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ロイド・改

「——それではこれより、トライデン家次期当主候補、ロイド・トライデンと、同じくトライデン家次期当主候補アルフレッドの決闘を始める!」


 国王立ち合いの下、幾人もの貴族を集めて行われることとなった決闘。

 決闘を行う者は、先程進行役が口にした通り、俺とロイド。そして、その後に俺と我が父である。

 しかし、正直なところロイドに関しては前哨戦にすらならないだろうと思っている。何せ、すでに一度勝っているのだから。

 以前勝ったからといってその後も勝ち続ける事ができるのかといったらそんなことはないだろうが、少なくとも前回戦った時から数ヶ月と経っていない状況ではどうしようもない。


「く、ぎぎぎぎぎ……」

「なんだ、その不気味な声は」


 ここで戦ったところで負ける。そう理解しているのかロイドは俺のことを睨みつけながら声を漏らしているが、その声はどこか不気味さを感じさせるものだった。

 なんと言えばいいのか。暗く澱んだような、不思議と嫌悪感を感じる響く声とでも言おうか。


「アル、フレッド……。お前さえ……お前さえいなければあっ……!」


 そして、そんな声で途切れ途切れの不気味な言葉が紡がれる。

 ……本当にどうなっている? いったいこいつは何をしでかしたというのだ? 少なくとも、何もない、などということはないだろう。


「俺がいなかったところで、結局お前は失敗していたと思うのだがな」


 ロイドから感じる不気味さを警戒しつつ、ロイドからかけられた言葉に答えていく。


「うるさい! お前はいつもいつもいつもいつもっ! うるさいんだよお! 俺が何したってんだ! 俺だって努力してきた! 優秀な成績だったはずだ! なのに、なんで! なんで俺はこんなにも苦しまなきゃなんねえんだよ!」


 今回は前回戦った時と違って幾人もの貴族が見ている。その中には父である公爵もいるし、なんだったら国王陛下すらおられる。そんな中で、このように感情を露わにして無様に叫ぶものか? いかに性格が荒くなったとはいえど、その程度の分別はあったはずではないのか?


 だが、俺が困惑しつつもロイドの言葉は止まらない。大袈裟なくらいに腕を広げ、みっともなく頭を掻きむしり、子供のように地団駄を踏む。


「ミリオラだって、なんであんな目で見てくるんだ! なんで俺の言うことを聞かないんだ! 公爵も、使用人達も! なんでだ! 全部うまくいくはずだっただろうがああああ! お前さえいなければああああああ!」


 これは、感情が抑えられなくなっているのか? でなければ、流石にここまで酷い姿を見せることはないはずだ。

 しかし、感情が抑えられないとなると……薬か?

 考えられる要因としては、俺に負けたことで荒れ、違法な薬に手を出したという可能性だ。であれば、この状況も納得できるのだがな。公爵家の資金を使えば、薬を買う金くらいは用意できただろう。


「自身の行いの結果を俺のせいにされても困るのだがな」


 本来であれば薬でおかしくなっている者を相手に決闘など行いたくはないのだが、これはある意味では御前試合のようなもの。この決闘が行われることになった経緯を考えても、今更引くわけにはいかない。


 そう思い、フォークを取り出して逆手に持ち、構えて開始の合図を待ったのだが、そこで異変が起きた。


「ぐぎゃあああああああ!」


 目の前で感情を吐き出していたロイドがいきなりその体を膨れ上がらせた。

 膨れ上がったといっても、おそらくは本人の意思ではないだろうし、その規模も常識的な範囲ではない。

 全身が歪に巨大化され、腕も胴も、それまでとは比べ物にならないほど太くなっている。身長も、元は俺と同程度の一般的な男性の身長と言ってもよかったのだが、それが今では倍近くにまでなっている。

 それだけではなく、全身に血管が浮き上がり、目は肥大化した肉が眼窩に溢れたことで押し出されたのではと思うほどに飛び出している。


「なんだあれはっ!」


 その様子を見て驚いたのは当然ながら俺だけではなく、周りで見ていた貴族や国王陛下も同じだったようで叫び声を上げた。


「まさかっ……」

「公爵っ! どういうことだ! 何か知っているのか!?」


 何か知っているような含みのある言葉を口にした公爵を問い詰めるように国王陛下が声を荒らげたが、公爵はその問いにすぐに答えることはせず、少し考えてから口を開いた。


「……いえ、存じませぬ」

「だがっ——」

「ですが、アレも天武百景の事件の折に戦っておりました。その際に何がしかの影響を……例えば、寄生でもされた可能性は考えられます」

「寄生だと? だが、あれはそもそも肉体が変質したように見えたが……」

「当時の敵も、そのような様子でした。内から膨れ上がり、本来の質量の何倍もの巨体へと変異したのです。であれば、可能性はないわけではないかと」


 確かに、その説明は納得できる理屈ではある。人がいきなり変異した理由としては、先日の騒動の時に見たスピカの姿はちょうどいいものだろう。


「……よく言う。これうなったのは、自業自得だろうに」


 だが、おそらくそれは違うだろう。

 スピカのあれは聖剣による再生能力の暴走の結果であり、聖剣が全て停止している以上は寄生も何もない。

 それにそもそも、ロイドはあの場にはいなかった。他の者であれば、実は隅の方で戦っていたのだと言われれば納得したかもしれない。顔もしれぬ他人のことなど、あの状況では詳しく見ている余裕などなかっただろうからな。

