スティア姫の婚約者候補
「なんで覚えてないんですか。ネメアラからの道中でも散々グラージェス殿下からお話があったでしょう」
「えー、あー、うん。まあ話はあったんだけどさぁ。どうせ私の意思でどうにかなるもんでもないでしょ? それにどんな奴なのかわからなかったし、会って確かめて、よっぽど気に入んなかったら殴り飛ばして片付ければいっかなー、って」
なるほど。一応こいつにも王族として婚姻に対する理解というのはあったのか。だが、嫌だったら殴り飛ばせば良いとは……どう考えても良くないだろうに。
「よくありませんよ、まったく。何考えてるんですか」
「んー……どうすれば楽しくなるか、かしらね?」
「せめて相手の名前くらい覚えておいてくださいよ」
「まあいいじゃないの。そんな気にしてたら疲れるわよ?」
スティアはお気楽そうな笑みを浮かべて話しているが、それの相手をしているリファナは頭痛を感じたように片手で頭を押さえている。だが、どこか慣れたような表情をしているあたり、この者もこれまでスティアに振り回されて苦労して来たのだろうな。
だがしかし、今の話を聞いて一つ疑問がある。
こいつらが俺に婚姻の打診をしにきた、という話はいい。その時はまだ俺は貴族の中で最高位の家門だったし、この阿呆は王族だ。話自体が出てくることはおかしくない。
だが、その時にはすでに俺には婚約者がいた。それも、ただの貴族の娘ではなく、ミリオラ殿下という、正真正銘の王女の婚約者がだ。そのあたりは何年も前からの関係だったのだし、知らないわけがないのだが一体何を考えてやって来たのだろうか?
「それはそれとして、私は当時すでに殿下と婚約関係でありましたが?」
「しかしながら、あくまでも婚約であって、すでに婚姻を結んだわけではありません。加えて、ネメアラからの王女が嫁ぐとなれば、すでに自国の王女と婚約関係であっても割り込ませることができると考えたようです」
……まあ確かに、あくまでも婚約であって、実際に婚姻を結んでいたわけではない。
だからこそ、俺もあそこまで簡単に家を出されることになったのだから。もしすでに婚姻を結んでいれば、俺は家を追い出されたとしても城の方で暮らすことができていただろう。
しかし、すでに婚約をしていたのは事実なのだ。それを知りつつも婚姻の打診をしてくるとは、少々マナー違反が過ぎると思うがな。
これでどちらかが単なる貴族の娘であれば問題なかったかもしれないが、両方ともが王族であり、それぞれが別の国の所属なのだ。正妻や側室で揉めることは十分に考えられる。
それらを含めて考えると、『アルフレッド・トライデン』との婚姻はあまり良い手だとは思えない。
「とはいえ、その話は白紙へと戻りましたが。あなたがいなくなりましたので」
「? 確かに私はここにいますが、ですが『トライデンの後継』はいるはずでは?」
「そのあたりのことは私達も知らされていませんが、一言だけ〝あれはダメ〟とのことです」
あれはダメ……こうも言葉としてはっきり言われるとは、よほどのことだ。いくら俺が家から出た存在だとしても、大抵はもう少し包み隠した言い回しをするものだが、こうも隠すことなく言われるということは、それだけ無様な姿を見せたということだろう。
「あれはダメ……。それほどか、あの阿呆は」
確かに能力で言えば俺よりもはるかに下だ。あの者が百人いたところで怖くはない程度の実力しかない。
だが、少なくとも俺を追い落として自身を公爵に売り込むだけの要領の良さはあったはずなのだが……何かネメアラの者の前でよほどの失敗でもしたのだろうか?
