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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
二月。
天気予報で「月末にかけて猛烈な寒波がやってくる」と知らされていたように、毎日のように雪が降るようになりました。最高気温が五度を下回る日々。くーちゃんは布団から出ることすら億劫です。
庭神町では、二月から三月にかけてのこの時期が、一番のかき入れ時のようでした。古くからある街並みは雪景色にうってつけで、写真家、SNS映えを狙った個人客がやってきます。三月には町中を飾ってひな祭りが催され、休日は特に、家族客でにぎわうようになります。長期休暇に入った学生たちが、近場のスキー場へ向かう足掛かりとすることもあり、民宿は連日、予約で埋まるようになっていました。
ゲストハウス星山も、そうした商戦に乗りかかる絶好の時期、なのですが。
「どうしましょう……」
夕方、祖父江さんが困り顔を浮かべます。パソコンの画面には、以前くーちゃんも見たことのある、宿泊施設の評価サイトが表示されています。
先日くーちゃんが見たとき、ゲストハウス星山の評価は、☆三つに、(32)という数字が並んでいました。
それが……
「☆が、二つになってる」
それに、☆の隣の数字が(59)になっています——あれから、27人の人間が、ゲストハウス星山を評価したのでしょう——評価した人数が増えて、逆に☆の評価が減っている。一月も経たないうちに、悪印象が募ったことになります。
今日も、ゲストハウスに予約は入っていません。
今日どころか、ここ二週間、くーちゃんはゲストハウスで他の人間を見ていません。
来週も、再来週も、予約はゼロ。
「わたしも、見通しが甘かったみたいです」
祖父江さんは頬に手を当て、
「まさか、評価サイトの低評価が、ここまで響くとは思いませんでした。何か手を打たないと……」
「どうするの?」
祖父江さんは答えません。評価サイトに書かれている感想のほとんどが、ゲストハウスの従業員の対応の雑さや、素行の悪さで占められています。祖父江さんも、こういう状況は初めてで、どうすればいいのかわからないようです。
しかし、ゲストハウスの状況は、くーちゃんが望んだことでもあります。
愚かな人間が来なくなって気楽です。人間が使った後の大部屋を掃除しない日々は、清々した気持ちで過ごせました。いま、こうして穏やかな朝を迎えられるのは、くーちゃんが来客にいたずらをしたたまものです。人間たちが「このゲストハウスに近づいてはいけない」と判断するのも、とうぜんのことでしょう。
くーちゃんはじっとりと汗をかきます——念願叶い、静かな空間を手に入れた——それなのに、くーちゃんの胸はきしむばかりです。リビングの暖房はいま、少しでも電気代を節約するために、切られています。二月の冷気が汗を冷やし、くーちゃんは身震いしました。
(あたしのせい……?)
このままゲストハウスに閑古鳥が鳴き続けたら、祖父江さんはどうなるのでしょう。ナルちゃんは? タロウくんは? 他三人は天使ですが、ヒバリは人間で、おそらく相当に貧乏で、ゲストハウスがなくなれば路頭に迷うことになります——実際のところ、長い時間の中のたった一か月、来客がないからといって、ゲストハウスが崩壊することにはならないでしょう——しかし、くーちゃんが安心する材料にはなりえません。これまでの自分の一声が、ゲストハウスに不幸の鳥を呼ぶことになった、その事実が心と身体に覆いかぶさってきます。
利用者が減れば、人間と関わらなくて済む——くーちゃんはもう、そんなこと言えません——たとえ、強がったとしても。
「おはようございます……」
ヒバリがやってきました。今日は仕事が休みらしく、いつもより遅い起床です。ヒバリは、ふたりの空気が重く沈んでいるのを見つけて、
「どうかされましたか?」
と、パソコンの画面をのぞき見ます。
「あのね」
と、祖父江さんが状況を説明します。そのあいだ、くーちゃんは顔を上げられませんでした。人間の前で、自分の罪が告発されている——これまでのくーちゃんであれば、あまりの屈辱に、天使の力を使って暴れていたでしょう——ですが、くーちゃんは動けませんでした。あの大天使様に叱られたときでさえ、こんな気分にはならなかったのに。
祖父江さんの話を聞いて、ヒバリは悩まし気にうなります。
「あの、大変失礼ですが」
と前置いて、
「このゲストハウス、そんなに利用されていない、と、思います」
思わぬ一言に、くーちゃんも祖父江さんも、目を丸くします。
ヒバリが評価サイトの数字を指さします。
「三週間前が(32)。いまそこにある数字が(59)。感想を書き込んだ人数が、そのまま、ゲストハウスを利用した人数とすれば、差し引き27名、もしくは27組の利用者がいたことになります」
「……変ですね」
祖父江さんが首をかしげます。
「この三週間で、宿泊利用された方は3組です。当日キャンセルを含めても、5組もいません」
