ルージェ対ミリー1
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・ミリー、ルージェ
アルフのことを襲おうとして空中から落下していた女を、真横から盛大に殴り飛ばしてその後追ってきた。
女は真っ直ぐ吹っ飛んでいったおかげで、民家に激突することもなく道の真ん中で倒れている。
「さーて、それじゃあボクたちはボクたちでやるとしようか」
けど、声をかけても起き上がる様子はない。
普通なら死んだかな、なんて思うところだけど、この相手ならそんなことはないと確信している。
何せ今回の騒ぎを起こすような集団の幹部で、あのスティアの攻撃を凌いだやつの同僚なのだ。倒せたなんて油断できるはずがない。
それに何より、さっき殴った感覚は何かおかしかった。防がれたわけじゃない。弾性のあるものを殴ったのは間違いないけど、肉を殴った感覚とはどこか違っていた。
「起きなよ。どうせ死んでないでしょ」
「いった〜……随分強く殴ってくれたじゃない。あたしの体に傷痕でも残ったらどうしてくれるのよ」
艶やかな金の髪をした、ミリーとかいう無駄に露出の多い服を着た女が、お腹をさすりながらゆっくりと体を起こした。
不愉快そうに文句を言っているけど、その様子に致命傷を負った雰囲気はないので、一瞬で治したのではなく元々大した怪我を負わせることができなかったってことだろう。
「別にいいんじゃない? そんな傷一つでついたところでなにが変わるってわけでもないだろ? まあ、これからつく傷は一つどころじゃ済まないと思うけどね」
そもそも殺すつもりで攻撃したわけだし、これからも殺すつもりでやるんだから傷の一つや二つできたところで騒ぐことじゃない。
というか、こんな世界で生きてるのに傷がついただとか言ってるなんて、なに言ってるんだこいつ、という思いが湧いてくる。
「わかってないわねー。男を相手にするには、傷一つあるだけでも価値が下がるのよ。坊ちゃんにはそこらへんのことがわからないみたいねー」
あー、まあ確かに男を籠絡するためには、『綺麗な女性』を演じることができた方がいいか。そのためには傷があると不都合があるわけか。
まあ、言葉や理屈の上では理解できるけど、本当にそこまでの価値があるのかとか、実際のところはわからない。何せそんな体験がないからね。こちとらまだ処女なんだよ。男の相手云々なんてわかんなくても仕方ないだろ。
でも、一つ反論させてもらうよ。
「失礼だな。ボクは女の子だよ」
「は? えー、そうなの? それはごめんねー? あんまりにも胸がないし、粗雑すぎるから、男の子だと思ったわー」
「いいよ別に。そう思われるためにあえて〝ボク〟だなんて言ってるわけだしね。それに、無駄に露出を多くしてる痴女よりはマシだと思ってるから」
ボクは復讐のために一人で行動してきた。そのため、女の一人旅と思われて無駄に絡まれないように、男のふりをしてきた。
そのことに思うことがないわけじゃない。できることなら、ボクだって女の子として普通に生きたかった。
でも、流石にここまで際どい服は着たくない。綺麗な服や可愛い服は着てみたいとは思うけど、あれは違う。なにをどう考えればあんなおへそ丸出しで胸元が見えるような服を着なくちゃいけないのか。
足ももうほとんど隠していないじゃないか。
膝まですらないスカートなんて、なにを隠してるの? 履いてる意味がないだろ……。
「……この服の良さがわからないなんて、随分お子ちゃまよね」
「露出しないと人の目を集めることができないおばさんよりマシでしょ。男を相手にするからって見下すつもりはないけど、普段からそんな派手な見た目と露出をしてるなんて、頭を疑うよ」
ミリーはボクの言葉が気に入らなかったようで眉を寄せてるけど、この場合正しいのはどう考えてもボクだと思う。多分街を歩いてる人に聞けば、大多数はボクの意見に賛同するはずだ。
まあそれはそれとして、今はこんな痴女の衣装なんてどうでもいい。どうせ死ぬんだし、まあ好きな格好くらいさせてあげてもいいし、そこに文句を言わないくらいの度量はある。……まあ、もうすでに少しだけ言っちゃった後だけど。
「まあ、それはそれとして、だ。あっちも忙しいだろうし、速く戻らないといけないんだ。だからちょっと死んでもらうことになるけど……本来ボクは貴族の首しか狙ってなかったんだけど、あんたたちは悪人だし、狩りの範疇に入れても問題ないよね?」
元々は復讐のために、自分が守るべき存在であるはずの国民を傷つける貴族を殺してまわっていた。最近ではそれが行きすぎて貴族全体を敵視していたけど、それまでに相手してきた貴族が全員クズだったので、他の全員そうだろうと思ってしまったのは仕方ないと思う。
まあそんなわけで貴族を殺すために身につけた力だけど、それを一般人に振るうつもりはないけど、貴族じゃなくても悪人であるなら力を振るう許容範囲内だ。
「貴族の首ぃ? ……ああ、わかったわ。もしかしてあんた、最近騒がれてる『貴族狩り』だったりする? 確か、『貴族狩り』って魔創具を使うのよね。それも、速さに関する肉体強化に特化したやつ」
