アルフレッドの作った傭兵ギルド
トライデン領に存在している建物の中で、俺はダラダラと長椅子に寝そべっている。
大領地で新進気鋭の傭兵ギルド『バイデント』。そのリーダーであるログナーとは俺のことだ。……まあ、まだ言うほど有名ってわけでもないけどな。精々がこの領地内と、たまに行く王都でちっとばかし知られてる程度なもんだ。
とはいえ、それなりに有力……中堅でも上位程度のギルドだが、毎日毎日仕事があるわけでもない。まあ、できて数年の若いギルドだからな。そこらの木端ギルドよりは強いと自覚してるが、それでも大手には敵わない。中核メンバー達の個人的な武勇だけなら負けるつもりはないが、規模は力だ。その辺のことは流石に負ける。
なのでまあ、仕事が少ないというか、客引きが弱いとでもいえばいいのか? そんなわけで今日は仕事がないのだ。
とはいえ、いつまでもこんな状況でいいとは思ってねえけどな。世の中は地獄だと思って彷徨ってた俺らを救ってくれたボスのためにも、情けないところは見せられねえ。数年以内には大手にも負けないギルドにしてやるさ。
「リーダー! 起きてよ! ねえ!」
なんて思ってると、バイデントの数少ないメンバーであり、鳥と猫の獣人のハーフであるフィーアが慌てた様子でやってきた。
こいつは普段から騒がしいやつだが、こんなに慌てるなんて珍しいな。
「あ〜? どーしたぁ。今日はなんもやることねえはずだろ?」
「んなこと言ってんじゃないわよ! やることなんて今出来たわ! ほら、これ読んでよ!」
「は? あー、ったく。なんだよいきなり……んだこりゃあ」
フィーアから差し出された手紙を読んでみると、思わず言葉を失った。それも当然だ。何せ、この手紙は俺たちのボスであり、傭兵ギルド『バイデント』の真のリーダーであるアルフレッド様からの手紙だったんだから。
しかもその内容が、家を追放されたから旅に出るときたもんだ。すんなり受け入れられるわけがない。
「ねえ、それどう思う?」
「どうっつわれてもな……こりゃあマジか?」
「知らないわよそんなの。だって今届いたばっかなんだもん」
「そりゃあそうか。ってか、俺の手紙勝手に読んでんじゃねえよ、ったく……」
フィーアがボスに恋愛感情を持ってるのは知ってるし、そのボスからの手紙だったとはいえ、俺宛てにきた手紙を読むのは流石に呆れる。
まあ、俺宛てっていっても『バイデント』のリーダー宛てだったし、ボスからの手紙なんて毎回ギルドに対する依頼書、あるいは指示書だってことを知ってるからこそなんだろうが。
それにしても、トライデン家がまさかこんなことをしでかすとはな。
これが真実かどうかはわからないが、ボスがこんな冗談を手紙で送ってくるなんてことがあるわけがないし、まあ旅に出るってのは事実だろうな。
「幹部全員を呼べ。休みだろうと叩き起こせ。他のギルド員も、仕事には行かねえように言っとけ。すでに仕事行ってるやつらは、戻り次第同じように伝えとけ」
「わかったわ」
そうしてフィーアが慌ただしく部屋を出ていった後を見送って、俺もこの後のことに向けて動き出した。
「——さて、集まってもらって悪いな」
しばらくするとこのギルドの中核をなしているメンバー達が全員集まり、会議を始めることとなったのだが、何が起きたのかわからずにただ呼び出されたメンバー達は不満げな顔をしている。
「ほんとだよー。今日は一日休みってことでお出かけしてたのにさー」
とある国で魔法の研究をし、異端と呼ばれた魔法使いのフレネルが不満タラタラな様子でこっちを見ている。
「今日はってか、お前の場合は今日も休みじゃね? 昨日はどっかの店で食いまくってただろ」
そんなフレネルに対し、狼の獣人であるボーチが呆れた様子で言及する。
「え〜、ポチってばストーカー? いくら私のことが大好きだからって、それは人としてないわ〜」
「うぜえ。ポチじゃねえし、キモいこと言ってんじゃねえよ。たまたま見かけただけだ」
「えー? そんなキモいとか言わなくてもいいじゃーん。というか、食いまくってたっていうけど、あたしよりもリーラの方が食べてたからねー?」
二人に会話は、今度は聖職者の如き格好をしたエルフの女性——リーラへと飛び火し、リーラは突然の言葉に慌てて反応して見せた。
