チャプター1
タイトルが決まらなかったのです。
短編の予定が、長くなり過ぎたので分けました。
読み切りです。
プロローグ
それは海外で開かれたあるゲーム大会での事だ。
FPSの部門で俺は優勝した。
決勝で当たったのは見知った相手。
といっても、姿を見た事は無い。
Blue・3。
冗談みたいなプレイヤーネームだ。
奴はFPSの世界ランカーだったが、一度も公に姿を現さない事で有名だった。
実際、今日の大会にもネットワーク通信で接続して参加していた。
俺はそんな相手と何度も対戦し、いつも俺が勝利してきた。
今日の大会でもその結果は変わらなかった。
地元では望めない破格の賞金を貰い。
観光してから帰ろう、とそんな算段をつけた時だ。
選手の控え室に人が入ってきた。
スーツ姿の二人。
大柄で、薄暗い室内なのにサングラスをかけていた。
それで――
チャプター1
――起動確認。
F粒子検知。必要濃度クリア。
F式駆動機関始動。
簡易メンテナンス開始。……各部、動作に異常なし。
劣化箇所、修復。
FT―66c個別登録名「ガーディアン」起動。
……何考えてんだ、俺?
つらつらと、意味の解らない単語が頭に浮かんでいく。
闇の中にあった視界が、唐突に明るくなる。
いっぱいに広がったそこには、一人の少女が映し出されていた。
首を下ろし、少し上向いた視界を調整する。
その様子に少女は驚いた様子だった。
可愛らしい子だった。
金髪に青い目、彫りが深く整った顔立ち。
日本ではあまり見ない特徴だ。
大きく開かれた胸元から見えるのは、窮屈そうに押し込められた肉の球。
しかも布地が肉に食い込んでる。
まだ成長中か。とんでもないポテンシャルだ。
よく見ると服は、ドレスか?
到底、普段着には見えない淡い桃色のドレスを彼女は着ていた。
「あなたが、守護神様……?」
守護神?
日本語じゃない。
英語っぽく聞こえる。
英語は話せないからわからないが。
けれど、彼女が何を言ったのかしっかりと意味が判読できた。
「俺はミヤマコウタだ。あんたこそ何者だ?」
「え、はい! ヴァージニアです!」
問い返されて、驚いた様子でヴァージニアが答える。
「お、お助けください! 守護神様!」
宮間 康太だって言ってんだろ。
一歩踏み出して何気なく自分の手の平を見る。
そこには素肌でなく、鉄の手袋……手甲と呼べるような物がはめられていた。
しっかりと人の関節に則って節があり、五指と手の平の一部には滑り止めらしき小刻みな凹凸が備わっている。
質感はゴムか、シリコンか……。
そう思って触れ、奇妙な感覚に驚きを覚えた。
「感触がある……」
両手にはめられた手甲。
金属に覆われた指先で触れた手の平の滑り止め、滑り止めに触れた人差し指。
そのどちらにも、触れる感触が伝わってきた。
まるでこの硬質が俺の肌であるかのように、確かな触覚を実感する。
その手で頭に触れた。
何もない。
額から顎まで、ゆっくりとなぞったがそこまでに顔の凹凸はなかった。
つるりとした……さながら、フルフェイスのヘルメットを撫でるようだった。
そのくせ、しっかりと触れる感触はある。
「どうなってんだ……」
「あ、あの、守護神様?」
「困ってるのはわかってるが、あとにしてくれ。こっちも戸惑ってんだ」
「そんな事言われましても……!」
「えー! ウソだろ! どうなってんだ!」
そんな時だった。
不思議な感覚に陥った。
アラートが鳴っている。
実際に聞こえているわけじゃないから、鳴っているわけじゃない。
けれど、危険を知らせる何かが頭の中で響いている。
思わず、ヴァージニアを後ろへ下がらせ、背中に庇う。
「守護神様?」
「コウタ!」
訂正を入れつつ、こっちだと思う場所を凝視する。
その時になって気付いたのは、自分が暗い場所にいる事だ。
石のブロックを積み上げた壁。石室。
広い空間には、いくつもの石柱が建ち並んでいる。
その奥を凝視すると、闇の中に一本の通路が見える。
部屋にある通路はそれだけで、他に道はない。
一箇所だけに通路が見える一本道の袋小路。
何か居る……。
通路にじゃない。
石柱の作る闇の中に息遣いを感じた。
何かはわからないが、もう部屋への侵入を許している。
一つじゃない。
視界に熱感知フィルターをかける。
困惑はあったが、当然のように出来ると理解していた。
部屋中の物陰に潜むそれらは、人の形をしていた。
人間?
そう思うのも束の間、ハンドサインのような仕草が見えた。
間もなく、影から一斉に人が飛び出す。
危険を感じるのと同時に俺の右太腿が開き、銃把が飛び出した。
握ると一体化するように馴染み、抜き放ち全貌を現した銃身は白く長い。
銃撃。
マズルフラッシュと共に吐き出される銃弾は、一番に飛び出した男の頭部を正確に打ち抜いた。
眼窩に孔が空き、力を失った体が落ちるように倒れた。
男は棒状の何かを構えていたが、その正体が何かはわからなかった。
銃だろうか?
