声に恋せよ恋する──
好きだ。
そう、思った。
女声の中では少し低め。
芯がしっかり通っていながら、かすれが少し混じっている。堪らない。
「? どうかされました?」
あ、なんでもないです。
ちょっと考え事してて。
あぶない、顔に出かけた。
心の中でニヤニヤが止まらないが、顔はしっかりせねば。
キリッ。
「ふふ。分かりやすいですね。」
うぇ?何がです?
「なんでもないですよ。」
むむ、ニヤニヤが顔に出ていたかな?
キリッ。
「……」
キリッ。
「……」
……。
「くふっ」
笑った?笑ったよね、今。
笑い方、可愛いかよ。
待て、また顔に出る。
キリッ。
「……」
渾身のキメ顔、どう見えているだろうか。
力みすぎて少々滑稽に見えているかも知れない。
「最近なんかありました?楽しいこととか。」
今度は見事にスルー。さいですか。
最近か。最近は……。
最近?
うーん?
なんも無いですね。
「何もないんですか?ホントに?」
くつくつと笑う。可愛い。
はい、特には。
そういう貴女はどうなんです?私、気になります。
「そうですか。私はですねー。
最近はですね、ずっと音楽聴いてます。」
ほぅ
例えばどんな?
「どんな、ですか。難しい質問ですね。
うーん……。
ああ!
アサクマの新曲!聴きましたよ!
どんなタイトルだったかな?えっと、」
おっ、あれか。
それ、私も聴きましたよ。
良いですよね、アサクマ。
朝ぼらけ。だったはずです、確か。
「あ!それです!そうそう!私もあれとても良いなって思って。
特にサビ!学生時代を思い出しましてね。泣きそうになりました。」
ほぅ。分かってるじゃないか。
「あの頃もアサクマの曲をよく聴いてたんですけど、その頃みたいなツヤツヤの歌詞で。」
分かる分かる。
「はい、ほんと。昔の私に聴かせたいくらい、心に来ました。」
良いですね。
音楽の趣味が合いそうです。
「おっ。そうですか〜?」
私の耳と同じレベルの人は、中々居ないですよ。
「あはは!褒めてます?それ。」
もちろん。
「ふふ。ならうれしいですね。」
可愛い。本当に声が良い。
聴いていてとても心地が良い。
「おろ、」
ブーブー
突然、彼女の携帯が鳴り出した。
「ちょっと失礼しますね。」
ええ、構いません。
彼女が席を立つ。
「〜〜〜?〜〜〜〜─────」
少し離れた場所で会話している。
……。
ひとりだと手持ち無沙汰だ。
やることが無い。
音楽でも聴こうか?
いや流石にちょっと失礼かも……。
「はい、戻りましたよ。」
と、彼女が戻ってきたようだ。
さっきの続きなんですけど、
「あー、そのですね、」
?
「さっきの電話、仕事先だったんですけど、ちょっと仕事が立て込んでるようでして、」
それは大変だ。
「ちょっとヘルプに行かないとダメそうです……。
ごめんなさい、せっかく時間作ってもらったのに、こんなになっちゃって。」
大丈夫です。お構いなく。
ガタガタと彼女がテーブルの上を片付け始め、バサバサと書類を鞄へ仕舞う。
「本当に申し訳ないです。」
ホントに大丈夫ですって。
「本当に、ホントにごめんなさい。支払いはこっちが持っとくんで、しなくて大丈夫です。」
え、悪いですよ。
自分で払います。
「いえ、私が払います。大丈夫です。」
あらヤダ。漢気溢れてる御返事。
じゃあ、ご馳走になろうかな。
「ありがとうございます。すいませんホント。」
いえいえ、お礼を言うのはこちらです。
ご馳走様です。ありがとうございます。
「こちらこそ、感謝感激です。失礼しますね。」
パタパタと、急ぎ足でレジの方へ向かっていく。
仕事ならしょうがない。
もっとあの声を堪能していたかったところだが。
さて、自分はもう少し、音楽でも聞いて過ごしてようかな。
アイスコーヒーの氷が溶けるまで、時間を潰すとしよう。
カラカラとコップを鳴らす。
2〜3個、大きめのがまだ残ってる。
しっかり冷房が効いてるし、溶けきるには結構かかるだろう。
何を聴こうかな。
最近流行りのボカロとか聴いてみようか。
イヤホンを耳に付け、イヤホンジャックを携帯に挿す。
コーヒーの後味がまだ残っている。
悪くないな。
====================
ブーブーと携帯が鳴る。
はい、もしもし。
「昨日はごめんなさい!せっかく予定合わせて下さったのに。」
突然、どタイプな声が耳に飛び込んできた。おうおう。
いえいえ、仕事なら仕方がないですよ。
「そう言ってくれるのありがたいです。本当に。」
ふっ
パーフェクトコミュニケーション、というやつかな。
