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グラージェス・妹の帰還

「——さて、何か言うことはありますか?」


 今、私の前には使節団として同行しながらも、襲撃者によって行方不明となっていた妹——スティアが座っています。


 拐われたこと自体は、仕方ありません。些か油断が過ぎたことが原因ではありますが、襲われたこと自体は私達のせいではないのですから。


 なのでそのことは問題ではないのですが、問題なのは拐われた先で助け出されたにも関わらず、今日に至るまで二ヶ月近くもの間帰ってこなかったことです。

 こちらがどれだけ心配したことかわからないはずがないのに、どういうつもりなのでしょうか? 問い詰めなければなりません。


「えっと……えへ?」

「えへ、ではありません!」


 私の問いかけに対し、頬に指を当てながら可愛らしく笑ったスティア。

 その笑みを見れて嬉しい気持ちが一パーセント。残りは苛立たしさで溢れたため、思わず王女としての振る舞いを捨ててスティアへと殴りかかってしまいました。


「うおわっとお!? お姉ちゃん危ないじゃない!」


 なんの予備動作もなしに放たれた拳だったにも関わらず、スティアは軽々と避けて冗談を言うような口調で文句を言ってきました。

 間にテーブルを挟んでおり、少しだけ距離があったとはいえ、今のを避けられるのは流石というべきでしょうか。


「拐われたこと自体は仕方ないとしましょう。ですが、問題はその後です。今まで散々好き勝手してきたのですから、この程度の罰は甘んじて受けなさい。もっとも、帰ってから正式な罰が下されるとは思いますが」

「えー」

「それから、ここは他国であり、私たちは国の代表としてここに参ったのです。この部屋にいる時は構いませんが、外に出る際には態度や言葉遣いには気をつけなさい」

「はーい。あっ……承知いたしましたわ、お姉様」


 こうして丁寧な態度を見ていると大丈夫なように思えますが、これがずっと続くのかと思うと不安しかありません。


 しかし、今ここで何かを言ってもどうなるというわけでもありません。

 私は仕方なくため息を吐き出し、話を進めることにしました。


「——それで、今までどうしていたのですか? 手紙は読みましたが、なぜすぐにこちらへと戻らなかったのです」


 本来あのような手紙を出す余裕があったのでしたら、手紙を出すのではなく本人が直接戻ってくればよかったのです。保護してくださったアルフレッド・トライデンに関しての問題があったとしても、せめて途中まで来ることはできたでしょうし、なんだったら傭兵でも雇って道案内でもさせればよかったのです。それがなぜこんな……二ヶ月もの間帰ってこなかったのか。


「いやー、まあ特にやることもない感じだったし、戻ったら戻ったで好きに出歩くこととかできなさそうだったし? ちょこっと遊んでてもいっかなーって」


 つまりは特に理由はなく、単なるわがままだったと。そういうことですか。


「良くありませんし、やることはあると伝えていたではないですか。婚姻の打診を行うと言っていたはずですよ。……まあ、結果的にはいなくて良かったと言える状況になりましたが」

「なら良かったじゃない」


 私の言葉を効いたスティアはホッと息を吐きながら椅子の背もたれに寄りかかり、出されていたお茶を飲んで思い切りくつろぐ姿勢を見せました。

 このような姿を見せられると、怒るのも馬鹿らしいと感じてしまいます。これは私がこの子の姉というよりも、王女という立場だからでしょう。行方が知れなかったのは悪いことではありましたが、無駄な婚姻を結ばずに済んだのでよかったとも思えてしまうのです。


「ちなみにだけどさー、それって例の……えっと、なんとかって家の後継が変わったからなのよね?」

「そうです。話は聞いたようですね」

「うん。まあちょろっとね。なんでも、相手の家がクソ雑魚になっちゃったから価値がなくなったわけでしょ?」

「言い方に気をつけなさい。そのようなことを言えば、反感を買う程度ではすみませんよ」

「ああうん。だいじょぶだいじょぶ。ここでしか言わないもん。それより、その相手ってのが……あー……うー……」


 そこまで事情を知っていれば、相手の名前も知っているはずでしょうに、なぜか言い淀んでみせたスティアの態度に眉を顰めつつスティアの言葉の跡を引き継ぎます。


「あなたが共に行動していたアルフレッド・トライデンですね」

「あー、うん。あいつとね〜。まあ……うん。ねー。あいつとならそんな嫌じゃないし、王女としての仕事も果たせたから良かったんだけどねー」


 あら、この反応はどういうことでしょうか? あまりこの子がこんなにはっきりしない態度を見せることはないのですが……はっ! もしかしてですが、これは、もしかするのでしょうか?


