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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
朝起きたらぜんぶ夢だった、なんてことはありません。
ベッドに倒れこんだまま目を覚ましたくーちゃんは、カーテンの隙間から白い光が差しているのを見つけました。気だるい体を起こし、カーテンを開け——くーちゃんは目を丸くしました。見下ろす景色が、一面、白に染まっていたのです! 思わず格子窓を開け放ち、窓の桟から身を乗り出しました。
ゲストハウス星山は、昨日通った道順を思い出せば、町の中でも一番高いところにありました。そのため、宿泊棟の窓からは、町の景色を一望することができました。昨夜から降り続けた雪が、夜の間に積もり、瓦屋根も、石畳も、なにもかも白く染めています。昨夜はただ闇ばかりを流していた川は、天界の湖のように透明で、明るい陽光できらきらと輝いています——空の青、雪の白、大きな川の透明さ——こんな景色、天界のどこにもありません。
「おはようございます」
部屋の入り口に、祖父江さんが立っていました。
「電気、点けっぱなしで寝たんですか? 夜寝るときは消すようにしてください。節約しないと」
言いつつ、祖父江さんはくーちゃんの隣に立ちました。
「瓦と、暖簾と、蔵の町——それが、庭神町です」
瓦があれ、暖簾があれ、蔵があれ、と、祖父江さんは説明します。祖父江さんが指さす間にも、石畳みの通りに、人間たちが行きかっていました。頭に雪を乗せた軽トラックも走っています。
町中を見る機会はいくらでもありますから、と、祖父江さんはくーちゃんの手を引きました。
昨日案内されたリビングに連れていかれ、温かいお茶が出されます。くーちゃんがちびちびとカップに口をつけるのを見届けてから、祖父江さんが口を開きました。
「くーちゃんは、これからどうしたいですか?」
「帰りたい」
「そうですよね」
祖父江さんはにっこりと笑います。
「でも、そのためには、課された問題に答えないといけません。その答えはたぶん、くーちゃんはすぐに見つけられないと思います」
「だいじょうぶ、もう見つけてるから。人間が一番愚かです!」
ブー!
また頭がぐわんぐわんとします。
祖父江さんは苦笑いして、
「どうしたって、寝泊まりする場所は必要でしょう。それとも、冬の屋外で寝ますか? 天界と違って、地上の夜は真っ暗ですよ」
ぐわんぐわんとする頭で、昨日の夜道を思い出します。寒さはまったく気になりませんが、真っ暗闇のなかで眠る状況は、想像したくありません。
祖父江さんが言います。
「答えが見つかるまで、このゲストハウスに住みなさい。大天使様も、そのつもりで、あなたをこの町に落としたんでしょうし」
くーちゃんはしぶしぶとうなずきました。ほんとうは祖父江さんに従いたくないけれど、現状頼れる相手が祖父江さんしかいない……ままならない、と、くーちゃんは肩を落とします。
「それでは、昨日の説明の続きをしましょう」
こちらが本題とばかりに、祖父江さんは居住まいを正しました。
「くーちゃんには、ゲストハウスの切り盛りを手伝ってもらいます。仮の住まいを提供するのですから、その分、働いてもらわないと」
働く——それは、くーちゃんが愚かだと思うことのひとつ——どうして天使たるあたしが、人間を真似て、あくせく働かなければいけないのか。反論しようとするより先に、祖父江さんが続けます。
「地上で暮らす以上、人間とかかわらずにいることは不可能です。ここも基本的に、人間が宿泊する場所ですから、来客があれば、くーちゃんも対応してください」
露骨に嫌な顔をしますが、祖父江さんは余裕の笑顔です。
「それが嫌なら、たくさんの人間が経営しているお店にお勤めに行ってもらうか、たくさんの人間の子どもたちと一緒に学校に行ってもらうしかありませんね。地上にいるからには、なんらかの役目を持ってもらわないと……どちらがいいですか?」
「お手伝いをします」
人間のなかに放り込まれるなんて、考えるだけでぞっとします。
よろしい、と祖父江さんはにっこりとうなずきました。
その日から、さっそく、くーちゃんの地上での生活が始まりました。
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