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ミリオラ・私は幸せになりたかっただけなのに

 私がロイド様と婚約をしてから数ヶ月が経った今、私は学園には行かず、城にある自室のベッドの上で丸くなっています。

 本来なら学生としての身分があるため学園に行かなければならないのですが、今はあの場所には行きたくないのです。それどころか、この部屋からも出たくない。

 この部屋の中で、布団に包まりながら一人でいる時間は、不安を感じるとともにひどく心地良い。


「——どうして、このようなことになってしまったのでしょう……」


 そんな考えばかりが頭の中に浮かんできます。

 だって仕方ないでしょう? 私は、本当ならこんなことをしているつもりなんてなかったのですもの。

 普通に学園に行って、好きな人と一緒にいて、仲の良い友人たちと笑い合い、城に戻ってくれば兄弟姉妹達と日々の出来事について話しをする。

 そんな当たり前の毎日が続いていき、ゆくゆくはロイド様と婚姻を結び、幸せな人生を送る。そのはずでした。


 あの方との……アルフレッド様との婚約さえ破棄することができれば全てがうまく行く。そのはずだったのに。そう、思っていたのに……。


 ですが、今は違う。そんな思い描いていた未来とは全くの別物と言っていいような世界になってしまった。


 学園に行けば、仲の良かったはずの友人が何人か離れていき、城にいても兄弟達は腫物を扱うように顔を逸らす。そして何よりも——ロイド様。あの方は変わってしまわれました。


 以前学園に通っていた時の出来事です。


「あの、ロイド様。本日は久しぶりに城でお話でもしませんか? 最近は温室の花も綺麗に咲いて——」

「あ? ああ、ミリオラ。悪いけど、今は忙しいんだ」

「あ——」


 最近あまりお話をすることができていないなと、ロイド様がお忙しいのだとは理解していましたが、それでも少しだけでも一緒にいる時間を作ることはできないかと私から誘ってみたのです。

 しかしながら、ロイド様は私の顔をチラリと一瞥しただけで顔を背けて去っていってしまった。

 その時の目が酷く冷たくて……あれはまるで私に何の価値も見出していないような、そんな目……。


 ですが、それだけならば本当に忙しく、余裕がないのだろうと諦めることができました。だって、忙しいのは今だけで、状況が落ち着けばまた一緒にお話ししてくださるはずなのですから。


 けれど別のある日には、また違うことが起こりました。


「おい、どうした。その程度か!」

「ろ、ロイド様……その、授業とはいえ少しやりすぎではないでしょうか?」

「ミリオラ。弱者には自身の立場というものを解らせないといけないんだ。お前は王女なんだ。わかるだろ?」

「で、ですが……それでは……。私は、ぼ、暴力を振るってはならないと——」

「はっ! そんなんだからお前達は負け犬なんだよ! もっと腕を磨いてから挑んでこいよ。まあ、腕を磨いたところでお前達じゃ俺みたいな公爵家の次期当主には勝てないだろうけどな!」

「……」


 学園の授業であり、対人戦闘の訓練を行ったのですから、その際に怪我をすることがあるのも理解できます。

 ですが、あれはやり過ぎだったのではないでしょうか……。すでに戦意を失っていて、武器すらも手放している状態の者を殴り続けるのは、あれは本当に訓練なのでしょうか?


 以前までは『ミリオラ様』と読んでいた私のことを『ミリオラ』と、そう呼び捨てにしてくださったことはかまいません。むしろ、距離が縮まったようで喜ばしくさえ思います。

 ですが、あれは距離が縮まったというよりも、粗雑に扱われているような、そのように感じられてしまいました。そんなはずはない。そう思っても、ロイド様の振る舞いを見ていると、どうしてもそう感じてしまうのです。

 私が止めても聞き止めてくださることはなく、私の言葉を最後まで聞いてくださることもなく、止めるために伸ばした手を振り払って相手を殴り続けるその姿は、とても……とても恐ろしい物でした。


 アルフレッド様は、他者を虐げ、暴力を振るう方ではありましたが、あそこまでではありませんでした。ちゃんと私の言葉は聞いてくださいましたし、私のことを粗雑に扱うこともありません。

 ロイド様もはじめはもっと優しかったのです。優しく、正義感があり、私のことを……愛していると、そう囁いてくださったのです。


 ですが、今は……今のロイド様は、何かが変わってしまいました。


「私は、このようなことを望んでいたわけではなかったのに……」


 少し気分を入れ替えようと、ほんのりと感じていた空腹感を満たすために部屋の外へと着替え、侍女と共に廊下を歩いていると……


「あ……」

「あら、ミリオラお姉様。ごきげんよう」

「シルル……。ええ、ごきげんよう」


 廊下の奥からやってきた妹のシルルと出くわすことになりました。

 ……出くわす、だなんて、以前はあれほど仲が良かった妹のはずなのに、どうしてこのようなことを思ってしまったのでしょうか? いえ、理由はわかっています。いつからか、シルルが私に向ける視線が、以前のような優しいものではなく、見下すような冷たいものへと変わっていたからです。


