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数ヶ月後の『揺蕩う月』


 俺が『揺蕩う月』の頭領となり、スティアが王都へと帰ってから早数ヶ月が経過していた。今頃はネメアラからの使節団も国へと戻っており、スティアもそれに合わせて戻っていることだろう。

 時期的にそろそろスティアを助けた礼を持ってくるため、ネメアラからの使者が来てもおかしくない頃合いではあるが、そこにスティアの姿はないはずだ。何せ、あいつはなにをしでかすかわかったものではないからな。姫を助けた礼とはいえ、あいつ自身が来ることはないだろう。

 また会おうと再会を約束したが、おそらくそれは天武百景でのこととなるだろう。


 そのため、ネメアラからの使者を迎える準備をしなくてはならないではあるが、特にこれと言って何かをする必要もないため、来るのだと覚悟さえしていれば問題ないはずだ。


 他には『揺蕩う月』をまとめるようになってから細々とした面倒はやってきたが、ま今まで領主となるべく学んできたことを活かせば大した苦労でもない。何せ、トライデン領とこの街では、治める規模が違う。たかが街一つ如き、それも全てではなく裏側だけと言うのであれば、多少のかっては違ったところで難しいと言うほどのものでもない。


「——ボス。報告に来たわよ」

「リリエルラか。わかった。話せ」


 自身の部屋で執務を行なっていると、元『揺蕩う月』のボスであったリリエルラが姿を見せた。

 今では俺がボスということになっているが、実際に皆の前に立って指示を出したりするのはリリエルラの仕事だ。所属しているメンバー達も、いきなりトップが変わるよりも、慣れ親しんだ姿の者からの言葉の方が動きやすいだろうからな。

 あとはまあ……皆の前に出て行くのが面倒だという理由もある。流される感じでボスを引き受けたではあるが、できることならあまり人前に顔を出したくないのだ。


「まず全体の様子だけど、今のところ基本的には問題ないわ。元々『影』の連中が使っていた支配基盤を乗っ取るだけだったもん。だから、思っていたよりもすんなりといったわ。それに、以前の『揺蕩う月』に協力していた者達もかなり協力的だったし、近いうちに目標であったこの街の裏の七割を支配下に置くことができるはずよ」


 リリエルラから報告書を受け取りつつ口頭で話を聞くが、概ね想定通りだ。これならばなんの問題もないだろう、と軽く頷く。


「そうか。最後まで油断するな」

「ええ。でも、七割でよかったの? その気になれば全てを支配することもできると思うんだけど……」

「まあ、できることはできるだろうな。だが、それだと反乱の処理がめんどくさいことになる。俺たちに反感を持っている奴らもいるだろう。そいつらもまとめて支配下に置くとなると、傘下の奴らをキツく縛るか、監視し続けることになる。だが、俺たちの他に組織があるのであれば、俺たちに反感を持つものはそちらにいく」


 かつては強力な組織だったとはいえ、つい最近までは潰れかけだったのだ。そんな組織がいきなり戦力を確保できたからと全てを支配するようになれば、どうしたって反抗してくる者は出てくる。

 全てを本当の意味で支配下に置くには数十年と言う長い時間が必要になるのだ。

 だが、そんな時間を待っている余裕はないので、わかりやすく区別することにした。こうしておけば、少なくとも内部からの反抗というのは減る。不満はあっても、敵対組織に移らない程度の思いであれば大した影響もないはずだ。

 それでも、全く警戒しないわけには行かないので、常に気を配っておく必要はあるが。


「それに、一つの組織だけで支配するよりも、対立しながらの方が緊張感を持てる。まあ、反感を持っている奴らが強くなりすぎないように、そして、傘下の者達が無駄に幅を利かせないように管理する必要はあるがな」


 何もせずとも安泰であるというのは良いことではあるが、停滞を生むことにもなる。そのため、適度な競い合いというものは必要なのだ。


「だが、これでひとまずこの街も安定したと言ってもいいわけか」

「そうね。前の私たちがトップ争いをしてた時や、『影』が支配してた時よりも、ずっと大人しい状態になってるわ。流石はボスね」


 そう言いながらリリエルラはボスンと近くにあったソファに腰を下ろした。明らかに部下の振る舞いではないが、特に注意することでもない。


「好きでお前達のボスになったわけでもないのだがな。……そもそもなぜ俺がこんなことをしているのだ? ボスとはいえど、あくまでも名誉職のようなものだと聞いた気がするが?」


