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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: U3
第4章:微笑みの鉄壁と叡智の集結

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第32話 叡智と癒やしの来訪者

 ギルドの特別監査官改め、テラ・テルマエ初代支部長となったソフィア・ローレンスの着任から数日が経った。

 彼女の仕事ぶりは、「鉄壁」の二つ名に恥じない完璧なものだった。

 山積みだった領内の行政書類はまたたく間に整理され、ギルド本部との折衝も彼女が一手に引き受けてくれている。おかげで、俺は本業である「ものづくり」に専念できるようになった。


 そんなある日の午後。

 ソフィアが珍しく、居住ユニットの執務室から出てきて俺を呼んだ。


「アルドさん。例の『応援』が到着しましたわ」


「応援? ああ、前に言ってた専門家のことか」


 ソフィアは以前、「この領地を正しく管理・発展させるには、私のような事務屋だけでなく、専門的な知識を持った人材が必要です」と言って、手紙を出していたのだ。

 彼女が呼ぶ人材だ。きっと優秀なのだろうが、また一癖も二癖もありそうな予感がする。


「ええ。お二人とも、それぞれの分野では大陸屈指の権威です。……少々、個性的ではありますが」


 ソフィアが苦笑いした直後、広場の入り口から馬車が入ってきた。

 荷台には大量の木箱や書物が積まれている。

 馬車が止まると、そこから二人の女性が降り立った。


 一人は、ゆったりとしたローブを纏い、銀縁眼鏡をかけた知的な女性。

 もう一人は、鮮やかな極彩色のドレスに身を包み、腰に無数の小瓶をぶら下げたダークスキンの女性だ。


「ここが……噂の古代遺跡都市ですか」


 眼鏡の女性が、おっとりとした口調で呟いた。

 彼女は周囲を見渡し、そして――広場の奥に鎮座するギガント・マザーの姿を認めた瞬間、その表情が一変した。


「……はぁっ、はぁっ……! す、素晴らしい……!」


 彼女は頬を紅潮させ、早足でマザーへと駆け寄った。

 そして、マザーの装甲板に頬ずりし、くんくんと匂いを嗅ぎ始めたではないか。


「この錆び加減……数千年の風雪に耐えた重厚感……! ああっ、この鋲の打ち方、間違いなく第三期古代文明の様式ですわ! ハァハァ……たまらない、ゾクゾクします……!」


