スティア対グレイ1
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・スティア
「おっとっとお? んー、ここなんていい感じね」
目の前のワンちゃんとジャレながら移動してると、なんかいい感じに広い場所に出てきた。多分ここがこいつの言ってた戦える場所ってやつね。
「ああ。ここならてめえをぶちのめすのにちょうどいい広さだ」
先に広場にたどり着いてたワンちゃんが、自慢の剣を肩に担ぎながら格好つけてなんか言ってるけど、笑っちゃうわ。
「ぷっぷ〜。まーだそんなこと言ってんのー? あんたじゃ私には勝てないっての。あんたはただ私の暇つぶしと憂さ晴らしを兼ねた遊び相手になってるしかないのよ」
そもそもこの戦い、私が勝つことが決まってるのにね。単純に、地力が違いすぎるのよ。生まれをどうこう言うつもりもないし、それで偉ぶるつもりもないけど、客観的な事実として私は強い。
他の人たちよりも強い王族の中でも、より強い才能を持って生まれてきた。それが私。まあ、だからこそ好き勝手やっても城から放逐してくれなかったわけだけど。
だからまあ、ね? 倒そうと思えば、本気を出せば一瞬で終わるのよ。パンチ一発。キック一発。なんだったら無造作に突進しただけでも勝てる。単なる子犬が大砲を食らって生きていられるのか、って話と同じようなもの。運が良ければ避けられる。けど、そんなのは長続きしないし、擦っただけでも大怪我をする。直撃なんて喰らえば議論の余地なんてなく死ぬ。
私はそんな大砲をぶっ放し続けてればいいだけ。そんな戦いとも呼べないような戦いが、こいつと私の戦力差。
それでもあの場で倒さないでこうしてわざわざ場所を移動して戦うことにしたのは、ただ単純に本気を出すと周りへの被害が酷いからってことと……遊ぶため。どっちかっていうと、遊ぶために移動したって割合の方がおっきいかも。
だって仕方ないじゃない。最近は結構我慢してたのよ? この街に来たらお肉がいっぱい食べられるー! なーんて思ってたのに、なんかこいつらが邪魔してくるせいでアルフのやつに行動の制限をかけられちゃったんだもん。
この街にくる道中でもそんなに魔物とかいなかったからあんまり動くことができてなかったし、それでも街に着けばお肉が狩れるってことで我慢してたのに、それを邪魔されたのよ? なんていうか、もうね。もっと好きに暴れさせろー、って感じでいっぱいなわけよ。
そこにこんな恰好の獲物がいたらさ、ね? ちょこーっと遊び相手になってもらいたいって思うのはおかしいことでもないでしょ?
アルフにそんなことを言っらた、こんな状況なんだから真面目にやれ、とか言われるかもしれないけど、あっちだって勝ちが確定してるのよ? なら、私が真面目にやる必要なんてないじゃない。アルフが負けるわけないんだから、私なんていてもいなくても同じよ同じ。
ルージェもリリエルラもマリアも、誰もあの場に居なくってもあいつは余裕で勝てるわ。まあ、周りへの被害がー、とか矜持がー、とか考えてると危ないかもしれないけど。でも最終的には勝つ。それは信用してるとか信頼してるとか、そう言うんじゃなくって、ただ単純にそうなるんだって本能的な部分が理解してるから。
まあそれでも、私が真面目に戦ってあげればもっと楽に終わらせることができるでしょうし、やっぱりあいつは真面目にやれー、って言うかもしんないけど。
普段は結構我慢してあげてるんだから、せめてこういう時くらい遊んでも構わないでしょ。
「ハッ! 言ってろ、クソ猫がっ!」
そんなわけで遊び相手のワンちゃんだけど……やっぱりちょっと期待外れだったかも? 彼我の戦力差を理解することができないなんて、その鼻潰れてるんじゃないの? 詰まってるにしてももうちょっと理解できると思うんだけどねー。
まあいいわ。こんなのでも戦いが成立する程度に遊べばいいだけよね。
「うおっとっと」
どうやって遊ぼっかなー、なんて考えてると、ワンちゃんがいきなり攻撃を仕掛けてきた。
弱いにしてはそこそこの速さで私に近づいて、持っていた剣を思いっきり振り下ろす。
けど、そんな軽い攻撃じゃ魔創具なんてなくっても問題なく処理できるわ。まあ、今回はちょうど魔創具を持ってる状態だから使うけど。
振り下ろしてきた剣を弾いて、お返しとばかりにこのワンちゃんの剣よりも少しだけ早く槌を振るう。
やり返すように上から下へと振り下ろされた槌を、ワンちゃんは避けることなく私と同じように自分の武器で受け止めることにしたようだけど……
