡のロマンについて、耳元で囁いてさしあげますわ」


 ヘレナが眼鏡を光らせ、俺の腕に柔らかいものを押し付けながら蠱惑的に微笑む。


「ふふっ。体力回復なら私の薬膳スープが一番よ。さあ領主様、口を開けて? 私が直接飲ませてあげるわ」


 ザラが怪しげに赤く光る液体の入った匙を、俺の口元へ近づけてくる。


「お、おい、ちょっと待て! 順番に……いや、密着しすぎだ!」


 俺の居住ユニットのテラスは、一瞬にして女性陣の香水の匂いと、それぞれの思惑が入り乱れる戦場と化した。

 最近、これが毎朝の恒例行事になりつつある。

 俺が少しでも誰か一人を贔屓しようものなら、他のメンバーから凄まじい圧力がかかるのだ。

 職人として生きるのに、こんなハーレムは想定していなかった。


「わふぅ?」


 騒ぎを聞きつけたシロが戻ってきて、首を傾げている。

 助けてくれと視線を送るが、シロは「みんな元気だね!」と尻尾を振るだけで、全く頼りにならない。


『マスター。皆様の心拍数および体温が上昇中。……モテる男は辛いですねぇ』


 マザーの通信端末からも、どこか楽しげな茶々が入る。


「……お前ら、いい加減に――」


 俺が声を荒げようとした、その時だった。


「皆様、お静かに」


 凛とした、しかし絶対的な圧を伴う声が響いた。

 ピタリと動きを止めるヒロインたち。

 現れたのは、ギルドの制服を完璧に着こなしたソフィアだ。

 彼女は手元の書類板をパタンと閉じ、眼鏡の奥で知的な光を煌めかせた。


「領主であるアルドさんは、今やこのテラ・テルマエの心臓部。皆様の個人的な感情で、彼の貴重な時間を浪費させることは、ギルド支部長として見過ごせません」


 おお、ソフィア。さすがは元・特別監査官。

 頼りになる。

 俺が安堵の息を吐きかけた瞬間。


 ソフィアは、その完璧な「鉄の微笑み」を、ふわりと甘く、妖艶なものへと変えた。


「ですので――支部長権限で、今夜のアルドさんの予定は私が押さえましたわ」


 …………は?


 語尾に、幻聴ではない「はぁと」のマークが見えた気がした。


「なっ……!?」

「職権乱用よ!」

「ソフィア殿、それは卑怯ではないか!」


 当然のごとく、女性陣から猛烈なブーイングが巻き起こる。

 だが、ソフィアは涼しい顔で書類板を盾にした。


「あら、公務ですわよ? 今夜は近隣諸国への特産品輸出に関する『極秘の深夜会議』を、私の自室で行う予定が組まれております。……ね、アルドさん?」


 ウインク。

 それ、絶対会議じゃないだろ。


「俺の意志はどこに行ったんだ!?」


 俺の悲痛な叫びは、再燃した女たちの口論の前にあっさりと掻き消された。

 ダメだ、ここにいては命がもたない。

 俺はすかさず【魔力変換】による身体強化を足に集中させ、テラスの柵を飛び越えた。


「悪い! 急ぎの用事を思い出した! 後はよろしく!」


 背後で「あっ、逃げた!」「待ちなさい!」という声が聞こえたが、俺は振り返ることなく、建設中の商業区画の方へと全速力で逃亡したのだった。


 夕暮れ時。

 俺は、広場から少し離れた、静かな高台にいた。

 ここには、ガムリの親方たちが建設中の「酒場」になる予定の建物がある。まだ骨組みとカウンターしかないが、屋根はあるので隠れ家にはちょうどいい。


「……はぁ。やっと静かになった」


 俺は未完成のカウンターに突っ伏し、深い溜息をついた。

 王国にいた頃のパワハラとは違うが、ある意味ではあれ以上に精神をすり減らす日々だ。


「よう、領主。女の園から逃げてきたのか?」


 不意に、頭上から声が降ってきた。

 驚いて顔を上げると、建物の梁の上に、一人の女性が座っていた。

 Sランク冒険者、ヴァネッサだ。

 彼女は長い脚をぶらりとさせ、片手で木製のジョッキを傾けている。


「……見てたのか」


「ああ。朝から賑やかだったな。私はああいう小娘みたいにはしゃぐのは性に合わなくてね。高みの見物をさせてもらった」


 ヴァネッサは身軽に梁から飛び降り、俺の隣の席に座った。

 タンクトップにホットパンツという、相変わらずの無防備な格好だが、その体から発せられる武人のオーラが、いやらしい目線を許さない。


「災難だな、モテる男は」


「からかうなよ。俺はただ、静かに温泉に入って、美味い飯を食いたいだけなんだ」


「ふっ、違いない。……なあアルド、ちょうどいい。お前が逃げてくる頃合いだと思って、仕込みをしておいたんだ」


 ヴァネッサはカウンターの下から、七輪のような小さな魔導コンロと、金属の串に刺さった大量の肉を取り出した。

 俺が昨日、マザーの冷蔵庫に仕込んでおいた「岩羊」の肉だ。


「おお……! やってくれたのか」


「ああ。お前が作った特製の『発酵乳』と、十種類以上の香辛料を混ぜたタレに一晩漬け込んである。……焼くのは、お前の仕事だ」


「任せろ」


 俺は職人の顔になり、コンロに火を入れた。

 炭が赤く熾る。

 その上に、ずらりと串を並べた。


 ジュワァァァァッ……!


