長銃使いと一角獣 ~火縄銃でゴブリンやオーガのドタマを撃ち抜くハードボイルド百合~
森深い山中に女が伏せていた。
真っ白な髪に真っ白な肌、灰色の瞳。
どうやら棄て人のようだった。
濃い緑色の外套を頭から被り、茂みに隠れている。
その手には奇妙な筒が握られていた。
鉄製。
胸から足先ほどの長さ。
先端に小さな突起がひとつ。
反対側には凹型の突起。
全体としてはほぼ真っ直ぐ。
だが根本には太い木製の曲がった部品がついている。
女はそれを肩に当てていた。
戦棍ではない。
戦棍ならば筒である理由がない。
魔術杖でもない。
魔術杖ならばあるはずの魔法陣の刻印がない。
女の視線の先で、茂みががさりと揺れた。
赤茶けた巨体が現れる。
爛々と血走る目。
錆びた銅のような肌。
額に生えた2本の短い角。
赤銅大鬼であった。
大人の男が肩車をしても届かないほどの巨体を揺らしながら、獣道を進む。
片手には平地人の子供が――否、子供の死体がぶら下がっている。
千切れかかった首が、赤銅大鬼の怪力を示していた。
平地人の子供の細首など、赤銅大鬼にかかれば小枝と変わりない。
そんな無惨な光景にも、棄て人の女は身じろぎもしない。
鉄棒を赤銅大鬼の頭に向け、先端の凸と根本の凹を合わせる。
呼吸がゆっくりになる。
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
呼吸を止める。
女の手から、わずかな魔力が発せられる。
――蛮!
破裂音。
鉄筒の先が火を吹く。
赤銅大鬼の左のこめかみに小さな穴が空き、右のこめかみが大きく吹き飛ぶ。
赤銅大鬼は何が起きたかわからぬようで、右に、左に何度か首を振ってから、どうっと倒れた。
* * *
棄て人の女は長く息を吐いてから、ゆっくりと立ち上がった。
慎重に斜面を下り、赤銅大鬼の死体の横に立つ。
背に負っていた手槍を抜き、遠間から死体を何度か突き刺す。
反応はない。
歩み寄り、左手に囚われた子供の死体を離してやった。
その胴は、赤銅大鬼の太い指の形に変形していた。
恐怖に剥かれたまぶたを閉じてやった。
背嚢から革袋を取り出す。
中身を赤銅大鬼の身体に振りかける。
鼻を刺す、しかしどこか甘い匂いが漂う。
黒水を精製したものだ。
女は<着火>の魔術を発動し、赤銅大鬼の死体に火をつける。
魔物の死体には魔物が集まる。
肉を喰らうと、より強力な存在になれるのだと云う。
魔物の死体をこうして処理するのは、魔物の討伐を生業とする冒険者にとって常識であり、義務でもあった。
枯れ枝を放り込み、火の勢いを強める。
肉が焼ける嫌な臭いが立ち込める。
女は思わず顔をしかめた。
魔物の肉は、煮ても焼いても食えない。
陰神の瘴気で汚されたそれは毒でしかないのだ。
山火事にならぬよう、火の番をする。
赤銅大鬼の死体を焼き尽くす頃には、すっかり日が暮れていた。
子供の死体を担ぎ、女は山を降りる。
* * *
「ほれ、報酬だ」
焼け残った赤銅大鬼の角を冒険者寄せ場に提出する。
眼帯をした禿頭の男が受付台に銀貨を積む。
「赤銅大鬼を狩って、銀貨7枚か?」
白髪の女は、フードの奥から眼帯の男をにらむ。
「にらむんじゃねえ。オメエが流民のガキのおろくなんかを持って帰るからいけねえんだ。共同墓地に埋めるのだってタダじゃねえ。恨むんなら、教会の坊さんを恨みな」
「教会で弔えなどとは言ってない」
「それが街のルールだ。棄て人はそんなことも知らねえのか?」
女は舌打ちを返すと、銀貨を掴んでその場を離れた。
冒険者寄せ場の決まりごとは知っている。
魔物の被害者を連れ帰った際の葬儀費用を負担しなければならないなどという法はない。
しかし、それは街で暮らすものの決まりごとだ。
自分のような棄て人や、流民は法に保護されない。
仮に報酬を無しにされたとする。
