チートな聖女
異世界転生してきた。
神様からチート能力をもらった。
ヌルい乙女ゲームだと思っていた。
だけど、ゲーム内のフラグ立てイベント、「隣国の兵士に囲まれた王子を、ヒロインの愛の力で助け出そう!」のたった一行が、こんな。
こんなにも大変だなんて、聞いてない!
* * *
「だから! 根性論じゃないんだって! 兵の練度と武器が大して変わらないなら、兵士の数で勝負が決まるの!」
私は軍議の場で将軍に噛みつく。
「聖女サーユ、我々は強い。数で劣っても気合では負けておらぬ。必ずや敵を討ち果たしてみせようぞ」
「だから、そういうのいらない!」
戦争は数学だ、とか何とか軍事マニアの数学の先生が言ってた。
なんか、正確な情報さえあれば、戦力を微分だか積分だかすれば戦う前に大体勝ち負けが分かるとか。
でも武器と兵の強さが変わんないならあとは数だって。そりゃそうだ。
この世界には、銃はないけどバカ火力の魔法使いがいるから、数値化なんか私には出来ない。ってかそもそも微分積分ってなんだっけ? な私の頭では計算出来るわけがない。
でも大体いつも国境線で拮抗してるんだから、単純計算でいいんじゃない?
今は敵軍のほうが数が多いんだから、まあ普通にやったら負けそう。
だから正面突破は避けて、なにか戦略を考えなきゃいけない、くらいは残念なオツムの私にもわかる。
……って話をしてるのに。
「なるほど。聖女様がいらっしゃれば我らの気合など要らぬと」
「そうですね、聖女様には神のご加護があるのですから!」
「違う……」
そうじゃない。
私は脱力した。
なんでか知らないけど、みんな聖女の私に期待している。私がいれば勝てるって。
正直言うと、実は私もそう思ってた。それで気軽に前線に来ちゃった。
聖女なんて、なんか、居るだけで戦況が好転するもんじゃないの?
攻略対象の男キャラたちがめちゃくちゃ強くて勝手に勝ってくれて、もちろん誰も死ななくて、それで私はひたすらチヤホヤされてればいいんじゃないの?
ひどいプレッシャーに冷や汗をかく。
脳をフル回転させる。
ファンタジー技でもなんでもいい! 何か思い付け私!
丘の上で敵軍に囲まれてる、あのバカ王子を助け出せ!
* * *
私は日本の高校生。
……だった。
気がついたら真っ白な世界にいて、神様から色々言われて、次に気がついたのはもう8歳くらい。
この世界にはスキルってものがあって、8歳で教会に行ってスキルを授かる儀式がある。
その時、不意に記憶が戻った感じ。
前世の最後の記憶は、横断歩道の真ん中で転んだおばあちゃんを助けて、一緒に道路を渡ろうとしたところまで。
多分、事故だったんだろう。神様が怖いところの記憶を消してくれたんじゃないかな。
おばあちゃんは大丈夫だったかな、ってトコは気になるけど、まあ今さら何もできないのであとは神様にお任せだ。
神様から言われたことも曖昧で、現世に影響を与えすぎないようわざとぼんやりさせられているんだと思う。
私、乙女ゲームの世界に行きたい、とか言ったのかな。
王子様と恋人になって、お花畑で小鳥さんとお話ししたりして、みんなが私を大好きな、ファンタジーな世界に行きたいって言ったのかな。
……言いそう、私。
* * *
「えー……、異世界知識によりますと、山頂に布陣する奴は泣きながら叩き斬るべし、となります」
「なんで!?」
軍議の中心にいた将軍が裏返った声を上げる。
「サーユ、王子殿下は追い込まれてあそこにいるだけで、むしろそんな状況で上手く高台を取ったんですよ? 斬り捨てられるほどの失態は犯していません」
「わかってるよぅー。冗談ですぅー。でも何したらいいかわかんないんだもーん!!」
私は椅子の上で頭を抱え、足を投げ出してジタバタと暴れる。
『サーユ』
その時、声が聞こえた。
『何?』
私は思念で答え、暴れるのをやめてテントの外を伺う。
『敵陣の情報を得た。夜襲の準備をしているようだ。今の包囲に加えて歩兵と魔法使いがこっそりと移動している。あと、背後は土魔法使いが落とし穴をいくつも用意し始めているぞ。そこに追い込む作戦ではないか?』