 肉の脂が落ち、白い煙が立ち上る。

 クミン、コリアンダー、そして荒野の赤唐辛子。強烈でエキゾチックなスパイスの香りが、夕闇に溶けていく。

 発酵乳の酵素で極限まで柔らかくなった羊肉は、強火で表面をカリッと焼き上げることで、中に溢れんばかりの肉汁を閉じ込めることができる。


 『荒野の香草串焼き』だ。


「いい匂いだ。……これには、強い酒が必要だな」


 ヴァネッサがクーラーボックスから、黒いガラス瓶を二本取り出した。


「マザーが新しく仕込んだ酒だそうだ。『黒き麦酒』。麦を限界まで焙煎して、苦味とコクを引き出したらしいぞ」


「あのオカン、いつの間にそんな大人の飲み物を……」


 王冠を抜き、グラスに注ぐ。

 漆黒の液体に、クリーミーな褐色の泡が乗る。


「よし、焼けたぞ。熱いうちに食え」


 俺が熱々の串を差し出すと、ヴァネッサは無造作にそれを受け取り、大きく口を開けて肉に食らいついた。


「んんっ……!」


 彼女の目が、微かに見開かれた。

 噛みちぎるたびに、スパイシーな香りと羊肉の野性味溢れる旨味が爆発する。


「……美味い。スパイスの刺激と、肉の甘みが最高だ」


「そこで、そいつを流し込むんだ」


 ヴァネッサは黒き麦酒のグラスを煽った。

 ゴクリ、と喉が鳴る。


「ぷはぁっ……!! これは……!」


 漆黒の麦酒は、濃厚な肉の脂を、その深い苦味と焙煎の香ばしさで一気に洗い流した。

 ただ苦いだけではない。後味には、ほのかな珈琲やカカオに似た甘みが残る。

 重厚な肉料理と、重厚な黒麦酒。

 まさに、大人だけが許される至高の組み合わせだ。


「アルド……お前、天才だな。マザーもだが。この組み合わせは反則だ」


「だろ? 朝の騒ぎの疲れも吹き飛ぶぜ」


 俺も串焼きを頬張り、黒麦酒を喉に流し込んだ。

 強烈な苦味が、五臓六腑に染み渡る。


 俺たちはしばらく無言で、肉と酒を貪り食った。

 夕日が完全に沈み、荒野に夜の帳が下りる。

 遠くで、マザーの建設用照明が星のように瞬いている。


「……なあ、アルド」


 グラスを空にしたヴァネッサが、ふと静かな声で言った。

 彼女の顔は、ほんのりと酒と熱で赤く染まっている。


「私は、あいつらみたいに可愛くおねだりしたり、強引に予定を押さえたりする器用な真似はできない。剣を振ることしか、能がないからな」


「ヴァネッサ……」


「でもな。お前がこうして、私のために肉を焼き、酒を注いでくれる。……それだけで、私はこの場所を守るために、何度でも死線を潜れると思えるんだ」


 彼女は俺の方を向き、その切れ長の瞳で真っ直ぐに俺を捉えた。

 武人としての真っ直ぐな、そして不器用な好意の表明。

 他の誰よりも大人で、だからこそ重みのある言葉だった。


「……大げさだな。俺はただ、自分が美味いものを食いたいだけさ」


 俺は照れ隠しに笑い、彼女の空のグラスに黒麦酒を注いだ。


「でも、お前がいてくれると背中が安心する。……ずっと、いてくれよな」


「ああ。家賃分はきっちり働くさ。……それに、ここの酒と男は、悪くないからな」


 カチン、とグラスが鳴る。

 静かで、満ち足りた逢瀬。

 喧騒から離れたこの空間だけは、俺と彼女の、対等な大人同士の時間が流れていた。


 だが、その穏やかな夜風の中に、俺は微かな「異変」を感じ取っていた。

 俺の【魔力変換】スキルが、大気中に漂う不規則な魔力のノイズを拾い上げていたのだ。


「……アルド? どうした、顔が険しいぞ」


「いや……気のせいならいいんだが」


 俺は立ち上がり、南の空――王都の方角を見つめた。

 星空の一部が、オーロラのように不自然に赤紫に揺らめいている。

 それは、巨大な魔力結界が崩壊する際に生じる、魔素の乱気流の光だった。


 王都で、何かが起きている。

 ヘレナが予言し、ザラが警告した「王国の崩壊」。

 それが、いよいよ最終段階に入ったのだと、直感が告げていた。


 嵐の前の静けさは、もうすぐ終わる。

 俺は手の中のグラスを強く握りしめ、来るべき試練に向けて、静かに覚悟を決めた。


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