「え? ちょっ、フレネルさん!? なんでそんなこと言うんですか!」
「だってー……事実だし? 今更隠す必要もないでしょー? ギルドの食堂でハンバーグ五段重ねとかやって喜んでる姿見せつけておいて、今更じゃないかなー?」
「っ〜〜〜〜!」
ハンバーグ五段重ねなんて俺でもやらないような場面を見られていたことを理解したリーラは、恥ずかしそうに顔を覆って俯いてしまった。
その三人に、俺とフィーアを加えた五人がこの傭兵ギルド『バイデント』の中核メンバーだ。
「いつも通りで何よりだ。だが、今はマジで頼む」
「……どうしたの?」
つい今しがたまでふざけた様子を見せていたフレネルだが、俺の態度が普段と違うのを見て、それまでのおちゃらけた雰囲気を消して問いかけてきた。
そして、それはフレネルだけではなく、この場に集まった全員が同じだった。
「今日、ボスからこんな手紙が届いた」
「手紙だあ? こんな集めるってこたあ、厄介事か?」
「ある意味厄介事だな。——アルフレッド・トライデンが廃嫡された」
「「「っ!!」」」
そう口にした瞬間、この話を今初めて聞いた三人はそれぞれ驚きの様子を見せ、困惑した様子へと変わった。
「ちょい待ってよ。アルフレッドって、あのボンボン?」
「そうだ。たまにここに顔出して才能を見せつけながら嫌味を撒き散らし——誰よりも努力の価値を認めてくれた、そのボンボンだ」
ここにいる五人は、全員がそれなりの事情があって彷徨っていた。
仲間から見捨てられたり、誰も助けてくれなかったり、世の中に絶望していながらも死ぬことを選べずにただただ目的もなく彷徨い続けていた俺達。
そんな俺たちを何を考えたのかボスは拾い上げ、こんな居場所まで用意した。それは、単なる『恩』という言葉では言い表すことなんてできやしないほどの大恩。もはや、忠誠や信仰と言ってもいいほどのものだ。
「なんであいつが!」
だからこそ、ボーチが思い切り机を殴りつけながら立ち上がったことも理解できるし、誰も文句を言わない。そうしないだけで、気持ちは全員同じだから。
「それを今から話すんだよ。落ち着け」
「碌でもねえ内容だったら、ぶん殴るぞ」
「それは俺じゃなくて原因の方に言え」
そうして、俺は手紙に書かれていた内容と、こいつらが集まるまでに調べた内容について話していった。
「……それじゃあ、何? 魔創具をうまく作れなかっただけで追い出されたってこと? そんなふざけた話があるわけ?」
「しかも、その原因は学園の準備が万全ではなかったことであって、アルフレッド様にはなんの非もないのですよね?」
「そうだな。まあ、そうなるな」
「んだよ、その半端なのは」
ボーチは俺の半端な答えに眉を顰めて睨みつけてきたが、確かにボスに非がないこと自体は間違いない。俺の返事が微妙なものだったのは、ボス以外の部分に疑問があったからだ。
「ボスに非がないのは確かだ。だが……まだ未確認だが、どうにも怪しいところがある。刻印堂ってのは、まあ中を見たことがあるわけじゃないんだが、話に聞く限りでは貴族のガキどもが魔創具を作るための場所だ。で、使うのは当然貴族なわけだから、使う前に欠陥がないか建物中を確認するらしいんだよな。これが何人も使ったあとだってんなら、確認後にどっかで不備が混じったってのもわかる。だが、うちのボスは一番最初に使ったらしい。確認を終えて、まだ誰も使っておらず、不備が入る余地がねえ状態で、だ」
「つまり、てめえが言うのはこういうことか? ——教師が意図的に不備を見逃した」
「あるいは、誰かが教師の目を盗んで仕掛けた」
「可能性の話だがな」
調べた限りでは、その可能性が高い。だが、何かあったのは間違いない。
「で、どうするつもりだ?」
「それを話し合うための集まりがこれだ。事実の確認は調査員にやらせてるが、『敵』次第では俺達も動く必要があるかも知んねえ」
「裏と繋がっている可能性があるから、ですか」
「え、なんで?」
リーラの言葉に頷いたが、フィーアは言葉の意味がわかっていないようで首を傾げた。
「学園の目を盗んでなんか仕掛けるなんて、貴族でも難しいだろ。となると、専門の奴らが必要になってくる」
