閑話~レンとサード
ずいぶん月日が経つというのに相変わらずつれないレンに、いささか自信を無くし始めたサードが青天城の一角にある庭でぼんやりと空を眺めていた。思い出すのはレンの冷たい言葉と態度ばかり・・・・自分だけ態度が違うのも最近では逆に苛立っていた。
始めは自分だけ特別かと思って有頂天だったが本気で嫌われていれば当然かとも思った。それにレンに近づこうとする宝珠は数しれずムカつくばかりだった。自分と違って他の宝珠達は女を武器に迫る者も少なく無い。本当に腹の立つ事態だった。でもそれはレンのアーシアに対する未だに消えない恋慕で成功する者はいないがサードにとっては面白く無いのは同じだ。
だがアーシアはサードにとってライバルでは無かった。彼女は既に無二を誓っている龍がいるのだから二心は無いし、宝珠の場合恋愛感情は契約した龍にそれを抱かない限り他に恋愛する事は無いのだ。宝珠にとって契約の龍が一番であるのだからその龍の他に連れ添うような者を作らないのが普通だった。自分もレンを選んだのだから他の女と関係を持つなどありえない。それなのにレンが報われないアーシアにまだ未練たらたらなのが面白く無いのだ。
「それにしてもあの宝珠!あったまくる!オレのレンにしなだれかかりやがって!」
サードはさっき目の前でされた行為を思い出して悪態をついた。この感情は本当に龍と宝珠の関係を超えているとしか思えなかった。レンに声をかける者全てに嫉妬してしまうのだ。恋愛感情にも似たこの想いは募るばかりだ。こんな面倒な相手を望まなければ良かったのにと思う事もしばしばあった。どうせ望むなら関係を維持しやすい女の龍にでもすれば問題なかっただろう。契約と恋人の一挙両得だ。実際にそういった龍からの申し込みは結構きている。女性とだけ見ればそれも良いのだが龍となると心が選んでいるのはレンだからしょうがない。複雑な心境だ。愛をとるのか龍をとるのか?
「やっぱレンだよなぁ~」
「サード、気鬱そうだな?」
突然声をかけられたサードは振り向いた。そこには誰もが敬う天龍王が供もつれず笑って立っていた。
「な~んだ。王さまか」
サードはつまらなそうに言った。
「最近元気が無いそうだね?」
「あん?誰がそんなこと言った?オレ様は元気さ!」
カサルアは笑っている。
「レンに振られっぱなしなんだろう?」
「げっ!傷をえぐるようなこと言いやがって!まだまだこれからさ!ケツの青い宝珠共になんかに負けねぇよ。だいたいあいつらなんかレンの力を到底受けきらないくせに群がりやがって!」
サードは再び思い出してムカムカきたようだった。ブツブツ文句を言い出した。レンの力は四大龍の一つでもある翠の龍なのだから地の龍の中でも最高だった。地系の宝珠なら誰もが惹かれるだろう。
「そうだね?彼女達にはレンの力は重荷だね。私はサード、君を応援しているよ。でも君もかなり申し込みはあるようだね?女の龍はもとより男からもね?まあそれだけの珠力なら龍なら放っておかないだろうけど。伝説の炎の宝珠だしね」
「だろう?王さまもそう思うだろう?でもあいつてんで冷たいからさ、さっきはちょっくらレン以外の龍だったらどうかな?って考えちまったけどな。やっぱ駄目だね。レン以上の龍なんていないからさ!」
カサルアは人事だと思って笑っている。だがサードは自分で言った言葉にあっと思った。
〝レン以上の龍?〟(いるじゃん!目の前に)サードはニッと笑った。
「よう、王さま。あんたオレの龍になんない?」
「え?」
笑っていたカサルアが唐突な彼の言葉に驚いた。サードはにんまりと笑いながらカサルアに近づいて耳打ちした。
「作戦その一。黙って言う通りにしてくれない?このままじゃ変化無いからな。押して駄目なら引いてみろ、だろう?恋の手管っぽい感じもするけどよ。まあ似たもんだろう?オレに望みがあるかどうかお試しさ!」
