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意地悪な令嬢

 平穏な日々が続く毎日だったがある日、クレアに新しい仕事仲間が増えた。名前はダーラ。サードいわく、お偉いさんのゴリ押しで来たと言うことだった。彼女は兌龍州の州公の娘で地の龍。しかもレンの恩師の推薦状を持って来たのでレンも断れなかったらしい。また断る理由も無い。クレアだけでは足りないのが現状だった。もちろん今まではサードが追い出していたからだ。だから心配なのはそのサードだった。

 クレアのように上手くいけばいいのだが・・・・レンはその事だけが心配で大きな溜息をつくと、クレアを呼び出した。


「お呼びでしょうか?レン様」

「すみません、クレア。仕事の途中で呼び出してしまって。実は今度着任して来る看護婦の件は聞いていますでしょう?」

「はい、聞いております」

「その件なのですが、貴女は先輩として面倒をみてあげて欲しいのです。特にサードには気をつけてあげてください」

「レン様、サードさんは理不尽なことはしませんよ。気をつけるとか必要無いと思います」

 クレアはそうきっぱりと言った。

「それはそうなのですが、とにかく貴女が異例なだけで今までが今まででしたから心配なのです」

「・・・・・・・・」

 クレアもその件はコラードから聞いて着任したから分かっている。だけどサードはきつい言い方をする時もあるがそれだけで問題は無かった。彼は根本的には優しいし親切で世話好きだった。だから周りの評判は良いぐらいだ。しかしこのレンに関する事だけは別だった。でも問題は彼だけでなく相手の方にもあるのではないか?とクレアは思っていた。そしてその事実をクレアは直ぐに知る事となった。


 着任して来たダーラは生粋のお嬢様で、容姿も整っていて龍としても優秀だった。それなり知識も豊富でその自信が漲っているような態度だった。

「宜しくダーラさん。私は今度からご一緒するクレアです」

 にっこりと微笑んで手を差し出したクレアだったが完全に無視されてしまった。出した手が馬鹿みたいに宙で止まっている。

「ダーラさん?」

「うるさいわね。私は下級の者と喋る口は無いの。黙っていて下さらない?用があるときは呼ぶわ」

 ダーラはそう言うと、形の良い顎をつんと上げた。しかしその場にレンが現れると態度が一変した。

「レンさまぁ~お久しぶりでございます。私の事、覚えておいでですか?私、貴方のお役に立ちたいと思いまして一生懸命に勉強しましたのぉ~」

 クレアはびっくりして目を丸くしてしまった。さっきまでツンツンしていたのに物凄くニコニコしているからだ。

「私は貴女と以前会っていたのでしょうか?」

 自分を、うっとりと見上げるダーラに、さらりと聞き返した。こんな目で見られるのは日常茶飯事だった。女性達の反応は判を押したように一緒なのだ。レンは時々自分の容姿が嫌になる。サードから言わせると期待を持たすように優しく対応するから誤解されると言うのだ。それに四大龍の中で恋人がいないのがレンだけで、今や独身の龍の中で一番人気らしい。


「ええ――っ、覚えていらっしゃいませんのぉ~そんなぁ~」

「申し訳ございません」

 なるだけ素っ気無く答える。

「そんなぁ~あの時でございますよぉ~」

 レンからくれぐれも大人しくと言われていたサードだったが我慢出来ず、ムカついて怒鳴ってしまった。

「うるさいんだよ!このブス!知らんって言っているだろうが!」

「キャ――っ!」

「サード!」

「おい女、あんた、挨拶に来たんだろう?だったらさっさとしようや。オレはサード、これから宜しくな」

 サードの火のような瞳がギラギラ光っていた。彼女を敵だと認定したようだった。

 クレアもこれが彼のよく言っているレンを狙うと言うものだろうと認識した。確かにあからさまな態度だと思った。でも自分にも未来があったらあんな風に一生懸命になるかもしれないとも思ったりもした。いずれにしても気が滅入りそうな予感がするのだった。


 そしてその予感通りにサードとダーラの対決が始まった。クレアはレンからも頼まれた以上、彼女の面倒をみようと必死だった。普段の仕事より大変かもしれない。ダーラは気が強いのはもちろんだが、自分は権力者の父を持つという強みがあり、屈することがないのだ。サードはそんな事はお構いなしだし喧嘩は何時も平行線だった。

