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チャプター2

チャプター2


 明かりのない、石壁の通路を俺とヴァージニアは進んでいた。

 かれこれ一時間くらい経つ。


 俺は闇の中でも通路の先を把握できていた。

 こつこつと鳴る足音。

 その音が波紋となって広がり、その広がった波紋のなぞった場所が立体的に視界へ反映されている。

 多分、エコーロケーションの原理で周囲が見えているのだろう。


 加えて、熱感知を始めとした各種のセンサー。

 それらがあって、解りすぎるくらいに周囲の状況がわかる。


 そんな機能のないヴァージニアが何をあてにして視界を確保しているかというと、手の平に灯った光球だった。


「それ、何なんだ?」


 始めにそれを見た時、俺はそう訊ねた。


「魔法ですけれど」


 困惑したように答えた所を見ると、かなり常識的なものであるらしい。

 ここが自分の常識が通じない場所である事をいよいよもって実感する。


「それ、どういう原理なんだよ?」

「周囲の魔力を使って扱うものなのですが……。コウタ様も魔力で動いているのでしょう?」

「は?」

「コウタ様の体に、高純度の魔力が(かよ)っているのを感じられますけれど……」


 どうやら、今の俺は魔力で動いているらしい。


本当にどうなっているのか?

 流行の異世界転生みたいな状況に巻き込まれたんだろうか?


 馬鹿馬鹿しい話だが、世界も体も今までとは違うものに新調されてしまえばそんな荒唐無稽の話も真実であるように思えてしまった。


 道の途中で、脇道を見つける。

 少し早歩きになりつつ、その角に向けて銃口を構えた。

 銃撃すると、銃弾が壁を貫通する。


「ぐああっ」


 貫通した先の脇道に隠れていた人間が悲鳴を上げる。

 すかさず、脇道を塞ぐように立ち塞がり、連続で銃撃を加えた。

 銃声に紛れて、複数の悲鳴が上がる。


「見ない方がいいぞ」

「はい」


 道の途中で襲撃者と遭遇する事がこれまでも何度かあり、こういう出来事にも慣れたものである。

 最初こそ襲撃のたびに緊張していたヴァージニアだが、あっさりと処理する所を何度か見てすっかり緊張感が薄れていた。


「あの、コウタ様」

「何だ?」


 答えながら、曲がり角の方に「爆発する何か」を投げる。

 着弾するのとタイミングを同じくして、曲がり角から数人の男達が駆け込んできた。

 男達がこちらを見つけたのと同時に、爆発が起こる。

 爆発から奇跡的に逃れた数人を銃撃で処理しておく。


 もしかしたらこの「爆発する何か」も魔法の一種なのかもしれないな。


「申し訳ないのですが、少し疲れてしまって……」

「なら少し休もう」

「すみません……」

「謝る事はない」


 この体のせいか、俺は疲れを感じない。

 どのタイミングで休むべきか、いまいち計りにくかった。


 やっぱり自分は、生物じゃないんだな。

 ロボット……いや、魔力で動いているらしいから、ファンタジックにゴーレムみたいなもんなのだろう。


 ヴァージニアが通路の壁にもたれかかって座る。

 履いていた踵の高い靴を脱ぐと、靴ズレで皮膚がめくれていた。

出血もしている。


「痛そうだな」

「見るんじゃありませんでした」


 ……何とかできそうだな。

 なんとなくそんな実感が湧いた。


 手をかざす。

 すると、手の平から青い光が放たれた。

 光を浴びたヴァージニアの足が治っていく。


「回復魔法を使えるのですか?」

「そうみたいだな」


 使い方を自覚しているわけじゃないが、できるという確信はあった。

 度々こういう感覚があるけれど、これはこの体本来の判断機能と俺の記憶が混じってしまうからなのだろう。


 魔法や魔力なんて何もわからないけれど、この体はそれらから成り立っている代物のようだった。


 ……なのに、どうして銃なのだろう?