「面白そうだな。いいよ。協力しよう」
「あんた、やっぱ話が分かるなぁ~じゃ、ここは一つ共同作戦ってやつで!」
二人はニヤッと笑った。
翌日の朝議でカサルアはレンが赴く予定の案件を持ち出していた。
「レン、今から行く例の町の浄化の件だが私も視察したいから同行させてもらうよ」
その件とは工場の事故で有害物質が河川に流れ込み、生活水や土地が汚染された地域を浄化する事だった。
「はい。もちろん構いません。しかし私一人で十分処理可能だと思われますが?」
「それはそうなんだが、たまには外に出て息抜きしたいんだ」
イザヤが小さく溜息をついてチラリとカサルアを見た。
「陛下、貴方も行かれるのでしたらこの件は一日で終わらせて下さい。仕事は息抜きする程少なくございませんのでね」
冷たいイザヤの言葉にカサルアは肩をすくめた。
「大丈夫だよ。イザヤ。助っ人を頼んだから半日で終わらせる」
カサルアが紹介する前にその人物は会議室へ、ズカズカと入って来た。ラシードとラカンは他の案件で欠席しているがその他のレン、イザヤと主だった数人が集まったその中に臆する事無くやって来たのはもちろんサードだ。
「王さま、オレを呼んだ?」
サードはそう言うとカサルアのすぐ側まで来て言った。
「ああ、サード。今日、その力で手伝ってもらう事があるのだけれどいいかな?」
カサルアは例の件だよというように片目を瞑って言った。
「いいぜ!王さまにはタダ飯食わしてもらっているからな。あんたの頼みなら何だってきいてやるよ」
レンは驚いた。サードは自分の宝珠になりたいとか言って追い掛け回しているのに宝珠として力を使うのは嫌がっていたからだ。一応、彼はこの青天城直属の宝珠部隊に所属している形となっていた。契約者のいないその宝珠達は要請に応じて出動する訳なのだがサードはこれを完全に無視していたのだ。珠力が強いからお高くとまっていると陰口を言うものもあったが彼はそういう人物ではないとレンは分かっている。サードは自分で言ったように未だに龍も宝珠も嫌いなのだ。
その彼がカサルアに懐いている。なんとなく複雑な気分だった。どうでも良いと思っていたが自分だけがサードにとって特別だと思っていた事に慣れていたからだろうか?変な気分だ。
それから汚染された町に到着した三人は町全体を見下ろせる丘の上に立った。
「結構広がっているようだな?」
カサルアは金の瞳を細めて言った。
「そのようですね。河川、土地。それから人体に溜まった毒素を取り除かねばなりません」
かなりの力仕事だと思いながらレンは答えた。
「じゃあ、早速しようか?サード」
カサルアの言葉にレンが瞳を見開いた。カサルアがサードと?てっきり自分とサードがするものと思っていたからだ。だから思わず言った。
「サードが貴方と?」
サードとカサルアは瞳だけチラリと交わした。
「私が頼んだのだし何か問題でも?」
「いえ、問題など・・・」
レンは言いよどんだ。どうせサードは自分としたいと言って駄々をこねるに違い無いとレンは思った。しかし・・・
「オレが王さまあんたと?まあ・・・いいか」
(え?)レンが更に瞳を見開いた。
「あんた結構強いんだろう?しかも全部の力を使えるって?オレそんな龍見たことも聞いたことも無いぜ!おもしろい奴!」
カサルアは笑った。
「それは褒め言葉かな?妹いわく私は〝馬鹿げた力〟らしいので、妹以外の宝珠と力を合わせた事が無いから私も楽しみだよ」
「ああ、任せておきな。バッチリやってやるぜ!」
サードはそう言ってカサルアの肩を叩いた。まるで昔からの親友のような感じだ。
レンは自分だけが取り残されたような気がした。
サードは難なくカサルアの龍力を受けて瞬く間に浄化させていった。サードと合わさったカサルアの力はレンの力を遥かに凌駕した。共に浄化させながらレンはついつい隣の二人を見てしまう。黄金に光り輝くその中心は金の龍と炎のような宝珠。神話の世界のようだと思った。
