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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第4章:微笑みの鉄壁と叡智の集結

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第34話 勇者の乱入

 王国の使者を撃退してから数日が経った。

 テラ・テルマエには再び穏やかな日常が戻っていたが、少しだけ変化があった。

 それは、ギルド支部長となったソフィアの働きぶりだ。


 彼女は「鉄壁」の二つ名に恥じず、領内の法整備や書類仕事を完璧にこなし、ララと連携して外部との交渉もまとめてくれている。

 だが、少し働きすぎなのが玉に瑕だ。


「……ソフィア。そろそろ休憩にしないか?」


 俺が執務室を訪ねると、ソフィアは書類の山に埋もれていた。

 眼鏡が少しずれている。


「あら、領主様。……いえ、まだこちらの申請書が残っておりますし、エルフ区の居住権登録も……」


「それは明日でいい。マザーも言ってるぞ。『支部長の疲労度が規定値を超えました。強制的な休息を推奨します』ってな」


 俺が言うと、ソフィアは観念したようにペンを置いた。


「……マザーさんには敵いませんわね。分かりました。少しだけ、休憩をいただきます」


「よし。なら、外の空気を吸いに行こう。新しい施設ができたんだ」


 俺たちは連れ立って、領内を歩いた。

 名目は「新施設の視察」だが、実質的にはデートだ。

 ソフィアはいつもの制服姿だが、今日は上着を脱いで白いブラウス姿になっている。風に揺れるスカートと、時折髪をかき上げる仕草が、普段の堅い印象とは違って新鮮だ。


「見てくれ。あれが完成したばかりの『足湯茶屋』だ」


 俺が案内したのは、メインの露天風呂から引いた湯を使った、足湯専用のスペースだ。

 屋根付きのテラスに長いベンチが置かれ、足元には黄金色の湯が流れている。

 そこでは、エルフたちが収穫した果物を使った果実水や、マザー特製の軽食を楽しむことができる。


「まあ……素敵ですわね。仕事の合間にここで足を温めれば、効率も上がりそうです」


「仕事の話はなしだ。ほら、座って」


 俺たちは並んでベンチに腰を下ろし、靴と靴下を脱いだ。

 チャポン、と湯に足をつける。

 じんわりとした温かさが、足先からふくらはぎへと上がってくる。


「ふぅ……。気持ちいいですわ……」


 ソフィアが眼鏡を外し、目を閉じた。

 その顔から、いつもの「鉄の微笑」が消え、年相応の女性の柔らかな表情が浮かぶ。

 彼女もまた、重責を背負う一人の人間なのだ。


「無理してないか? いきなりこんな辺境の支部長なんて」


 俺が尋ねると、彼女は薄目を開けてこちらを見た。


「無理? とんでもない。……ここは私にとって、理想郷ですわ」


 彼女は湯面を見つめながら、静かに語り出した。


「ギルド本部では、常に派閥争いや足の引っ張り合いばかりでした。正しいことをしようとしても、政治的な理由で潰される。……息が詰まりそうでした」


 彼女の手が、膝の上で握りしめられる。


「でも、ここは違います。誰もが前を向き、より良い生活を作ろうとしている。アルド様、貴方が作るものには、全て『優しさ』が込められています。この足湯も、家も、料理も」