 ……変質者だ。


 俺とソフィアは顔を見合わせた。


「……紹介します。彼女はヘレナ・ワイズマン博士。元・王立学術院の主席研究員で、古代語解読のエキスパートです」


「……優秀なんだよな?」


「腕は確かです。ただ、遺跡を見ると理性が蒸発するだけで」


 一方、もう一人の女性――ダークスキンの美女は、そんなヘレナを呆れたように一瞥した後、優雅な足取りでこちらへ歩いてきた。

 その所作は黒豹のようにしなやかで、どこか危険な香りを漂わせている。


「お初にお目にかかります、領主様。私はザラ。しがない薬師ですわ」


 彼女は微笑んだ。その笑顔は美しいが、瞳の奥が笑っていないような、見透かされるような鋭さがある。


「薬師? 医者みたいなものか?」


「ええ。毒と薬は紙一重……。命を救うことも、奪うことも、匙加減一つですけれど」


 物騒なことをサラリと言う。

 だが、その直後だった。

 近くの畑で作業をしていたエルフの子供が、突然咳き込み、その場にうずくまった。


「ゴホッ! ゴホッ……!」


「どうした!? 大丈夫か!?」


 近くにいたリーリャが駆け寄る。

 子供の顔は真っ赤で、呼吸が苦しそうだ。


「熱がある……! それに、この発疹は……」


 リーリャが顔色を変える。

 最近、エルフたちの間で流行りかけている「奇病」だ。

 高熱と咳、そして皮膚に赤い斑点が出る。マザーの医療ポッドでも原因特定に時間がかかっていた症状だ。


「そこをどいて」


 ザラが静かに、しかし有無を言わせぬ声で言った。

 彼女は子供のそばに膝をつき、慣れた手つきで脈を取り、瞳孔を確認した。


「……なるほど。これは『火竜の灰』による過敏反応ですね」


「火竜の灰?」


「ええ。最近、風向きが変わったでしょう? 北の活火山から微細な火山灰が飛んできているのです。エルフのような清浄な森に住む種族は、気管支が敏感ですから」


 彼女は腰の小瓶をいくつか取り出し、その場で調合を始めた。

 青い液体と黄色い粉末を混ぜ、さらに乾燥した葉をすり潰して加える。

 手際は魔法のように速い。


「はい、これを飲んで」


 出来上がった泥のような液体を、子供に飲ませる。

 子供は「うぇっ」と顔をしかめたが、飲み干した数秒後には咳が止まり、呼吸が穏やかになった。

 顔の赤みも引いていく。


「す、すごい……。一瞬で……」


 リーリャが驚愕の声を漏らす。


「原因さえ分かれば、対処は簡単ですわ。……ただ、味は保証しませんけれど」


 ザラは悪戯っぽく微笑んだ。

 その笑顔には、先ほどまでの冷たさはなく、確かに命を慈しむ温かさがあった。


 こうして、二人の専門家はなし崩し的にテラ・テルマエの住人となった。

 ヘレナは「研究所長」として、マザーのデータベース解析や、発掘された遺物の鑑定を。

 ザラは「療養所長」として、住民の健康管理と、温泉効能の研究を任されることになった。


 その日の夕方。

 俺はヘレナに誘われ、マザーの本体後部にあるメンテナンスハッチの前に来ていた。

 名目は「設備説明」だが、彼女の熱心な誘いを見るに、これはデートと言っても過言ではない。


「アルド様! さあ、中を見せてください! マザーさんの秘密の花園を!」


 ヘレナが目を輝かせて迫ってくる。

 言い方が艶かしいが、彼女が見たいのは回路と動力炉だ。


「分かったから落ち着いてくれ。……マザー、客人登録だ。ヘレナ・ワイズマン」


『了解しました。……マスター、彼女の心拍数が異常値です。興奮しすぎて倒れないよう注意してください』


 マザーも呆れ気味だ。

 ハッチが開き、俺たちは薄暗い機内へと足を踏み入れた。

 配管が張り巡らされ、冷却用の蒸気がシューシューと吹き出している。

 無骨な機械の胎内。

 俺にとっては見慣れた職場だが、ヘレナにとっては宝箱の中らしい。


「素晴らしい……! 見てください、この魔力伝導管の配置! 幾何学的な美しさですわ!」

「ああっ、ここの溶接跡! 古代の職人の息吹を感じます……!」


 彼女は壁やパイプを撫で回し、恍惚としたため息を漏らしている。

 33歳。大人の女性の色気があるはずなのだが、今の彼女は新しい玩具を買ってもらった子供のようだ。


「博士、そんなに楽しいか?」


「ええ、もちろんです! 私はずっと、書物の中でしか古代文明を知ることができませんでした。でも、ここには『本物』がある。生きた歴史があるんです」


 彼女は振り返り、俺を見つめた。

 眼鏡の奥の瞳は、純粋な知的好奇心で輝いている。


「貴方はすごい方ですね、アルド様。こんな素晴らしい遺跡を目覚めさせ、共存しているなんて」


「たまたまだよ。俺はただ、生きるのに必死だっただけだ」


「謙遜なさらないで。……貴方の魔力、マザーさんととても相性が良いのでしょう? 私には分かります。この空間全体が、貴方の魔力で満たされて、喜んでいるのが」


 ヘレナが一歩近づいてくる。

 ふわりと、古い紙と香油の香りがした。

 大人の香りだ。


「ねえ、アルド様。……私にも、教えていただけませんか? 貴方がマザーさんと繋がる時の感覚を」


 彼女の手が、俺の胸元に触れた。


「え?」


「研究対象として、興味があるんです。人間と機械の融合。その『接続』の神秘に……」


 彼女の顔が近い。

 整った顔立ちに、知性と少しの狂気が混じった瞳。

 俺は思わずドギマギしてしまう。


「そ、それは……言葉で説明するのは難しいな」


「でしたら、体感させてください」


 ヘレナは俺の手を取り、自分の頬に当てた。


「貴方の魔力を、少しだけ私に流してみてください。そうすれば、貴方がマザーさんとどう繋がっているか、理解できるかもしれません」


 研究熱心すぎる。

 だが、その真摯な眼差しを拒むことはできなかった。


「……分かった。少しだけだぞ」


 俺は意識を集中し、【魔力変換】スキルを発動させた。

 指先から、微弱な魔力を流す。

 ヘレナの体内に、俺の魔力が浸透していく。


「んっ……!」


 ヘレナが小さく身を震わせ、俺の胸にもたれかかってきた。

 柔らかい感触。


「……温かい。これが、貴方の魔力……。マザーさんが『美味しい』と言っていた理由が分かりますわ」


 彼女はうっとりと目を閉じ、頬を染めた。


「まるで、包み込まれるような……安心感。……これなら、ずっと繋がっていたくなりますね」


「……博士?」


「ふふ、冗談ですよ。……半分は」


 彼女は悪戯っぽく微笑み、俺から離れた。

 だが、その手はまだ俺の手を握ったままだ。


「ありがとうございます、アルド様。貴重な知見が得られました。……それに、素敵な時間でしたわ」


「そりゃどうも。……変な記録じゃないといいけどな」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。

 遺跡マニアの変人かと思ったが、根は純粋で、そしてチャーミングな女性だ。

 彼女となら、このテラ・テルマエの謎を解き明かすのも悪くないかもしれない。


『マスター。心拍数が平常値に戻りましたね。……お二人とも、格納庫の隅で何をしているのですか? 監視カメラの死角ですが、音声は拾っていますよ』


 マザーの冷ややかなツッコミが響く。


「……帰るか」


「ええ。お腹も空きましたし」


 俺たちはハッチを出た。

 外はすでに夕暮れ。

 黄金色の空の下、エルフたちが夕食の準備をしている煙が見える。


「いい場所ですね、ここは」


 ヘレナが眼鏡を直し、景色を見渡した。


「ええ。古代の遺産と、現代の生活が調和している。……私の研究の集大成になるかもしれません」


「頼りにしてるよ、所長」


「はい。任せてくださいな、領主様」


 こうして、テラ・テルマエに「知の賢者」と「癒やしの薬師」が加わった。

 ソフィアの法務、ララの商業、リーリャの農業、ヴァネッサの武力。

 そしてヘレナの研究とザラの医療。

 都市としての機能は、これでほぼ完成したと言っていい。


 俺は大きく伸びをした。

 賑やかで、頼もしい仲間たち。

 これなら、どんな困難が来ても乗り越えられるはずだ。


 ……まあ、彼女たち全員が「アルド争奪戦」に参加し始めているという事実を除けば、だが。


 足元では、シロがザラにもらった「栄養ビスケット」を嬉しそうにかじっていた。

 どうやら、彼も新しい住人を歓迎しているらしい。


 俺たちの夜は、今日も賑やかに更けていく。


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