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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
「ヒバリさんは、一階の三号室に住んでいる方です」
庭掃除から戻ってきた祖父江さんが言います。
「五年ほど前に、河原で行き倒れかけていたところ、声をかけたんです。このゲストハウスは格安で寝泊まりできるように設計しているので、よければうちで住みませんか、って」
「じゃあ、前に言ってた、住人がひとりいるっていうのは」
「ヒバリさんのことです」
宿泊棟一階の三号室は、他の大部屋と違い、個室として作られています。今後、くーちゃんが宿泊棟を掃除するとき、三号室には手をつけなくていい、と教わりました。
くーちゃんがたずねます。
「人間の経済ルールに従ってるんでしょ。てことは、ヒバリからも、宿泊料をもらってるの?」
「ええ。住み込みなので、月単位の宿泊費をもらっています」
「いくら?」
「一万円です」
くーちゃんは三枚の十円玉を見つめます。くーちゃんは経済に詳しくありませんから、一万円や十円にどれくらいの価値があるか、さっぱりです。それでも、ヒバリの全身を包んでいた幸の薄さや、「何かの足しに」と言いつつ、渡した額が三十円だったことを考えると、ヒバリは相当、お金に困っているようです。
「ちゃんと払ってもらってるの?」
「はい。ですが、半年前から滞納されています」
「だめじゃない」
「でも、きちんと『来月払います』って、毎月報告してくれます」
この調子だと、来月も同じだろうな、と、くーちゃんは思います。どこまでもおおらかなゲストハウスでした。
暑さ寒さを感じるようになってから、どうにも昨日までのように体が動いてくれません。いまの環境に慣れるまではゆっくりしていい、と、祖父江さんはくーちゃんにお休みを言い渡しました。
くーちゃんは宿泊棟二階、一号室に戻り、ベッドに腰かけました。掃除をしなくていいのは気楽ですが、何もしなくていいとなると、それはそれで、何をすればいいのかわからなくなってしまいます。
「くしゅんっ」
部屋の暖房を利かせるのを忘れていました。壁際のスイッチを押すと、天井に設置された暖房から、暖かい風が吹いてきます。こんな、大天使様の息吹にも及ばない細い風に頼らないと、寒さをしのぐことができない……くーちゃんはげんなりしました。
「くーちゃん、いるぅ?」
ノックもなしに、ナルちゃんがやってきます。化粧をすませ、いつぞやと同じような、赤いワンピースにベージュ色のジャケットを羽織っています。
「入っていいって、言ってない」
「鍵かけてないんだから、入っていいってことでしょ」
「その扉、鍵なんてあった?」
「ないよ」
ため息をひとつ、くーちゃんはナルちゃんにたずねます。
「なにか用?」
「わたし、今日一日、バイト休みなの。タロウでもなし、漬物みたいに部屋にこもるなんて性に合わない。町中、案内してあげるからさ、ちょっと出かけましょ」
「寒いから嫌だ」
「ジャケットくらい貸してあげるって。これから過ごす場所のことくらい、知っておいて損はないよ。ほら、行こ」
ナルちゃんはくーちゃんを立ち上がらせ、目ざとく、ハンガーラックにかかったマフラーと手袋を見つけ、くーちゃんに巻き付けました。
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