ルージェの呼び出し
「でも、どうするの? 貴族って……顔を見られるとまずいんでしょ?」
「……そうだな。すでに俺は貴族ではないのだから顔を見られたところでどうなると言うわけでもないのだが、元とはいえトライデンの家の者がこのような組織に所属しているとバレれば、それは貴族間での醜聞となり、父である現当主はその醜聞の元である俺をどうにかするために動くだろうな」
このような地方にいる者が俺の顔を知っているとも思えないが、この場所は色々と特殊だからな。俺の顔を知っていて、あいつはトライデンの子息ではないか、などと噂が流れれば、その噂を確認するために父が動き出すだろう。そして、この場所まで辿り着けば、今度こそ家門のためにと、俺を殺しにくるはずだ。今度は俺だけではなく、俺と関わった裏ギルドごと。それは避けなければならない。
「なら、どうするの?」
「当分はリリエラに努力してもらう。どうしてもダメならお前で誤魔化し、それでもダメなようなら、仕方ない。最悪の場合は顔でも焼いて俺が出る」
顔を焼いて人相がわからなくなれば問題ないだろう。流石に声だけで判断できるほど俺のことを知っているわけではないはずだ。
「顔を焼く!? なんでそこまでっ……!」
俺の言葉にリリエルラは寝転がっていたソファから勢いよく立ち上がり、見開いためでこちらのことを見つめてきた。
だが、それが最善だということは誰にでもわかることだ。顔がバレたらまずい。ならば顔を潰してしまえばいい。顔を隠すという手もあるが、それはそれで面倒だし、どうせ仮面を取れと言われるに決まっている。
であれば、初めから顔を潰してしまえば、今まで出向かなかったのは醜い顔を見せて不快にすることを避けるため、ということもできる。
「なんでも何も、今言ったろうに。バレてはまずい。だからだ。どうせ顔など気にするような身分でもないのだ。多少焼けたところでなんの問題もな——」
「問題あるに決まってるじゃない!」
だが、そう考えての俺の言葉はリリエルラの叫びによって止められてしまった。
「トップっていうのは見た目が重要なのよ。頭の良さは最低限あれば、周りがどうにか取り繕うことができるけど、見た目が悪いとそれだけで求心力を失うのが人間なのよ。よっぽどそのトップが優秀だって分かりきってる状況なら問題ないかもしれないけど、それでも見た目がいいのと悪いのじゃ全然違うわ! 私だってついていくならかっこいい人の方がいいもの!」
「……それほどか。だが、俺の見た目など、まあ悪いとはいうつもりがないが、それほど優れているものでもないだろう?」
確かに見た目が大事だというのは理解しているが、俺の見た目などそれほど大したものでもあるまいに。
「ボス……あなた、鏡って見たことある?」
「言わんとしていること理解できるが、だが、貴族などこんな顔ばかりだぞ? 他者と比べるのであれば、王太子の方が優れている顔だ」
オルドスはまさしく『王子様』というような顔をしていた。それと比べれば、俺の顔など平凡なものだ。
「王子様と比べないでよ……。それに、こんな顔ばかり、なんていうけど、ボスは貴族の中でもかっこいい部類なんだからね。だから、顔を焼くなんてことしたら怒るわよ」
「……俺は気にしないのだが、まあそう言うのであればやめておこう」
そもそも実質的な指示を出しているのはリリエルラなのだ。そちらが無事でありさえすれば、俺の顔の美醜などどうでもいいと思うのだがな。
しかし、ここでそれを言ってもリリエルラは納得しないだろう。仕方ないので、この話は持ち越しとし、領主への対策は後々考えるとしよう。
コンコンコン。
リリエルラとの話が一区切りついたところで、不意に部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「ボクだけど、入っていい?」
「ルージェか? 入れ」
後で報告させようと思っていたのだが、どうやらその前に自発的にきたようだ。意外とこいつもしっかりと心構えというものができていたようだ。
「はーい。『揺蕩う月』独立襲撃部隊隊長兼副隊長兼その他全部の役職ルージェ。ただいま帰還いたしました——っと。これでいい?」
だが、部屋に入ってきたルージェは、そんなおかしな挨拶をしてきた。
確かに何も役職がないルージェが好き勝手動いていれば、組織としては異常をきたすだろうと、適当に役を与えはしたが、今までこんなふうに名乗ったことなどなかっただろうに。
本人もまともに名乗る気などないのだろう。だからこそこんなふざけた名乗りをしたのだろうが、だがそうなると、なぜこんな名乗りを口にしたのかわからない。自分から言うつもりだったら、もっと真面目にやったと思うのだがな。
「なんだその挨拶は……いや、まあ構わないが、それよりも誰かに言われたのか?」
