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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
三十年後、幼い天使はついに、大天使様の目に止まってしまいました。
ある日、大天使様が彼女を呼びつけました。大天使様の見た目も、他の天使たちと同じく、人間に似た姿をしています。ただ、大天使様の体は牛久大仏のように大きく、お顔の後ろにはまばゆい後光が差しています——その光を直視したせいで、天使のひとりが目を焼かれて失明したとは有名な話です——それでも、薄眼に見上げれば口はちゃんと見えます。大天使様は不機嫌そうに口元をゆがめて、幼い天使にたずねました。
「そなたは、なぜ、人間にいたずらをするのですか」
幼い天使は(目を焼かれないように)目を伏せて、しぶしぶと答えました。
「人間をいじめるのが楽しいからです」
「そんなことをしても、楽しいことなんてないだろう」
「いいえ、とても楽しいです」
幼い天使は得意げに鼻を鳴らします。そして、自分だけがこの世の崇高な真実に気づいたと言わんばかりの調子で言います。
「大天使様、人間とは愚かな生き物です」
「……なぜそう思う?」
「人間は空も飛べないし、天気を操ることもできません。暑い夏も寒い冬も、二本足であくせく歩いて、毎日疲れた顔をしています。気に食わないことがあればすぐに喧嘩して、まともに話し合いだってできません。それに、自分たちがこの世で一番えらいんだって、暗に思っているような生き物ですよ? 人間は想像力がたくましいわりに、的を射ないことばかり書き残しています。天使のことだって、人間はなにもわかってないじゃないですか」
幼い天使は、身振り手振りを交えて、
「人間は身勝手で、ひとりよがりです。それこそ、口を持たない植物のほうがマシです。今度、試しにチーターとハイエナの集団を、その辺の都市に放り込んでみませんか。そうすれば、人間が滑稽に慌てるようすが見られますよ」
大天使様の深いため息が、ドライヤーから吹き出る風のように、幼い天使の髪を撫でました。
「そなたは救いようのない魂かもしれない」
「救いようがないのは人間です」
「いいや、そなただ。そなたのほうが、よほど救いようがない」
大天使様は立ち上がって、幼い天使の襟首をつかみます。「離してください!」幼い天使がいくらもがいても、大仏のような手につかまれては、どうすることもできません。大天使様は幼い天使をつかんだまま、地上とつながる湖まで歩いていきます。幼い天使は、なんとなく、とんでもないことになりそうな予感がしました。
「降ろして! あたし、高いところ苦手なんです!」
「日ごろ宙を飛んでいるだろう」
「もういたずらしません!」
「だまされんぞ」
「良い子にしますから!」
「当たり前だ」
大天使様は湖のそばに屈み、片手で湖面を撫でました。湖面の景色がいろいろに移り変わるのを、幼い天使はおびえた目で見つめます。大天使様の後光が湖上に差し、天使の小さな影が落ちています。
やがて、大天使様が湖から手を引きます。湖面には、瓦屋根の家々、古びた石畳、いくつかの川と、いくつかの橋が映っています。山々に囲まれた小さな町並み。いまは冬で、それに、夜でしょうか。青暗い町並みに、白い雪がはらはらと舞っています。
大天使様は、幼い天使を湖上に突き出しました。おびえた子猫を浴槽の上に掲げているような、哀れな光景です。
「そなたには罰が必要だ」
「嫌! 離して!」
「いいのか? 落ちるぞ?」
「離さないで!」
幼い天使は必死で、大天使様に許してもらおうとしました。自分がどんな悪いことをしたのかわからないけれど、謝り倒せば、大天使様は矛を収めてくれるはず……。
そんな期待に応えるほど、大天使様は甘くありません。
大天使様が言います。
「これより、そなたを地上に追放する。そなたが愚かと断じた人間たちとともに、生活してくるがよい」
「嫌!」
「そなたを落とす場所には、ちょうど、我の友が暮らしている——地上の生物を観察するために——そやつのもとに行け。ゲストハウス星山というところだ」
「やだ! やだやだやだ!」
「暴れたら落ちるぞ」
幼い天使は首をすくめて震えます。
静かになったのを見て、大天使様が続けます。
「しかし、我も鬼ではない。地上で生活し、我の課す問いに答えられたなら、すぐにでも天界に返してやろう」
「……その問いは、なんですか」
大天使様はひとつ間をおいて、
「この世で最も愚かなものはなにか。その答えを見つけなさい」
幼い天使は、なあんだ、と胸をなでおろします。
その程度の問いなら、この場で答えてしまえばいい。
「大天使様、あたしにはすでに、その答えがわかっています」
「ならば答えよ」
幼い天使は、首根っこをつかまれた子猫の格好のまま、胸を張って答えました。
「人間です。人間以上に、この世に愚かなものはいな(——ぽちゃん)」
……あっという間に、辺りが静かになりました。
大天使様は、幼い天使が無事、地上に落ちたのを見届けて、自分の仕事に戻ろうとしました。こうしている間にも、どこにいるのか、何人いるのかもわからない神様が、次から次に仕事を増やしていることでしょう。
持ち場に戻ろうと腰を上げたとき、ふと、大切なことを伝えそびれたことに気づきました。大天使様はその場で綿雲を広げて、一枚の用紙を作り、何事か書き留め、湖に落とします。
大天使様は、ついに湖に背を向け、天使たちにまつわるいくつかの仕事に取りかかりました。
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