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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: U3
第2章:エルフの難民と温泉リゾート

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第20話 この地を『テラ・テルマエ』と名付けよう

 自動防衛端末「子機」の配備中に鳴り響いた警報。

 俺とリーリャが急行した先にいたのは、敵の軍勢でも、凶悪な魔物でもなかった。


 一台の、ボロボロになった馬車だった。


「み、水……。水をくれぇ……」


 馬車の御者台で干からびていたのは、小太りの中年男だった。

 話を聞けば、隣国へ向かう隊商からはぐれ、道に迷ってこの死の荒野に迷い込んでしまった三流行商人だという。

 俺たちは彼を保護し、水と食事を与えた。

 男は、マザーが作った温室の野菜と、黄金色の温泉を見て、腰を抜かさんばかりに驚いていた。


「こ、こんな荒野のど真ん中に、これほどの楽園があるとは……! 夢か!? 俺は死んで天国に来たのか!?」


 男は涙を流して感謝し、そして去り際にこう尋ねた。


『ところで領主様。この素晴らしい街は、地図になんと記せばよいのですか? ぜひ、命の恩人の名を商会に報告したいのですが』


 その問いに、俺は少し考え込んだ。

 名前。

 俺たちは今まで、この場所を便宜上『テラ・テルマエ』と呼んできた。

 だが、それはあくまでマザーがデータベース登録用に付けた仮称であり、対外的に名乗る正式な都市名としては決めていなかった。

 だが、人が住み、商人が訪れ、生活を営む場所になった今、のままでは示しがつかない。


「……また来いよ。その時までに、立派な看板を掲げておく」


 俺はそう答え、行商人を見送った。

 彼が去った後の荒野を見つめながら、俺は一つの決意を固めていた。

 ここを、本当の意味での「国」にする時が来たのだと。


 翌朝。

 俺は居住ユニットのリビングで、深刻な顔をして腕組みをしていた。

 目の前には、愛犬シロがいる。

 そして、その横にはマザーが新しく作成した、銀色に輝く奇妙なトレーが置かれていた。


「……マザー。これは?」


『「全自動洗浄機能付き・高機能ペット用トイレ」、通称「トイレ・マイスター」です』


 マザーが得意げに解説する。


『床材には吸水・消臭効果のある特殊セラミックを使用。排泄物を検知すると、瞬時に下部タンクへ吸引し、バイオ分解して肥料へと変換します。さらに、使用後には微香性のミストでお尻を洗浄する温水洗浄機能付きです』


「……犬のトイレにお尻洗浄機能は必要か?」


『必要です。シロちゃんは高貴なシルバーウルフです。お尻の清潔さは品格に直結します』


 相変わらずの過保護っぷりだ。

 だが、トイレトレーニングは重要だ。

 最近、シロが部屋の隅や、あろうことか俺のベッドの下で「粗相」をしそうになることが増えてきた。

 野生動物ならどこでもいいのだろうが、ここは人間(とエルフとAI)の住む家だ。最低限のマナーは覚えてもらわなくては困る。


「よし、シロ。ここがトイレだ。分かるか?」


 俺はシロを抱き上げ、トレーの上に降ろした。

 シロは「?」という顔でトレーの感触を確かめ、クンクンと匂いを嗅いでいる。


「ここでおしっこをするんだ。そしたら、ご褒美のジャーキーだぞ」


 俺はジャーキーをちらつかせた。

 シロの目が輝く。

 だが、意味は伝わっていないようで、トレーの上で「伏せ」をしてしまった。

 ひんやりして気持ちいいベッドだと思っているらしい。


「違う違う。寝る場所じゃない」


 俺は頭を抱えた。

 言葉の通じない相手にルールを教えるのは、魔導回路の設計よりも難しいかもしれない。


『マスター、タイミングが重要です。食後や寝起きなど、もよおすタイミングを見計らって誘導しましょう』


「なるほど。……お、来たか?」


 数分後。

 水を飲んだシロが、ソワソワとし始めた。

 床の匂いを嗅ぎながら、落ち着きなくクルクルと回り始める。

 トイレのサインだ!


