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4-2

<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです

 正午になる前に、ヒバリのお腹が鳴りました。

 くーちゃんは掃除を一区切りにして、ヒバリにぞうきんを渡します。



「片づけたら休んでいいわよ」

「わかりました」



 ヒバリはぞうきんとバケツを片づけて、キッチンに立ちました。



「くーちゃんも食べますか?」

「あたしはいいわ」

「ですが、ちゃんと食事をとらないと、動けなくなってしまいます」



 ヒバリはくーちゃんが天使だということを知りません。祖父江さんが、なにやら意味深な紹介をしたせいで、ヒバリの中で、くーちゃんは身寄りのないかわいそうな子ども、という立ち位置で落ち着いています。改めて天使だと説明するのも面倒で、くーちゃんはヒバリの勘違いをそのままにしています。



「じゃあ、食べる」



 ヒバリは冷蔵庫からもやしを一袋取り出し、フライパンに広げます。熱されたフライパンの上でもやしが弾ける音や、塩コショウが振られて香ばしい香りが漂ってくると、お腹の空かないくーちゃんでも、口の中によだれがにじんできます。



 五分ほどで、くーちゃんの前にもやし炒めが置かれました。いまは炒められたばかりでしゃきしゃきとした食感をしていますが、時間が経つにつれ、だんだんしなびてくるのを、くーちゃんは知っています。くーちゃんは箸を握りしめ、皿の端に口を添えて、がつがつと口に放り込みました。



 ヒバリは、もやしを頬張るくーちゃんを見て、幸の薄そうな顔をほころばせました。それから自分も、もやし炒めを食べ始めます——ちゃんと左手で皿を持って、右手の箸を器用に使って——もやしの風味と塩コショウの味をかみしめるように、ゆっくりと噛んでいます。



 ふたりはあっという間に食事を終え、

「片づけます」

 と、ヒバリがキッチンに向かいます。その間に、ヒバリのおなかがぐうっと鳴ります。



「おなか空いてるの?」

 ヒバリは答えあぐねていたようすでしたが、「そうですね」と答えます。

「もっと食べればいいのに」

「そうもいかなくて……もやしは安いですが、それでもお金はかかります、一袋を半分ずつ食べれば、食費を半分も浮かせられます」

「でも、ご飯食べないと、動けなくなるんじゃない?」

「背に腹は代えられません」



 ……背中がお腹の代わりをするんだろうか?

 なんとなくニュアンスで、どうしようもないことだろう、と納得します。



「そんなに、お金が大事?」



 ヒバリはお腹を鳴らしながら、うなずきます。



 ヒバリの稼ぎがどれくらいにしろ、働いてお金を稼いでいるのであれば、自由に使えるお金がない、ということにはならないのでは、と、くーちゃんは思います。たった三十円では銭湯にも入れません。毎月の家賃の支払いが滞るほど、ヒバリはなにかに散財しているのでしょうか。



 それから、くーちゃんは掃除を再開しました。

 拭き掃除が終わると、今度はお風呂掃除に向かいます——ここでようやく、ヒバリと分担すればよかった、と気づきます——ヒバリには脱衣所の片づけを言いつけて、くーちゃんは浴室の掃除をします。その間も、ヒバリのおなかは鳴り続けました。



 食事を取らないと動けなくなる……それを言った本人が、そのうち動かなくなりそうな、そんな予感がしました。




 夜。

 ナルちゃんが帰ってきました。行きつけのコンビニにヒバリがおらず、いつも使ってもらっていた社員割が利かなかったと、いい加減な文句を言っています。

 ナルちゃんは毎日、それなりに質のいい服を着て、お化粧だってしています。それでも、お金に困っているようには見えません。



「ナルちゃんは、毎月どのくらい稼いでる?」

 ナルちゃんは水道水をあおりながら、

「十五万くらい」



 銭湯何回分だろう、と計算しようとしましたが、ぱっと思いつかなかったので、とりあえずたくさん銭湯に通える、と当たりをつけます。



「でも、お金、困ってないでしょ」

「困ってるよー」

 冗談のような調子で言います。

「もっとお酒が飲みたいし、もっときれいな服買いたいしー」

「家賃は?」

「二万円くらい。その都度、言われる額が違うけど、それ以上安くなることはないかな」



 家賃なのにあいまいな設定です。だとしても、ヒバリよりも多く家賃を払っています。ますます、ヒバリの財布が軽くなる理由がわかりません。



 ふと、ナルちゃんが缶チューハイを、くーちゃんの前に置きます。

「なにこれ」

「天使の力を使いきってしまったで賞」



 ナルちゃんは、くーちゃんが受け取らないのを見越していたように、缶チューハイを開けて、一気に飲んでしまいます。



「毎日お風呂に入ってるの見ればわかるよ。嫌だよねー。歩くだけで汗かくし、下着は汚れるし、髪も肌もぬるぬるになるし」



 ナルちゃんが新しいチューハイを開けます。



「馬鹿なことしたよね、くーちゃんも」

「あたし、自分がしたこと、ぜんぜん後悔してないけど」

「またまたぁ、強がらなくていいよ。人間を助けるために力を使って、ますます天使らしさがなくなって、みじめに思わないわけないって」

「じゃあ、あんたも後悔してんの?」

「もちろんだよ~。あのさあ、聞いてほしいんだけど——」



 と、ナルちゃんがくだを巻いていると、タロウくんが帰ってきました。



 ナルちゃんの舌がタロウくんに向きます。

「タロウもさ、さっさと天使の力、使いきっちゃおうよ」

「断る」



 タロウくんはナルちゃんと目も合わせず、冷蔵庫に向かいます。



「なんでそんな冷たいんだよー、同じ天使で、仲間じゃーん」

「おまえらみたいな反面教師が、仲間なわけないだろ」



 ナルちゃんは「ひどーい」とわざとらしく目元を覆います。



 それより、タロウくんがおまえらと言ったのは、まさか、くーちゃんをナルちゃんと同じような存在と見ているということでしょうか。納得いきません。



 が、くーちゃんがつっかかるより先に、視界の端、ヒバリが廊下を通り過ぎます——玄関が開き、閉まる音——何も言わず、どこに行くのでしょう。



 くーちゃんは駆け足で自分の部屋に向かい、セナからもらったマフラーと手袋を装備して、玄関を飛び出しました。



 ナルちゃんはのんきに「お風呂行ってくるー」と、浴室に向かいます。



 タロウくんだけが、くーちゃんが飛び出した玄関を、じっと見つめていました。

閲覧ありがとうございます!

次回もよろしくお願いしますm(__)m

内容が気に入れば、どうぞ、SNS等で広めてください。


*順次投稿していきます。

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