「……夜襲」
私は思わずつぶやく。
テーブルに広げられた地形図に、将軍たちがやっていたのを真似してコインのような駒を置いていく。
「今の包囲にプラスして伏兵……、増援が来たのね。うん……、背後に土魔法使い……、正面はあの火魔法使いの将軍がいる? うん、本陣の兵数は……」
そこまで言った時。
「ご神託だ!!」
「聖女様のご託宣!」
わっ、と軍議に参列していた大隊長たちから声が上がる。
「わあっ、ビックリした!」
集中していた私はその声に驚いて手を止めてしまう。
「バカども! 預言中の聖女様に声をかけるんじゃない!」
「いや、預言ってわけじゃなくて……」
と答えかけたけど、誰も聞いてない。
だけど驚いて止まっちゃったのは事実。声が聞こえなくなっちゃった。
「すみません、ここまでしかわかりません。あと、細かい布陣とかもわかりません、ごめんなさい」
「いや! 充分です! 近日中に夜襲が行われるんですね? 逆にチャンスだ、手薄になった敵本陣にこっちから奇襲をかけて……」
いや待って。
正面の本陣にはあの強い火魔法使いの将軍が残るって言ったよね。正面衝突するなってば。
「本陣は厭わしい気配がします」
私は重々しい声と顔を作って、もっともらしく言う。
「本陣の反対側、そこに敵が落とし穴をいくつも用意しているとの啓示です。それを逆手に取れれば……。ウィルとタイミングを合わせて道を開けられるかもしれません」
「そうだ、聖女様はウィルヘルム王子殿下と秘密の連絡が取れるんでしたね! あとは、伏兵の配置はわかりますか?」
「今は分かりませんが、近くまで行ければ多分……」
「では、そこまでお付き合いいだけますか」
やだなぁ。怖いなぁ。
でもなぁ。
「……はい」
「ありがとうございます! 全力で、命がけでお守りします!」
「いや命かけないでください」
目の前で死なれたら怖いんで、トラウマになるんで。
「お優しい……!」
無駄に感動されている。
期待が重い。切実に好感度を落としたい。でも何やっても上がっちゃうんだよなぁ。
そう言えば小さい頃からそうだった、とふと昔を思い出した。
* * *
「サーユ、また小鳥と話しているの?」
子供の頃の王子の言葉を思い出す。尊敬と憧れで目がキラキラと輝いている。
「あ、うん。そうなの、小鳥さんと、今日もいいお天気ねってお話してたのよ」
私はヒロインスマイルを作って答える。
「サーユは本当に可愛いね」
「そんな……、ウフフ……」
その頃私は聖女として王宮に召し上げられ、何不自由なく贅沢に暮らしていた。
王子とも仲が良く、将来の王子妃候補No.1では? とまで囁かれており、私も調子に乗ってヒロインぶった演技をしてた。
まあ黒歴史ですよね。
なにが小鳥さんとお話、だ。
いや話してはいたんだけどさ、鳥どもと。
この世界は、前世で私がプレイしていた乙女ゲーム、「夢とタマゴと王子様」、略して夢タマ、の中の設定そっくりの世界だ。
夢タマでは、ヒロインは神様からタマゴを渡され、色々クエストなどをやってポイントを貯め、それでタマゴを孵化させるというシステムだった。
タマゴに与えるポイントのバランスによって、孵る使い魔の種類が変わり、それに伴って攻略対象の男性たちとの交流内容も変化してエンディングが分岐していく、というわけだ。
そして私はチートなので。
使い魔、無限増殖の開幕ダッシュ。イージーモードよりイージー。
そりゃ小鳥さんともおしゃべりしますわ。
浮かれポンチキなヒロイン演技もしたくなりますわ。
でも現実は。
『サーユ! あの貴族、陰でサーユの悪口言ってたわよ! あとでフンひっかけてやるわ!』
『ねえ、あのメイドにちょっと媚びとくといいわよ。あの女がメイド界の裏ボスよ、気に入られたらあとが楽よ!』
『王子ったらさっきまで別のご令嬢とニッコニコでお茶してたのに、まー平然と顔を出すわねぇ』
…………ひたすらうるさい。
そして、聞きたくない。
あの貴族のおじさんには好かれてると思っていたかったし、あの穏やかなメイドが実は裏ボスとか怖いし、王子の浮気とか絶対知りたくなかったし!