 そのおかしさに気付く。


 太腿に収納された銃を取り出す。


 一見して自動拳銃に見える。

 相変わらず、銃把を握ると一体化するように馴染む。

 その構造まで手に取るようにわかるかのようだ。


 銃把の底から弾倉をスライドさせて取り出す。

 一番上の銃弾を一つ取り出して見た。

 形状はやはり自分のよく知る銃弾に見える。


 銃というものは合理的な形をしていると思う。

 剣という武器が多くの国に存在し、形状が概ね似通っているように。

 銃もまた、その仕組みと効果を引き出すのに最適な形をしている。


 だから、異世界にあっても、銃が存在すればこの形となるというのも説得力はある。

 銃弾の形だって同じだ。

 まっすぐ飛ばすのに、この形は必要なのだ。


 俺が持っている銃弾の総数は六十五発。

 頭の中にその情報が浮かび上がる。


 例え切れても、魔力弾を放てるので問題ない。

 例のチャージは魔力を現しているのだろう。

 現在は30%まで溜まっている。


 5%を全てつぎ込んであの威力だった。

 もう少し威力を調整すれば弾数は確保できる。


 体を動かすために必要な魔力の余剰分をチャージに回していて、それを武装のエネルギーとして活用しているようだ。

 この銃は銃であり、魔法の杖でもあるという事か。


「そういえば、ここはどこなんだ?」


 ヴァージニアに向けて、今まで思っていた疑問を口する。


「王城の地下にあたる場所です」

「何でそんな場所に?」

「外への脱出路があるからです。それに、コウタ様に助けを求めようと思いまして」

「なるほど。俺はついでだったか」

「いいえ、コウタ様。私一人だけでは、ここを抜け出す事はできません。守護神様に頼る事は外せない事だったんです」

「それはいいとして、俺がここにいるとよく知っていたもんだな。それに、見つけても助けてもらえるとは限らない」

「王家には伝承があるんです。王家を護る守護神様の伝承が。必ずや、護ってくださると思っていました」


 ふぅん。

 俺の体は大層な(いわ)くつきらしいな。


「最下層に、王家でなければ開けられない扉があります。そこを通れば城から離れた場所へ出る事ができるはずです」

「OK。そこまで無事に届けてやるよ。で、ここを出た後はどうする?」

「どうにか近衛を頼ろうと思います。今、味方だとわかっている唯一の戦力ですから」

「そうか」


 ヴァージニアはこちらの顔色を伺うように上目遣いでこちらを見やる。

 この頭には表情なんてないのに。


「あの、できれば出た後も一緒に来ていただけませんか?」


 彼女はおずおずと願い出た。


「頼まれちゃ仕方がないな。行く当てもない事だし」


 答えると、不安に曇った彼女の表情が晴れる。


「ありがとうございます」


 どういうわけか本当に、彼女に頼まれると何でも聞いてやりたくなる。

 王家の守護神というからには、そういうプログラムが組まれているのかねぇ。




 休憩を挟みつつ、襲撃者に対処しながら、俺達は通路を進む。

 そうしていると、通路の雰囲気が変わった。


 きっかけは壁だった。

 銀色をした金属の壁。

 そこには大きな穴が空いていて、そこから先にまた通路が続いている。


「もうすぐです」


 そこまで来て安心したのか、後ろを歩いていたヴァージニアが前に出た。

 警戒する事もなく、壁の穴を通った。

 その後を追う。


 壁の穴を通る時、壁の側面を見るととても分厚い事がわかった。

 中に入ると、通路は石壁から金属で構成された物に変わる。

 地面だけはリノリウムに似た、滑り難い質感の物だった。


 俺にとっては見慣れた、現代的な……いや、現代よりも先を行っている様に見える雰囲気の通路だった。


 通路の途中にはいくつか開きっぱなしのドアがある。

 取っ手のない金属の自動ドアめいたものであり、中を覗いてもからっぽの部屋があるだけだった。


 元は何かがあったんだろうか?

