アルフ対聖剣1
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鎧の男がマリアを連れて離れたことによって、この場には俺とフードの男だけが残されることとなった。
フードの男の背後ではいまだに『揺蕩う月』のアジトらしき場所で騒がしくしているが、そんな喧騒を無視して俺たちは向かい合った。
「さて、随分とお膳立てされたわけだが、そちらはこれで構わなかったのか?」
元々相手は四人いたにも関わらず、スティアやルージェ、そしてマリアがそれぞれ一人ずつ受け持ちこの場から離れたことで、今では全員が一対一で対応することとなっていた。
なんともちょうどいいというか、誰かに仕組まれたのではないかと思うくらいには状況が出来上がっている。
だがこの状況は、俺たちにとっては都合のいいものではあるが、『樹林の影』からしてみればとても都合の悪いものだろう。にもかかわらず、目の前の男は落ち着いた様子でこちらのことを見ている。
むしろ、先ほどの鎧の男が離れていくのを黙って見ていた様子から考えると、初めからこうするつもりだったのではないかとすら思えてくる。もちろんそんなことはないのだろうが。
「……問題ない、とは言えんな。当初の計画よりだいぶズレが生じてしまっているのだから」
「であろうな。しかし、ズレ程度で終わると思ってもらっては困るというものだ」
俺たちは元々関わるつもりはなかったとはいえ、今では『揺蕩う月』を助けるために動いているのだ。そしてその最終目標は、『揺蕩う月』を襲う組織——『樹林の影』の壊滅である。
故に、現状でも『樹林の影』に被害は出ているだろうが、その程度で終わらせるつもりはなく、きっちりと終わらせるつもりだ。
すでにスティアが一人受け持ったのだから、そちらは確実に処理するはずだ。あいつのあの様子ではそれなりに時間をかけて遊ぶかもしれないが、相手を倒すと言う結果は変わらない。
ルージェも、まあ勝てるだろう。勝てなかったとしても時間を稼ぐか、あるいは相手を疲弊させた上でスティアや俺になすりつけるくらいはするだろう。そうなれば二人は処理できることになる。
マリアに関してはわからない。というよりも、負けるのではないかと思っている。何せ、あの鎧の男から油断ならない気配を感じたのだから。
ただ、負けるにしても時間は稼げるだろう。いくらあの鎧の男が強いと感じたとはいえ、それは常識はずれの強さと言うわけではない。マリアが守りに徹すれば、生き残ることくらいは問題なくできるはずだ。
あとはどこまで耐えられるか。そして、耐えながら隙を見逃すことなく攻撃できるかだが、それはもうマリアを信じるしかない。
まあ、万が一を考えていつでも援護できるように気を配っておくつもりではあるが。
「それは、貴様が私を倒すということか?」
「それ以外に聞こえたのであれば、言葉選びが悪かったな。阿呆にもわかるように話すべきだったか」
挑発するように言葉を返してやれば、案の定そんな俺の言葉が気に入らなかったようで、男はまとっている雰囲気を怒りや苛立たしさを含んだものに変えた。
「……良いだろう。貴様は私の手で葬ってやるとしよう」
男はそう言いながら腰に帯びていた剣を抜き放ち、構えたが、その姿から俺は目が離せなかった。
剣を構えた男が手強く見えたから——ではない。男の構えた剣から放たれている威圧感が尋常ではないものだったからだ。
「それは……聖剣か?」
考えられるのは、それだろう。
あれだけの威圧感を放っていると言うことは、ただの剣ではない。かなりの強度で魔法がかけられているはずだ。二重三重どころか、その何倍もの魔法があの剣には詰め込まれているが、そんなものを普通に作れるはずがない。
腰に帯びていたと言うことから考えても、男自身の魔創具ではない。魔創具であるのならば、自分の意思で好きに取り出せるのだから、そんな無駄なことをする必要はない。
ブラフとして魔創具を実体化させ続けていたと言うのであれば理解できるが、おそらく違うだろう。何せ元々は格下の組織を処理しにきただけなのだ。わざわざそんなことをする必要はない。使う時が来たなら取り出せばいいだけだ。
「そうだ。我が家に伝わる聖武具、『舞空剣・ディシージ』だ」
男は自身の手の中にある剣を見ながら、誇らしく思っていることを感じさせる声で告げてきた。
だが、そう思っているのも理解できる。それほどにあの剣から感じる力は強いのだから。それを今の今まで守り、受け継いできたことを誇りに思うのも当然というものだろう。
しかし、聖剣か……。どのような効果かはわからないが、厄介なことだな。
聖剣とは、過去の偉人や達人が自身の魔創具を後世に残そうと考えた結果の産物だ。
いくら自身の魔創具を具現化したまま残したとしても、その出来が半端なものやくだらないものではそうそうに処分されておしまいだろう。そんなものを後生大事に取っておくくらいならば、自分で作れるようになった方が良いのだから。
つまり今の時代まで受け継がれてきたものというのは、聖剣として残すほど価値のある武器ということになる。
しかし、聖剣として後世に残されるような武器を作ることができる者は限られている。英雄や偉人、達人や超人と呼ばれる一部の才能ある者だけが作れるのだから。
そんな聖剣を受け継いできたということは、この男の出自はそれなりのものだと考えられる。
「我が家、それに聖剣……貴族か」
「いいや、〝元〟貴族だ」
どうして貴族がこんなところで裏ギルドなどをしているのかと疑問に思ったものだが、〝元〟か……。
自身から逃げ出したのか、家が没落したのか、あるいは……追い出されたのかはわからないが、元は貴族ということは、お互いに顔を見たことはあるだろうか?