「そういうわけでして、昨日の補填をしたいんですが。」
はいはい。
「来週の土日、空いてますかね?」
ええ、何時でも空いてます。
「良かった〜!ならそこでまたお話しましょう。
どこで待ち合わせます?最寄り駅とか?」
この前のカフェでいいですよ。
ちょっとうちからは遠いですが。
「ホントですか!ありがたいです。あそこ何かと便利なんですよね。駅にも近いですし。」
じゃ、そこで待ち合わせということで。
「はい!時間は……どうしましょう。朝九時からのモーニングって、行けそうです?」
はい。大丈夫ですよ。
「良かった!ならそゆことで!」
ありがとうございます。わざわざ。
「いえいえこちらこそ。」
いえいえ。
「失礼します。」
プツッ
プーップーッ
電話越しでも、やっぱり良い声だ。
来週か。
楽しみだな。
====================
待ち合わせ場所のカフェ。
カランカランと戸を押して入る。
コーヒーの香りと、冷房の冷気にふわりと包まれる。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?何かお手伝いすることとかありますか?大丈夫ですかね?」
店員さんが声をかけてくる。
丁寧で優しい接客だ。初めて来た時からずっと変わらない。
大丈夫です。先導だけしてくれたら。
後からもう一人来るので、カウンター席以外でお願いします。
「はい、かしこまりました。ご案内しますね。」
そう言われるがままについていく。
コーヒーのいい香りだ。
店内BGMの選曲もオシャレで良い。
今は……八時半か。
ちょっと早く来すぎたかな?
「こちらのお席にどうぞ。ご注文はどうされますか?」
連れが来てからで、お願いします。
「はい、かしこまりました。」
今日は特に丁寧な接客だ。
衣擦れの音すら抑えている。
アルバイトの人には出せない、職人気質が滲んで感じられる。
離れて行く足音もとても小さい。
凄いな、どうやってんだろ。
とそこで、店内の音楽がジャズっぽいポップな雰囲気のものから、重厚なクラシックへと変わる。
重めの音楽は嫌いじゃないが、そこまで好みでもない。
……。
早速、手持ち無沙汰になってしまった。
浮かれてるな。
流石に来るのが早すぎた。
まぁ、後悔してもしょうがない。音楽でも聴いて待っていよう。
今日は何を聴こうか。
====================
「〜さん!──さん!来ましたよ!」
おっと、来たか。
はい。何でしょう。
「『はい何でしょう』って、」
ころころと笑う。
「なんか緊張してます?ちょっと畏まり過ぎですよ。」
そう見えるか。
いや、貴女に会えるのが嬉しくて。なんて、言えるはずもなく。
そう見えますかね?
「あー、はい。まぁ全然気にしなくて良いです。大丈夫大丈夫。」
また、ふふふと笑う。
むむ。からかってますね?
「あら、バレちゃった。」
お見通しです。
「お見通し、ですか。」
ざふりと音を立てながら彼女が向かいに座る。
今日も良い声だ。
九時ちょうど。時間ピッタリ。流石。
「何頼みますか?今日は私の奢りですからね。何でも良いですよ。」
え?今日も?
「はい。」
二日連続は、流石に悪いですよ。
「いーや、私が出します。何頼みますか?」
問答無用、とばかりに注文まで聞いてくる。こういう時、彼女は意地でも譲らない。
……じゃあアイスコーヒーで。
「他には?」
んー、セットでトーストも頼んじゃおうかな。
「はい、トーストセットですね。私は何にしようかな。」
すたたらすたたら
彼女の指が机を叩く。
考え事をする時の彼女の癖だ。
嫌いではない。
「私は、たまごトーストセットにします。」
お、たまごトースト。美味しいですよね。
それ。
「あれれ、そうなんですか?初めて頼むんです。」
ほぅ。そうなのか。
ならきっと、その魅力の虜になりますよ。
「ええー?そんなに美味しいんですかぁ?」
はい、もちろん。
「ふーん。じゃ、なんで貴方はこれ頼まないんです?」
ギクリ。
い、いやぁちょっと値段がお高めなので。
申し訳ないかな、と。
「ホントに?動揺してますけど。」
い、いやまさか。はは。
あ、ほら。店員さん来ましたよ。
「ふーん。」
「ご注文をお聞きしま」
「たまごトーストセット2つで。飲み物はアイスコーヒーと、カフェラテで。」
やられた。
めっちゃ早口で。
訂正する間もなく、店員さんはかしこまりましたと言って引っ込んでしまった。
「ふふ、何を隠してるのか知りませんが、同じの注文してあげましたよ。
美味しいんでしょう?