 その痕跡すら今はない。

 伽藍堂から目を背け、通路を進む。


 少し前を行くヴァージニアの背を追って、歩いた。

 然程時間はかからなかった。

 彼女はある扉の前で立ち止まる。


 両開きらしき銀色の扉。

 取っ手はない。


「この石版に手を置くと扉が開きます」


 言って、ヴァージニアは扉の横にある装置に手を伸ばす。

 そう、装置だ。

 石版などではない。


 手を置こうとしているのは、正方形のスクリーン。

クリアグリーンのスクリーンだ。


 指紋認証か、静脈認証か……。

 俺にとっては見覚えのある、魔法とは違うテクノロジーの結晶。


 彼女の手がスクリーンに置かれると、スクリーンを光の腺が走った。

 少しあって、扉が開かれる。

 扉は自動ドアになっていて、両側にスライドして開いた。


 その先にあったのは一つの部屋だった。


「ここは……?」

「かつて王家は、この場を玉座としていたのだそうです。ここから全てを見通し、民を統べ、災厄より導いた。……神代と呼ばれるほど古い伝承ですけれど」


 俺は部屋中を見回した。


 いくつもの計器、モニター、操作盤……。

 まるで、船のブリッジみたいだ。

 それも映画で見るような、宇宙戦艦じみた……。


 アクセスポイント検知。


 不意に、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 何度かあったアラートと同じように繰り返し訴えかけてくる。

 それだけ重要な事柄なのだろう。


 導かれるように向けた視線の先には、操作盤に紛れて銃把に似た何かがあった。


 アップデート情報あり。

 ダウンロードを行ってください。


 頭に浮かぶ言葉が文言を変える。


「どうかしましたか?」

「ちょっと時間をくれ」


 ヴァージニアに答え、俺はアクセスポイントへ向かう。

 そしてそれを握った。


 手が装置と繋がる感覚。

 そこを通して、何かが流れ込んでくるのがわかる。

 情報、という話だったがそれらしき物は感じられない。


 何か、としかわからない。


 何かの奔流が止まり、手を放す。

 けれど、やはり何も情報らしきものは見当たらない。


 機能的なアップデートだったんだろうか?

