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マリア対グラハム2

「……どうして?」

「あ? どうしてってのは、なにがだ? 俺が騎士王国を抜けた理由か?」

「ええ。あなたは強いわ。守護騎士にまでなったのなら、その後の人生は安泰だったはずでしょ? なのに、なんであなたはこんなところにいるの?」

「そりゃあ嬢ちゃんにも言えることだろ。その若さで守護騎士たあ、結構なことじゃねえの。なんでここにいるんだ?」

「……」


 それは……確かにそうだけど、でも私の場合は少し事情が特殊っていうか、自分で出てきたわけではないもの。


「ま、別に隠すようなことでもねえから構わねえか。——俺はな、裏切られたんだよ。仲間にじゃねえ。上司にでもねえ。騎士王国そのものにだ」

「え——」


 それじゃあ……私と同じ?


「武勲を立てすぎた。言ってしまえばそれだけのことだな。こういうのもなんだが、ありふれた話だ。元の身分が貴族や騎士の生まれでもない庶民なのに、二勲にまでなっちまった。ただ守護騎士になるんだったら受け入れられる。一勲でもまだ大丈夫だ。他にいないわけじゃないのだから。だが、二勲にまでなると疎ましく思う奴らが出てくるもんだ。そして、恐るようになる。次は三勲になるんじゃないか。自分よりも格上になってしまうのではないか、ってな」


 それは……確かに私のいた時もそんな風潮はあった。


「あの国には貴族はいるが、その権力、地位は守護騎士よりも下だ。逆に言えばそれだけ騎士の立場が強いってことだが、その騎士にも、貴族の力が全く無関係ってわけでもない」


 騎士王国は騎士を優遇する国だけど、貴族がいないわけじゃない。というか、騎士も一応貴族位の一つである。ただ、ちょっとその立ち位置が特殊だから、騎士と貴族は分けて考えられてるだけ。

 騎士爵、なんていうと他の国では低位の爵位みたいだけど、騎士王国では違う。むしろ最上位と言っていいような爵位ですらある。


 けど、いくら騎士が優遇されてるからって、貴族が力を持っていないわけじゃない。実際、私の家は貴族だったし、その特権も持っていた。まあ特権、なんて言っても小さなもので、大した役にはたたなかったけど、それでも特権——権力自体はあった。そして、いくら小さなものだとしても、あるのとないのとじゃ全然違う。


「貴族で騎士になった奴らってのは、それだけプライドが高いんだ。自分達は貴族という生まれを持っていて、騎士という力も持っているんだ。下民どもとは違う存在なんだ、ってな。

 それなのに、その下民がお偉い貴族様の頭の上を飛び越して武勲を立て、立場が上がれば、そのプライドが刺激されるってものだ」


 あの国は騎士として正しくあることを美徳としてる。けど、やっぱり人間だもの。嫌がらせや悪意というのは、どうしたって存在する。実際に……私がこの目で見たように。


 でも……それでも国全体がダメだってわけじゃない。ちゃんとすごい人や尊敬すべき人はいるし、正しさを追い求めてる人もいる。公平に判断できる人だっている。

 そんな人達に助けを求めていたら、貴族達からの手出しを防ぐことだってできたんじゃないか、と思う。


「……助けは、求めなかったんですか?」

「求めたさ。これでも二勲騎士で、もうすぐ三勲だ、なんて言われて期待されてたんだぞ? 上司や繋がりを使って、邪魔をしてきた貴族達をどうにかしようとした。だが、上司のさらに上司も、繋がりの先にいた繋がりも——貴族だった」


 その言葉を聞いて、私は何も言えなかった。だって、そう言ったこの人の眼は、とても悲しそうなものだったから。


「そっから先は早いもんだ。俺が無駄に抵抗したのが気に入らなかったみたいでな、それに、俺の伝手じゃどうしようもないってことが判明したのも理由の一つだろう。あれやこれやと罪を被せられ、果ては反逆罪で処刑の対象ってわけだ」


 その話を聞いていた私は、知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。だってそれは、まるで私自身の話を聞いているようだったから。


「処刑って言っても、仮にも守護二勲騎士だ。勲章は王が与えるもので、勲章を与えられた者が罪に問われるなら王がその裁きの場に立ち会うことはわかっていた」


 そう。私の時もそうだった。国王陛下の立ち合いの下、審議が行われた。

 そして、自分はやっていないと潔白を訴え、私が告発した悪事への対応を求めた。

 けど……


「だからその場で王に直接訴えかけもした。だが、あの王は俺を見下ろし、俺を処刑することに同意したんだ」


 結局は、私もこの男の人と同じように訴えを退けられ、罪に問われることとなった。


「真実を知らず、ただ騙されただけだってんならまだ理解はできる。仕方ないことだと諦めも下。だが、あれは事情を知っていた眼だった。全てを知ったその上で、俺を切り捨てることを選んだんだ」