その割に銃を扱うような装備ではない。
金属や革の防具。
銃弾を防ぐ事はできず、身軽に動くには重過ぎる。
次いで、判断を迷わせるためか左右の離れた場所から同時に人影が飛び出す。
その二人が二歩を踏む前に、銃声が二つ響く。
一人が前のめりに倒れ、もう一人が前転して倒れる。
後続は無い。
だから先に動く。
物事は流動的だ。
戦闘となればさらに顕著だ。
迷い、停滞した者は不利になる。
ま、FPSの話だけれど。
俺は相手が隠れている場所を狙い、何か投擲した。
何を投擲したのか自分で把握していない。
どこから取り出したのかもわからない。
というか、手の中に忽然と現れたように思う。
わからない事だらけだが、ただ爆発物だという事だけは理解していた。
石柱と石柱の間に落ちたそれは、光の球体に見えた。
本体の見えないそれは、着地と同時に強い光を発した。
音と爆風を放ち、柱に隠れていた三人を吹き飛ばす。
熱感知の視点から見ると、人の形を形成していた三つの個体は小さくなり、倍数以上に散っていた。
その熱は人としてのものだ。形を失うと秒刻みで、霧散していく。
そうなってようやく、物陰に隠れていた相手が飛び出した。
計七人。
内、二人がまだ物陰に隠れている。
その二人は棒状の物の先端をこちらへ向けていた。
何かはわからないが、他の向かってきている相手と違ってロングレンジの攻撃手段があるという事だ。
先にそちらを銃撃する。
一人の頭を撃ち貫き、もう一人にも銃弾を見舞う。
しかし、その一発は何もない空間で唐突に跳ね返された。
まるで、透明の壁があるように……。
そのわずかな隙に、棒を持っていた奴が攻撃してくる。
棒の先端から、高熱源の球体が撃ち出された。
熱感知ではない通常視界に移るのは、炎の球である。
高速で接近する炎、左手で咄嗟に防御する。
腕に衝撃が走り、しかしそれほどのダメージは感じなかった。
致命傷にはならない。
爆弾でもなければ、火炎放射でもない。
燃え盛る炎の球が銃弾に近い速度で飛来した。
直撃の衝撃は強くないが、高温ではあった。
その高温がこの身体には通じない。
正体のわからない攻撃手段について、行き着いたのは魔法という言葉だった。
現実味のない答えだが、疑った所で現実に起こる現象がウソになるわけじゃない。
それから二、三発銃撃したが、全て先ほどと同じように防がれた。
その間に、接近していた他の敵が迫りつつある。
標的をそちらに替え、近い相手から順に銃撃を加えた。
あっさりするほど簡単に四人をヘッドショットで討ち取れたが、最後の一人が剣で銃弾を防いだ。
クロスレンジまで接近を許す。
足とわき腹を順に撃ち、怯んだ所へ蹴りを見舞ってつき放した。
思った以上に威力が乗り、蹴られた相手は石柱まで吹き飛ばされて強かに体を打ち付けられていた。
弾切れの近い銃を右太腿にしまい、代わりに左太腿からせり出した別の銃を掴む。
再び物陰に隠れた魔法使いを見ると、その頭上に無数の青い物体が浮かんでいた。
その物体は、急激にその体積を増やしていく。
いや、青いのは熱感知の視界で見たからだ。
青いという事は、低温の何かがそこにある。
さっきは炎だったが、これは氷かな?
鋭利な形状のそれが、大きく成りきった時、どのように使われるか説明されなくとも理解できる。
銃撃を加えるが、やはり防がれた。
バリアか。
いよいよ本当に魔法じみている。
もう少し威力がないと……。
そう思って咄嗟に強い武器を意識すると、チャージ率5%という言葉が頭に浮かんだ。
何のチャージだよ? という思考と同時に、これなら十分か? という思考が頭に浮かぶ。
わからないのに、それでどうにかできるという妙な自信がある。
銃口で相手を狙う。
トリガーを引くと、銃弾の代わりにバレルから放たれたのは青い閃光だった。
閃光は魔法使いの頭部へ飛来し、そして弾かれる事無くそれを吹き飛ばした。
首から先の原型は残らなかった。
血や肉が飛び散る事も無く消失した。
そんな有様だった。
「さて……」
とりあえずの危険は去った。
アラートは聞こえない。
おっと、後始末があった。
まだ一人生きてる。
脅威の排除は徹底的にしておかなければならない。
さっき蹴り飛ばした相手に向けて、歩み寄っていく。
相手はこちらを恨めしそうな視線で睨み付け、座り込んでいた。
性別は男。手には剣を握り締めたままだ。
剣……。
そうか、剣を持っているのか。ナイフではなく。
また一つ創作ファンタジーみたいな要素が増えてしまった。
そんな事より……。
人を殺すのは初めてだ。
そこまで冷血漢でも、サイコパスでもないはずなんだけどな。
どうしてあんなにあっさりと殺せた?