「くそっ、あの女!レンの前だけ可愛い振りしやがって!レンもレンだ!あんな女、さっさと追い出せばいいのに!」

「サードさん・・・気持ちは分かるけれど、別にレン様が相手にしていないのだからいいじゃない?」

「クレア、あの女を庇うのかよ!あんただってあいつから意地悪されているだろうが!」

「そんなこと無いわよ」

 クレアはにっこり微笑んだ。

「はぁーまたそうやって笑っているんだな。オレ知っているんだぜ。こないだも用意していた道具が抜かれていただろうが」

「あれは私がもう一度点検すれば良かったのだけどしてなかったし、それに彼女が持っていたからレン様にも迷惑かからなかったわ」

「はぁ~あんた人が良すぎ。あの女の作戦だろうが、あんたが忘れ物をしたとレンに見せて自分が役に立つと見せる為にな。せこい罠さ!はぁ~何、笑ってんだよ」

「だって、サードさん。良く見ているなぁ~と思って。でも大丈夫よ。その教訓を生かして出る直前に必ず確認するようになったから」


 そしてクスクス笑うクレアにサードは呆れてしまった。彼女は本当に怒る事が無いのだ。だからあのダーラもいい気になって、評判の良いクレアを追い落とそうとしている。しかしそれらをまるで相手にしていない彼女は逆に凄い奴だとサードはつくづく思ってしまった。まるで全てを優しく育む大地のようなイメージだ。

「所詮、あの女とクレアとでは出来が違う」

「なあに?何か言った?」

「はん、何でもないさ!あんたはとことん馬鹿だって思っただけさ!」

 そうかもね、とクレアは言って笑った。


 だけど怒らないクレアが怒った事件が起きた。それはまたダーラの嫌がらせの一つだった。二人はレンと共に震龍州に来ていた。もちろんサードも。その地で以前流行った奇病の原因を突き止めて治したことがあったが、それと似たようなものが数件出たとの報告があったのだ。

「成程。同じであれば対処法は分かっておりますし、広がらせないように出来ます。お任せ下さい」

 患者を診ている医師達から状況を聞いたレンは安心するように言うと、鎮痛な顔をしていた医師達は、ほっとして笑顔になった。それから診察を始めたレンは前回同様の奇病の原因である種子を発見したのだった。

「間違い無い。同じですね・・・しかし何故また・・・」

 何故と思うよりも他の指示を急がねばならなかった。そんなに昔では無いから関わった者達もいるが知らない者もいる。レンは説明し出した。

「これは植物の胞子が体内に入って寄生し精気を養分として吸って成長するものです。ですから放っておくと命に関わります。しかし熱に弱いから原因となる親樹が見つかるまで、飲み水や食べ物は必ず熱を通して下さい。そうすればこの胞子は死に寄生しません。急いで皆に知らせて下さい!そして患者は私の所へ集めるように」


 レンはそれから親樹がありそうな場所を指示して他の者に当たらせた。今回は経験もあったので発見が早く、まだ初期段階で集められた中に重病人は少なかった。

「これなら大丈夫そうですね。クレア」

 レンが患者を診ながら手を出して薬を要求した。

 前回の時から同じ事が起きてもいい様にと研究して薬を作っていたのだ。この奇病は寄生する胞子の許容範囲が超えるまで精気を与えて枯さなければならない。それはかなりの龍力を使わなければならないもので大変な治療法だった。以前はアーシアの力を借りて何とか出来たものだが一歩間違えれば力の使い過ぎで自分の命さえ落としかねないのだ。だからこれに代わる薬を作ったのだった。これがあれば術者にも負担がかからない。

 硝子の瓶に入った液体の薬をクレアは薬の鞄から取り出しレンに渡そうとした。しかしその直前にダーラがわざとクレアにぶつかってきたのだった。あっと思った時は遅く、その瓶が手から床に落ちて割れてしまった。

「きゃ――っ、クレア!何てことするの!大変!」


 ダーラはわざとらしくクレアを非難した。レンは後ろを向いていたのでダーラの行動は分からなかったが、サードは後ろで見ていたから怒鳴り声を上げた。

「何、クレアのせいにしているんだ!お前が――」

 食って掛かろうとするサードをクレアが止めた。

「サードさん、水の龍を探してきて!」

「何?」

「急いで!」

「お、おう・・」

 サードは彼女の勢い負けて慌てて出て行った。クレアは砕けた硝子に気をつけながら、流れ出す薬をせき止めて綿に液体を含ませる処置をしだした。レンも成程と思い手伝い始めたが、二人に無視されたダーラは面白く無く苛々と横で立っていた。

「連れて来たぜ!」

 サードが水の龍を連れて戻って来た。彼らは水のような液体を操るのが得意なのだ。だから流れた液体だけを集めて不純物と分離させてもらった。空中に液体が舞い新たに用意した瓶へと収められていく。全てが終わるとクレアはほっとして瓶の蓋を閉めた。


 ダーラは直ぐにレンの傍に寄って来た。

「良かったですわね。それにしてもクレアって本当に迷惑な人ですよね?」

「お前!レン、こいつのせいじゃ無いぞ!その女は――」

 サードが怒鳴りかけたのをクレアが止めた。そして代わりに大きな声で怒ったのだった。

「ダーラさん!私にどんな事をしても構いません!でも、患者さんの迷惑になるような事はしないで下さい!この薬はこれ一つしか無いのは知っていましたよね?それがどんな結果を招くと思っているのですか!私達には患者さんの命を預かっているのですよ!」