 不具合修正みたいな。


 解凍中……。


 かと思えば、そんな文言が頭に浮かんだ。

 時間がかかるという事か。

 どれだけでかい情報なんだ。


「コウタ様?」

「待たせたな。行こう」


 部屋の奥には、また一枚の扉があった。

 そちらは認証がないのか、近づくだけですぐに自動で開いた。

 扉の先には真っ暗な通路が続いている。


 ヴァージニアが進み始める。

するとその先にライトが点いて通路を照らす。

 進んでいく度に、行く先のライトが順々に点いていった。


 長い……。

 長い……廊下だった……。


「初めまして、Mr.ミヤマ」


 ヴァージニアが振り返り、そう挨拶してくる。


 いや、ヴァージニアは振り返っていない。

 通路を歩き出してから、ずっと背を向けたままだ。


「もう逃げられないぞ」

「おいしいね」

「何それ、きっしょ」

「恋人になろうか」

「フィリックス」

「どうしようか?」

「やりすぎだ馬鹿野郎!」

「お姫様扱いしてほしいな。王子様」

「活性波長」

「どうして私をそう呼んだの?」

「きっとそう長くは続かない」

「ありがとう」


 声が、途切れる事無く頭に響く。


「コウタ」

「コウタ」

「コウタ」

「コウタ」

「コウタ」


 俺を呼ぶ声が、聞こえる。

 様々な感情を含んだ声色。

 声だけじゃない。

 姿が見える。

 光景が見える。

 視界にはずっと、暗い廊下とヴァージニアの背中が見える。

 なのに違う景色が見える。


「ヨルムンガンドを倒してくれよ」


 少女とは違う、低い男の声が最後に聞こえた。

 それと同時に、通路の終わりが見える。


 光に満ちた、広い空間だ。

 球形の空間。

通路の終わりから繋がる橋は、空間の直径を横断するように伸びている。


2キロメートル以上あるだろう、長大な金属の橋だ。

 目をこらし……というよりも倍率の調整された視界が橋の終わりに捉えたのは、先ほどと同じ暗い通路だった。


 F粒子濃度、低下。

 活動優先、チャージ停止。


 そんな警告が頭に響く。


 F粒子は、多分魔力の事だ。

 そして、この体はそれを動力としているため、濃度の低いこの場所では例のチャージに回せるだけの魔力は確保できない。


 という事だろう。

 なんとなくそれが解る。


「向こう側に着けば、あとはもう外に通じているらしいです」


 歩みを留めないまま、ヴァージニアは言った。


 橋の下を見ると下は水が溜まっていて、地底湖の様相を呈していた。

 岩肌はかすかに光っていて、そのためにこの空間は明るいようだった。


 機械的な通路を抜けて現れる自然的な、それでいて人の手が加えられた空間。

 奇妙な雰囲気だった。


「ここは何なんだ?」

「伝承では、雷神によって邪竜が倒された場所だと語られています」


 雷神に邪竜ねぇ。

 ヨルムンガンド、か。

 先ほどの幻聴を思い出す。


 ヨルムンガンドは北欧神話に出てくる怪物だ。

 雷神と呼ばれるトールに倒された逸話がある。

 偶然か?


 そんな事を考えていた時だ。

 頭にアラートが響く。


 何を基準に危険と認識するんだろうな?


 疑問に思いながら振り返ると、十数人の一団が通路から橋へ足を踏み入れるのが見えた。

 俺の視線に気付いたのか、ヴァージニアも来た道を振り返る。

 背後の一団に気付き、表情を引きつらせる。


「大臣……!」


 盾を構える甲冑の男に庇われたまま、質の良い衣服に身を包んだ老人が歩み出る。

 多くの割合を白髪に占められた黒髪。

 それをオールバックにした、病的に肌の白い男だった。

 腰こそ曲がっていないが全体的に細く、顔には深い皺が無数に刻まれている。

 あれが、大臣だろう。


「なるほど。存外に頑張っていると思っていたが……」


 大臣は俺に視線を向ける。


「先王より聞き及んでいた守護神か……。与太話と思っておったが、伝承も馬鹿にできぬな」

「大臣……。理由は問いません。ですが、私の前に現れた事、覚悟の上でしょうね?」


 怒りを含んだ言葉をヴァージニアは大臣にぶつけた。

 大臣は嘲笑を返す。


「お前に何ができる? 守護神ならば、我が国の精鋭を退けられると? 先見の無法者共と一緒にされては困るな」


 大臣が話をする間に、その精鋭と思しき兵士達は着々と配置についていく。

 戦うための陣形を構築しているのだろう。

 魔法使いは……いるんだろうな。

俺の移動速度では射程外に逃げられないな。

 さて、魔力濃度の低いこの場所でどこまで魔法を使えるのか……。


「我が国の精鋭ねぇ?」


 俺が喋れる事に驚いたのか、大臣の視線が再びこちらへ向けられた。


「早速王様ごっこを楽しんでいるようじゃないか。そんなに新しいおもちゃが嬉しいか? まぁ、子供相手に親の形見を取り上げてまで欲しがったんだ。そりゃ嬉しいわなぁ」


 身振り手振りを交えて、軽く煽ってやる。

 思った以上に効果があったのか、大臣の表情は余裕を失って怒りに歪む。


「おしゃべりな人形だ。所詮は数千年の時を経た遺物。技術の最先端たる我が国の精鋭を相手に、如何ほど足掻けるものか」

「存分に検証してくれ。協力してやるよ」


 ヴァージニアの腕を引いて体の後ろに庇う。


 ほぼ同時に俺の頭部へ着弾する火球。

 ダメージはわずか。

 爆炎に包まれながら、銃撃を返す。


 同時に敵部隊の前方に、遮蔽物となる白い壁が形成される。

 銃弾が壁に阻まれて跳弾した。


 その壁、どっから出てきたんだよ!