私の奢りです。値段は気にしなくていいんですから、どうせなら一緒に同じの食べましょうよ。」
くくく、といたずらっぽく笑う。
とても可愛い。可愛いが、
やってくれましたね……
「?
何でです?」
まぁ、そのうち分かりますよ。
「むっ。
何を企んでいるんだ。このたぬきめ。」
つんつんと額をつついてくる。
顔にニヤニヤが出ていたかな?
====================
ふわり。
コーヒーの香りに混じって、バターの良い香りが漂ってきた。
「おっ、来ましたね。」
ずず、とカフェラテを飲みながら彼女が言う。
こちらもアイスコーヒーを少し口に含む。
やはりここのコーヒーはアイスで飲むのが一番美味い。
ゴト、ゴトリ。と店員さんが皿を置く。
「こちら、ご注文のたまごトースト2つです。」
「えっ?」
「ごゆっくりどうぞ。」
「えっえっえっ」
どうされました?
「えっ?なっいやっ。な、なんかコレ……、」
大きい。ですか?
さぁ?
コレが普通なんでしょう。
「あー。そういうことか、やられたァ……」
やられた。と言いたいのはこっちだ。
ちくしょう。
「分かってましたね、貴方。」
いやぁ。
たまごトーストに苦戦してるのを、トースト片手に見てようとは思ってなかったですよ?ええ。
「やはりそういう魂胆でしたか。」
ちっ。こっちはただのトーストだけで良かったのにっ。
「まぁ貴方も道連れです。さっきの注文が功を奏しました。ふふ。」
ふふ。じゃないですよ。
お互いコレ食べなきゃいけないんですから。
「……あ。」
事は深刻です。
私がトーストだけだったら、貴女のたまごトーストも手伝えましたけど。
そうはいかなくなりました。
「……。」
すたたらすたたら
すたたらすたたら
すたたらすたたら
……。
「ま、まぁまぁ。ゆっくりお喋りしながら食べましょうよ。お休みの日なんですし、」
あ、
誤魔化した。
「それより、この前のお話の続きをしましょう?アサクマの新曲について。」
カチャカチャとナイフとフォークを取り出す。
……それもそうですね。
まだ語りきれてない。
「ですです。お話しましょ。」
と言いながら、ナイフとフォークを手渡してくれた。
優しい。可愛い。
ありがとうございます。
「いえいえ。」
ザシュリ。
彼女がナイフとフォークで巨大なたまごトーストを切る。
はも。と一口。
「あっ、これ美味しい……!」
でしょう?
大きいですけど、美味しいんです。
「なるほど……。虜になる、の意味が分かりました。」
こちらもいただこう。
ナイフを入れ、たまごトーストを八つに切り分ける。
「先に全部切る派なんですねぇ。」
ほおと言い、感心した様子。
ええ、こうした方が食べやすいので。
「私、ナイフとフォーク苦手なんですよ。お箸で良いじゃんって思っちゃう。」
はは。確かに。
一つを口に入れる。
バリっとトーストの良い食感。
バターがジュワッと口いっぱい広がり、たまごの旨味が後からやってくる。
美味しい。
「ふふ、美味しそうですね。」
おっと、また顔に出てたか。
キリッ。
「あ。それより、アサクマの話!先週、話途中でまだ語りきれてないんです。新曲の歌詞なんですけど──」
はい、またスルーですね。
====================
カランカラン。
むわりと熱気が身体を包む。
「いやー。美味しかったですねぇ。」
はい。お腹いっぱいです。
「私、カフェラテがセットだったじゃないですか。あれだけ失敗です。私もアイスコーヒーとかにすればよかったなぁ。」
確かに、アレとカフェラテはもったりした組み合わせですね。
「なかなかに大変でした。」
喋りながら歩く。
時間は正午をまわったくらいかな?
日差しが強いですね。
「あ、私、日傘持ってますよ。使います?」
そんなものが。
「ええ、使いましょう。」
彼女がぽんと傘を開く。
あれ、一本だけですか?
「?ええ。そうですよ。」
あー、
そうですか。
「?
