アルフ対聖剣2
「……ふっ。いや、失礼した。名を告げるにも、相応しい相手というものがいるとは思わないか?」
なんのつもりだ、と考えていると、不意に男が小さく笑いを溢しながらそう声をかけてきた。
「ふむ。では、私はその相応しい相手とやらに合格か?」
「ああ。先程は失礼した。私の名はエドワード・レイソード。そう長い付き合いとはならないだろうが、少しの間よろしく頼もう」
確かに、長い付き合いにはならんな。そちらとこちらでは、そこに込められた意味が逆だろうがな。
しかし……レイソードか。その名の貴族は実在しているし、俺も知っている。もし本当にその家の人間であれば、貴族であると言う事実にも合致するし、聖剣を持っていることも納得できる。あの家にはあったはずだからな。
「こちらこそ。だが、レイソードか。侯爵家の人間か?」
「あくまでも元ではあるがな」
やはりそうか。〝俺の父は〟小さいながらも交流があった、らしい。俺自身はない。
公爵家と侯爵家であれば、交流など当たり前のようにあるものだ。仮にそれが敵対関係の家なのだとしても、全く知らないと言うことはあり得ない。
だが俺はこの者を知らない。それもそのはずだ。何せレイソードという家は、数年前に主家の人間が根こそぎいなくなったのだから。
いなくなったと言っても、殺されたわけではない——と聞いている。
実際のところはどうなのかわからない。貴族の〝病死〟や〝事故死〟ほど信用ならないものはないからな。
「元……確か数年ほど前に流行病で主家のものが全員死んだと……いや、そういえば一人だけ行方不明となった者がいたと噂があったか?」
「それは私のことだろうな」
静かに、だが暗い感情を込めた声で男——エドワードは俺の言葉に同意した。おそらくだが、やはり何かあったのだろう。例えば、家の者達は殺され、一人だけ生き延びた、とかそう言った理由が。
「して、貴様の名は? おそらくだが、貴様もどこぞの貴族家の者であろう?」
「いや。私は……俺は単なる旅人のアルフだ。元は属していたことは否定しないが、今は貴族などではないのでな。故に、ただのアルフだ」
どこぞの貴族の出身、と言えばそうだが、俺はすでに実家との関係には見切りをつけている。
これは……まあ……スティアのおかげではあるのだが、そのことはあまり言いたくない。いえば調子に乗るだろうからな。
しかしまあ、すでに割り切っている以上、俺があの家の名を名乗ることはない。
そもそも、追い出されたことで貴族ではなくなったのに、あの家の名を名乗っていればそれは罪に問われるからな。過去の自分の名前だとしても、今は名乗ってはならないのだ。
「……そうか。であれば、貴族としての立ち会いは不要だな」
エドワードがそう呟いた直後、そばに侍っていた霊剣が放たれ、再び俺を襲うように宙を舞い始めた。
そして、それと同時にエドワードも切り掛かってくる。
「会話が終わってそうそうに仕掛けてくるか」
「貴族でないのでれば、対等に接する必要もあるまい?」
エドワードの剣と宙を舞う霊剣。その二つを捌きながら言葉を交わすが、当然ながらエドワードは止まる気配がない。
しかし……妙だな。
確かにエドワードの聖剣の力は強い。本人の技量はまだ甘いと言えるが、それを補佐する霊剣の動かし方が上手い。——だが、それだけだ。
聖剣、あるいは聖武具と呼ばれるものは、後世に残すべきと考えられた強力な武器……いや、〝兵器〟だ。にもかかわらず、たかが丈夫な剣を飛ばすだけなどということがあり得るか?
いや、確かに有用ではあるのだから、この程度の効果であっても残す場合は残すだろう。特に、力のない一族であれば少しでも何かの足しになるように、と残してもおかしくはない。
だが、エドワードは侯爵家の人間だ。それほどの地位にいる一族が、たかがこの程度の武器を後生大事に受け継ぎ続けるとは思えない。
であるならば。他に何か能力が……
「だが、前と後ろばかり気にしていると串刺しだぞ?」
と、そこまで考えたところで、正面の少し離れた場所に飛び退いていたエドワードが笑いながらそう口にした。
直後、霊剣が背後から襲ってきて、それと同時に正面からも霊剣が放たれた。
そして、更に同時に上空から二本の霊剣が降り注いだ。
「っ!」
正面と背後、そして頭上から襲いかかる霊剣に対し、身体強化の度合いを二段階ほど引き上げて迎撃していく。
それまでとは比べ物にならないほど軽やかに動く体を駆使し、弾き続けるが、このまま弾いているだけではジリ貧だ。俺自身は問題なくとも、いずれ迎撃している剣がダメになる。
今まで剣で戦っていたのは、相手の情報を引き出すためである。なので、できることならばもう少し相手の力を引き出しておきたいのだが、流石に聖剣が相手では厳しいか?