 壁を盾にしながら、杖を持った兵士が魔法を放ってくる。

 身を乗り出し、ちらりと覗いた頭を狙撃するが、魔法のバリアに阻まれた。

 手数も多い。


 どうやら、人間が魔法を使う分にはこの濃度の魔力でも問題ないらしい。

 俺の体は、自分で思う以上に燃費が悪いんだろうな。


 あの部隊は、全員が魔法を使えるのかもしれない。

 精鋭というだけはある。


 ダメージはあまりないが、ヴァージニアを庇っていては動けない。

 橋の上だから、こちらには隠れる場所もない。

 いずれ押し切られるかもしれない。


 こちらも魔力の爆弾を投げる。

 壁に付着した爆弾は爆発し、壁の一部に大きく穴が開いた。

 しかし、穴は徐々に小さくなっていった。


 完全に穴が閉じる前にありったけの銃弾をぶち込むが、全部バリアが防ぐ。


 壁ごと吹き飛ばすだけの威力はない。

 敵部隊にも被害は出ていないようだ。


 これではジリ貧だ。

 実弾も心許ない……。


 使うか?

 チャージは135%……。

 100を超えてる……?


 何でこんな表記なんだ?

 ……100がフルじゃないという事は、何を基準に100%としている?

 格闘ゲームとかだと、超必殺技一発分などの区切りなどでそういう表記もあるが……。


 何かの武装に必要なエネルギーか?


