敵の敵
「よっし! それじゃあご飯食べ直すわよー!」
「……朝食はしっかり食べていなかったか?」
「食べてたねー」
「食べたけど、それとは別に食べたいでしょ? そこら中で美味しそうな匂いがしてるんだもん」
これから別行動をする必要もなく、ルージェも今日やるべき最低限は終えたとのことで、万が一の襲撃を警戒して三人で大通りを歩いていると、近くにあった屋台で食べ物を買い始めたスティア。
いくら匂いがしたと言っても、朝食を食べてからまださほど時間は経っていないのだ。よくもまあそんなに食べる気になれるものだ。
「はいこれ」
「ん? ありがとう」
「ああ。ありがとう。お前が自身の食べ物を分けるとは珍しいな」
「私だってこれくらいの優しさはありますー」
両手いっぱいに肉を挟んだパンを買ったスティアは、そのうちの二つを俺たちに差し出してきた。
それを受け取った俺達は、襲撃もなく穏やかに街を歩くことになったのだが、せっかくなので今まで聞かなかった事を聞いてみるとしよう。
「それにしても、スティア。なぜお前はそんな魔創具にしたのだ。使いづらくて仕方ないだろうに」
今までも武器を大きくする場面には遭遇したが、今日見たほどの大きさではなかった。
あそこまで巨大化する武器を作るのは普通ではない。いや、元から普通ではないのはわかっていたが、あれは異常と言える。なぜあのような異常な大きさになる武器を作ろうと思ったのだろうか。それも、周りの意見や常識を無視してまで。
「え? だって、おっきいのは強いでしょ?」
だが、そんな問いに帰ってきたのはとても単純な答えだった。
その答えを聞いて、思わず間抜けにも口を開いて呆けてしまったほどだ。
「……それだけの理由か?」
「それだけって、大事なことなんだからね。おっきいってのは、単純に強いのよ。小枝が頭に当たったところで被害なんてないけど、大木が倒れてきたら怪我するでしょ? おっきくって重いって言うのは、それだけで脅威になるの。それが硬かったらなおさらね。そこに私の力を込めたら、ほら。もう最強でしょ?」
「大きさが強さにかかわると言うのは理解しているがな、それでも限度があるだろ。なぜああも巨大なものを作ったのだ。使いづらくて仕方ないだろうに」
大きさが脅威となることは理解しているが、それでもやりすぎではないだろうか?
「でも、大きくするサイズは使うときに決められるし、それにとりあえずあたる面積が広ければ当てやすくない?」
「まあ、あんなものを振り回されたら、先頭に置いて脅威ではあるな。街中では使いづらいことに変わりはないが」
「そこはほら、小さいままぶん殴ればおしまいでしょ?」
「自分で自分の魔創具の真価を否定していないか、それは?」
大きければ強い、と言う考えのもと作り出したはずなのに、大きくしないで小さいまま使うと言うのは、自身の魔創具を否定している気がする。
だがまあ、普通であればあのような巨大な武器を作らないと言うのは、その素材を集めるのが難しいからだ。
強力な魔創具を作ろうとすれば強力な素材が必要になるが、それをあのサイズ分集める事ができるかと言ったら、普通は集められない。
わかりやすい例を出すと、ドラゴンの素材だ。そういった希少なものを使っていれば金がかかりすぎるのだ。
だがこいつは王女であり、魔創具を作る前まではそれなりに期待されていたのだという。であれば、俺の父親が俺の魔創具の素材を用意するのに金額を気にしなかったように、こいつも希少な素材といえど大量に用意する事ができたことだろう。
ただ、それでもやはり無駄に大きすぎる気はするが。
「む〜。そんなに言うんだったら、あんたのはどんなこと考えて魔創具を作ったのよ」
「俺は基本に忠実に作っただけだ。まずは身体強化と家門の秘伝を設定し、余ったスペースに武具の強化、および操作や各属性の性質変化の式、あとは杖としても使えるように魔力の伝導率や収束効率をあげている」
聖剣に劣らず、それどころか凌駕するようにと、全ての機能を限界まで詰め込んで作ったものだ。実際、形という点以外の、性能だけでいえば聖剣と呼ばれてもおかしくないものではある。……肝心の形が大失敗なのだがな。
だが、そんな俺の言葉にルージェが肩を竦めながらため息を吐いた。
「そこまでやるのは普通じゃないよ。普通っていうのは、身体強化と何か特化した一つの魔法のことを言うんだよ」