「あー、そっかそっか。まあ、そーだねー。そうなると——ゴミ掃除かぁ」
「ああ。貴族達にゃあ届かねえ場所だろ、ああいうのは」
貴族達も犯人にたどり着くことはできるかもしれない。だが、そこに手を伸ばすことができるのかって言ったら、そんなことはない。何せ、ああいう裏の組織ってのはまず間違いなく貴族達と繋がってるからな。自分と繋がりがある、あるいは自分よりも上位の立場と繋がりのある組織だった場合、犯人に辿り着くことができても誰も手を出さない。
だからこそ、俺たちが動く必要がある。
「それで、一番大事なのがギルドの今後についてだが……どうする?」
「そりゃあ、やめる、って話じゃねえよな?」
「もちろんそうだ。この『バイデント』は俺たちの居場所だ。それを捨てるつもりはねえ。ただ、場所を移すかどうか、とな。この街は戦争で名を上げた『トライデン』が率いるだけあって、領軍もそれなりに強い。傭兵の仕事なんて他に比べりゃあすくねえ。それでも俺達がここにいたのは、あの捻くれ屋のボスの故郷だからってだけだ。わかってると思うが、俺達はあいつに恩があるからな」
「あたしら全員、あのボスに救われたもんねー。ただの凡人に浮浪者に半端者に出来損ない。後、面倒ごととしか思えない異端の魔女。よくもまあ、こんな奴らを助けようと思ったよね。あのバカちんも」
「ご自身は、助けた意識などないと思いますけれど、それでも私たちが救われたのは事実ですからね」
みんなそれぞれの事情で街を彷徨っていた。俺——ただの凡人は、傭兵として仕事をしていたが、ろくな才能もなく、その日暮らしで精一杯だった。
そこで、なんの因果か昔馴染みに会い、盗賊まがいのことを……いや、事実盗賊として活動することになった。賊と言っても、ボロい錆びた剣くらいしか持ってなかったくらいしょぼい集団だったけどな。
だが、その最初の相手が運悪くもアルフレッド・トライデンだった。今にして思えば、運悪いどころか、最高に運が良かったわけだがな。
そんでまあ、当然のごとく捕まったわけだが、俺自身は迷ってビビって攻撃を仕掛けなかったことと、今回が初だったってことで実質なんの罪も犯してないとして無罪となった。
——賊とならせてしまった非はこちらにある。貴族とは、民が安心して暮らせる世を作らなければならないのだ。故に、お前にはなんの非もない。
しかも、その時持っていたトライデントの刃を一つへし折って、三又から二又の槍に変え、「これでは使い物にならない」とか言いながらわざとらしく俺の前に放り捨てたんだぞ? 「貴様にはこんなゴミで十分だろう。くれてやる」とか言いながら。まるで、これでも使って生き延びろとでもいうかのようにだ。それがどれだけありがたかったことか……。
だからこそ俺は、自分が作ったギルドに『バイデント(二又の槍)』なんて名前をつけたんだ。
それが、今ではこの街でも有数の傭兵ギルドのリーダーに大躍進だ。
「ボスがここに戻ってくる可能性は低いと思う。だが、全くないってわけでもない」
「でもさー、それってまず前提として、問題が片付いてないとでしょ?」
「そうだな。まだ犯人が残ってるってのにボスが帰ってくるとも、帰って来れるとも思えない。そういうわけで、王都に向かう。ここからじゃ調べることにも限界がある。他のメンバーはここでアジトの確保をしてもらいつつ、俺たちが事の真相を暴く。それで何が変わるってわけでもねえかもしれないが、まずはそれをやらないことには話が進まないだろ」
「どこかで協力者でも見つけられればいいんだけどねー」
「理想で言えば王家よね。確かボスは王家とも知り合いがいたはずだし、そこに協力して貰えば結構楽になるんじゃない?」
「後は公爵家の中にも欲しいですよね。たかが魔創具一つで廃嫡するだなんて、公爵が何か関わってる可能性もあるのではないかと思います」
「なんにしても、まずは王都に向かうぞ。お前ら引き継ぎだとか色々と準備をしろ。三日後に出発だ」
とりあえず、公爵には苦しんでもらう意味を込めて、うちで受ける貴族からの依頼は減らすか。
後は、公爵が不当に息子を追い出したって噂を立てるのもありだな。なんにしてもバレないようにやらないとだが、ゆっくり時間をかければ問題ないだろう。




