第18話 エルフの伝統料理×重機調理
『マザー式・ハイブリッド温室』が稼働を始めてから数週間。
拠点『テラ・テルマエ』は、かつてない活気に包まれていた。
エーテル水と温水暖房の恩恵を受けた作物は、こちらの常識を覆すスピードで成長し、ついに初めての本格的な収穫期を迎えたのだ。
「豊作だ! 見ろ、このキャベツの大きさを!」
「トマトも真っ赤だわ! まるで宝石みたい!」
早朝から畑に出たエルフたちが、歓声を上げながら野菜を収穫している。
籠いっぱいに積み上げられた緑黄色野菜。
大根や人参といった根菜類も、ずっしりと重く、土の香りを漂わせている。
本来なら冬を前に食料不足に怯える時期だが、ここには溢れんばかりの恵みがあった。
「よし、今日は『収穫祭』だ! 仕事は早めに切り上げて、みんなで美味いものを食おう!」
俺が高らかに宣言すると、エルフたちから「おおーっ!」と歓声が上がった。
森の民である彼らにとって、収穫を祝い、自然に感謝を捧げる祭りは、何よりも神聖で楽しい行事なのだ。
祭りの準備が始まるまでの間、俺は居住ユニットのテラスで、愛犬シロとの重要な「特訓」を行っていた。
「シロ、お座り」
「わんっ!」
俺の言葉に合わせて、シロがピシッとお座りをする。
背筋が伸び、尻尾がパタンと床につく。完璧な姿勢だ。
ここまでは順調だ。問題は次だ。
「よし、いい子だ。……シロ、『お手』」
俺は右手を差し出した。
シロは首をかしげ、不思議そうに俺の手を見つめる。
そして、クンクンと匂いを嗅ぎ、「何かくれるの?」と言わんばかりに俺の掌をペロリと舐めた。
「違う違う、舐めるんじゃない。手を乗せるんだ」
俺はシロの右前足を優しく持ち上げ、俺の手のひらに乗せた。
「こうだ。『お手』」
シロはキョトンとしている。
手を離すと、前足も地面に戻る。
「もう一回だ。『お手』」
俺が手を出す。
シロは少し考え込み、そして――。
「わふっ!」
俺の手に向かって、頭突きをしてきた。
グリグリと頭を押し付け、甘えてくる。
「可愛いけど違う! そうじゃないんだ!」
俺は顔を緩ませながらも、心を鬼にして再挑戦する。
ここで甘やかしては、立派な相棒犬になれない。
『マスター、教え方が抽象的すぎます。動作と報酬を明確にリンクさせなければ』
マザーのドローンが横から口を出してきた。
「分かってるよ。ほら、シロ。これが欲しいか?」
俺はポケットから、マザー特製の「乾燥肉」を取り出した。
香ばしい匂いに、シロの目が釘付けになる。
尻尾がメトロノームのように激しく揺れ始めた。
「待て」
シロがじりじりと身を乗り出すのを制する。
そして、もう一度手を差し出す。
「シロ、『お手』」
シロはジャーキーと俺の手を交互に見た。
そして、何かを閃いたように、右前足をチョコンと俺の手に乗せた。
「!!」
「よし! いい子だシロ!!」
俺は素早くジャーキーを与え、これでもかというほど頭を撫で回した。
シロは嬉しそうにジャーキーを頬張り、もっと撫でてと身体を寄せてくる。
「覚えたか? もう一回いくぞ。……お手」
スッ。
今度は迷いなく、柔らかい肉球が俺の掌に乗せられた。
小さな、信頼の証。
「天才か……! うちの子は天才なのかもしれない!」
『単に食いしん坊なだけという説もありますが……ふふ、微笑ましいですね。記録映像に「シロちゃんの成長記録」として保存しておきます』
マザーもまんざらでもなさそうだ。
俺たちはしばらくの間、お手とおかわり、そしてご褒美のループを楽しんだ。
シロの前足の感触と、満足げな表情。
それだけで、日頃の疲れが吹き飛んでいくようだった。
日が傾き始めた頃、広場には香ばしい匂いが漂い始めた。
収穫祭のメインイベント、宴の始まりだ。
広場の中央には巨大な焚き火が組まれ、その周りにエルフたちが作った料理が並べられていく。
カボチャと木の実のサラダ、根菜の香草焼き、キノコのスープ。
どれも素材の味を活かした、エルフの伝統料理だ。繊細で優しい味付けは、彼らの文化そのものだ。
だが、今日の主役はそれだけではない。
俺とマザーが担当する「メインディッシュ」がまだ残っている。
「リーリャ、野菜の準備は?」
「ああ、完了している。……しかしアルド、本当にこれを全部使うのか?」
リーリャが指差したのは、山のように積まれた野菜の山だ。
キャベツ、玉ねぎ、人参、ピーマン、そして豚肉の薄切り。
全部で50キロはあるだろうか。
これをエルフ流に煮込んでいては、日が暮れてしまうし、せっかくのシャキシャキ感が失われてしまう。
「ああ。全部一気に調理する。……マザー、準備はいいか?」
『いつでもどうぞ、マスター。火力調整、及びアームの可動域チェック、オールグリーンです』
広場の一角に、マザーの巨体が鎮座している。
その前に設置されているのは、俺たちがミスリルを加工して作った、直径2メートルはある巨大な「深底の大鍋」だ。
半球状の底を持ち、食材を煽るのに適した形状をしている。表面は滑らかに研磨され、焦げ付き防止の魔力コーティングが施されている。
「今日のメニューは『豚とキャベツの爆炎味噌炒め』だ! 収穫したての野菜の美味さを、最強の火力で閉じ込める!」
俺が号令をかけると、マザーの機体下部から太いノズルが伸び、鍋の下にセットされた。
建設用バーナーを改造した、超高火力調理用バーナーだ。
『点火』
ボオオオオオッ!!