「え? アルフが呼んだんだよね? そう言われてこっちに来たんだけど?」
俺が呼んだ? 確かに後で呼ぶようにリリエルラに指示を出しはしたが、それはまだ通達されていないはずなのだが? 何せ、リリエルラはずっとここにいたのだからな。
「それは私よ。こう見えても夢魔だもの。多少の距離なら言葉なんて口にしなくても指示を出すことくらいできるわ。同族なら割と気軽にできるのよ」
どうやらそういうことらしい。精神に干渉する夢魔であれば、たとえ対象が寝ている時ではなくとも、言葉を届けるくらいは余裕だということか。
できること自体は知っていたが、まさかこれほどなんの動作もなく気軽に使えるとは思わなかったな。
「ああ、さっきの話の時点で伝えたのか。よくやった」
「お褒めいただきありがとう」
「で、帰還の報告書だっけ? 作ってないから口頭でいい?」
「今回は構わないが、次は報告書を作れ。毎度言っている気がするがな」
「そうだね。毎回言われてた気がするよ。でも報告書なんて、たかが村娘でしかなかったボクに書けると思ってる?」
ルージェの出身はそこらにありふれているような普通の村であり、そんな村の少女では文字を読めないのが普通だ。精々が数字がわかる程度。ルージェも、普通であれば文字を読むことなどできなかっただろうし、俺もそのつもりで接した。
だが、ルージェの場合は出身は村だったとしても、その後の暮らしが普通ではない。
普通の村娘は剣を振るうことも魔法を使うことも人を殺すことも、どれもできはしない。にもかかわらずそれらができるルージェは、すでに普通の村娘と呼んでいい存在ではない。
「それは何年前の話だ。一通り文字は覚えているのだろう?」
「まあ、最低限の読み書き程度はね。ただ、きっちりした書類を作れってなると、すっごいめんどくさいかな」
顔を顰めながら答えているが、組織の力を貸してやっているのだ。それくらいはやってもらわなくては困る。
「なら、秘書官でも用意してやるから、そいつに話して代筆させろ。それと、帰還の報告はすぐに行え。お前の場合、帰還したかしてないかはだいぶ重要な事なのだからな」
「はーい。まあ、報告書はともかくとしても、帰ってきたら一言入れるくらいはするよ」
まあ、今のところはそれでも構わないか。だが、次からは報告書を書かせるとしよう。書かなければ次の支援はなしだと言えば、こいつも動くだろう。
「それじゃあボクはこれで——あ、そうだ。マリアどこにいるか知ってる?」
「訓練場ではないか? 普段はあそこで兵の育成をしているだろう?」
俺の配下となったマリアだが、主な仕事内容は他のメンバー達への戦技指導である。何せ騎士王国の守護騎士様だ。技量に関してはそこらの騎士なんて比べ物にならないほどだ。そんな人物をただの護衛として使うなど勿体なさすぎる。
まだまだ訓練兵達は弱いが、まあ当初よりは強くなっている。このまま鍛えていけばそれなりの仕上がりにはなるだろう。
「あー、やっぱりあそこかぁ。あんまり得意じゃないんだけどね、あそこって」
「そうなのか? お前も時折鍛えているのを見るが?」
ルージェも貴族狩りなどということをするからか、鍛えることを欠かさない。あまり人がいない時間を狙っているし、人目につかないところを選んで鍛えているようだが、訓練場を使用している時もあったはずだ。
「んー、なんて言うかさ、ほら。マリアともう一人騎士が鍛えてるでしょ? だからなのか知らないけど、裏ギルドっていう割にはお行儀良すぎるんだよ、あそこはさ」
もう一人の騎士、と言うのは、マリアが捕虜とした騎士王国出身の守護騎士のことで、名はグラハムという。
そのグラハムも、マリアと同じように訓練の指導に回ってもらっている。それ以外にも巡回や敵処理に回ってもらうこともあるが。
元とはいえ騎士の二人が指導に当たっているのだから、行儀正しいのは仕方ないことだ。この『揺蕩う月』のメンバーも、好きで裏ギルドになったわけではない者も多いからな。裏に所属しつつも表の光に憧れることもあるだろう。
「ああ……だがそれは仕方ないだろう。マリアに賊としての鍛え方を行えと言ったところでできるわけがない」
「いや、それはわかってるんだけどね? 仕方ないとも思うし、それはそれでいいと思うよ。ただボクが行き辛いってだけで」
騎士の二人に比べて、ルージェは本当に『賊』としての戦い方だからな。騙し討ちでも闇討ちでもなんでもする。必要なら正々堂々などという言葉を踏み躙り、どんな卑怯な手でも使うだろう。
仲間や身内にそうするわけではないが、それでも騎士や騎士見習いとでも言えるような者達の中には入りづらいのも理解できる。
まあ、本人の問題なので干渉するつもりはないが。