いやまあ浮気と言うか社交なんだろうけどさ、聞きたくはない。知らんところでやってくれ。
そんなこんなでバカバカしくなってきて、だんだんヒロイン演技も雑になり、王子にも地味に塩対応になっちゃったりしてたけど。
「サーユは最近、僕に心を許してくれている気がするよ」
と王子に照れたように言われた時には、ヌルゲー過ぎるだろ!! とツッコミを入れたくなった。
事ほど左様に、なにもかも良いように解釈される。
無駄に他人からの好感度が高い。これも神様から貰った特殊技能のひとつなのかなあ?
* * *
「サーユ様?」
そんな思考にちょっと意識を取られていた私は、従卒の呼びかけにハッと現実に戻る。
「サーユ様、お疲れですか、こちらに温かいスープをご用意しました、どうぞ一息お入れください」
温かいものはありがたい。
私は円筒形の器の中で燃える焚き火のそばに寄り、スープを手に取った。
……焚き火?
「ねえ、これ煙とか出ないの? 敵に位置がバレるんじゃない?」
キョトンと私を見返した従卒は、感心したように頷く。
「さすがです、サーユ様。戦場は初めてとお伺いしましたが、配慮が行き届いていらっしゃいますね。……大丈夫です、この木は特別で、本陣用に厳選した木材を丁寧に乾燥させたもので、ほとんど煙が出ません」
「そうなんだ」
「あとは燃やし方ですね、火魔法使いの方が、燻ぶらないように強火で一気に着火してくれます。あと、多少の煙や熱による空気の揺らぎは風魔法使いが吹き散らして誤魔化してくれます」
「へえ。じゃあ野営でもみんな温かいものが食べられるんだね」
よかった、と胸を撫で下ろすが、従卒は笑う。
「ハハハ、薪なんて嵩張るもの、大量には運べませんから、本陣専用ですよ。いや、サーユ様専用と言っても過言ではありません。普段は持ってきませんよ」
「……ええええ!?」
「聖女様には少しでも快適にお過ごしいただきたいですから……」
「いやいやいや! そんなもん運んでる労力で、食糧とか武器とか多めに運べたんじゃないの!?」
「大丈夫です。戦場で空腹など、慣れたものです」
「慣れないで!?」
「戦力を削がない程度の必要最低限な栄養は行き渡っていますから、どうぞご心配なく」
心配だよ!
なんとお優しいお気遣い……、と言いたそうな尊敬の目で見られたが、そうじゃない。
ここまでされて何の役にも立たなかったらと思うといたたまれない。薪なんかどうでもいいから……。
……いや、煙の出ない薪?
ええと。
『……モグラちゃん』
『なんだい?』
土の中から返事がある。
私はイメージを送る。
『……こんな感じで、穴掘れる?』
『ふむ。お安いご用だ。仲間を集めてすぐに始めよう』
『敵にバレないようにね!』
『任せろ』
「さて……」
私はひと息吸い込んで、グッと目をつぶって脳内で叫ぶ。
『リスちゃん、ネズミちゃん、アナグマちゃん、その他の森にいるみんな、手伝って!』
* * *
その夜。
私は大木の上に立った。
クマさんに押し上げてもらって、結構安定して木のてっぺんに立つ。
光魔法使いが私を照らした。私はその明かりの中、ゆったりと剣を掲げる。
「……おい! あれを見ろ!」
「敵の聖女だ!なぜあんな所に……」
丘を包囲している軍が、ザワッとする。
「浮いて……る……?」
「光って……あれは一体……」
なるほど、浮いて光って見えるのか。ふーん。
まあ足下のクマさんは黒いしな。
よし、注目は集まったかな。
魔法使いや弓使いが私に攻撃してくる前に、サッサと始めちゃいましょう。
私は掲げた剣をカッコつけて振り下ろす。
その瞬間。
突如、王子の陣の後方から吹き上がった何本もの火柱に、敵兵は驚愕する。
「なんだ? 魔法攻撃か!?」
「いや、火のあたりに攻撃魔法の気配は検知できない」
「火柱周辺には人影はありません!」
「じゃあなぜあんなに激しく燃え続けてるんだ!」
「新しい兵器か? いったん下がれ、散開しろ! 固まっている所に撃ち込まれたら危険だ!」
「聖女……、聖女がこれを……。神がお怒りなんだ……」