あ、私が持ってると、ふたり一緒に入りづらいですね。」
……。
私が、持ちましょうか?
「そうしましょう。」
と、彼女に傘を手渡される。
持ち手が丸いタイプだ。
スッと彼女が側に寄ってきた。
おお、
歩幅を彼女に合わせる。
……これは、
「相合傘、ですね。」
声が近い。
……。
……。
……。
顔、赤くなってないだろうか。
首から上が沸騰したように熱いのは、暑さのせいだけではないだろう。
彼女は、どう思っているだろうか。
周りからは、どう見えているだろうか。
「ここまで暑いと、あのままカフェに居たかったとこですねぇ。どこ行きましょうね、この後。」
声が近い。ほとんど耳元で喋られている。
直接、脳に響いているような感覚になる。
この後どこ行こうとか、それどころではない。
頭がうまく回らない。
「?どうかされました?」
近い。可愛い。声が良すぎる。
歩くだけで、精一杯だ。
「……」
彼女はどんな表情だろうか。
こちらの表情に、気付いているだろうか。
「……もう少し、歩きましょうか。」
……。
……はい。
===================
さわりと、涼しい風が頬を撫でる。
近場の公園の木陰にあったベンチで、一休みをする事にした。
流石に、あのまま歩き続けていたら熱中症になりかねん。
「ほい、水、買ってきましたよ。」
そんな声と共に、何やら冷たいものが首筋にピトリと当てられる。
おわぁ!
「あはは!びっくりしました?」
……そりゃあ、ね。
吃驚しますよ。
こっちからしちゃ、分からないですから。
「そうですかぁ。」
半笑いでペットボトルを手渡される。
してやられたな。
どうも、ありがとうございます。
「いえいえ。」
くつくつと、まだ笑ってる。
そんなに面白いかい。
パキュッとペットボトルの蓋を開ける。
キンと冷えた水が喉を流れ、身体に染み渡る。
「ふぅ~~~美味しいですねぇ。汗をかいた後の水は。」
そう言いながら、彼女がすとんとすぐ隣に座る。
少し、汗の匂いが鼻をくすぐる。
……
「……」
……
「……」
良い、天気ですね。
「そうですねぇ。夕方、雨降らないと良いですね。」
再び声が近い。
……
「……」
どう、喋ったらいいものか。
あの「あの」
ああいやお先に。「ああいやお先に。」
……見事に被った。
「ぷふっ」
彼女が吹き出す。
「あははははは!可笑しいですねぇ。笑えます。」
む。
可愛い。
「さっきから、ずっとドギマギしてるじゃないですか。
らしくないですねぇ。」
そういう貴女こそ。
可愛い。
「いやいや、私はそんなコトないですよ。」
そんなこと言って、お見通しです。
可愛い。
「うふっ。そうですか?そう見えます?お見通しなんです?」
はい。
可愛いです。
あ、
「」
しまった。心の声が。
「……」
……。
どう、思った、だろうか。
「……本当に」
「ホントに、何でもお見通しなんですね。」
ええ。
見えませんけど。
「くふっ」
笑いました?今。
「いや、何でもないです。笑ってないです。」
笑っていいですよ。
「あはははははははは!」
大爆笑。
そんなに面白いですか?
「そ、そりゃ、見えない人が『お見通し』って。最高じゃないですか。」
声が少し、震えている。
「『可愛い』ですか。嬉しいですね。私のどこが可愛いんです?」
声、です。
あと、近くでの息遣いが。
「そうですか、そうですか、そうですか。」
はい。
「……初めてですね。そんなハッキリ言われたの。」
はい。初めて言いましたね。
「そういうことじゃなく、」
?
「まぁ、いいです。出てますよ、顔に。?って」
おっと、
キリッ。
「くふっ」
笑いました?今。
「はい、笑っちゃいました。たまにしますよね。その顔。」
可笑しいですか?
「いえ全く。そういう訳ではないです。そういう訳ではないんですけど、」
ど?
「……」
ど?
「……言わせないでくださいよ。恥ずかしい。」
さいですか。
「何でもお見通しなんじゃないんですか?」
流石に、人の心までは見えません。
「ふふっ見えないですか。そうですか。」
はい。
「ふふっ。」
笑い声も、可愛いです。
「……そうですか。」
はい。
「……」
……
「今だけは、」
ぽつり、と。
「今だけは、顔を見られてなくて良かった。なんて、思っちゃいますね。」
そう呟いた彼女の声は、少し震えていて。
多分、笑ってた。
盲目の青年のお話。
光景描写を全部省いて書いてみました。