それを領主府に訴えたとしても、取り合ってももらえないだろう。
引き下がるしかない。
* * *
「よう、<大物狩りの白子>ちゃんじゃないの。今日も景気がよさそうだねえ」
「私はそんな名ではない」
「ははは、ごめんごめん。アルム、今日も赤銅大鬼を狩ったんだって?」
棄て人の女――アルムは安酒場のカウンターで酒を飲んでいた。
銀貨7枚。それは街に住む職人であればちょうど7日で稼げる額だ。
命がけの仕事の対価としては安すぎる。
「オーガつったら、金貨2枚は固いだろ?」
背の高い女がアルムの隣に座る。
胸と腰だけを覆う鎧。
女らしからぬ分厚い筋肉に覆われた身体。
浅黒い肌には、あちこちに古傷が刻まれている。
「……7枚だ」
「えっ、金貨7枚も!? すげえじゃん!」
「……銀貨だ」
「は、マジで!? いくらアルムが棄て人だっつってもひどくね? ちょっとあのハゲ、シメてくるわ」
「やめろ、ヴァルカ。余計にこじれる」
長身の女――ヴァルカは南方の出身で、あちこち旅をしているらしい。
そのせいかは知らないが、棄て人のアルムにも気安く接してくる。
「ったく、中原も堅苦しくって嫌だねえ。一緒に東にでも行かねえか?」
「ひとりで行け」
「つれねえなあ」
「私を誘う意味がないだろ」
「意味ならあるさ。強いし、綺麗だからな」
「冗談はよせ」
アルムは、ジョッキを掴む自分の手に視線を向ける。
病的なまでに白い肌。
血管が透けて、静脈を流れる青い血まで見える。
これが棄て人だ。
陽神やあらゆる精霊へ背を向けた者は色を失う。
陰神に堕ち、黒に染まった魔人の方がまだわかりやすい存在だ。
「冗談じゃねえんだけどなあ」
ヴァルカはぼりぼりと頭を掻く。
火のように赤い髪。
紅玉のような瞳。
この女は、よほど火の精霊に愛されているのだろうとアルムは思う。
「冗談はやめろ」
アルムは残りの酒を飲み干すと、蹴るように席を立った。
* * *
アルムの寝床は街を囲む城壁の外にあった。
木の骨組みを魔獣の革で覆っただけの簡素なテントだ。
周囲には襤褸小屋が乱雑に建ち並んでいる。
北の大乱から逃れてきた流民たちが勝手に建てたのだ。
棄て人も流民も、街中に家を持てないという点では同じだった。
「貧民窟にも屋台があるとは知らなかったなあ」
「ヴァルカ、どうしてお前がついてきてるんだ?」
「お、この揚げパン旨いぞ。肉が入ってる」
「質問に答えろ」
「ほごむぐむぐむご」
「食ってからでいい……」
アルムは思わずため息をつく。
しかし、ヴァルカはそんな様子に目もくれない。
薄く揚げた肉入りパンを食べ続けている。
この厚かましい女は、酒場を出たアルムを追ってテントにまでついてきたのだ。
相手をしてもはじまらない。
そう思ったアルムは自分の仕事に取り掛かる。
木炭の入った厚い壷に、<着火>の魔術で火をつける。
魔力の少ないアルムが唯一使える魔術だ。
玉造り鋏を差し込み、火勢が強まるのを待つ。
その間に、火炎蜥蜴の革手袋をはめる。
「ん、なんだそのハサミのお化けみたいなやつ?」
あちこちの屋台で買ったものをようやく食べ終えたヴァルカが、興味津々といった様子でアルムの手元を覗き込んでくる。
「玉造り鋏だ。これに鉛を流し込んで、弾を作る」
アルムは壷から鋏を取り出し、開閉してみせる。
それは大ぶりの鋏のような道具だった。
刃に当たる部分は分厚く扁平だ。
向かい合って半球状にくり抜かれており、閉じると球状の空洞が生じる。
上には小さな穴が開いていた。
そこへ溶かした鉛を流し込むと、丸い鉛玉が出来上がるという寸法だった。
鋏を壷に戻し、長い柄の付いた小さな鍋を取り出す。
鉛の塊をナイフで削り、鍋に入れる。
鍋を炭の上に置く。
鉛の削りかすは、百も数えぬうちにさらさらと溶けた。
銀色に光るそれは伝説の不老不死薬のようだった。
