一生に一度っきりの恋
高校生活も残り2日。
だからといって私の生活は変わらない。別れを惜しむ友達だって、惜しんでくれる友達だって居ないし。1人を除いては。
ホームルームが終わったあと、誰とも話さずにそそくさと帰ろうとすると、後ろから、横の横の教室まで届きそうな大声で「鈴花!」と叫ばれる。
こんな風に私に話しかけてくるのは1人しかいない。振り返るとそこにはやはり、幼馴染の大倉新太が居た。
「俺、今日お前の家行くから!」
さっきと同じぐらいの声で話し続けるから、みんなに、特に新太のことが好きなのであろう女のコからの視線が痛い…。
「今日か、忘れてた。あ、この前貸した漫画返してね!」
忘れてたなんてウソ。「楽しみにしてるね」なんて言ったら、周りの女のコになんて言われるかわからない。これが、新太との幼馴染生活で身につけた自分を守る方法。
教室を出ると後ろから、「おぉ!」という大きい返事がくる。
新太は昔から友達に囲まれているのに、「幼馴染」だから、と私みたいな「陰キャ」とも、高校生まで家族ぐるみで仲良くしてくれる。
そんなところに気づいた頃には惹かれていた。
一生に一度の高校卒業だから、と親は、奮発して良いお肉を買ってくれた。
そう、今日の夜は大倉家と焼肉パーティーだ。
6人分の箸やコップの準備をしていると、ピンポーンと、チャイムが鳴る。
インターホンに出ると花香さんが、
「肉買ってきたぞー!!」
とカメラに向かってビニール袋を見せている。
「はーい」とインターホン越しに返すと、玄関に向かう。
鍵を開け、扉を開くと、花香さんはするする〜っと入ってきて、もう手も洗わずにリビングに「朱美〜!!」と言いながら向かっている。
「手洗ってから入ってください!」
なんて叫んでいると、新太は申し訳なさそうに口を開く。
「悪ぃ。母さんもう酒入ってるみたいでさ。父さんも止めてくれよな」
なんて、考さんの肩をパンチしている。
「俺が帰ってきた時にももう、あんなだったんだよ」
と、申し訳無さげに肩を竦める。
「まぁ高校卒業は一生に一度のことだしね。今日ぐらいははっちゃけさしてあげるか!明日からは厳しくするけどね」
なんて笑いながら言うと、新太も「そうだな!」と笑ってくれる。
こんな何気ない話でも、幼馴染の私だけが出来る会話なんだと思うと、学校での陰口や痛い視線がどうでもよくなってしまう。
最初はみんなでダイニングでご飯を食べていたけれど、時間が経つにつれて親たちの飲み会になってきたため、私と新太は2人で、リビングのソファでお菓子をつまみながらアニメを見ている。
「あ、漫画持ってきてくれた?」
不意に思い出し聞いてみると、新太は「何を言ってるんだ?」という表情をしたあと、ハッとほぼ寝っ転がっていた体をガバっと起こす。
「悪ぃ!忘れてた!今から取ってくる!」
そう言い、猛ダッシュで外に出ようとする新太を花香さんが止める。
「外出るならおつまみ買ってきてよ〜」
と酔っ払いながら言う。
新太が「良いよ」と言うと、ここぞとばかりにお母さんが新太に声を掛ける。
「新太くんが行くなら鈴花もつれてってくんない?最近外に出ないからどんどん丸くなってきちゃってさぁ」
「はぁ!?丸くなってなんかないしぃ。はいはい行きますよーだ。新太!準備するから待ってて!!」
「、おぉ」
お母さんのバカ!なんで新太の前で、そんな事言うの!!私太ってないし!…でも一応細く見える服着よ。
部屋から出ると先に準備が終わったであろう新太がみんなに何がほしいか聞いていた。
「父さんは柿ピーでしょ?」
「そー、良くわかってんじゃん。2袋買ってきて」
「じゃあ、僕も柿ピーで」
「太一さんもね、1袋でいい?」
「孝太じゃないんだから、1袋で十分だよ」
「そっか、父さんがアレなだけか。朱美ちゃんは?何欲しい?」
キッチンで洗い物をしているお母さんに聞く。
「私もいいの?じゃあ、枝豆欲しいなぁ、お願いして良い?」
「はーい。じゃあ、朱美ちゃんの手伝いもせずイケメン見てる母さんは?何がご所望で?」
「うーん、じゃあ焼き鳥!いつも食べてるスーパーのやつ!」
「はぁ?あそこ遠いじゃん!近くのコンビニにあるやつにしろよ」
「やぁだ。絶っ対スーパーのが良い!」
そう言いながら花香さんは私に向かってコッソリとウインクをしてくる。
なぁんだ、バレてんだ。私の新太への気持ちに。なるべく2人でいられる時間が長くなるようにあんなワガママ言ってくれたんだな。不器用ったらありゃしない。
「まぁまぁ、その時間で四人で積もる話もあるんでしょ」
花香さんが作ってくれた時間、めいいっぱい使ってやる!