「ごめんなさいお許しくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
信仰も相まって敵軍が大混乱している中に小動物が数匹走り、安全な道を確認して王子を誘導する。
ウィルには事前に小動物を使って手紙を送ってある。準備万端な彼らは、包囲網から静かに脱出した。
私は、無事彼らを助け出すことに成功した。
* * *
「……というわけで。敵がたくさん作っていた落とし穴の中に枯葉や枯れ枝、松ぼっくりなどの可燃物をもりもりに詰め込んで、上に煙の出ない木材を置いて火をつけてですね」
あれからしばらくして。
王宮まで戻ってきた私は、王や大臣、皆の前で報告会だ。
「どうやって!?」
「聖女の秘密です」
「聖女様の秘密かぁ……」
なら仕方がない、とみんな納得する。
モグラちゃんに頼んで、落とし穴の底辺近くから横穴を空け、そこから地上まで穴をつなげて、森の動物たちでせっせと可燃物を運び込んでもらったんだけど、説明できない。聖女の異能は、王家以外には非公開だ。めんどい。
ちなみに火種は革袋に入れた炭火をネズミちゃんたちが引きずって運んでくれた。現地で袋を喰い破って木くずに着火させる役もだ。
熱かったろうに、頑張ってくれてありがとう、とあとで美味しいものたくさんあげた。
「……それで、風魔法使いさんに協力してもらって、横穴から力いっぱい風を送ってもらったわけです」
敵は落とし穴の付近に潜伏していた。その陣の下を潜って後方に抜ける通気口を、モグラちゃんたちにもう一本掘ってもらったのだ。
モグラ穴の太さにあの長距離で風を通すことなんて物理的に無理そうだけど、魔法って便利。圧力で無理やり押し出すんじゃなくて、穴のなかの空気を塊としてまとめて移動させるイメージで、先まで空気を送れるんだって。
……あのあと、風魔法使いさんたちが魔力切れで全員バタバタと倒れたけど。ごめんね。
落とし穴をカモフラージュしていた網と木の枝や葉っぱは、最初の勢いで一緒に焼けた。あとはもうただの縦穴。
一回強めに着火しちゃえば、その縦穴に上昇気流が発生して、動物さんたちが可燃物を投げ込んでる穴からどんどん空気が取り込まれて、勝手に強火力で燃え続ける。ロケットストーブってやつだ。
「なるほど。落とし穴の縦穴が煙突のようになって、真っすぐに炎を噴き上げたのか」
「最初の着火で気付かれないよう、煙の出ない木材を細く割って使ったんですね」
まあそれでも着火時には匂いと多少の煙が出るので、気付かれないよう、私に注目を集めるためにあのパフォーマンスを行なった。賭けだったけどうまくいって良かった。
「夜だからこそ煌々と上がる火柱は目を引きましたね」
一緒に報告に来ていた将軍が頷きながら言う。
まあ、わりとすぐ消えちゃったんだけどね。消えたら消えたで急に真っ暗だし。
丘の反対側の兵や本陣の将軍が動き出す前に、うまく逃げられて本当によかった。
「良かったですね、ウィルヘルム王子殿下。ご無事で何よりです」
「うん、ありがとう」
王子の声が私の頭の後ろからする。
生還してからずっと、王子が背中から抱きついていて離れない。
今も私は椅子に座った王子の膝の上に座り、後ろから抱きしめられている。
なんだこれ。
「……離してください、ウィル」
「なぜ?」
「ウザいです」
「そう? 照れちゃって、可愛いね」
話が通じん。
助けを求めて王と王妃に視線を送るが、二人とも微笑ましげにニコニコこっちを見ているだけだ。
「サーユ、ご褒美は何がいい? 何でもいいよ、僕のお嫁さんとか、王子妃の座とか?」
王子が聞いてくる。同じでしょうが、そのふたつ。
「だーれもいない森の中の一軒家」
「別荘か、いいね。ふたりっきりで過ごせるね」
「王子も要らんです」
「そうだね、身分を忘れて楽しもうね」
そんなことは言ってない。
私は大きなため息をついた。
人間といるより、動物たちと話している方が気が楽だなぁ。
いつか絶対山に引きこもる。山の小鳥さんたちなら、ここの鳥どもみたいにスレてないはず。
山で小鳥さんたちとお話しながら、ほのぼのほっこり聖女するんだ。
私はそう決意を固めたのだった。