「今だ! マザー、ロックオン!」


『ターゲット確認。誘導ルート、表示します』


 マザーが床に矢印のホログラムを投影する。

 俺はシロを抱え上げ、素早くトイレトレーの上に乗せた。


「ここだ! ここでするんだ!」


 シロは驚いてキョロキョロしたが、尿意には勝てないらしい。

 観念したように、トレーの上で腰を落とし始めた。

 俺とマザーが、固唾を呑んで見守る。


 シー……。


 微かな音と共に、液体がセラミックの床に吸い込まれていく。

 匂いもしない。完璧な吸収力だ。


「……やったか?」


『排泄確認。洗浄シークエンス、起動』


 プシュッ。

 優しいミストが噴出し、シロのお尻を清める。

 シロは「ひゃうっ!?」と変な声を上げて飛び上がったが、すぐにスッキリした顔になった。


「よくやったぞシロ! 天才だ!」


 俺はシロを抱きしめ、約束のジャーキーを与えた。

 シロは「わふぅ~!」と誇らしげに胸を張り、ジャーキーを頬張りながら尻尾を振る。

 どうやら「ここで用を足せば、褒められてオヤツがもらえる」と学習したようだ。


『素晴らしい学習能力です。記念に「初めてのトイレ成功」のデータを永久保存しました』


「それは消してやれよ……」


 ともあれ、一つ目の課題はクリアだ。

 衣食住、そして衛生環境。

 生活の基盤は、着実に整いつつある。


 その日の午後。

 俺はリーリャと、エルフの長老たち、そしてマザーを集めて「領地会議」を開いた。

 場所は、新設された集会場だ。


「みんな、集まってくれてありがとう。今日は大事な話がある」


 俺が切り出すと、リーリャたちが居住まいを正した。


「昨日、行商人が迷い込んできたのは知っているな? 彼はこの場所を見て、驚いて帰っていった。……間違いなく、噂になる」


 荒野の真ん中に、豊富な水と緑、そして謎の建築物がある。

 そんな噂が広がれば、商人はもちろん、盗賊や、あるいは俺を追放した王国からも干渉があるかもしれない。


「私たちは、もう隠れて生きることはできない。ここに『在る』ことを、世界に示さなければならない時が来たんだ」


 俺は全員の顔を見回した。

 不安そうな顔はない。

 あるのは、この地を守り抜くという決意と、俺への信頼だ。


「そこでだ。この場所に、正式な名前を付けようと思う」


「名前、か」


 リーリャが頷いた。


「確かに、いつまでも『マザーの庭』や仮名称では締まりがないな。……アルド、お前にはもう、腹案があるのだろう?」


「ああ」


 俺は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。

 そこには、俺とマザーが最初に出会った時に仮定し、ずっと使い続けてきた名前が記されている。


「この土地の最大の特徴は、大地の恵みと、湧き出る温泉だ。古代語で『大地』と『熱泉』を意味する言葉」


 俺はその名を告げた。


「――『テラ・テルマエ』。今日から、これを正式な領地の名前にする」


 テラ・テルマエ。

 大地の温泉郷。

 響き渡るその言葉を、エルフたちは口の中で転がし、味わうように反芻した。


「テラ・テルマエ……。力強く、そして温かい響きだ」

「良い名ですな。大地の母に見守られているようだ」


 長老たちが賛同の声を上げる。

 リーリャも、満足そうに微笑んだ。


「テラ・テルマエ……。私たちの新しい故郷の名か。気に入った」


『登録しました』


 マザーの電子音が響く。


『本日只今をもって、本拠点の名称を正式に『テラ・テルマエ』に設定。マップデータ、および識別信号を更新します。……ふふ、ようやく胸を張って名乗れますね、マスター』


「ありがとう、マザー。お前がいなきゃ、生まれなかった名前だよ」


 俺は立ち上がり、窓の外を見た。

 広がる緑の畑。

 湯気を上げる露天風呂。

 そして、そこで働く人々の姿。


「俺はここに骨を埋めるつもりだ。王国に戻る気はない。ここを、世界で一番豊かで、平和で、そして『温かい』場所にしたい」


 それは、俺の「独立宣言」だった。

 誰かに仕えるのではなく、自分の足で立ち、自分の国を作る。

 追放された無能な魔導工学師はもういない。

 ここにいるのは、領主アルドだ。


「リーリャ、そしてみんな。……力を貸してくれるか?」


 俺が手を差し出すと、リーリャが真っ先にその手を握り返した。


「愚問だな。私たちの命は、とうにお前と共にある。……このテラ・テルマエを、最高の大地にしよう」


「ああ、頼む!」


 固い握手。

 その周りで、エルフたちが歓声を上げた。

 足元では、空気を読んだのか、シロが「わおぉぉぉん!」と遠吠えを上げた。

 それが、新生テラ・テルマエの産声となった。


 その夜。

 命名式を兼ねた宴が開かれた。

 メニューは、マザー特製の「赤飯」と、エルフたちが腕を振るった「野菜のご馳走プレート」。

 そしてメインは、俺がミスリル包丁でさばいた「ロック・サーモンの姿造り」だ。


 酒が回り、歌い踊るエルフたち。

 その中心で、俺は黄金色の湯に浸かりながら、夜空を見上げていた。

 隣には、同じく足湯を楽しんでいるリーリャがいる。


「いい夜だ」


「ああ。……これからは、ここが『テラ・テルマエ』か。地図に載る日も近いかもしれんな」


「そうだな。商人が来たってことは、外の世界との繋がりができるってことだ。良い客なら歓迎するが、悪い虫なら……」


「追い払うまでだ。私と、マザーと……みんなでな」


 リーリャが頼もしく笑う。

 俺は彼女の肩に触れ、引き寄せた。

 彼女は抵抗せず、俺の肩に頭を預けてきた。


「……アルド」


「ん?」


「ありがとう。私に、名前のある『居場所』をくれて」


「こちらこそ。一人じゃ、ただの隠れ家だったよ。みんながいてくれるから、ここが『国』になれるんだ」


 二人の影が、月明かりの下で一つに重なる。

 静かな、しかし確かな幸福がそこにあった。


『マスター、ヒューヒュー! イチャイチャタイムですね! 記録しますか?』


 ……まあ、このお節介なAIがいなければ、もっとロマンチックだったかもしれないが。


「マザー、記録は削除だ。あとで絶対だぞ」


『えー。貴重な歴史的資料なのに……』


 俺たちは顔を見合わせて笑った。

 騒がしくて、温かくて、愛おしい日常。

 テラ・テルマエ。

 この名前が、やがて世界中に轟く「奇跡の都市」の名となることを、今の俺たちはまだ知らない。

 だが、確かな予感はあった。

 ここなら、どんな未来でも切り拓いていける、と。


 俺はグラスに残った酒を飲み干し、新たな決意と共に立ち上がった。

 さあ、忙しくなるぞ。

 まずはあの行商人が広めるであろう噂への対策と、増えるであろう来訪者を受け入れるための「宿屋」の建設だ。

 そして何より、シロのトイレトレーニングの仕上げも残っている。


 俺の、そして俺たちの「領地経営」は、ここからが本番だ。


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