「……スティア。もしかして、アルフレッドのことを好いているのですか?」


 拐われた先で助けられ、行動を共にしたことで、その相手に好意を抱くのは当然と言えば当然のことです。この子から今まで恋愛に関して話を聞いたことはなかったので、まさかという思いもありますが、これほどおかしな態度を見せるなど……やはり〝それ〟以外に考えられません。


「……ぽえ? ………………いや、そりゃあ嫌いってわけじゃないわよ? でも、ほら。ね? これはその、そういうんじゃなくって、まあ仕事相手として一緒にいるんだったらそれはそれでアリっていうか、まああいつだったら納得できる相手だし問題なしだったんだけどなってちょっと思っただけで別に自分から進んで結婚したいってわけじゃないっぽい感じのあれで……わかるでしょ!?」


 この子にあるまじき慌てた態度を見せていますが、ということはやはり〝そう〟なのでしょう。


「なにを言っているのか分かりませんが、あなたの気持ちは理解できました。まさか、これほどまでにあの者に好意を寄せるとは思いませんでしたが、となれば今回のあなたの勝手も無意味なものではなかったと考えることもできますね」

「好意を寄せるってなに!? そんなんじゃないもん!」

「ですが、あの者のことは〝人としては〟好ましいと思っているのではないですか?」

「それは、まあ……そうだけどぉ……むぅ」


 揶揄うように言った私の言葉に対し、スティアは明確に否定することもできずに頬を膨らませてこちらを睨んでいますが、その前にあった会話のせいでとても可愛らしく見えてしまいます。


「しかし、それを考えると今回の廃嫡の件は本当に残念でなりません。順当に事が進めば、私たちにとっても、あなたにとっても、良い結果になっていたでしょうに」


 もしトライデンがアルフレッドをたかが魔創具の形ごときで廃嫡としていなければ、今回の縁談に関しては良い結果となっていたでしょう。


「……で、でもさぁ、ちょっと聞きたいんだけど……アルフは結構強い感じだったし、うちに引き込むことってできないの?」

「ネメアラにですか? ……どうでしょうか? 今回あなたをリゲーリアの貴族と婚姻を結ばせようとしたのは、簡単に言ってしまえば厄介払いの目的もあります。あなたが結婚することも大事ですが、その後に所属する国も重要なのです」

「そっかー。まあ、そうよねー」


 そう言うと、スティアは不満そうに顔を顰めながら考え込む様子を見せました。

 そのようなことを言い出すということは、よほどその者のことが気に入ったということなのでしょう。


「それほどまでにあの者のことを気に入ったのですね」

「だから違うんだってば! そういうアレじゃなくって!」


 スティアはどうあっても否定したいようですが、どう見ても信じられません。

 あるいは、自身の感情が恋愛に関するものなのだと気づいていないのかも知れませんね。この子は頭は悪いわけではありませんが、色々と足りない部分がある子ですもの。


「……まあいいでしょう。……ああ、そうでした。あなたが無事に保護されたことを証明するために、明日はこの国の王族の方々とお茶会をすることになっています。下手なことをしでかさないように細心の注意をしなさいね」

「えー。お茶会って、別に面白いことないんでしょ?」

「ですが、これも王族の勤めです。仕事なのですから、好き嫌いではなく立場で考えなさい」


 私とて、お茶会などという無駄なことをしなくても良いのであればしたくはありません。そんなくだらないことに時間を使うよりも、兵と打ち合いをした方がよほど良い時間の使い方と言えるでしょう。なんだったら、予定から逃げ出したスティアを捕まえる方が鍛錬にもなりますし、よほど有意義です。


 とはいえ、ここはネメアラではなく他国なのです。王女として、国の恥とならないように振る舞わなければなりません。


「くれぐれも自分から逃げ出して遊び呆けていた、などと言わないように。いいですか? あなたは賊に拐かされ、善意の協力者に保護されていたのです。時間がかかったのは、その協力者に急ぎの用事があったため合流が遅れたのです」

「おっけーおっけー。任せてちょちょ」


 くつろぎながら適当な返事をするスティア。……本当に大丈夫なのでしょうか?


「……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だってば。そんな心配しないでよ。……でもさぁ、その言い訳ってちょっとキツくない? 普通お姫様を保護したら、どんな急ぎだとしても最優先で国に届けるもんでしょ」

「そうでしょうね。ですが、そのあたりのことはどうでもいいのです。ネメアラとしても、リゲーリアとしても、お互いにそうしておいた方が厄介ごとはなくて済むのですから」

「くれぐれも、ボロを出さないように」

「うんうん。大丈夫だってば!」


 本当に大丈夫でしょうか?

 不安ではありますが、まあなんとかなるでしょう。少なくとも、この子が居なかった時よりはマシな状況であることに変わりはないのですから。

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