フラウメル大樹林
リゲーリア唯一の港街を出て、道中で手紙を出したり魔物を倒したりとしながら進み続けること二週間。俺達は目的としていた場所——魔境へと辿り着いていた。
『フラウメル大樹林』と呼ばれるこの魔境は、立地という点では大した利点はない。他国と近いというわけではなく、都会に近いというわけでもない。言ってしまえば単なる田舎だ。
だが、大樹林という魔境があるために、この街にはいろいろな人材が集まる。例えば傭兵や商人。この二種類が多いが、他にも医者や料理人や娼婦などといった者達も多くいる。
その理由は、ひとえに魔境が金になるからだ。
魔境から取れた植物はたとえそこら辺の木であろうと価値がある。魔力によって変質して育った樹木は燃えづらかったり、弾性が強かったりと、普通の木とは少し違った性質がある。加えて、伐採しても普通の木の何倍もの早さで生長するため、いくらとっても資源が尽きることはない。
そのため伐採すればそれなりの額を稼ぐことができるのだが、それが難しい。
何せここは『魔境』などと呼ばれる場所であり、相応に危険もあるのだから。
魔力の影響を受けて変質したのはなにも植物だけではなく、そこに住まう生物も変質している。ただの動物が魔物となり、元から魔物だったものはより強力になる。
故に、単なる伐採も命懸けで行うこととなる。それは伐採に限らず樹林での採取もそうだ。ただの草集めが、護衛を必要とするほどの危険行為となる。
だが、そんな場所だからこそ、金になると考えて人が集まる。実際、力ある者にとっては都合の良い稼ぎ場所なのだ。
とはいえ、俺たちがこの街に来たのは稼ぎのためではない。金など、その気になればどこであろうと稼ぐことができる程度には能力があるため、わざわざここまで来る必要もないのだ。
ではなんのためにこの危険な場所まで来たのかといえば……
「——うめっ、うめっ」
「もっと品を持って食え」
「何いってんのよ、ばっかね〜。こういうのは、こうやって思いっきり食べるから美味しいのよ。うちではこれが普通よ普通」
この阿呆のためだ。より正確にいうのなら、こいつが肉を食べたいと言ったから、だ。
この街は魔境のそばに存在している街であり、その主な食べ物は、この魔境で獲れるものだ。
もちろん麦などの穀類は樹林で取れるわけではないので外から運んでいるようだが、肉は別だ。魔物の肉はそこらじゅうに溢れており、それを消費するために魔物の肉を扱った料理店も数多く存在している。
そんな店を楽しむために、俺たちはスティアの意見に押される形でここにやってきたのだった。
もっとも、俺としてもこの街に来る利点を見出したから問題ないではあるのだが。
だからまあ、せっかく来たのだ。目的であった魔物の肉料理を楽しんでいるのは良いのだがな? せめてもう少し品のある食べ方をしてもらえないだろうか。そのように手掴みで食べるというのは、あまりにも見苦しい。
「だとしても、ここはネメアラではない。下手に目立つことを避けるのであれば、もう少し行儀良く食べるべきだと思うがな。もっとも、俺としてはお前が目立ち、捕まることになろうがどうでもいいのだがな。いや、むしろそちらの方が好ましいか」
スティアは現在自国の使節団から逃げている状況だ。手紙は送ったのだし、しばらくしたらスティアを回収するための人員が来るだろう。その際、目立った行動をしているとすぐに見つかり、連れ帰られることになるはずだ。
俺としては、こいつに連れ回されている状態なので今にでも回収されても問題はないのだが、本人的にはまだ連れ帰られるのは嫌なことだろう。
「え〜。これまで一緒にやってきた仲じゃない。そんな酷いこと言わないでよ〜」
「であれば、もう少しマナーを守れ。姫よりも賊の方が行儀がいいとはどういうことだ?」
そう言いながらスティアの隣に座る赤い髪をした少女へと目を向けるが、そちらは行儀良く食器を使って丁寧に口に運んでいる。ともすれば、この少女の方が姫と呼ぶに相応振る舞いだと言えるだろう。
だが、この少女——ルージェは姫などとは程遠い存在である。簡単にいえば賊で、人殺しだ。
『貴族狩り』などと呼ばれる犯罪者。それがルージェの正体だ。