「そうかもな、会話の時間作ってやるか」
スーパーで言われたものを買い、帰路につく。
2人の話題はもっぱら卒業に関して。
「俺らももう卒業なんだな」
「ね。2、3年前が小学生ぐらいの気持ちだったのになぁ。もう6年前なんだよね〜」
「ホントにな。もうちょっとしたら、大学生とか意味わかんねー」
なんて話をしていると、ある曲を思い出し、口ずさむ。
「流れる季節の真ん中でふと日の長さを感じます」
「「せわしく過ぎる日々の中で私とあなたで夢を描く」」
…
「え?お前歌い始めたくせにこのあと知らねぇの?」
「知らないよ?新太の聞いたらわかるかなぁって」
「俺だってそうなんだけど」
思わず2人で顔を見合わせ笑う。
2人から発される音が無に等しくなったとき、先に口を開いたのは新太だった。
「俺、実はずっと、鈴花に言いたかったことあって」
下を向きながら新太は言う。
「何、?」
いつもよりうんと真剣な新太の態度に思わず背筋が伸びる。
30秒程経っただろうか。ずっと俯いたままだった新太が、決心がついたかのように顔を上げる。
だが、新太の視線は私より奥に向かい、だんだんと恐怖に満ちた表情になる。
なんだろう、振り返ろうとした私に新太は「鈴花!」と叫びながら私に駆け寄ったと思ったら突き飛ばされた。
なんでだろう?良くわからないまま姿勢を崩した私は暗くなった空を見ていた。その時にキー!という音がしたのは私の耳鳴りの音か、周りの音かわからない。
そのまま尻餅をつき少し頭を打った私は、新太の方に目を向ける。が、そこに新太は居なかった。いや、新太は居た。だけど、私が知っている新太とは似ても似つかない形をしている。
そこで私の頭はシャットダウンした。
―
目が覚めると見慣れない白い天井。
私が横たわっているらしいベッドの周りには、私の両親、そして新太の両親が居た。
なんで花香さんと孝さんまで?そう思ったとき、今までの、記憶が蘇り、ガバっ!と効果音がつきそうな勢いで起き上がる。
「新太は!?無事なの!?」
そう聞くと、穏やかだった4人の表情が一気に強張る。4人の表情を見ると、もしや…と最悪な想像をしてしまう。
言いづらそうな顔をした花香さんが口を開く。
「実は新太はね、この世から、消えてしまったの」
頭の中が真っ白になる。ついこの前まで笑いながら話していた、隣りにいた新太がこの世にいないなんて。そんなの信じられなかった。
私がそんな事を考えている間にも花香さんの話は続く。
「車を運転してた人が、飲酒してたらしくって…。それで新太は犠牲になってしまったの」
私があの時一緒に行っていなかったら、新太は無事だったかもしれない。
そう考えたら涙が止まらなくなり、花香さんに抱きついて泣いてしまう。
「ごめっ、なさい"ぃ!私がぁ、居たっ、せいでぇ!新太っが、死んじゃ、ってぇ!」
とめどなく涙があふれてしまう。私が泣ける立場じゃないのに。花香さんはきっと、もっと泣きたいはずなのに、私のことを優しく抱きしめてくれる。
ひたすら泣き続ける私に花香さんは、一通の手紙を差し出す。
「鈴花、良かったらこれ、読んであげて。新たな気持ちが全部ここに詰まってるから」
そう言われ手紙を受け取ると、4人は病室を後にした。
『鈴花へ
この手紙が鈴花の手に渡ってるってことは俺がすげぇヘタレだったってことだな笑
自分の口から言えてることを願うけど、ムリだったときのために一応手紙を書いてます。』
どういうことだろう?いつの新太が書いた何のための手紙?
『俺実は、幼稚園の頃から鈴花のことが好きです。良かったら、付き合ってください。』
っえ、?これ、本当に新太が書いたの?新太が書いたとして、私宛であってる?…うん、鈴花って書いてるもん。私宛だ。
『言葉では十何年も言えなかったのに、文章だとこんな一瞬で言えるのな。もっと早くにこうしとけば良かったよ。
いい返事があれば嬉しいです。
新太より』
ホントに早くこうしといてよ。
なんて、私も言えないな。私だって十何年、ずっと言えなかったんだもん。
新太の葬式の日。
家族だけの内輪の中に私たち家族も入れてもらえた。
それは、花香さんが
「新太もきっと、最後ぐらいは自分の思いを届けた相手に見届けて欲しいはずだから。辛いかもしれないけど、来てくれたら嬉しい」
そう言ってくれたから。
新太がこの世界から居なくなってしまって、枯れるほど泣いた。これからもきっと泣く。この傷を痛いと思えるうちはたくさん泣いていたい。傷が痛いって思えるのは、生きてる人間の特権なんだから。
だけど、今日だけは、この瞬間だけは、笑顔で伝えるんだ。
「ずっと好きだよ!今までも、これからも。だから、そっち、で、待っ、てて、ね!」
棺の上に一つの雫が落ちる。
でも、決して表情は崩さない。
これからしばらく、新太と会えなくなるんだから。新太が一番最初に思い出す私は笑顔でいないと。
「浮気、し、たらぁ、絶対、ダメっ、だ、から、ね!約束、だからっ!」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
どうだったでしょうか?よかったら感想ください!
ここからは補足なので、見ても見なくてもどっちでも良いです。
新太は、大人4人に「鈴花のことが好き。まだ付き合ってすらいないけど、将来的には結婚したいと思っている」と言うところまで伝えています。
鈴花が部屋で外行く前に準備してる時も、5人で作戦会議したりしてます。可愛い。
そこで、4人に背中を押され、ここで告白することを決意。
お祝いが前日だったのは、子どもたちには「同級生と遊ぶだろうから」と親たちは言っていますが、実際は、付き合い始めた2人を心置きなく遊ばせてあげるため。
一応書いておくと、
羽山家
太一
朱美
大倉家
孝太
花香
です!
朱美と花香は、高校の同級生で、そこからずっと仲良しで、朱美が結婚して家を建てた横に、花香も家を建てたことから、ずっと家族ぐるみで仲良しです!