「へえ、鉛ってな、こんな簡単に溶けちまうのか。キラキラしてて、なんだか旨そうだな」
「飲むか?」
「飲めるのか!?」
目を丸くするヴァルカ。
アルムはそれを見てくつくつと笑う。
「死んでもいいならな」
「あっ、かつぎやがったな!」
青筋を立てるヴァルカを無視し、アルムは溶かした鉛を玉造り鋏に流し入れる。
鋏からはみ出た鉛が、一瞬で固まる。
しばらく待って、鉄皿の上で鋏を開く。
すると、弾に小さな茸が生えたような形の鉛が落ちた。
アルムはそれを火箸でつまみ、真剣な目で観察する。
小さく頷いてから、茸の部分をナイフで切り落とした。
壷には蓋をして風霊を断つ。
「あ、消しちまうのかよ。串焼きを温めようと思ってたのに」
「そういう道具じゃない」
「つか、どうして1個しか作らねえんだ? まとめて作っておけば楽じゃねえかよ」
「今日撃ったのが1発だからだ」
「使った分しか作らねえのか?」
「弾は13発。そう決めている」
13。
それは陽神教徒が嫌う数字だ。
親子月の2で割れず、三叉槍の3で割れず、人智を示す5で割れず――
陽神教の定める11までの聖数で割れない最初の数である13は、神への最初の反逆を示すものだとされている。
「棄て人のこだわりってわけかい?」
「師の教えでもある。余り弾があると、外しやすくなる」
「へえ、あんたにも師匠がいたのか」
「そうだ。山渡りの半地霊人だった」
「へえ、アルムは半地霊人に鍛えられたのか。そんなら地霊も加護くらい寄越してくれりゃあよかったのになあ」
アルムはぎゅっと唇を噛んだ。
喋りすぎたと後悔し、黙る。
火霊石と大海蛇の鱗を取り出す。
大海蛇の鱗は鑢状になっている。
火霊石を擦り付け、粉末にしていく。
「ひゅー、おっかねえ。爆発しねえのかい?」
「怖いのなら、黙っていろ」
火霊石を慎重に動かす。
大海蛇の鱗に宿る水霊の力で中和されているが、もし発火すれば惨事だ。
小さじ一杯ほどの粉末が溜まったら、次は風霊石で同じことをする。
こちらは気が楽だ。
万一暴発しても、涼しい風が吹くだけである。
出来た粉末を乳鉢でよく混ぜ合わせる。
均一な薄い桃色になる。
それを髭蛙の胃で作った革袋に流し込み、作業が完了する。
「いま作ってたのは何なんだい?」
「玉薬だ。これを銃に詰めて、弾を撃つ」
「ジュウ? ああ、その鉄棒か。前から気になってたんだよな。見せてもらってもいいかい?」
「手を洗ってからなら」
ヴォルカの手は揚げパンの油や串焼きのタレで汚れていた。
「へへへ」とばつが悪そうに笑いながら、手拭いを使う。
アルムから銃を受け取り、しげしげと見る。
赤色の瞳が好奇心で輝いていた。
「この出っ張りはなんでついてるんだい?」
「照門と照星だ。それで狙いをつける」
「こっちの出っ張りは?」
「引き金だ。そこから<着火>を通して玉薬に火をつける」
「下にくっついてる棒は?」
「槊杖だ。取り外して、弾込めに使う」
銃をひっくり返したり、筒の中を覗きながらあれこれと質問をする。
アルムはそれに淡々と答えた。
「撃つところを見てえなあ」
「見世物じゃない」
質問にはすんなり応じたアルムだが、これはあっさり切り捨てる。
「なんだよ、ケチだな」
「見せるための芸じゃない。これは仕事の道具だ」
くちびるを尖らせるヴァルカを、またもあっさり切り捨てた――つもりだった。
しかし、それを聞いてヴァルカがニヤッと笑う。
「それなら、一緒に仕事をしようぜ」
「なぜそうなる?」
「アルムが銃を撃つところを見たいから」
「見世物ではないと――」
「だから、仕事だっつってんだろ?」
なぜこんな執拗に誘うのか、アルムにはそれがわからなかった。
どう返事をしたものかと思案する。
そのうちに、ヴァルカが一方的に仕事の内容を説明する。
気がつけば、一言も返せないまま翌朝の待ち合わせが決まっていた。