「な、何よ!自分が落とした癖に私が悪いみたいに言うなんて!レンさまぁ~この人酷いこと言うのですよ~」

 クレアは彼女がレンに泣きついてすがった。

「このっ!お前がクレアにわざとぶつかっただろうが!」

「きゃっ、こわぁ~い。レンさまぁ~」

 甘えるダーラをレンは見下ろした。

「私は自分が見ていないことで非難はしません。でもクレアは自分の失敗なら直ぐに謝る人です。だから彼女の責任では無いのだけは確かです」

 ダーラはさっと顔色が変わった。

「私が悪いとおっしゃるのですか?」

「そうは申しておりません。クレアは悪く無いと言っているだけです」

「クレアが悪く無いなら私が悪いということじゃないですか!酷い――っ」

 ダーラは泣き叫んで今日の仕事を放棄して走り去ってしまった。

「はん、その上、仕事は放り投げかよ。そんな女さ!レン、もっとガツンと言ってやれば良かったのによ」


 レンは大きな溜息をついた。サードでは無いがダーラに良い感情を持てなかったのだ。裏表の激しい彼女は周りの評判も悪く苦情も多数きていたが、クレアが何かと庇っていて大きな問題にはなっていないようだった。そのクレアが怒ったのを初めて見たから驚いてしまった。何度かダーラの意地悪らしきものに勘付いてはいたが、彼女が何も言わなかったので様子を見ていたのだ。彼女なりに穏やかに対処しているところに変に間に入ってこじらせてもと思っていた。しかし今日の彼女はとうとう怒ったのだ。ダーラの浅はかな行動で助かる命を失う危険もあっただろう。命の大切さを感じ、それを守るのを誇りとしているものの言葉だった。それが遊びの感覚でいるダーラとの違いだ。

「クレア、助かりました。直ぐに機転を利かせて処置してくれたので薬も蒸発しなくて良かった」

「いいえ、私こそ申し訳ございませんでした。かっとなって諍いましてすみません。大事なものは小分けして運ぶべきでした。反省しております」

 クレアは自分も配慮が足りなかったと反省しているみたいだった。


「おいっ、あんたは全然悪く無いんだぜ!ちょっと怒ったからまともかと思ったらそれだもんな。呆れるぜ!レン、こいつな、あの女から道具抜かれていても自分がもう一度点検しなかったから悪かったとか言ったんだぜ。そして今なんか小分けして無かったから悪かったって?馬鹿だろう?」

「ちょっとサードさん、馬鹿は無いでしょう?」

「いいや、あんたは馬鹿だ!」

 レンは仲の良い二人に少し妬けながら微笑んだ。


(妬ける?サードに?それともクレアに?)


 ふと湧いた自分の感情にレンは戸惑った。


(サードが彼女を気に入っていつものように追い出さないからいいと思うのに・・・何故?)


 そしてその日の夕方、一通り患者の様子も落ち着いた頃、またクレアは困った事態に陥ってしまったのだった。いつもポケットに入れていた薬の小瓶が無いのだ。


(えっ?どうして?えっと・・・)

 昼の休憩の時にエプロンを更衣室で外して食事をした。その時に落としたのだろうか?その場所に確かめに行ったが見当たらない。

(そう言えば・・・あの時・・・)


 疑いたく無いがダーラをその近くで見ていた。飛び出して行ったままだったから気不味いのだろうと思って声はかけなかった。ダーラを探した。仕事を放棄していたが帰った訳では無く近くをウロウロしている様子だった。

「ダーラさん!待って!」

「何よ!まだ何か文句があるの?」

「いいえ、お聞きしたいことが・・・私のこれくらいの小瓶知りませんか?」

「何よ!私が盗ったとでも言うの!」

 まだそこまで言ってもいないのにダーラは憤慨していた。そうだと言ったのも同然だろう。クレアは困ってしまった。遠出をしているので薬はあれしか無いのだ。しかし彼女が素直に出すものでも無いだろう。また言い争ってもそれが何かと問われれば答えたく無いものだ。

「・・・・いいえ。何処かに落ちているのを見て無いか聞いただけです。大事なものだったので。ご存知なければいいです」

 諦めて踵を返したクレアの背中にダーラの嫌な笑い声が追いかけた。

「そう言えばぁー見・た・か・も?」

 クレアは振向いた。意地悪な笑みを浮かべたダーラが勿体付けている。

「どこで?」

「どこだったかしらぁ~あっ、そうそう。あそこだったわ。さっき行った向こうの崖の方で見・た・か・も・・・何故こんなところに落ちているのかしら?って思ったわ」

 崖?長雨の影響で土砂崩れが多く発生していて立ち入り禁止の場所だった。本当にそこに彼女が捨てたのか分からないが、明るいうちに確かめるだけでもとクレアは思った。そこへ向う彼女をダーラはまた意地悪く微笑んで見送ったのだった。


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