ヒバリがおずおずと、くーちゃんと祖父江さんの間に入り、床に膝をついて、マウスを操作します。画面には、ゲストハウス星山への感想がずらっと並びました——本名の書き込みは一部で、大半が匿名の書き込みです——それぞれの感想のそばには、書き込んだ人の☆評価があります。
ヒバリが納得したようにうなります。
「これ、たぶん、いたずらです」
たぶん、と言いつつ、ほぼ断定しているようです。
「施設の悪評を書き連ねて、評価サイトでの総合評価を下げているんです。よくいるんですよ、そういう人」
くーちゃんがまばたきます。
「27人も、いたずらで、こんなことしてるの?」
「そうではありません」
ヒバリが言います。
「捨てアカウントを利用して、施設の悪評を書き連ねているのでしょう。それも、アカウントの切り替えがとても雑で、同じアカウントからの書き込みが連続しているところもあります。はっきりとは言えませんが、実行犯はひとりだと思います。SNSやメール用アカウントは、いくらでも作れますから」
ヒバリはくるくるとマウスホイールを回して、また新しいページを開きます。評価サイトの管理者への連絡フォームです。ヒバリは祖父江さんにマウスを渡して、
「管理者に問い合わせてみてください。通信局とかインターネット警察とか、そういうのは詳しくないので、管理者に対応を仰いでください。わたしより力になると思います」
そうしてキッチンに向かおうとしましたが、くーちゃんと祖父江さんに見つめられて、ぎこちなく立ち止まります。
「なにか、間違ったことをしましたか……?」
「いいえ、ちょっとびっくりして」
祖父江さんが呆けたように言います。
「ヒバリさん、こんな特技があったんですね」
「特技、ではないです。バイト先——いまはコンビニですけど、以前は牛丼屋で働いていました——そこで、似たようなことあったんです。だから、もしかしたらと思って」
祖父江さんはいきなり立ち上がって、ヒバリの手を握り、喜びのあまりぶんぶんと振りました。ヒバリは戸惑い顔をしていましたが、まんざらでもなさそうに目をそらしています。
「あの、お役に立てたようなら、今月分の家賃を、その……」
と、抜け目なく何かをお願いしています。
くーちゃんの喉元まで、言葉が浮いてきます。ありがとうとか、助かったとか、そういった言葉でしたが、すんなりと喉を通ってくれません。
くーちゃんはいまでも、人間を愚かだと思っています。実際、ゲストハウスの不評を呼ぶような書き込みをした人間に対して怒りを覚えています。ですが、ヒバリが愚か、というふうに結びつけることができなくなっていました。そういえば、くーちゃんは、セナが愚か、というふうにも結びつけていません。
人間とはいったい、なんなのでしょう。
愚かな生き物なのでしょうか。
それとも、愚かではないのでしょうか。
ふと、ヒバリの視線がくーちゃんに向きます。
くーちゃんは気まずくなって、先に目をそらしました。
それを、ヒバリはどう勘違いしたのか、
「もやし炒め、食べますか?」
と、間抜けそうに言いました。
二月末の金曜日。
祖父江さんはパソコンの前に座って、ほっと息をつきます。くーちゃんが後ろからのぞき込むと、()の数字が30に変わっていました。ヒバリが言っていたような、いたずらで書き込まれた記事がおおよそ処理されたようです。うれしいことに、明日には一組、予約が入っています。
かき入れ時は続いています。
ゲストハウスの利用客も、ゆっくりと戻ってくれるでしょう。
くーちゃんがたずねます。
「だれが書き込んだのか、わかったの?」
「ええ。内々に処理したので、心配いりません」
祖父江さんは、なんてことないように言いますが、その言葉の節々に、普段にやさしさをにじませていました。
ちなみに、以前の数字、(27)に戻っていないのは、新しく書き込まれた3件はいたずらではないと処理されたから。『息子が泣かされた』という書き込みは、消えずに残っています。不思議なことに、くーちゃんはその書き込みに悪意を感じませんでした。
さて、くーちゃんがそのままパソコンの画面を見続けたのは、別の感想が気になったからです。
『意地悪なガキがいる。利用注意!』
これにはむっとします。ですが、むっとしただけで、それ以上に思うことはありません。
問題は、もうひとつの感想です。
『ひとからもらったお菓子を投げやりにしている、失礼』
その書き込みはそれで終わっていますが、くーちゃんの目には、また別の、感想欄から消えたはずの書き込みが見えました。
『くーちゃんなんて愛称、似合わない』
どうしてそのふたつを結びつけたのか。わかりそうで、わからない。
結局、考えがまとまらないまま、明日利用予定の大部屋の掃除を言い渡されて、くーちゃんは寒い廊下に出ていきました。
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**続きは明日 8/25(日) 11:00前後に投稿予定です。