本人曰く、貴族以外にも悪徳商人なども処理しているのだというから、『貴族狩り』という名前は正しくないそうだが、どちらでも構わない。どちらにしても、犯罪者だという事実は変わらないのだから。
……もっとも、人殺しという点に関しては俺も人のことを言える立場でもないが。何せ、自身の意思で貴族の子息を殺したのだから。
「……ん? あ、ボク? まあ場所に合わせて振る舞いは変えるけど、最低限のマナーを守ってないと目立つからね。それが許されるんであれ、目立つことに変わらないんだからやらない方が無難ってものだよ」
確かに、手配書などによる似顔絵といったものはないが、それでも今後はどこでどうなるかわからない。もしかしたら『次』の時に顔を見られてしまうかもしれないし、もしそうなって探されれば目撃情報も出てくるだろう。
集まった情報が些細なものだとしても、積もればどんな人間なのかを分析されることになり、それはつまり相手に自身の情報を渡すことになる。
そのため、少しでも情報を渡さないために、そもそも目撃情報を減らすようにするべきで、振る舞い一つで情報を減らすことができるのだからマナーを守るというのは合理的な行いだと言える。
「というか、今更だけど本当に使節団の方はいいの? どうせ探してると思うけど?」
「まあ、探さないわけがないな。だが、大人しくしていろと言われてこいつが本当におとなしくしていると思うか?」
ルージェの問いに対して軽くため息を吐きながら答え、その視線をスティアへと向ける。
視線を向けられたスティアは俺たちに見られていることに気がつくと、両手と口の周りをベッタベタに汚しながら胸を張って答えた。
「するわけないじゃない! 大人しくしてるくらいだったら、最初っからあんたを連れて旅なんてしないってのよ!」
「……だってさ」
「そんなことで胸を張られても困るのだがな……」
犯罪者でありながら意外と常識のあるルージェと共に、スティアの言動にため息を吐いた。
……俺の内心に同意してくれたのが犯罪者だけとは、なんとも泣けてくる状況だな。
「えー……あっ」
そうして胸を張るスティアの様子を呆れながら見ていると、スティアは不満そうに唇を尖らせたが、何かに気がついたのかふとスティアがこちらに顔を向けた。
「やだ、えっち〜」
と、突然頭のおかしなことを言い出し、俺の視線から逃げるように体を捩らせた。
「? 何を阿呆なことを言っている?」
「え〜? だって胸を張るって、私のおっぱい見て言ったでしょ? そんなに見たいの〜?」
……ああ、なるほど。胸を張った姿を見ていたから、それのことを言っているのか。……馬鹿馬鹿しい。
照れつつもこちらを揶揄うような笑みを浮かべているスティアを見て、再びため息を吐き出した。
「……はあ。ルージェ。ソレの相手は任せた」
「ボクもあんまりやりたくないんだけど……」
「ここの宿を奢っているのだからそれくらいは役に立て」
「はーい。で、そっちはどこ行くの?」
「少し歩いてくるだけだ」
めんどくさいスティアの相手はルージェに任せることにして、俺はこの場を離れることとした。
どうせしばらくは肉を食べ続ける姿を見続けるだけなのだ。
であれば、俺が居ようが居まいがどちらでも構わんだろう。姫の護衛としてはそばを離れない方がいいのだろうが、この街までの道中でスティアが戦えることは十分理解できたし、そばにはルージェもいる。そこらのチンピラに絡まれた程度ではなんの問題もない。
……いや、問題はあるな。もしあいつらが何者かに絡まれたとしたら、絡んだ相手のことを心配しなければならない。スティアが戦うことになった場合、下手をすればただの拳で死ぬこととなるぞ。それは流石に問題だと言えるだろう。
とはいえ、その辺もルージェがなんとかするだろう。あいつは犯罪者ではあるが、その感性はまともだ。人に対する気遣いもそれなりにできるし、能力だけを見れば有能ではある。
なので子守りは任せておけば恙無くやってくれることだろう。
故に、ルージェにスティアのことを任せている間、俺は俺で動くとしよう。動くと言っても、大したことではないが。
「——この辺りならいいか。さて、すぐに見つかるといいのだがな」
そう口にしながら、俺は人気の薄い路地裏へと歩を進めていった。