俺はあまり外には出なかったが、それでも貴族の義務として必要な場には出席していた。相手の顔が見えないことにはなんともいえないが、声の質からして俺より年上だろう。であれば、顔を合わせたことがあってもおかしくはないのだがな。
尤も、それはこの男がいつ貴族ではなくなったのかによるが。俺がまともに顔出しをする前であれば、知らなくとも当然だ。
「さて、貴様には我が計画を邪魔した代償を払ってもらうぞ」
男はそう言いながら天に向かって剣を突きつけ、他者に指示を出すかのように剣を振り下ろした。
「っ!」
その瞬間、振り下ろされた剣の先端から、何かうっすらと光るものが放たれ、俺へと襲いかかった。
当然ながらそんなものをまともに食らうはずがなく、俺は持っていた剣で〝それ〟を切り払った。
だがしかし、〝それ〟は魔法で強化したはずの剣を受けても砕けることなく宙を舞い、一拍のちに再び俺を狙うように放たれた。
襲いかかってきた〝それ〟——うっすらと光を放つ半透明の剣をまたも迎撃したが、やはり壊れない。
今度は先ほどよりも力を込めて切ったのだが、それでも壊れないということはよほど丈夫なのか?
……いや、丈夫というよりも、そもそもの感触がおかしいか?
物理的に丈夫であるというよりも、硬いが柔らかいゴムを切っているような、衝撃が全て吸収されたような感触が手に伝わってきたことを考えると、ただ丈夫な剣というわけではないのだろう。
しかしどうやら、これは本体をどうにかしないとならないか。
あるいは、この剣を隔離や封印することでも無効化できるだろうが、さてどうしたもの——っ!
「ほう。よく防いだものだ。霊剣の対応だけでも普通は困難であるはずなのだがな」
半透明の剣はどうやら霊剣と言うらしいが、霊剣を防ぎながらこの後どうすべきか考えていると、霊剣の主であるフードの男が手に持った聖剣で切り掛かってきた。
わかっていたことではあるが、どうやらこの聖剣は霊剣を射出するだけの指揮棒ではなかったようだな。
「なに、あの程度のものであれば、防ぐことは容易いものだ。まあ、壊れんことには多少驚きはしたが」
切り掛かってきた男の剣を受け止めはしたが、この攻撃はそれで終わりではない。
正面から切り掛かってきた男の剣を強引に弾き、そのまま止まることなく背後から飛んできた霊剣も弾く。
これは、なかなかに面倒なものだな。
「元とはいえ、貴族という割に名乗りも挨拶も抜きにいきなり奇襲とは、〝そういう手合い〟と考えて相違ないか?」
男のもつ剣と宙を舞う霊剣の相手をしながら問いかけると、男の動きがピタリと止まった。
そんな明らかな隙を逃すことなく剣で切り払うが、フードの男は大袈裟なくらい大きく飛び退き、再び俺との間に距離を開けた。
そこからどうするつもりなのかと警戒しているが、男は何もしてこない。先ほどまでしつこくこちらを狙っていた霊剣も、今は攻撃してくることなく男のそばに侍っている。