「ぐっ……」
防ぎ切ることができず、途中で後ろに飛ぶことでやり過ごした。
「ちゃんと挨拶する前に仕掛けてくるとか、もうちょっとお行儀良くできないの? ああ、できないのね。仕方ないっか。だってワンちゃんだし、犬頭にそこまで求めるのも酷な話よね〜」
「俺がてめえを狩るんだ。狩りに挨拶だの合図だのなんて必要ねえだろ!」
今のやりとりだけでも私の方が格上だってわかったはずなんだけど、それでもこれだけの口が叩けるのはなんともあれよね。なんていうか、その……哀れで、そんでもって楽しいやつね。
「あはっ。あんたが私を狩る? そんなの無理に決まってんでしょ。でも、これが狩りってことには同意するわ。もちろん、私があんたを狩るんだけどね」
今度はこっちの番、と思って私の方から突っ込もうとしたけど、そこでふっと気づいたことがあって足を止めた。
「……? てめえ、なんのつもりだ」
「んー。まあなんのつもりってわけでもないんだけどさー。せっかくだし、ちょちょーっとやりたいことがあってね」
走り出そうとした姿勢から改めて武器を構え直し、相手に向かって口を開く。
「私はスティア。あんたを倒す者の名前よ。覚えときなさい」
アルフが前に私を助けてくれた時、戦う前に敵と名乗りあってたのを見てかっこいいなー、って思ったのよ。
せっかくこういう強敵っぽいキャラとの一騎打ちをする機会が来たんだもん。私も少しでも楽しまないと損よね。
「……はっ。何かと思ったら、んなカッコつけのためかよ」
「いいじゃない。この世界は楽しい場所よ。なら、存分に楽しまないと損ってもんでしょ!」
楽しめることがあれば存分に楽しめばいい。やったことがないことがあるならやればいい。失敗した時のことを考えて楽しみを放棄するなんて馬鹿馬鹿しい。
恥も外聞も後悔も、全部過去を振り返った時に拾えばいいものよ。今の私の手の中にあるのはそんな邪魔なものじゃなくって、この槌と楽しみだけがあればいいの。
「それで、あんたの名前は? 名前を名乗ることすらできない雑魚の一人に甘んじてるんだって言うんだったらそれでもいいけど?」
「……チッ。グレイだ。てめえをぶっ殺す男の名だ」
私の言葉を聞いて、不機嫌そうに、でもどこか楽しげに顔を歪ませたワンちゃん……改めグレイが名乗りをあげて武器を構えた。
「ほーん。よろしくね、〝グレイダ〟さん」
「……てめえ、バカにすんじゃ——ッ!」
私の言葉に反応した様子を見せた瞬間、私は武器を構えたまま走り出した。
後数歩でグレイの元へと辿り着く。その後は思いっきり槌を振り下ろしてまた様子を見つつ遊ぼう。
そう思ってたのに、私のその考えは改めることとなった。
「わお、びっくりね」
「どうだ。これが俺の魔創具だ! てめえみてえなちいせえ武器じゃどうしようもねえだろ!」
突っ込んで行った私に対して、グレイはまだ届かない距離から剣を横に薙ぎ払った。
何をしてるんだろう、なんて思ったのも束の間。グレイの持っていた剣は本来の剣身よりもずっと長く……というか大きくなって私の体を横から叩き斬らんとばかりに迫ってきた。
想定外の攻撃に、一瞬だけ驚いたけど、まあそれだけ。横から迫ってくる剣を避けても良かったんだけど、それだけだとつまらないから下から槌でかちあげてあげることにした。
けど、そんなことも想定内だったんでしょうね。グレイは上に弾かれた剣を元の大きさに縮めると、また大きくして今度は上から振り下ろしてきた。
まあそれも問題なく弾いてあげたんだけど、その後も弾いては小さくしてまた巨大化させて振り下ろす。その繰り返し。
攻撃のたびに大きさを変える必要があるのかって言ったら、ある。大きいまんまだと重さも増えるから取り回しずらいのよ。その点、小さくすればその分軽くなるからススッと振ることができる。
後は、振った瞬間は小さいのに当たる直前で大きくされると、いつこっちに攻撃が届くのか予想しずらいってのもあるわね。
ついでに、本人も剣を振り下ろしながら移動してるようで、微妙に剣がくるタイミングや角度がズレてちょっと受けるのがめんどくさい。
いや弾くこと自体は余裕のよいよいなんだけど、なんていうか、こっちのリズムが崩されるのがね? そこがちょっとストレスなわけよ。
——まあでも、所詮は小細工の範疇ね。
どれだけ細工をしようとも、どれだけこっちのリズムを崩そうとも——元々の能力が決定的に違ってる。その事実は変えようがないわ。