「ねえねえ、どんな人なの? あんたがそんな顔に出すくらいダメなやつなわけ?」
スティアは俺の代わりとなった人物がどのような者なのか気になるようで、こちらの顔を覗き込むようにして問いかけてきたが、気になっているのはスティアだけではなくルージェとマリア、それからリファナ以外の騎士達ものようだ。
「……俺がトライデンを廃嫡される代わりに次期当主として本家に迎え入れられた分家の人間だ。今はどうなっているかは分からんが、能力的に言えば……まあお前が条件付きで自身を縛った上で加減して遊べば、ギリギリ勝負にならないこともない程度のものだな」
「え、何それ。めちゃんこ弱くない?」
精一杯事実を伝えた上で表現を包み込んだのだが、この阿呆はそのことを気にすることなくはっきりと言ってしまった。お前、この場には身内しかいないとはいえ、一応は政治に関する話なのだ。もう少し姫らしく言葉を考えて発言すべきだろうに。
「……弱いというわけでもないが、まあ、強くはないな。学生の内で言えば、そこそこの成績ではあったようだが、あくまでも子供達の中での評価だな」
俺より劣るとはいえ、世間一般で言えば弱いわけではないのだ。むしろ、武芸に関しては優秀と言って良い類だっただろう。
だがそれは、あくまでも学生としての評価であり、実際に世に出て戦場に立てば、少し優秀、程度の評価に収まることだろう。そこらにいる傭兵ギルドに属している者の方がよほど厄介な力を持っているはずだ。
もっとも、今はどの程度の力を持っているのか分からないのではっきりとは言えないが、あれからまだ半年と経っていないのだそう変わっているわけでもないだろう。
しかし、そうは言っても公爵家の人間だ。学生の内とはいえ、それなりの評価も得ている。加えて、本来俺が婚姻を結ぶはずだったミリオラ王女からの信も得ている。
であれば、〝あれはダメ〟などと言われるほど悪い存在でもないと思うがな。そのまま俺の代わりとしてネメアラの姫の婚姻話を持ち掛けてもおかしくはないはずだ。
「はあ〜。それは無しになるわね〜」
だが、スティアは納得したように頷きつつ言葉を発した。
そしてそんなスティアの態度に同意するように、黙って周りに立っているだけの騎士達も頷いている。
これはどういうことだろうか? 今の話を聞いて、それほどまで悪い相手だと全員の考えが一致するものなのか?
「私ってば、これでもお姫様なわけよ。しかも、立場やら扱いやらは微妙だけど、その才能とか能力は素晴らしい系のすっごいお姫様なの」
自分で言うことか、と思うが、確かに能力や才能という意味ではこいつはかなりのものだ。それに、姫という立場も事実ではあるので、とりあえず同意するように頷いておく。
「まあ魔創具が魔創具だからね〜。自国に置いておくと面倒になるからってんで他国に出そうとしたんだけど、それでも相手には相応の格が求められるわけよ」
「だろうな。だが、それならばトライデンの次期当主というのは相応しい格ではないか?」
「ん〜、そうとも言えないのよね。確かに、一応身分的なものは考慮するけど、それは外国との関係を考えた上でのものであって、ネメアラにおける『格』とはちょっと違うのよ」
ネメアラにおいては、身分が絶対というわけではないということか?
だが、こいつは『格』などと言っているのだし、明確に立場の違いは存在しているはずなのだが、それはいったい……
「前にもちょっと話したと思うんだけど、ネメアラの王族って神獣とかいう神様ポジションのやつの末裔なわけよ。んでんで、ネメアラにおいて、『格』っていうのはどれほど神獣の血統に相応しいかってことで、ぶっちゃけちゃうと『強さ』がそれに当たるのよね」
「つまり、強いことが格の高さを表していると?」
「そうそう。そんな感じ。だから、強ければどこの誰だろうと大体おっけー? まあ、血統主義の人もいることはいるから、そういう人たちは一般の人の中から選ぶことに難色を示すかもしれないけど」
「実際、スティア様の婚姻相手に関しては揉めたようです。自国内の有力者から選ぶのか、それとも大会でも開いて婿取りをするのか、と。最終的には他国との繋がりや、スティア様を自国においておくことの危うさを考えて、他国の有力者であり強者である者と結ばせる、といった結論になりました」
なるほどな。確かに戦うことが好きで、強さに関して時折言及していたことを考えると、嘘ではないのだろう。
そういえば、俺ならばそれなりに強いから結婚してもいい、などというような戯言をほざいていたことがあったような気がする。
「しかし、トライデンという有力者が相手ということは変わりませんが、その実力に関しては、弱ければそもそも基準を満たしていないので、いかに有力者だろうと、王族に近い存在であろうと、婚姻相手として相応しいとは判断されません」
身分や権力よりも、まず強さか。なんともまあ獣人らしいというかなんというか……そこまで強さを追い求めるとは呆れを通り越して称賛すらしたくなるほどだ。
もっとも、称賛などしていられるのはその思いが自身に関係ない場所へと向けられている場合だがな。
「ですので、今のスティア様の婚姻に関しては、一旦国へと持ち帰ることとなっております」
まあ、妥当なところだろうな。婚姻を打診しようとしていた相手がいなくなっていたのだから。
それに、いくら代わりがいるとはいえ、それでは代わりにならないということだし、真っ当な判断だと言える。
「あ……えっと、それからスティア様があなたへと行った事故についてですが……」
「事故? ……ああ。これのことか。今回同行しているのか?」
事故とは、つまりスティアがふざけて首輪をつけ、鍵を壊したことで俺の首に嵌められたままとなった隷属の首輪のことだ。
今までこのふざけたものを外すために解呪の専門家を探してきたが、見つからなかった。それをこの者らが連れてきてくれたのだろうか?