 だが、俺は違う。あの場にロイドがいれば、隅の方で戦っていたのだとしても気付いたと断言できる。すでに恨みはないが、気にならないわけでもないのだから。


 しかしこの場でそれを口にしても意味はない。写真などがない以上は思い違いで片付けられてしまうことだ。


 故に、ロイドに関する説明については一旦置いておく。どうせ今片付くものでもないし、そんなことを議論する時間もない。


 問題は、ロイドが変異した本当の理由だが……思い当たることはある。

 このロイドの姿は、おそらくだが魔創具の再生成を行い、失敗した成れの果てだろう。今までは耐えていたが、感情の昂りや負傷など、色々と相まって暴走したのではないだろうか。


 もっとも、それを証明する手立てはないのだから、後で事態を明らかにすることになったとしても公爵の言い分をそのまま通すしかないのだが。

 国としても、公爵家の後継者が自身の行いの結果化け物になったと言うよりも、悪しき組織が生み出した化け物の影響で変異してしまった被害者であるとした方が何かと好ましいだろう。


「っ!」


 そう考えた頭をすぐに戦闘用に切り替えたのだが、その直後、先ほどまではそれなりに離れたところにいたはずのロイドがトライデントを取り出して俺の頭を狙って突いてきた。


「身体能力は以前よりも遥かに強化されているか。強化、と言うよりも、狂化だなこれでは」


 初撃はギリギリといったところで躱すことができたのだが、それが気に入らなかったのかロイドは獣じみた不気味な叫びを上げながら何度も突きを放つ。

 その突きは、以前戦った時よりも遥かに早く、力強い。


「意思がないように見えても槍は振るえるのか。それも、雑念がないからか以前よりも鋭いな」


 見た目が変異し、まるで意識がないかのように叫びながら突いてくるものだから身体能力だけかとも思うかもしれないが、ロイドの放つ槍には確かに〝技〟があった。

 これまで鍛えてきた人の技を、人外の体で使用する。それはとても強力で恐ろしいことだ。


「しかし、所詮はその程度だ」


 だが、この程度で負けるほど俺は弱くはない。

 力が強いというのであれば、こちらもそれに対抗するために身体強化をすればいい。

 技を使うというのであれば、こちらも同じように技を使って返せばいい。

 そのどちらとも、俺の方が上なのだから悩むことなど何もないのだ。


「すでにお前に恨みはない。だが、お前をこのまま解放するわけにはいかんのだ。それに、お前のような愚か者を公爵家の当主として据えるわけにもいかん。故に——」


 ロイドのトライデントに、フォークから切り替えたピッチフォークを絡ませ、跳ね上げる。そして……


「ここで死んでおけ」

「おご……がああ……」


 胸を貫いた。


「おれは……ただ、しあわせになりたかっただけ……なのに……」


 胸を貫かれた痛みか、あるいは死ぬことが決まって狂化が解けたのか、ロイドは変異した体のまま呟くように声を発した。


「幸せを願うこと事態は悪いことではないが、世界はおまえだけのものではないのだと理解しておくべきだ」


 もっとも、今更そのようなことを言ったところで遅いが。


 ……それにしても、ミリオラ殿下と同じようなことを言うのだな。その点で言えば、お前達はお似合いだったと言うべきなのだろうな。


「おまえが、もどったところで……もうもとにはもどらねえ。ミリオラは、もうおれのおんなにしたんだからなあ……ざまあみろ」


 徐々に自我が戻ってきたのか、ロイドは先ほどまでと比べるとはっきりした眼差しで俺のことを睨み、そう口にした。だが……この後に及んでこいつは何をいっているのだ?


「何を勘違いしているのか知らないが、俺はミリオラ殿下と婚姻を結ぶつもりはない。可能性があるとしても、妹御であるシルル殿下であろうよ」

「なん……ばか……そん、な……」


 心の底から驚いたとでもいうかのように両目を見開き、そのまま全身の力を抜いて倒れたロイド。

 しばらく様子を見ていたが、それ以降ロイドが動くことはなかった。


 それにしても、婚約していたとはいえ殿下との情事があったのか。それ事態は好きにすればいいと思うが、貴族としての常識から考えると、殿下はもう陽の目を見ることはないだろうな。

 にもかかわらず事をこの場でバラすなど、最後まで人に迷惑をかけていくものだ。


「さて——陛下。申し訳ありませんでした。相手を殺してはならぬと言い含められておりましたが、相手が人外の存在となったためにやむなく止めさせていただきました。罰があると申されるのであれば、謹んでお受けいたします」

「……いや、よくやった。アレを放置しておけば、余計な騒動を生んだ事だろう。本来は騎士団で対処しなければならぬ相手であったにもかかわらず、手を煩わせたな」


 故意の殺しは禁止というルールではあった。状況的に仕方ないと思ったが、それでもルールはルールだ。破ったことは間違い無いのだから何かしらある可能性もないわけではなかったが、どうやら問題ないようだ。


「公爵。其方も異論はないな? 其方の不始末を処理してもらったのだ。何ぞ言い分があるのであれば聞こう」

「いえ、義理とはいえ息子の異変にも気付けずにいた失態を、騒ぎになる前に処理されたのです。異論などあるはずがございません」

「であれば良い。しかし……はあ。我が娘ながら、愚かなことをしたものよ」

「父上、ミリオラは……」

「王族用の部屋に幽閉する。アレは生涯城から出すことはない」

「……よろしいので?」

「かまわぬ。王家として決めた婚姻を勝手に曲げるどころか、王女であるあやつが婚姻前に通じたのだ。単なる貴族の娘であればどうにかすることもできたやもしれぬが、あの子は無理だ。下手に外に出すわけにもいかぬ。殺さないだけ情けだと思え」

「……承知いたしました」


 こうして、ミリオラ殿下とロイド、二人との因縁は片がつき、今後俺の人生と交わることは無くなった。


「さて、予定外のことはあったが、残るは公爵とアルフレッドの戦いだ。両者、覚悟は良いか?」


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