青白い炎が噴き上がり、巨大な鍋を一瞬で包み込んだ。
周囲の空気が揺らぐほどの熱気。
エルフたちが「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて後ずさる。
「油を投入!」
マザーのアームが、ドラム缶のような容器からラードを注ぎ込む。
ジュワアアァァッ!
白煙が上がる。油が適温に達した合図だ。
「肉を行くぞ!」
バサァッ!
大量の豚肉が鍋に踊る。
マザーの作業用アームが、巨大なヘラを持って撹拌する。
その動きは精密かつ豪快だ。数キロの肉が、一瞬にして均一に炒められていく。
肉の色が変わった瞬間、一度取り出す。火を通しすぎないためだ。
「次、野菜!」
ここからが勝負だ。
キャベツとピーマン、玉ねぎの山を投入する。
ジャアアアアアアアアッ!!!!
爆発的な音が広場に響き渡る。
野菜の水分が蒸発する音だ。
家庭用のコンロでは絶対に真似できない、マザーの重機パワーだからこそ可能な「瞬間加熱」。
『火力、最大!』
炎がさらに勢いを増し、鍋の縁から火柱が上がる。
マザーのアームが高速で鍋を振る……ことはできないので、中のヘラを超高速で旋回させる。
野菜が宙を舞い、炎に炙られ、香ばしい焦げ目を纏っていく。
メイラード反応。旨味の爆発。
「合わせ調味料、投入!」
俺が合図すると、マザーの別のアームが、味噌と酒、砂糖、そして辛味調味料を混ぜた特製ダレを流し込んだ。
ジュウウウゥゥッ!!
甘辛い味噌の香りが、蒸気となって広場全体に拡散する。
それは暴力的なまでに食欲を刺激する香りだった。
「肉を戻して、絡めるんだ!」
最後の一煽り。
タレが全体に回り、野菜と肉が艶やかな光沢を帯びる。
『調理完了。盛り付けに移行します』
火が消え、静寂が戻る。
残ったのは、山盛りのご馳走と、立ち昇る湯気だけ。
「……すごすぎる」
「あんな炎の中で、野菜が燃え尽きていない……?」
エルフたちが呆然と呟く。
俺は巨大な皿に料理を盛り付け、みんなに配った。
「さあ、熱いうちに食ってくれ! マザーの火力と、みんなの野菜のコラボレーションだ!」
リーリャがおずおずと皿を受け取り、フォークでキャベツと肉を刺した。
まだ湯気が立っている。
口に運ぶ。
シャクッ。
小気味よい音がした。
「……!!」
リーリャの目が大きく見開かれた。
「なんだ、これは……! 野菜が、生きている!」
彼女は叫んだ。
そう、生きているのだ。
強火で一気に炒めたことで、野菜の細胞壁が壊れる前に火が通り、シャキシャキとした食感が完璧に残っている。
噛むたびに、キャベツの甘みが口の中に溢れ出し、濃厚な味噌ダレと豚肉の脂がそれを包み込む。
「美味しい……! 煮込み料理とは全く違う! 野菜の力が、そのまま体に飛び込んでくるようだ!」
「こりゃあ酒が進む味だ!」
「ご飯! ご飯はないのか!?」
エルフたちが我先にとおかわりを求める。
本来、エルフは淡白な味付けを好むはずだが、肉体労働の後の濃い味は格別なのだろう。
あちこちで「美味い」「マザー様万歳」という声が上がる。
俺も自分の分を確保し、一口食べた。
……完璧だ。
野菜の水分が出ることなく、タレがしっかりと絡んでいる。
これぞ、重機調理の真骨頂。
「わふぅ〜!」
足元では、シロが自分用のボウルをガツガツと食べている。
口の周りをタレ……じゃなくて肉汁でベタベタにしながら、幸せそうに尻尾を振っている。
「よかったな、シロ。いっぱい食べて大きくなれよ」
俺はシロの頭を撫でながら、賑わう広場を見渡した。
焚き火の明かりに照らされた、みんなの笑顔。
少し前まで、ここは死の荒野だった。
エルフたちは家を失い、絶望していた。
俺も、一人ぼっちだった。
でも今は、こんなにも温かい。
『マスター、皆様の幸福度指数、上昇中です。……計算外でしたが、重機のアームで鍋を振るのも、悪くないものですね』
マザーが満足げに呟く。
「ああ。最高の収穫祭だ」
俺は空を見上げた。
満天の星空の下、宴は夜更けまで続いた。
エルフの笛の音が響き、誰かが歌い出す。
それは、この地に根を下ろし、生きていくことへの感謝と喜びの歌だった。
美味しい料理と、仲間たち。そして頼れる相棒と愛犬。
俺の求めていた「スローライフ」は、少し騒がしいけれど、想像以上に最高な形で実現しつつあった。
ただ一つ、食べ過ぎたシロが俺の膝の上で熟睡してしまい、重くて動けなくなったことだけが、嬉しい誤算だったけれど。