 それに思い至ると、ある武装の情報が頭に過ぎった。


 ……とんでもないものがあるじゃないか。

 でも、この相手には過剰すぎる。


 俺は、銃に10%分の魔力を込めて放った。

 こっちで十分だ。


 最初に撃った時よりも太い光線が銃身より発せられ、敵方の壁に直撃。

 あっさりと貫通し、円形の穴を開けた。


 それに巻き込まれ、壁に隠れていた三人の体にも大穴が開く。


 何もかもを突き抜けた光線は遥か後方の岩盤に至り、そこから波紋が広がるように光がざわめいた。

 波のように光の輪がドーム状の洞窟を巡っていった。


「くっ、防壁を修復しろ!」

「ですが! 次に同じ攻撃が来ても防ぎきれません!」

「防御が無駄だと!? ならいますぐに突撃しろ!」


 大臣の大声があがる。

 むちゃくちゃ言ってやがる。


「いい顔だ。小悪党にはその方が似合ってる」

「うるさい!」


 煽ってやると必死な様子で怒鳴り返された。


「何をしている! これ以上減らず口を叩かせるな!」


 大臣は怒鳴り散らし、兵士達を突撃させようとする。


 さっきのやりとりからして、兵士の方はあまり乗り気じゃなさそうだ。

 もう一発、狙撃で大臣を殺れれば相手も退いてくれるかもしれないな。

 そう思い、銃口を大臣の頭に向ける。


 そんな時だった。

 頭にアラートが響く。


 これは、今までと違う……。

 もっと、危険な奴だ。


 少し遅れて、洞穴全体がかすかに揺れだした。

 そう思うのも束の間、右側の岩盤が轟音を立てて崩れる。

 いや、爆ぜたという方が正確かもしれない。


 岩肌を崩し、弾き飛ばして現れたのは巨大な機械だった。

 先端にピラミッド上の尖った頭があり、そこから蛇のように長くチューブ状の体が続く。


「なんだ、こいつ?」

「これは、まさか邪竜!?」


 ヴァージニアが叫ぶ。


「邪竜だと? 馬鹿な! あれは、伝承(おとぎ話)だ!」


 頭をせわしなく動かしていたそいつは、暴れるごとに岩肌を砕いて埋まっていた体を掘り起こしていった。

 ほどなくして、全体が姿を現す。


 伝承と同一はともかく、少なくとも現実にそれはいた。


 尖った頭が、こちらへ向けられた。


 目が合った……。

 いや、捕捉(ロックオン)されたんだ。

 この場における脅威として。


 邪竜は、こちらに向けて一直線に突撃してきた。

 頑丈とはいえ、あれだけの質量がぶつかれば一たまりもないだろう。

 それに、こちらにはヴァージニアもいる。


「ヴァージニア!」


 細い体を抱え上げ、回避するように橋の上を走る。

 しかし、追尾するように方向を修正して邪竜はこちらに向かってきた。


「くそ……」


 当たる直前、大きく跳ぶ。

 それでも当たりそうになり……。

 その瞬間、体の周囲に透明なバリアが張り巡らされた。


 多分、何度か魔法使いが使っていたのと同じものだ。

 やっぱりあったか……。

 自覚はなかったが、あるような気がしていた。


 何せ「ガーディアン」だからな。


 邪竜の体に接触し、擦れて弾かれるようにどうにかかわす事ができた。


 ヴァージニアを庇うように倒れこみ、しかしすぐにヴァージニアを立ち上がらせる。


「あいつは俺を狙ってる。出口まで走れ」

「ですが……!」


 邪竜の動きを追う最中、巡らせた体が大臣達を巻き込んで橋を壊したのを見た。


「つけ狙う連中もいなくなったしな。もう、お前に障害はない」

「コウタ様はどうなさるつもりなのです?」

「あいつは俺を狙ってるんだ。どういうわけか知らねぇけど。だから、俺はここで居残りだ。その方が、お前は安全に逃げられる」

「でも……」

「お前を気にしてちゃ戦い難いんだよ。さっさと行け」

「……わかりました。足手まといにはなりません! 行きます!」


 そう言うと、ヴァージニアは橋を駆け出した。


「転ぶんじゃないぞ、お姫様。こっちは英雄になってくる」


 ヴァージニアを見送り、邪竜へ振り返る。


「英雄というより、神様かな。トールのように、やれるといいんだが……」


 言いながら二丁の銃を太腿から取り出す。

銃口を邪竜へ向けた。


 そうして俺は、あらゆる手段を駆使して戦った。

 銃弾で頭を狙い、動きの機先を制しながら、爆弾を投げ、バリアで凌ぎ、どうにかヴァージニアが巻き込まれないように立ち回った。


 けれど、少しずつ追い詰められ、突撃をまともにくらってしまった。

 尖った頭で突撃され、張ったバリアごと腹を貫かれ、そのまま岩肌に激突した。


 腹には穴が空き、もう少し突きこまれれば完全に胴体が両断されてしまうだろう。

 俺の周囲を覆っていたバリアが明滅し、完全に消える。


 そんな折だった。


 解凍作業、完了。

 その言葉が頭に響いた。




フラグメント


「父は言った。自分の死後、あれの封印を解き、野へ放てと」


 密会の場、集まる人々を前に男は語る。

 まだ若いその男の声には、すでに威厳が備わっていた。


 才覚に溢れ、それを御する知恵と勇敢さを兼ね備えた男に、集う人々は惹きつけられていた。


 人々は欲していた、自分達を導く存在を。

 その存在の理想を、人々は若い男に見ていた。


「だが、私はそうするべきではないと思う。あれは放たれるべきではない」

「父君の言葉に逆らわれると?」

「父は偉大だ。しかし、判断を誤る事もあるだろう。今回の判断で、私はその考えに至った」


 尊敬する父へ逆らう事への不安からか、若い男は一抹の不安を表情へ滲ませる。

 しかしそれも一瞬の事で、すぐに精悍な顔つきに力を取り戻した。

 その目には強い意思の光がある。


「あれの封印は解かない。手元に置き、我々で封印を守るのだ。目覚める事さえなければ、父の心情にも()えるのだから」

「……私は、その考えに賛同します」


 一人がそう答えると、次々に賛同の声が上がる。


「ありがとう。貴方達のおかげで、私は自分の考えに自信が持てる」


 後に王と呼ばれるその男は、彼を慕う人々に礼の言葉を述べた。

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