そろそろ魔創具を出すべきなのかもしれないが……まあ、まだいけるか。もう少しやってみるとしよう。
「聖剣にしては効果が弱いと思っていたが、出せるのは一本だけではなかったというわけか」
「当然だ。だが、これで終わりではないぞ」
「っ!」
エドワードは聖剣を持っていない方の手をこちらに向け、魔法の準備をし始めた。
その手の先に発現したのは炎の塊。おそらくはそれを射出する簡単な魔法だろう。
だが、単純ではあるが、物質として形があるわけではないので剣で対応することはできず、避けづらい効果的な魔法だ。
特に、今のような状況で使われるととてもまずい。襲いかかってくる霊剣の対処だけで精一杯なこの状況で更に別の攻撃が加えられたとなっては、このまま剣だけで戦い続ければ怪我では済まないだろう。
「そちらも魔創具を出すべきではないか?」
「なに、この程度——石よ、渦巻け!」
魔法を効率よく発動させるための媒体である杖——俺の場合は魔創具であるフォークを取り出すことなく、純粋に魔法を構築し、発動させる。
使用した魔法は、周囲にある土石を巻き上げ、自身の周囲で渦を起こすもの。
これによって、純粋に質量を持つ石や土が宙を舞う霊剣にあたり、その軌道を逸らすことでまともにこちらを攻撃できないようにする。
そして、巻き上げられた土石の渦で霊剣の操作が乱れている間に、全ての霊剣を弾いて吹き飛ばす。
「魔創具を出すまででもない」
宙を舞っていた霊剣を弾き終えると、周囲で渦巻いていた土石は鎮まり、再び地に落ちていった。
「ほう……なかなかやるではないか」
「その上から目線の言葉、すぐにでも止めさせてやろう」
貴族ではなくなったので礼儀や態度に関してとやかく言うつもりはない。
だがそれでも、こうも上から目線で話されるというのは、なんとも気に入らない。これは意識の問題ではなく、もう俺の中に染みついた感覚なのだろう。
まあ、これまで貴族として生きてきたのだし、そう言った感覚はすぐになくなるものではないので仕方ない。
だが、仕方ないではあるのだが、気に入らないものは気に入らないのだ。これが身内やすれ違っただけの他人、少し話をしただけの他人であれば許す度量もあるが、こいつは敵である。ならば、許す必要などどこにもなく、無理矢理にでも止めさせてもらってもなんの問題もない。
「止めさせたいのであれば、家名を名乗れ。そうすれば、貴族として対等に扱ってやろうではないか」
家名か……先ほどもそうだったが、こいつはよほど貴族であることが重要なのだろうな。選民意識がある、と言うわけではないな。いや、それも多少はあるだろうが、大部分は違うだろう。
こいつが貴族であることを重視しているのは、そのことに縋り付いているからではないだろうか。
貴族としての立場を失ったこの男は、貴族として振る舞うことで心の均衡を保っているのだろう。
その気持ちはわからないわけでもないし、俺が捨てられたばかりであれば乗っていただろう。
だが、今は違う。
「あいにくと、家門からは捨てられたのでな。名乗ることはできんのだ」
今の俺は、ただの旅人のアルフなのだからない。
「それに……その必要はないだろう。ここでお前を叩きのめせば嫌でも止まるのだからな」
「ほざけ! これでもまだそのような戯言を吐かせるか!」
エドワードは苛立った様子でそう叫び、再び霊剣を操り俺の周りへと踊らせたが……
「全部で八……いや、九か? その程度なら、なんの問題もないな」
霊剣は先ほどよりもその数を倍ほどに増やしていた。それらの剣は俺を威圧するように周囲を漂っているが、その全てが一斉に襲いかかってきたとしたら、流石に対処しきれないだろう。できないとは言わないが、その場合は魔法も身体強化も余計にしようしなくてはならず、それではこちらが無駄に消耗することになる。
……ここらが潮時か。これ以上は剣だけで対処するのは流石に厳しい。
「剣をしまっただと? 何をするつもりだ?」
一つ息を吐いてから剣を鞘へと戻した俺を見て、エドワードは訝しげに呟き、問いかけてきた。
その問いに対する答えは簡単だ。つまり——
「ここからは本来の武器でやらせてもらう、ということだ」




