第33話 王国の使者と論破祭り
ヘレナとザラが加わり、テラ・テルマエの都市機能は飛躍的に向上した。
特にザラの開設した「療養所」は、マザーの医療ポッドを使うほどではない軽微な不調や、日々の健康管理に大いに役立っている。
「はい、おしまい。……次の方」
療養所の診察室で、ザラが優雅に手を振った。
患者のエルフは「ありがとうございます、ザラ先生!」と顔を輝かせて出ていく。
彼女が処方する薬は、効き目は抜群だが味が独特なことで有名になりつつあるが、その腕は確かだ。
「お疲れさん、ザラ」
俺が声をかけると、彼女は気怠げに長い脚を組み替え、艶然と微笑んだ。
「あら、領主様。私の顔を見に来たの? それとも、またどこか調子が悪くて?」
「いや、差し入れだ。マザー特製のハーブティーと、焼き菓子」
「気が利くわね。……ふぅ、それにしても、ここの住民は皆、健康すぎて退屈よ。もっとこう、未知の奇病とか毒とかないのかしら」
物騒なことを言いながら、彼女はティーカップを傾けた。
その横顔は妖艶で、どこか危険な香りがする。
『マスター。緊急警報です』
マザーのアナウンスが、穏やかな空気を遮った。
『北の街道より、武装した集団が接近中。……王国の紋章を掲げています』
「来たか……」
俺は表情を引き締めた。
いつか来るとは思っていた。俺を追放した、かつての雇い主たちが。
広場に到着した馬車は、見覚えのある豪奢な装飾が施されていた。
王家の使者が乗る馬車だ。
護衛の騎士たちが展開し、威圧的に剣の柄に手をかけている。
馬車から降りてきたのは、王宮で何度か顔を合わせたことのある、恰幅の良い内務大臣だった。
「アルド・グレイフィールド! おるか!」
大臣が大声で俺の名を呼ぶ。
俺は一歩前に出た。後ろにはマザーが控え、左右には頼もしい仲間たちが並んでいる。
「久しぶりですね、大臣。何の用です?」
「何の用だと!? 貴様、とぼけるな! 王都の結界が不調を起こし、勇者の聖剣にも不具合が出ている! 今すぐ戻って修理せよ! これは王命である!」
大臣は顔を真っ赤にして喚き散らした。
謝罪もなしに、いきなりの命令だ。相変わらずだ。
「……お断りします」
俺が短く答えると、大臣は目を剥いた。
「な、なんだと!? 王命だぞ! 貴様、反逆罪で処刑されたいのか!」
「反逆も何も、俺は既に追放された身です。王国の民ではありません」
「屁理屈を言うな! 貴様の技術は国の財産だ! さっさと馬車に乗れ!」
大臣が合図をすると、騎士たちが強引に俺を取り囲もうとした。
その時だ。
「あら、随分と乱暴な求人活動ですこと」
ララが扇子で口元を隠しながら、優雅に進み出た。
「商会『金色の風』のララ・ヴァレンタインです。アルド氏は現在、当商会と専属技術契約を結んでおります。彼を連れ戻すなら、まずは違約金をお支払いいただけますか?」
「い、違約金だと?」
「ええ。彼が抜けることによる逸失利益、および契約破棄に伴う賠償金。……ざっと見積もって、金貨10億枚ほどになりますわ」
ララはニッコリと笑い、分厚い請求書を突きつけた。
「じゅ、10億!? 馬鹿な!」
「お支払いが確認できるまで、彼はお渡しできません。……貧乏な国は辛いですわねぇ」
ララの煽りに、大臣が言葉を詰まらせる。
すかさず、反対側からヘレナが眼鏡を光らせて歩み出た。
「そもそも、連れ戻したところで無意味ですわ」
「な、なんだ貴様は!」
「考古学者のヘレナです。……王都の大結界、その機構を拝見したことがありますが、あれは設計思想が古すぎます。500年前の『継ぎ接ぎだらけの骨董品』を、アルド様の職人芸で無理やり動かしていただけ。彼がいなくなった今、あれはただの粗大ゴミです」
ヘレナは冷ややかな目で大臣を見下ろした。
「新しい術式を構築する知恵もなく、一人の人間に全てを押し付けた貴方たちの怠慢が招いた結果です。……学ぶ価値もない愚かさですわ」
「ぐぬぬ……!」
さらに、ザラが俺の腕に絡みつきながら、妖艶に微笑んだ。
「それにね、大臣さん。この人は渡せませんのよ」