 私の時は、どうだっただろう? 正直、そこまで見ていたわけじゃない。ただ自分の潔白を証明しようと必死に言葉を並べ立てただけだったけど……言われてみれば、不思議なほど国王陛下の反応が少なかったようにも思える。

 それが、初めから私のことなんてどうでもよくって、すでに判決が決まっていることだったからだと思えば、そうなんだと納得できる。


「だから俺は逃げ出した。こんなくだらない奴らのために命を捨てることなんてできるか、ってな。忠誠なんてもんがなくなれば話は早い。何にも躊躇うことなく逃げ出すことができたもんだ」


 私は、まだ迷いがあった。……ううん。今でも迷いがある。本当にこうして国を出てきて良かったのか、って。もしかしたら、残って何かやれることがあったんじゃないか、って。


「そう言うわけでこっちに流れ着いたわけだが、俺はこんなもんだ。そっちこそ、なんだってこんなところにいるんだ? ここは騎士王国とあんまし離れてねえ。隣国だし、この国の中でも騎士王国寄りだ。あんたの噂は聞いてるし、事前の調査やこれまでの行動を見る限りだと……大方、国の不正を告発しようとして追い出されたんだろ?」

「っ……!」


 当たり。まさしく彼の言う通りの状況にある私は、思わず唇を噛んでしまった。


「追っ手から逃げるってんなら、こんなところからはさっさと離れて別のところに行くだろ。にもかかわらず、ここにいる。なんでだ?」


 確かに、追ってから逃げるだけならもっといい場所がある。いい場所、というか、単純に騎士王国から離れていけばそれだけ見つかりづらくなるんだから、そうすればいい。


 でも私はここに留まっている。

 それは人助けだとか、知り合いができて居心地がいいからだとか、魔境があるから流れ者の騎士である私でも生活しやすいだとか色々理由はある。


 けど、命には変えられない。だから本来ならここを離れてもっといい場所を探すべき。

 それなのに、それがわかってるはずなのに、私はまだこの場所に留まり続けている。その理由は……正直なところ、私自身よくわかっていない。よくわからないけど、それでも私はここから離れることをせずにいた。


「まあ、わからねえでもねえさ。まだ期待してるんだろ?」

「っ!」


 かけられた言葉に、私はびくりと体を小さく跳ねさせた。

 なんでかはわからない。その言葉は私がここに留まる理由として考えたことがなかった言葉だった。けど、なんでか無性にその言葉が気になった。


「もしかしたら、自分を呼び戻してくれるかもしれない。謝罪と共に再び受け入れてくれるかもしれない、ってよ。だから、見つかりやすい……いや、見つけてもらいやすいこの場所を選んだ」

「そんなことはっ——」


 ない。そのはず。

 だって、騎士王国は私を捨てたのだ。不正は正すべきだという言葉を切り捨て、権力をとった。

『正しさ』を追い求める国のはずなのに。私は正しいことをしたはずなのに。

 それなのに、私は捨てられ、逃げてきた。

 なら、騎士王国に見つけてもらったところで意味はない。今更呼び戻してくれるだなんて、そんな夢みたいなことがあるわけがない。


 けど、そうと理解していても私は、違うのだと否定することはできなかった。


「そんなことはないってか? まあ確かに、大元は〝それ〟だろうが、それだけが理由ってわけでもねえかもな」


 私がこの街に留まり続けたのは、まだ騎士王国に戻りたいと、戻れると思っているから……? ううん。そんなこと、あるわけがない。だって、いやってほど思い知ったはずなんだから。あの時私は見捨てられた。殺されそうにもなった。この間なんか、知人にまで被害が出そうになった。

 そんなひどいことをする人達のところに戻りたいって、本当に私はそう思ってるの?


 戦いの最中であるにもかかわらず、私は戦うことを意識から消して、考えに没頭してしまう。


「騎士王国を離れたとはいえ、騎士で在り続けたいって想いは変わらない。そのためには騎士として剣を振るうことのできる環境にいなくちゃならねえが、国境で他国と戦うには国軍に入るか、国と繋がっている傭兵ギルドに入るかのどっちかが大半だ。だが、国を捨てきれない嬢ちゃんとしちゃあ、この国の所属になることができず、この国のために戦うというのもうまく心の中に落とし込むことができない。だから魔境を選んだ。魔境なら、どこかのギルドに所属しなくても戦い続けることができるし、困っている人も多いから騎士として人助けのために動くことができる。だから嬢ちゃんはこの場所に留まり続けてるんだろ?」


 私はこれまで誰か困った人がいたらその誰かを助けてきた。その行為をしてきたのは……人を助けたかったのは本当。……そのはず。


 でもそれは、騎士でいたかったから? 騎士でいるために必要なことだから、私は人を助けてたの?


 違う。そう言いたいはずなのに、その言葉を否定することができない。


「俺たちの仲間にならねえか?」

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