「さてと・・・終了かな?」
カサルアは龍力を収束させながら言った。
「王さま、あんたやっぱりスゲーな。そんなんで他の力も同じぐらいいける訳?」
「他?まあ大体ね」
サードは口笛を吹いた。
「しかしサード。君も流石だね。地の力はアーシアより上かな?それで半分だろう?契約したら凄いだろうね。まさしく伝説どおりだ」
契約という言葉にレンはドキリとした。またサードはこの場で言い寄るに違い無いと思ったからだ。彼は場所もわきまえず言うのだから堪らない。だが予想に反してサードはカサルアにばかり構っていた。それが何と無く気に入らなかった―――
それからというものあれだけ煩くまとわりついていたサードが大人しくなったのだ。会っても、やあと声をかけるぐらいで本当に驚くぐらい淡白になった。
カサルアに目移りしたのだろうか?と思った。宝珠ならあの類まれな龍力を持つ龍の中の龍であるカサルアに惹かれずにはいられないだろう。気も合うようだ・・・・・
前回サードと分かれた時に感じた何か物足りないものを感じる。
「――レ・・レン・・・レン?」
自分を呼ぶ声に、はっとした。物思いに耽っていたようだ。呼ばれた方向を向くとそれはカサルアだった。
「申し訳ございません。陛下」
「レン、公式の場以外に私達の間でその呼称は必要無いよ」
カサルアは笑った。
レンはその姿を眩しく見つめる。出逢った時からそうだった。全てにおいて魅了される。
「カサルア何か?」
「差し出がましいんだがサードの事でね」
レンはドキリとした。
「彼が何か?」
「何かと言うか・・・彼をどうするつもりなのかと思ってね」
「どうするつもりとは?」
「・・・・・自分の宝珠にするのかしないのかだよ」
レンは翡翠色の瞳を見開いた。長い沈黙の後―――
「・・・・・・・私は別に・・・」
カサルアは片方の眉を上げた。
「ふ~ん、そう?じゃあ私が申し込んでもいい訳だ」
(サードとカサルアが契約を結ぶ・・・・)
煩くまとわり付いていた奴が、ある意味もう二度と自分に振り向く事が無くなるのだ。厄介払いが出来ていいじゃないか・・・・本当に?と心の片隅で囁くものがあったが出た言葉は肯定だった。
「・・・・・・ええ・・・もちろん・・・です。サードは私にとって煩いだけの存在でしたから・・・」
カサルアは大きく溜息をついた。
「―――サード。レンはやはり駄目みたいだよ」
レンは後ろを振り向いた。カサルアが自分の後ろに向って言ったからだ。
サードが無言で立っていた。
「ああ・・・もう十分分かったよ。王さま、迷惑かけたな」
サードはそう言い捨てると、くるりと向きを変えて去って行く。
「レン。本当にサードを行かせて良いのか?奴の事だからもう二度と現れないと思うよ。本当に彼は煩いだけの存在?」
「・・・・・・・・」
煩いだけじゃなかった。変化の無い日常に落ちた波紋―――それが楽しく心地良かった。何も無く何も生み出さない平凡な毎日が今では砂を噛むように味気ないと思っているのに?その変化をもたらすサードが遠くに行ってしまうのだ。そう思うと思わず叫んだ。
「サード!私は易々あなたの龍にならないと言ったでしょう?もう諦めるのですか!」
サードの足がピタリと止まった。振り向いた顔は不敵に笑っていた。
「いや、ぜんぜん!」
そう言うとつかつかと戻って来て唖然としているレンの肩に腕を回した。
「あんたの気持ちはよ~く分かった。オレって執念深いからよ。覚悟しときな!」
そしてカサルアに向って片目を瞑った。それを受けたカサルアは笑顔を返した。
「じゃあな!王さま。ありがとな!」
「ちょっと、サード!離れなさい!」
「嫌だね!はははは・・・・」
サードが大きな体でレンにじゃれ付く姿は端から見ていて微笑ましい。なかなか良い組合せだとカサルアは微笑んだのだった。