アルフ対聖剣3
「今までは本気ではなかったとでもいうつもりか?」
「本気ではあった。だが、〝俺の武器〟ではなかった」
剣も、まあ使えないわけではないが、俺にとってのメインウェポンではない。まあ、〝これ〟もメインとは言い難いが、少なくとも〝今の俺にとっては〟この武器が——フォークがメインウェポンなのだ。
「これが俺の武器だ」
「なんだそれは……フォーク?」
俺が取り出したフォークを見て、エドワードは訝しげに表情を歪めて呟いた。
一応先ほど四人揃っている時にも投げて見せたはずだが、まああれを俺の魔創具だとは思わなかったのだろう。大方、そこらで拾ったものだとでも思ったのではないだろうか。
「ああ。安心しろ。別に、バカにしているわけではない。これはこれで、立派な武器なのだ。それこそ、聖剣如きには負けないほどのにはな」
「ならば止めて見せよ!」
一応バカにしているわけではないと言う旨を伝えはしたが、それでも普通は勝負の場にフォークなど取り出されたらバカにされていると思うのは当然だ。しかもそれが、貴族として振る舞うことを重視しているエドワードであれば尚更。
それでも怒りに任せて襲いかかってくることはなかったが、聖剣如きには、と言ったところで流石に我慢の限界だったのだろう。
俺の周囲に漂っていた霊剣が全て同時に動き出し、俺を貫かんと放たれた。
手に持っていたフォークを含め、新たに生み出したフォークを無造作に周囲にばら撒く。
当然それだけでは霊剣を防ぐことなど出来はしないが、それが動き出したとなれば別だ。
放り捨てられたフォークは、自我を持っているかのように動き出し、霊剣と同じように宙を舞い、俺へと突き進んでいた霊剣を受け止めた。
槍を投擲した時用に素早く回収するための機能ではあるが、鎧同様に遠隔操作ができるようになっている。
こんなふうに使うことになるとは思わなかったが、まあ便利ではある。
「なっ!? 全て、受け止めた……だと……?」
「どうした。お前の言ったように全ての霊剣を止めたが?」
「バカなっ! たかがフォークにそんなことが……我が一族の聖剣が……?」
驚くのも無理はない。この霊剣、先程の感じからするとかなりの威力がある。魔法によって強化していたにもかかわらず、俺の振っていた剣に微かながら傷がつけられていたのだ。それだけでもかなりの業物だということがわかる。
だが、あいにくとこちらのフォークも半端なものではないのだ。何せ、その素材にはドラゴンや精霊といった尋常ではないものを使っているのだからな。形はどうあれ、その格だけは他の聖剣に劣るつもりはない。
「見た目は悪いが、性能だけはそれなりのものだと自負しているのだ。先ほども言ったように、その聖剣に劣らない能力はあると思っている程度にはな」
そう話し終えた瞬間、俺はエドワードへと向かって走り出した。
「っ!」
エドワードは咄嗟に霊剣を操作して俺を迎え撃とうとしたようだが、その肝心の霊剣は現在全て俺のフォークによって押さえられている。
そのことを理解したエドワードは、俺の接近に一拍遅れて聖剣本体を構え、フォークによる突きを防いだ。
「流石に防ぐか。だが、霊剣の操作が止まっているようだぞ」
背後へと振り返ることはできないが、それでも操っているフォークから感じる霊剣を押さえつける抵抗力が弱まっているのがわかる。
「くっ! 離れろ!」
「そのように乱雑に振っても意味はないと理解しているだろうに。だが、この状況で霊剣を作り直さないということは、実体化を解除するには一定の距離、あるいは直接触れる必要があるのか?」
魔創具の能力の派生なのだと考えれば納得できる。魔創具は自身で触りながら、あるいはごく近い距離でないと回収できないからな。
魔法半分、魔創具半分といったところだろう。だからこそ、あの硬いが柔らかいという微妙な感触がするのだと考えられる。
あの聖剣は魔創具ではあるが、より正確にいうのであれば、単一の魔創具ではなく〝魔創具の中に別の魔創具を封入している品〟なのだろう。
宙を舞う半透明の刃と、それを収め、操る指揮棒となる剣。どうやら、初めに言った言葉は気せずして正解だったというわけだ。
しかし、魔創具であると言うのならば、無限に作り出せるというわけではないはずだ。いくら刃の部分だけとはいえ、あれだけの代物を作るにはそれなりの材料が必要となり、その全てをあの剣に収めておくことはできないのだから。
「さて、では今度はこちらの番だ。そちらの技を見せてもらったのだ。こちらも技を見せるとしよう」
俺を追い払って距離を取ろうとしたエドワードの狙い通り距離を開けてやり、その様子を訝し見ながらも霊剣を操作して手元に呼び寄せるエドワードへとフォークを突きつける。