* * *
「矮躯鬼人狩りなんてひさしぶりだぜ」
街から徒歩で半日強。
農村の外れの森を二人は歩いていた。
ゴブリンの群れが現れたそうで、村から寄せ場に駆除の依頼があったのだ。
「陸の感覚を思い出さなきゃなあ」
ヴァルカは巨大な戦斧を振るって道々の枝を打ち落としながら進む。
おかげで後を歩くアルムはずいぶんと歩きやすくなった。
「なぜいまさら陸の仕事を受けたんだ」
「ああ、それなんだけどな」
腕におぼえのある冒険者は、もっぱら迷宮に潜って稼ぐ。
地上の仕事よりも大抵は実入りがいいからだ。
そのぶん、危険も増えるが。
「路銀も貯まったし、そろそろ別の街に行こうと思ったんだよ」
質問の答えになっていない。
そう口にしようとして、アルムは足を止めた。
怪訝な顔をするヴォルカを手で制する。
アルムは身を低くして、先頭を代わってそろそろと歩き始めた。
ヴォルカもそのあとを追って、低い姿勢で歩く。
小柄なアルムと大柄なヴォルカが森の中を音もなく進む様は、白猫が虎を先導しているかのようだった。
やがて、アルムが会話を止めた理由が見えてきた。
木立の先に、矮躯鬼人の群れがいる。
緑色の、疣だらけの肌。
ひどく前かがみで、元々低い背丈がさらに低く感じられる。
頭の高さで比べれば、十歳やそこらの平地人の子供ほどしかない。
矮躯鬼人たちは十数匹ほどで輪を描いている。
輪の中心には、一回り体格のよい矮躯鬼人がいた。
捻くれた杖を振りかざし、何かの動物の頭蓋骨を被っている。
「矮躯鬼人精霊術士だな」
「精霊術士は私がやる」
「たぶん、<矢避け>の加護持ちだぞ」
「問題ない」
二人は小声のやり取りを終える。
アルムは背中の銃を抜いた。
銃口から玉薬を流し込み、鉛玉を入れる。
それを槊杖で突き固める。
「百歩まで近づいて撃つ」
アルムは茂みの中を音もなく進んでいく。
ヴァルカもその足跡を辿る。
しかし、しばしば長身が枝に引っかかりそうになる。
二人の距離が徐々に開いていった。
濃い緑色の外套が溶け込んで見失いそうになる。
ようやくヴァルカが追いつく。
アルムは片膝立ちになっていた。
左肘を立てた膝に置き、銃を構えている。
照星の先には矮躯鬼人精霊術士。
何かの儀式の最中のようだ。
猪の死体の前で矮躯鬼人語の呪文を唱えている。
アルムはゆっくりと呼吸をする。
ひとつ。
引金に指をかける。
ふたつ。
魔力を練る。
みっつ。
息を止める。
――蛮!
引金を通した<着火>の魔術が玉薬に火を付けた。
火霊が暴れ、それを嫌った風霊が狂う。
狭い筒の中で生じた暴風が鉛玉を押し出す。
銃口に向けて、鉛玉が加速する。
風を貫き矮躯鬼人精霊術士の頭部目掛けて飛んでいく。
<矢避け>の加護をする風霊が飛来物に気付く。
しかし、それは風に乗る矢ではない。
爆発によって狂乱した、玉薬の風霊の狂乱が伝染する。
鉛玉を避けて<矢避け>の風霊が逃げ出す。
鉛玉が矮躯鬼人精霊術士の頭部に到達する。
ひしゃげながら、皮膚を突き破る。
頭骨を砕き、己も13の破片に砕ける。
柔らかい脳髄をぐちゃぐちゃに引き裂きながら、なお進む。
反対側から無数の肉片とともに飛び出す。
後頭部に大穴が開いた。
矮躯鬼人精霊術士が口をぱくぱくと動かす。
何か言いたげに見える。
しかし、声は発せられず、その場に崩れ落ちた。
「あとは頼んだ」
「おう! 任された!」
ヴァルカが茂みから飛び出す。
凶悪な雄叫びとともに。
矮躯鬼人どもは恐慌している。
雄叫びには戦神の神気が込められていた。
群れの長が突如死んだところにそんなものを浴びせられて、正気を保てる矮躯鬼人などいない。
戦斧が振るわれるたび、矮躯鬼人の頭が飛ぶ。
胴が縦に裂かれる。
横に引きちぎられる。
アルムは次弾を装填していたが、それを撃つ必要はなかった。
* * *
「いやあ、やっぱその武器はすげえな! 見込んだ以上だ」