どうして今も事務的に殺人の判断を下せる?
動揺はない。
ただただ、混乱だけがある。
「待ってください」
追いすがり、自分の上着の裾を掴んだヴァージニアに止められる。
「話をさせてください」
「……どうぞ、お姫様」
そう言って、ヴァージニアに道を開く。
彼女は男の近くまで歩み寄った。
「あなたは、軍の人間ですね? 見覚えがあります。どうして、私を狙うのです? なぜ、私は殺されなければならないのです?」
問いかけると、男はあざけるように笑う。
「邪魔に思う人間がいるんだ。訊くまでも無いだろ?」
「……近衛も裏切っているのですか?」
「そんな頭あるかよ。あいつらは時流も読めないボンクラどもだ」
「近衛は忠誠心に厚い方々です。馬鹿にしないでください!」
ヴァージニアは怒りを露わにして怒鳴った。
「忠誠心だ? 近衛なんざ、女の色香に惑わされた馬鹿ばかりだろうが……」
「どういう意味ですか?」
「下見りゃわかるだろ。地面の代わりに何が見える?」
わかる。
俺は共感したが、ヴァージニアはよくわからないようだ。
「裏切っているのは、大臣ですか……」
「そうさ。味方なんていないぜ。近衛だって身柄は押さえてる。その間に、無防備なあんたを始末するって算段だったんだがな」
男は俺の方をちらりと見た。
「何故、裏切りなど……。それに、皆が大臣に味方するなんて……」
「統治していた王夫妻がくたばって、今まともに国を運営できるのは大臣だけだ。お飾りの姫様に誰が期待する」
今の話で大体の状況は把握できた。
冗談で言ったつもりだったが、本当にお姫様だったらしい。
ヴァージニアは権力者の子供で、その権力者が死んだ事で後釜に座りたい大臣から命を狙われている。
詳細はわからないが、それだけはわかる。
「統治に期待できなくても大臣が補佐すりゃいいだけだろうが。今までの王家担ぎ上げてた方が反発も少なくて楽だと思うぜ」
俺が答えると男は苦笑した。
「そこはそれ、人は誰だって自分が一番になりたいもんだろ?」
「大臣に忠誠心はなかったようだな。お前と気が合うわけだ」
ちげぇねぇな、と男は力なく笑う。
そろそろか……。
「私は、政治について勉強しています。統治も問題なくこなして見せます」
「じゃあ、やってみろ。俺にはもう、関係ねぇ……」
そう言い残すと、男の体からフッと力が抜けた。
「え?」
「死んだんだよ」
「亡くなられたのですか?」
ヴァージニアは思わぬ事に声を上げる。
俺は気付いていた。
男のわき腹は銃弾で射抜かれ、腹と背中の傷から血が流れ続けていた事……同時に体温が徐々に下がり続けていた事を。
そんな現実の死を目の当たりにして、俺は何も感じていなかった。
罪悪感も恐れも、何もない。
ただ、こいつは死ぬな、という事実を理解しているだけだった。
さっきの戦いの時もそうだった。
対処しなければならないという気持ちだけがあって、攻撃すると相手が死ぬ事をわかっていたのに躊躇が生まれなかった。
明らかな感情の欠落。
それに俺は小さな不安を覚えた。
ああ、不安はまだあるのか。
なら、大丈夫なのかな……。
「お願いします、守護神様。私を、お護りください」
震えた声で、それでも毅然とした態度を崩さぬように、ヴァージニアは懇願する。
味方が居ないこの状況では、俺みたいな得体の知れないものにも頼りたくなるだろう。
「ああ。任せろ。俺が護ってやる」
俺がそう答えると、彼女は安心した様子で笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、守護神様」
「コウタと呼んでくれ」
実の所、俺は最初に助けを求められた時から協力してやるつもりだった。
そうしてやりたいと、不思議と思えたからだ。
フラグメント
船団から逸れ、この地へ流れ着いて三ヶ月が経っていた。
もはや、船はこの地を離れられない状態になっていた。
我々はここに住まう以外に選択肢がないだろう。
幸いにしてこの地には、かつて人が住むに適した場所があった。
それを教えてくれた提案者のおかげで、我々はこの地を安らぎの地とする事ができそうだ。
「ウィーバス」
声をかけたのは例の提案者だった。
風除けにボロ布を纏う彼は、あらゆる事を知る賢者であり、勇敢なる勇者でもあった。
「あなたのおかげだ。ここならば生きる事ができる」
「ああ。だが、備える必要がある」
「何に?」
「この地では大きな戦いがあった。ここにはその時の負債が眠っている」
「それは?」
「蛇だ。大地を震わすほどに大きな」
神話のような存在だ。
「あれは今も封じられている。何事もなければ目覚めないが、何が起こるとも知れない」
さながら、その戦いを見てきたような物言いである。
実際、見てきたのかもしれない。
「だから必要だ。雷神の一撃が」
それだけを告げ、彼は私から離れていった。