「お前の魔創具のように、か?」
ルージェの魔創具は、速さに特化している。その速さは俺ですら対応に苦慮するほどであり、極めていると言っていいだろう。
そして、その速さに加えて、炎を発生させる事ができる。
速さに特化した身体強化と、炎を発生させる魔法。確かに普通と言える魔創具なのだろう。問題は、その速さという点が普通ではないことだな。
「そうだね。ボクのはそれこそ基本的な魔創具だよ。身体強化と、ちょっとした魔法。魔法って言っても、知識も技術も素材も、色々と足りなかったから半端な代物だけどね」
「そう言った割には、お前の速度は並ではなかったと思うがな」
「ああ、うん。まあそこは気にしたからね。魔法よりも、速さを求めたんだよ。敵を殺すにも逃げるにも、速さが必要だから。攻撃なんて、ただ敵を殺すだけなら素手でもできるんだよ。首を殴ればそれでおしまいさ」
「つまり、速ければ強い、と。そういう考えか」
「まあ、そうだね。魔法はあくまでもおまけとしてで、だからこそ半端な魔法しか使えないんだよ」
「なるほど。要は、お前達は二人とも同類なと言うわけだな」
大きければ強いと考える者と、速ければ強いと考える者。どちらも同じ部類の者だと言えるだろう。
「失礼だね。ボクはちゃんと考えた末に速さを求めたんだよ」
「失礼って何!? 私だって考えて決めたんだけど!?」
そんなふうにやかましく騒ぐ二人だが、そんな馬鹿話も終わりにしなければならない。
「さて、騒いでいるところ悪いが、切り替えろ」
そう言われてもスティアは首を傾げているが、ルージェはどう言う意味か理解できたようで、先ほどまでと同じ笑みを浮かべたまま纏う雰囲気を変えて問いかけてきた。
「……わかってるよ。これ、どう思う?」
「尾けているということは、状況からして『影』の連中ではないか?」
「なになに? 敵?」
ここまで話していれば状況は理解できるだろうに。それでもスティアはのほほんと惚けた雰囲気のままだ。
獣人とはもっと気配や視線に敏感な種だと思っていたのだが、それは間違いだったか?
「……お前は獣人なのではないか? 獣人は警戒心が強いと聞いていたのだがな」
「んー、まあそうかもだけどぉ……でも警戒してなくても問題ないっていうか、襲われても死なないし……それに、今ならあんたが守ってくれるでしょ?」
「信頼されてるねぇ」
「警戒しているこちらの身にもなって欲しいところだがな」
信頼されていることは嬉しくないわけでもないが、それでも自身の身は自身で守るようにして欲しいところだ。
「——で、どうするの?」
「さて、どうしたもの——ああ、どうやら考える必要は無くなったようだぞ」
俺たちのことを尾けてきている人物は数人いたようだったが、その者らにどう対応すべきか考えていると、一人の人物がこちらに近づいてきた。
「少々宜しいでしょうか?」
姿を隠すことなく正面から堂々と近づいてきた人物は、どこにでもいるような女性……いや、少女だった。
こうしておかしいと思って見なければ、ただの街の住民だと判断したことだろう。
「あなた、厄介ごとに巻き込まれているようですね」
少女らしい見た目に、少女らしい声。だが、紡がれた言葉は少女らしさは感じられなかった。腹の探り合い、騙し合いが生活の一部となっている貴族でさえ、この年齢の少女ではこれほどの話し方をすることはできないだろう。はっきり言ってしまえば、異常である。
「何者だ」
「心配せずとも、私たちはあなたの味方です」
「そんな言葉が信用できると思っているのか?」
「いいえ。ですが、信用しておらずとも構わないので、私たちの話を聞いていただけませんか? そしてできることなら、手を結びたい」
「再度問おう。お前は何者だ?」
「……私たちは、あなた方の敵の敵……裏ギルドです」
正体を聞かなければ話を聞くことすらするつもりはない。その意思を感じ取ったのか、少女は一瞬だけ迷った様子を見せてからそう口にした。
裏ギルド。つまりは今俺たちのことを狙っている『樹林の影』の同類ということだ。
だが、この少女は自身のことを〝俺たちの敵の敵〟と言った。敵とは『樹林の影』のことだろうが、その敵ということは、奴らと争っているということ。
あいつらと争っている組織というのはいくつかあるようだが、その中でもわざわざこうして俺達に接触をしてくるような者たちといえば……