ヴァルカは上機嫌に笑っている。
矮躯鬼人どもの死体を燃やしながら。
黒水など使っていない。
火霊の加護により生み出した炎で焼いているのだ。
「そんなに大したものじゃない」
アルムが無表情で応じる。
槊杖に布を巻き付け、銃身の中を掃除していた。
「射程は風に乗る弓矢に劣る。威力は魔術や精霊術に劣る。1発撃つのに時間がかかる。大きな音が出る。欠陥だらけだ」
その声に卑下の含みはない。
ただ事実を淡々と告げていた。
「ンなこたぁねえよ。あたいの目にも弾が見えなかった。もし隠れて撃たれたら、あたいだってやられっちまうだろうさ」
「そうだ。最初の1発だけは優れている」
だからアルムは、群れをなさない赤銅大鬼や岩石巨人などの大物を狩っていたのだ。
「あたいはその1発が欲しいんだよね」
「どういう意味だ?」
「アルムを仲間にしたい理由だよ」
「迷宮には向かんぞ」
初撃で敵の魔法使いを1体潰せる。
これは銃の利点だが、音がいけない。
轟音が迷宮深部まで響き、魔物を呼び寄せてしまう。
「いやいや、アルムと組んで狙いたいのは迷宮なんかじゃねえ。もっとすげえ代物さ」
「もったいつけるんじゃない」
「へへ、少しは興味がわいたか? あたいの狙いは一角獣さ」
「一角獣を!?」
アルムは思わず目を丸くした。
一角獣――それはユニコーン、モノケウロス、エラスモテリウム、ライノセロス、カンフュール、麒麟、獬豸――無数の異名を持つ神獣。
高山に棲むとも、砂漠に棲むとも、海に棲むとも言われる。
その角には万病を癒やす力があると云う。
1本丸々なら、小国が買えるほどの価値がある。
しかし、それを手に出来たものは歴史上でも片手に満たない。
「なるほど、それで私か」
「そういうことさ」
一角獣は欲を持って近づくものを嫌うと云う。
機嫌が良ければ逃げる。
機嫌が悪ければ一本角で串刺しにする。
見た目は馬に似るが、その力は百頭の駿馬にも勝る。
時には竜をも返り討ちにすると云う。
しかし、一角獣が唯一心を許す存在がある。
それが人族の処女だ。
美しい処女には、一角獣は自らすり寄るとさえ伝わる。
棄て人を抱きたがるものなどいない。
純潔だろうと当たりをつけていたのだろう。
そして、その予想は当たっていた。
「念のため言っておくけどな、あ、あたいも同じだからな」
「同じ? 何がだ?」
アルムには、ヴァルカの言いたいことがわからなかった。
ヴァルカは顔を真っ赤にして続ける。
「そ、そのアレだよ。お、男とさ、そういうことはしたことがないっていうか……」
「ああ、お前も処女なのか」
「わ、悪りぃかよ!」
取り乱すヴァルカに、アルムは思わずくつくつと笑う。
ヴァルカは一線級の実力者だ。
本来ならばアルムなど足元にも及ばない。
しかし、どうもからかい甲斐がある。
「悪くなどない。お前も言っただろう、同じだと」
「お、おう。そうだよな」
色恋沙汰など、神と精霊を棄てた日から興味をなくした。
師の遺した銃で生き続けることで、神と精霊に当てつけていた。
神気も霊気も宿らぬ弾丸で神獣を狩れるのならば、それは痛快かもしれない。
「それで、当てはあるのか?」
「当て?」
「一角獣の居場所だ」
「おお、乗り気になったんだな! これは結構信憑性のある噂でよう――」
矮躯鬼人の死体の山が燃え尽きるまで、ヴァルカは一角獣について語り続けた。
紅潮した顔が炎に照らされる。
赤い瞳がきらきらと輝いている。
それを見るうちに、アルムはこの女と共に一角獣を撃つのも悪くない、と思った。
(了)
作品がお気に召しましたら、画面下部の評価(☆☆☆☆☆)やブックマークで応援いただけると幸いです。
また、このような短編を発作的にアップしますので、作者のお気に入り登録をしていただけると新作の通知がマイページ上に表示されて便利であります。