そして、魔創具に込められた魔法を発動するための言葉を紡いだ。
「焼き尽くせ、炎龍の渦」
瞬間、うねるように突き進む炎の渦が大気を焼き、触れた地面を焦がしながらエドワードへと向かう。
「なっ——! う、グオオオオアアアア!!」
エドワードはそんな叫びを上げながらも、俺の放った炎の渦に飲まれていった。
通常であれば今の一撃で終わりなのだが、果たして結果は……
「生き残ったか。加減はしたが……あの一瞬で結界を張り、それで凌ぎ切るとはなかなかの技量だな。いや、それも聖剣の力か?」
地面が溶けて道ができたそこには、正面に盾のように霊剣を構えたエドワードの姿があったが、その姿は満身創痍と言ったところだ。
直撃は避けた上で魔法で体を保護したのだろうが、それでもところどころに火傷を負っている。
盾として構えた霊剣は二本まで減っており、その二本もひび割れている。
あの霊剣を直せるのかはわからないが、直せないのであれば……いや、直せたとしてもこの戦いはもうこれでおしまいだろう。それは今の一撃を受けた本人もわかっているはずだ。
戦ったところで勝ち目などないのだと理解できないほど、阿呆ではないだろうからな。
だが、トドメは刺さなければならない。そうしなければ、この騒動は終わりを迎えることができないのだから。
そのために俺はエドワードへと近づいていったのだがそこでエドワードが徐に口を開いた。
「……アルフという名。……それに、その魔法。貴様、トライデンの者か?」
「っ……。よくわかったものだな。こんなものを使用しているのだから、わかるものとは思わなかったぞ」
「いかに貴族社会から外れたとしても、トライデンの神童の話は私にも聞こえてきていたのでな。それに、〝渦〟の魔法はトライデンが好むものだ。その技は、現当主の好んで使うものだったと記憶している」
「見たことが?」
「以前に一度な。天武百景の場にて見たことがある」
「ああ……確か一度だけ出場したと言っていたな。当主としての責務だったからとのことだったが」
父自身は、大して強くはない。強くはないと言っても俺の基準なので一般からしてみれば十分に強者の類だろうが、それでも六武の筆頭として名を連ねていられるほどではない程度の実力だ。
そのため、父はあまり戦う事を好まない。六部の筆頭として、王国の守護神の家門としての義務で出場したらしいが、それもまだ当主になっていない時に一度だけとのことだ。
おそらくは、負けて結果を残せなかったとしても、まだ当主になっていない時であれば仕方ない。まだ成長途中なのだ。むしろ今の時点でこれだけの能力を持っていることは素晴らしい、などと言い訳をすることができるからだろう。
実際、当時の天武百景では準決勝にすら辿り着けなかったようだが、父の実力に関しての悪い噂は聞かない。
だが、いくら言い訳をしたとしても最低限の力を見せなければ認められることはない。おそらくは当時の戦いで今俺が使った技を見せたのだろう。この技は、父から教えてもらったものだからな。
「そのフォークも、『先端が三又に分かれた棒』という特徴だけで言えば、トライデントと変わりない。だが、そのようなものを使っているとなると、儀式に失敗したという噂は本当だったか」
「そこまで知られているか。確かに、その通りだ」
まさか首都やトライデンの領地からこれほど離れている場所の組織にまで知られているとは思わなかったが、相手が裏組織であることと、元貴族であったということを考えるとおかしくもないのかもしれない。
「貴様は、捨てられたといっていたな。それは、その魔創具が原因か?」
「……そうだな」
流石に俺がここにいる理由までは知らないようだな。それを堂々と話すつもりはないが、この場で頷く程度ならば構わない。どうせ、問いかけられてはいるがほぼ確信していることだろうからな。
「ならば、貴様も我らの仲間とならないか? 不条理な行いによって人生を壊された我が復讐の道も、お前ならば共に進む資格はある。魔創具が重要なのは理解している。だが、それだけで全てを判断し、個を否定するなどということがあっていいわけがない。本来いるべき場所を取り戻すために戦うことは決して悪ではない。そうは思わないか? お前も、今の立場を良しと受け入れているわけではないのだろう?」
俺は貴族としてふさわしい生活を送ってきた。相応しくあろうと研鑽してきた。そしてそれはこれからも続いていくのだと思っていた。
それなのに、たかが魔創具の失敗……それも俺の責任ではなく事故によっての失敗で道を閉ざされることになるなど、とてもではないが受け入れられなかった。
故に、家から出たばかりの俺であればこの男の言葉に頷いていたかもしれない。
だがしかし……