「では私はこれで失礼させていただきますわ。お姉様は体調にお気をつけて婚約者様と仲良くしてくださいね」


 その言葉がチクリと胸に刺さって、私は思わずぎゅっと手を握りしめてしまいました。

 けれど、シルルには効かないといけないことがある。そう自分を奮い立たせ、去っていくシルルへと振り向きました。


「ま、待って! 待ってシルル!」

「……どうかされましたか? そのように声を荒らげるなど、淑女としてはしたないと言われてしまいますわよ?」

「あ……ごめんなさい。でも、その……少しあなたと話がしたくて」

「私はこれでも忙しいのですけれど、わかりました。姉妹ですもの。少し話す程度の時間は作って差し上げますわ」

「……ありがとう、シルル」


 微笑みと共に承諾してもらえたことで、私はホッと胸をなで下ろし、シルルと共に再び私の部屋の中へと戻って行きました。


「それで、どうかされたのですか?」


 どうかされたのか。そう問われても、なんと言えばいいかわかりませんでした。

 言いたいこと、聞きたいことはあったはずなのに、いざ聞けるとなると言葉が出てきません。


「……私は、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?」


 それでもなんとか問いかけることができたのですが、シルルはそんな私の言葉に呆れたような息を吐いてから答えました。


「……お姉様。〝こんなこと〟と申されましても、私にはなんのことだかわからないのですが?」

「あっ……ごめんなさい。……私、本当なら今がもっと素敵なものになってると思ってたの。でも、今の私は、思っていたものとはとても違う状況になってしまっています。これも、私が王女だからなのでしょうか? 王女であるから、このような不幸な状況になってしまったのでしょうか?」


 私が王女だから不幸な出来事が起こる。それが私の出した結論でした。

 王女だから、つらくともアルフレッド様のような方と婚約することとなってしまった。

 ロイド様も、王女の婚約者となったから地位や権力に惑わされてしまった。

 そもそも、王女だから不幸なことが起こるように運命付けられている。そう考えたのです。だって、それ以外に私が不幸になる理由がないではないですか。


 けれどシルルはそれまでとは違い、不機嫌さを隠そうともせずに顔に表し、私のことを見つめてきました。

 ……私は、何か言ってはならないことを言ったのでしょうか?


「まず一つ。お姉様は不幸ではありませんよ」


 そんなはずはない! そう言おうとしましたが、私が口を開くより先にシルルが話を続けてしまいました。


「そして二つ目ですが、もし不幸なのだと感じていれば、それはお姉様が王女だからではなく、お姉様だからです」


 私が王女だからではなく、私だから不幸になった? それは、どういう意味なのでしょうか?


「愚かなお姉様。もっと頭を使ってお考えになった方がよろしいかと思いますわ。婚約者だった方の本質も見抜けず、優しさを理解できないようでは、ここで今の婚約者の方を切ったとしても、お姉様が幸せになることはできませんよ」

「——え?」


 初めは、何を言われたのか理解できませんでした。だって、私は今までアルフレッド様以外でこんな酷いことを言われたことはなかったのですから。

 それなのに、まさか大事な妹から『愚かなお姉様』だなんて、そんな酷いことを言われるだなんて……。


 それでも、なんでシルルがそんなことを言ったのか理解するために、私は疑問に思ったことを聞いてみることにしました。


「こ、婚約者だった方って……アルフレッド様のこと? あの方の本質って……それに、優しさとはいったい……」

「それはご自身でお考えになってください。ここまで話したのは、妹としてせめてもの優しさです。ですが、これだけは覚えておいてください」


 そう言ってからシルルは立ち上がり、私のことを見下ろしながら口を開き……


「私は、あなたのことが大嫌いです」

「え……」

「自分に甘いところも、他人を理解しようとしないところも、自分が世界の中心だと思っているところも、自身の不出来を不幸と称して他人のせいにするところも、全部嫌いです。姉でなければ関わりたいとは思わないほどに」


 なにをいっているのかわからない。わかりたくない。

 そう思いながらも、自然とこぼれ出す涙と共に、言葉を、なんとか引き留めようと、何か言わなくてはと、きっと勘違いだと、誤解で、すれ違ってるだけで、どうして、どうしようもなくて、泣きたくなる気持ちを抑えて口を動かしていきました。


「そ、んな……でも、シルル。い、今まで一緒に遊んで……遊んできたでは、ないですか。一緒に、笑って位てくれたでは、ないですか」

「ええ、そうですね。あの時はまだ許せましたから。ただ自分に甘い姉だな、程度にしか思っていませんでした。ですが、今は違います。アルフレッド様の件は、許すことのできない一線を越えてしまったのです」


 私の言葉なんて意味はないというかのようにシルルは歩き出し、扉へと向かっていき、その途中でふと足を止めました。そして私へと振り返り……


「……ああ。でも、少し訂正します。お姉様の愚かさは大嫌いですが、同時に、大好きでもあります。そのおかげで、私にもチャンスが回ってきたのですから」

「チャンス……」

「はい。お姉様の婚約者でなくなったのであれば、私がアルフレッド様を夫として迎え入れることも可能になったのですから」

「そ、それって……」

「はい。私はあの方のことを愛しています。お姉様なんかよりも、ずっとずっと。だからこそ、あなたの振る舞いが理解できないし、怒りを感じずにはいられません」


 どうしてシルルがアルフレッド様のことを……。それはおかしい。だって、あの方は酷い方だったのです。暴力を振るう方です。酷いことを言う方なのです。シルルだって知っているはずです。それなのに、どうして……


「最後に、一つだけ助言を。世界の中心はあなたではありません。悲劇のヒロインでいるのはやめた方がいいですよ」


 悲劇のヒロイン……? 私が、そう思っている?


「では、これにて失礼させていただきますわ、ミリオラお姉様」


 それは違う。そう言う前に、シルルは侍女と共に部屋を出て行ってしまいました。


 ……世界の中心が自分じゃないなんてことは、わかってる。悲劇のヒロインなんかでもないってことも、ちゃんとわかっている。

 それなのに、どうしてシルルはあんな酷いことを言うの? アルフレッド様を愛してるって、どういうことなの? なんであのように他人のことを虐げる人を愛してるだなんて言えるの?

 ……何にもわからない。


「どうして……私は、ただ幸せになりたかっただけなのに、どうしてわかってくれないの……」


 私は、なんて不幸なんだろう。

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