「き、貴様は……」
「薬師のザラです。……アルド様の診断記録を見ましたが、王都にいた頃の彼は、過労と度重なる心労で内臓がボロボロでしたわ。あのまま働いていたら、あと半年で過労死していました」
ザラの瞳が、スッと細められる。
「私の患者を、死地へ送り返すような真似はさせません。……もし無理に連れて行くなら、貴方たちの飲み水に『特別な薬』を混ぜさせていただくことになりますけど?」
さらりと脅迫。大臣の顔色が青ざめる。
そして、トドメとばかりに、ソフィアが完璧な制服姿で現れた。
その顔には、「微笑みの鉄壁」の名にふさわしい、冷たく美しい笑みが張り付いている。
「そこまでになさいませ」
「そ、ソフィア監査官!? なぜここに!?」
「現在は、テラ・テルマエ支部・支部長です」
ソフィアは眼鏡の位置を正し、宣言した。
「本拠点は、冒険者ギルド法に基づき『特例Sランク保養拠点』として認定されています。ここの住民および領主に対する不当な拘束、または強要は、ギルドに対する敵対行為とみなします」
「て、敵対だと!? たかがギルド風情が、王国に楯突く気か!」
「ええ。国際法第5条。『ギルド認定拠点への武力介入は、全加盟国への宣戦布告に相当する』。……ご存じありませんか?」
ソフィアはにっこりと笑った。
「貴国の要求は、国際法およびギルド法に違反します。……これ以上騒ぎ立てるなら、即刻、全冒険者の王国からの引き上げと、物流の停止を勧告させていただきますわ」
詰んだ。
金、技術論、健康管理、そして国際法。
四方向からの完全論破。
大臣は口をパクパクさせ、脂汗を垂らして後ずさった。
「く、くそっ……! 覚えておれ! このまま済むと思うなよ!」
捨て台詞を吐いて、大臣は逃げるように馬車に乗り込んだ。
騎士たちも、マザーとヴァネッサ、そしてシルヴィアの圧力に耐えかね、慌てて撤退していく。
『敵性反応、退去を確認。……皆様、お見事でした』
マザーが感心したように言った。
「ああ。頼もしすぎて、俺の出る幕がなかったよ」
俺は苦笑いしながら、彼女たちに礼を言った。
本当に、最高の仲間たちだ。
その夜。
騒動の収拾と、今後の対策会議を終えた俺は、ザラに呼び出されていた。
場所は、夜の薬草園。
月明かりの下、様々な薬草が怪しく、そして美しく咲き乱れている。
「お待たせ、ザラ。……話って?」
「ええ。ちょっと、手伝ってほしいことがあって」
ザラは月下美人のような白い花の前で振り返った。
夜風が彼女のドレスを揺らし、エキゾチックな香水の香りが漂う。
「この『月光草』、満月の夜にしか蜜を採取できないの。……でも、一人じゃ寂しくて」
彼女は小瓶を俺に手渡した。
どうやら、採取の手伝いらしい。
俺たちは並んで、光る花から慎重に蜜を集めた。
静かな時間。虫の音だけが響く。
「……さっきはありがとうな。あんな風に言ってくれて」
俺が言うと、ザラはふふっと笑った。
「事実を言っただけよ。貴方は、自分の体を粗末にしすぎ。……もっと、労ってあげなさい」
彼女は作業の手を止め、俺の頬に触れた。
冷たくて、心地よい指先。
「私がここにいる間は、貴方の健康は私が管理するわ。……心も、体もね」
意味深な言葉。
その瞳は、昼間よりも甘く、潤んで見えた。
「……頼りにしてるよ、先生」
「ええ。任せておいて」
採取を終えた後、俺たちはテラスでザラ特製の「薬膳酒」を飲んだ。
数種類のハーブと果実を漬け込んだ、琥珀色の酒。
口に含むと、芳醇な香りと共に、体が芯から温まっていくのを感じた。
「これは……美味いな。薬臭さがない」
「でしょう? 元気になるわよ、これ」
ザラが悪戯っぽくウインクする。
月明かりの下、二人だけの密やかな宴。
昼間の騒々しさが嘘のように、穏やかで、少しだけ艶めいた時間が流れていった。
王国の脅威は去ったわけではない。
だが、この頼もしい仲間たちがいれば、どんな困難も乗り越えられる。
そんな確信を抱きながら、俺はグラスを傾けた。
足元では、シロが薬草の匂いにくしゃみをしていた。
平和な夜だ。