 ソフィアが俺の方を向き、微笑んだ。

 それは営業用の笑みではなく、心からの感謝のこもった笑顔だった。


「だから、私はここで働けることが幸せなのです。……ただ、少しだけ」


「少しだけ?」


「……貴方とこうして、二人きりで過ごす時間が少ないのが、不満ですけれど」


 彼女は少し顔を赤らめ、上目遣いで俺を見た。

 不意打ちだ。

 あの鉄壁のソフィアが、こんな可愛らしいことを言うなんて。


「そ、それは……善処するよ。俺も、ソフィアともっと話したいし」


「約束ですよ? ……では、証拠として」


 彼女は俺の腕に自分の腕を絡ませ、頭を肩に乗せてきた。

 柔らかい感触と、石鹸の香り。

 足元は温かく、肩には愛おしい重み。

 最高の時間だ。


 だが、神様というのは意地悪らしい。

 この幸せな時間を、唐突に断ち切る者が現れた。


『――警告。緊急事態発生』


 マザーの声が、二人の甘い空気を切り裂いた。

 ソフィアが弾かれたように体を起こし、瞬時に「支部長」の顔に戻る。


「どうしました、マザーさん!?」


『南側の荒野より、単独の生体反応が接近中。……速度は緩やかですが、殺気が異常です。識別信号照合……該当者あり』


「誰だ?」


『元・勇者パーティリーダー。カイル・バーンズです』


「カイルだと……?」


 俺は息を呑んだ。

 いつか来るかもしれないとは思っていた。

 だが、まさか一人で来るとは。


「ソフィア、君はここで指揮を。俺が行く」


「いいえ、私も行きます。ギルド支部長として、不法侵入者を見過ごすわけにはいきません」


 彼女は眼鏡をかけ直し、キリッとした表情で立ち上がった。

 俺たちは急いで足湯を出て、南の入り口へと向かった。


 拠点の入り口には、すでにヴァネッサとシルヴィアが待ち構えていた。

 シロも俺の足元に来て、低い声で唸っている。

 そして、荒野の彼方から、ふらふらとした足取りで歩いてくる人影があった。


 黄金の鎧は泥にまみれ、かつての輝きを失っている。

 自慢の金髪はボサボサに伸び、無精髭が生えている。

 その手には、赤錆の浮いた聖剣が握りしめられていた。


「……カイル」


 俺が呼びかけると、男はゆっくりと顔を上げた。

 その目は充血し、狂気じみた光を宿していた。


「アルドォォォ……! 探したぞ、アルドォォォォ!!」


 カイルが叫んだ。

 かつての爽やかな勇者の面影はない。そこにいるのは、憎悪に囚われた亡霊のようだった。


「どうして一人で来た? 仲間はどうした?」


「仲間? はっ! あんな役立たずども、捨ててきたわ! 聖剣が錆びたのも、俺の評価が落ちたのも、全部あいつらのせいだ! いや、お前のせいだ!」


 カイルは聖剣を俺に突きつけた。


「お前がいなくなってから、何もかもがうまくいかない! 飯は不味いし、風呂はぬるいし、魔物は強いし、王様はうるさいし! 全部、全部お前の呪いだろ!?」


「呪いなんかじゃない。それが『普通』なんだよ。お前が今まで、どれだけ俺に頼りきりだったか、まだ分からないのか?」


「うるさい! 黙れ黙れ黙れ!」


 カイルは聞く耳を持たない。

 彼は周囲を見渡し、テラ・テルマエの豊かな緑と、美しい建物を見て、さらに顔を歪めた。


「なんだ、ここは……? なんで追放されたお前が、こんな楽園みたいな場所に住んでるんだ?」


「俺たちが作ったんだ。俺と、仲間たちでな」


「仲間……?」


 カイルの視線が、俺の周りにいる女性たちに向けられる。

 凛としたヴァネッサ、冷ややかなシルヴィア、知的なソフィア。そして、遠くから心配そうに見守るリーリャやララ、ヘレナ、ザラ。


「ふざけるな……。ふざけるなよ!!」


 カイルの体から、どす黒い魔力が噴き出した。

 それは、勇者の聖なる力とは似て非なる、歪んだ執着の奔流ほんりゅうだった。


「俺は! 勇者だぞ! なのに泥水をすすってここまで来たんだ! なのになんで、お前だけが幸せになってるんだ!?」


 純粋な嫉妬。

 そして逆恨み。

 理屈などない。ただ、自分が不幸な時に、他人が幸せであることが許せないのだ。


「許さない……。お前だけ幸せになるなんて、絶対に許さない! この場所も、その女たちも、全部壊してやる! 俺と同じどん底に叩き落としてやる!」


 カイルが聖剣を振り上げた。

 錆びついた刀身が、悲鳴のような音を立てて魔力を帯びる。


「死ねぇぇぇぇッ!」


 カイルが地面を蹴った。

 腐っても勇者。その速度は常人を遥かに超えている。

 一瞬で間合いを詰め、俺の首を目掛けて剣を振り下ろす。


「させるか!」


 ヴァネッサが動こうとし、シルヴィアが指を鳴らそうとする。

 だが、俺はそれを手で制して一歩前に出た。


「……マザー!」


『了解。対勇者用・防衛シークエンス、起動します』


 俺の声に応え、背後に控えていたマザーの巨体が駆動音を上げた。

 カイルの凶刃が俺に届く直前、俺たちの間に見えない壁が出現する。


 ガギィィィンッ!!


 聖剣が弾かれ、カイルがたたらを踏む。

 エネルギーシールドだ。


「なっ……!?」


 カイルが驚愕に目を見開く。


「悪いがカイル、ここはお前が暴れていい場所じゃない。……帰れと言っても聞かないなら、力ずくで排除する」


 俺は静かに告げた。

 これは、俺の過去との決別だ。

 そして、この楽園を守るための、最初の試練だ。


「ナメるなぁぁぁッ!」


 カイルが再び剣を構え、全身から稲妻のような魔力を迸らせる。

 本気だ。

 勇者としての矜持も捨て、ただの復讐者として、彼は俺たちを壊しにかかる。


 俺はマザーを見上げた。

 阿吽の呼吸。

 マザーのアームが動き、俺の前にある「装備」を差し出した。


「行くぞ、カイル。……お前との腐れ縁も、これで終わりだ」


 俺は装備を受け取り、装着した。

 戦いの火蓋が、切って落とされた。


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