 流される形でボスとして組織の運営をしているが、よくよく思い返してみれば当初の話では単なる名ばかりの立場であった気がするのだがな。


「でも、ボスであることに変わりはないでしょ? それに、私たちだけじゃこんなにうまくいかなかったと思うし、まごついてるのを見たらどのみち手を出してたと思うわよ?」


 それは……まあ、そうかもしれないが、そうしたり顔で言われると素直に頷きたくなくなるものだな。


「……まあいい。それよりも、ルージェはどうしている? また隣領の貴族を処理しにいったのだろう?」


 ルージェは『揺蕩う月』の情報や資源を使用することで、今までよりも広範囲に悪徳貴族を処理しているようだ。

 拠点がこの場所だとバレないように、あえて近場を無視して遠くの貴族を狙ったりもするようなのでそれほど数をこなせているわけでもないが、最近では悪事を働いている貴族や豪商の何割かはその行動を控えめにしているようだ。まあ、控えめにしているだけで全く止めようとしないのは救えないところだが。


「今日は街にいるみたいよ? すごい速さよね。隣の領まで三日はかかるのに、半日で走破しちゃうんだもの」

「あいつの能力は速さに特化しているからな。適切な装備であれば馬や竜よりも速いのは当然だろう。で、問題はなかったのか?」

「特に何も報告が上がってないから大丈夫じゃない?」

「……あとで報告書をあげるか、口頭で説明するように伝えろ」

「はーい」


 ルージェも頼めば仕事はできるし、事前に貴族狩りの報告をしてくれるのはいいのだが、今回のように帰ってきても報告書をあげないのは問題だ。せめて帰ってきたのだと一言言いにくるだけでもしてほしい。まあ、走り通しで疲れたからすぐにでも休みたい、という思いもあるのだろうが、組織の力を個人的に使用している以上はその辺りはきちんとしてもらわなければな。


「……それにしても、まさかこんなに大きくなれるとは思わなかったわ。ありがとう」


 その後も一通りの報告を続け、全て話し終えると、リリエルラはソファに寝転がって笑いかけてきた。


「別に、感謝されるようなことでもない。単純に俺の拠点となるのだ。であれば、無駄な騒ぎで煩わされたくはないと言うだけだ」

「はいはい。そうね。そう言うことにしておくわ」


 どこか生暖かい優しさとでも言おうか。含みのある笑みを向けてきたリリエルラの表情がなんとも気に入らない。

 とはいえ、それだけで手を出すわけには行かないので、これ以上その顔を見なくて済むように話を変えることにした。


「しかし、ここまで安定したとなると、やらなければならないことが出てくるな」

「やらなければならないこと?」

「貴族との顔合わせだ。今までは『樹林の影』の支配下にあったものを引き継いでやってきたがこれを維持し続けるのであればこの地を収めている貴族との面会が必要になってくる」


 いくら俺たちが裏のトップになったのだとはいえ、表の支配者である領主と繋がりを断ったままではいられない。いや、むしろ裏のトップだからこそ繋がりが必要なのだ。でなければ、叛意ありとして処理されかねないからな。お互いに手を取り合って、とまでは行かなくとも、お互いに利用し合える関係でいなくてはならない。

 俺が指揮する『揺蕩う月』は、そんな考えから領主と繋がりを持っていた。領主としても、裏を纏めてもらって問題が起こらないのであればそれに越したことはないと、この街の裏の統治に関することは『揺蕩う月』に任せている。


 そんな協力関係ではあるが、『揺蕩う月』のトップである俺と、表のトップである領主は実際に顔を合わせたことがない。全ては以前のボスだったリリエルラと、その補佐を行なっていたリリエラの二人が行っている状態である。


「でも、それに関してはリリエラがやってるでしょ?」

「ああ。だが、この地を治めている者——言い換えれば、支配している者が、たかが裏ギルド如きの組織が自分に便宜を図ってもらうのに、組織のトップではなく幹部を一人寄越すだけと言う状況を、果たして受け入れられるのかと言う話だ」

「あー、なるほどね。言われてみれば、むしろ半年も黙ってた方が奇跡みたいなものなのかな?」

「まあ、そう言っても間違いではないだろうな」


 いかにその方が楽だとはいえ、所詮は表に出てくることができないような存在だと見下すのが貴族の基本だ。ありていに言ってしまえば、裏ギルドなど、所詮は格下なのである。

 そんな格下の存在が、トップが出向くでもなく補佐官だけを送り出しているとなれば、いい気はしないだろう。

 戦うことを望んでいるわけではないだろうが、こちらに不都合のある何かしらの行動を起こしてもおかしくはない。


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