「まあそうだね。ボクが名乗ったわけでもないけど」
この女、馬鹿みたいな格好をしてるし、どことなく馬鹿っぽい話し方に聞こえるけど、そんなに頭が悪いわけじゃないみたいだ。何せ、今の会話とその前の一撃だけでボクが何者なのかを見抜いた。
確かにこれまで貴族を襲撃してきた際に、顔は見られていなくとも姿を見られることはあった。その際は全力で逃げたけど、そこから速さ特化だってのはバレてる。
他に外に出回っていない情報もあるのかもしれないけど、この女は男から話を聞き出すのが得意みたいな感じだし、知られていてもおかしくはないんだろうね。
「あはっ。噂の『貴族狩り』がこんなところにいるとか、ちょーラッキーねー」
「ラッキー? ここで殺されるのに?」
「いやいや、あたしは死なないっての。死ぬのはあんた。で、その首持ってお得意様のところに行けばなにかしらもらえるでしょ。悪い貴族たちにとっては、あんたは不安の種だったみたいだしね。あたしらとしても、繋がりのあった奴らが勝手に死んでくのはどうにかしたかったところだし、ちょうどいいってわけよ」
あー、まあ、貴族と繋がりがあるなら、そうだよね。繋がってた貴族がいきなり死んだら、それは問題があるか。しまったなー。直接敵対しなければ大丈夫だと思ってたけど、考えが足りなすぎたか。まあ、元々勢いで始めた殺しだし、色々と不都合があっても仕方ないよね。
今更すぎるかもしれないけど、今後はもう少し上手くやってこう。
こいつらはダメだけど、『揺蕩う月』とかに協力して貰えばその辺の面倒はどうにかできるかな? これが終わったら言うだけ言ってみようっと。今回の件に協力した報酬だって言えば、多少なりとも手を貸してくれるだろうしね。
「それじゃあ殺しちゃうけど……まあせっかくだし、あたしもあっちの馬鹿たちに合わせて名乗ってみようかなー」
そう言いながらミリーがチラリと道の奥——遠めながらギリギリ見えるところで戦っているマリアたちへと視線を向けた。
ここまで声は聞こえてこないけど、まあ多分マリアやアルフなら、戦う前に名乗りくらいあげてるだろうなあ。あ、スティアもかな? あの子もそう言うの好きそうだし。
「『夜光蝶』ミリー・ファトム。面倒だけど、あたしらのシマを荒らしたんだから覚悟してよね、ボクちゃん」
「……『貴族狩り』ルージェ。その首、狩らせてもらうよ。おばさん」
正直、相手が言ったからって名乗る必要はない。ないんだけど、ここで言わなかったらなんだか負けたような気がするので、ボクも名乗ることにした。
こんな名乗りなんて無駄だとしか思ってなかったけど、なんか、なんとなく気合いが入った気がする。意外と無意味な行いってわけじゃなかったのかもね。
そうしてお互いに名乗りを挙げたボクたちは、向かい合って武器を構える——前にミリーへと突っ込んで攻撃を仕掛けた。
名乗りは全くの無駄だとは言わないけど、それでもボクからしてみれば余分なことなんだ。それなのに、その後も相手が構えるまで悠長に待ってるわけないだろ?
「いきなりはやめてほしいんだけどー? まあ、当たんなかったから意味ないんだけどさー」
最初の攻撃を防がれたことから、てっきりまた防がれるかと思ってたんだけど、避けられてしまった。
けど問題なのは、避けられたことそのものじゃない。どうやって避けたのかわからなかったことだ。
「一応聞くけど、どうやって避けたの?」
「あはっ。そんなの言うわけないじゃん」
「だよね!」
体に巻き付けるように纏っている布……羽衣とかそういうのかな? まあそれをひらひらとゆらめかせながら宙に浮いているミリー目掛けて思い切りジャンプし、殴りかかる。
でも……まただ。また避けられた。当たったと思ったら、寸前のところで空気がゆらめくようにぐにゃりと歪な形で体勢を変え、避けられた。
そして、避けられたとなればボクの体には隙ができ、攻撃するためにジャンプしたんだからその隙は尚のこと大きいものだった。
「隙だらけねー」
「わざとだよ」
宙に跳んだまま隙のできたボクのことを狙うようにミリーが攻撃してきたけど、そんなのは分かりきってたことだ。
だから、ボクは自分の体を囮にして攻撃を誘った。こっちからの攻撃は避けられると思ってたし、だったら相手が攻撃してくる瞬間を狙えば当てることができる。そう思ったから。
その結果、まあ、狙いの二割くらいは成功した、と言ってもいいかな?
一応こっちの攻撃があたりはした。攻撃を受けた直後、速さに特化した能力を活かしてのカウンター。これが現状での最適解だと思う。
その作戦のおかげで攻撃を当てること自体はできた。でも、最初に殴った時に感じたあの感触でこっちの攻撃は防がれた。
しかも、防がれた上にこっちはこっちで攻撃をもらっちゃった。まあ、向こうの攻撃はそんなに威力のあるものじゃなかったからボクとしても大して痛みがあるわけでもないけど、こっちのやりたいことをさせてもらえず、向こうのやりたいことをやられているって状況はなんとも気に入らない。




