炎の宝珠<一部・完>
レンは、ついっと空を見上げた。そしてサードに視線を戻し、ふわりと微笑んだ。
「仲間が到着したようです。さあ参りましょう」
(仲間?)
結局、レンの目的が分からないまま風に導かれながら迷う事なく進む彼にサードは付いて行った。
店先で年寄りが火鉢にあたりながら、店番をしている平凡な小さな商店にレンは入った。更にその奥の住居内へと進む。小さな木の扉を軋ませながら開けると其処には、見るからに気難しくて冷たそ
うな風の龍と可憐な宝珠がいた。
(もしかしてこないだ話していた宝珠を取った友達か?違うか・・・この宝珠少年みたいだしよ。話しでは彼女とか言っていたもんな・・・)
「レン様、ご無事で何よりでした。連絡はきていましたがお会いするまで僕、心配で・・・」
「ルカド、心配をおかけしまして申し訳ございませんでした」
ルカドは安心したのだろう、涙目になっていた。
サードは目のやり場に困った。微笑みあう可愛すぎる宝珠と、綺麗すぎる龍の美しすぎる情景に天の神様も見とれてしまって雲から落っこちるに違い無いと思った。そして目を逸らしていると銀灰の無感動な瞳とぶつかった。
「レン、この者が?」
「ええ、あなたに状況の説明は無意味でしょうが彼がサードです。しかし幾らあなたでも知り得ていない情報がありますよ。彼は今回の件、協力してもらうのが妥当だと提案します」
サードはイザヤの視線で真っ裸にされた気分だった。冷や汗が出る。
(こいつ、まばたきをしねえ~ぞっとしやがる・・・)
イザヤは彼から視線を外すと淡々と答えた。
「承知した。話を聞かせてもらおう」
レンはサードの過去は触れず、その他の彼の証言を詳しく話し始めた。
「それで〝魔境の贄〟はまだ確認出来ていないと言う段階だな?」
サードは弾かれたように驚いた。
「今、何て言った?魔境の贄とか言わなかったか?」
イザヤはレンをチラリと見た。
「まだ話していません」
と、レンは答えてサードに説明し出した。
信じられないと言う表情で聞き終わったサードは、余りの重大さに口をつぐんでしまった。彼らは中央からその件で派遣された役人だというのは、おぼろげだが分かってきた。しかし力不足だろう?と思うしかなかった。レンは戦闘能力に欠ける地の龍だし、それよりも微々たる力しか無い。応援のこの風の龍は迫力あるがお世辞でも龍力は並のようだし、宝珠付きでもお飾り程度の感じだ。
(新しくなった王は馬鹿か?あのゼノアを斃したって言っていたから期待していたのによ!まてよゼノア?)
「そっか!あのじじい、魔龍王を崇拝していたから復讐を考えたに違い無い!」
「崇拝?動機としては十分考えられる。いずれにしても証拠を固める時間は無い。状況証拠ばかりだが有ると信じて一気に形をつけよう」
イザヤの進言にレンは驚いた。
「何事も用心深いあなたから出た言葉とは思えませんね、イザヤ。――イザヤ?」
「―――アーシアが発症したとの連絡を先ほど受けた――」
「! まさか・・・あれは力無き人々だけに伝染していたでしょう?龍や宝珠にまで及ぶ事は無かった筈!」
「また変化している。今は力に関係無く体力の弱い者へと侵され始めた――」
レンは蒼白になりよろめいた所をサードが支えた。
「アーシア―――」
レンの表情が変わった。支えてくれたサードに礼を言い、毅然と立ちなおした彼には鬼気迫るものがあった。今までも怒ったり、むくれたりした表情をサードはよく見たがこんなレンは初めてだった。
「イザヤ!すぐに手配を!」
「ああ。ラシードを呼んで一気に叩こう」
次元回廊を開く為にイザヤとレンは隣室へと消えた。
残されたサードはレンが動揺した〝アーシア〟と言う名の人物のことをルカドに聞いてみた。
「アーシア?彼女は僕達の愛してやまない人です。彼女の為なら皆、自分の命さえも投げ出しても構わないと思うぐらい大切な存在ですよ。でも最も今、心を痛めているのはもうすぐ此方へ来るラシード様でしょうね」
サードはピンときた。
「アーシアって宝珠だろう?ラシードって奴は別嬪さんの友達?」
「別嬪さん?ああ、レン様の事ですか。その通りですが・・・それが何か?」
(ふ~ん。なるほどな。未練たらたらの宝珠ちゃんが死にそうだから、あんな顔をした訳か・・・)
サードはなんだか面白く無かった。
「あいつ綺麗だからあんな顔をすると別人みたいだったな。怒ったり、むくれたりしている方が可愛い」
「怒って、むくれる?レン様が?まさか、冗談でしょ?」
「冗談?とんでも無い。あいつは怒っているか、むくれているか、どちらかの顔ばかりだったぜ。気難しいお姫さんみたいにな!」
「それこそ僕はそんなレン様を見たこと無いです。信じられません」
(へぇ~アレが普通じゃない訳か・・・)
サードはそう思うと今度は少し嬉しくなってきた。
程なく、ラシードが現れた。
(これまた、迫力のあるお兄さんだな。火の龍か・・・まあ一番使えそうかな?)
サードは早速、レンの友でありライバルだったラシードを値踏みした。彼には彼らが気配を殺すため、龍力を抑えているとは知らなかった。だから後に彼ら本来の力を見た時は全ての価値観がぶっ飛ぶぐらい驚愕した。
それから時を移さず、まさしく疾風か電撃のように彼らは敵本拠地を押さえた。しかし、追い詰められたギルゲは狂ったように大笑しながら〝魔境の贄〟を撒き散らす装置を作動させたのだった。それによりギルゲが今回の首謀者だと確定出来たが装置を止める事が出来なかった。
「レン!これはいったい何だ!」
不気味に作動する機械を前にしたラシードが叫んだ。
「ああはっはっははは――もう手遅れだ!もうそれを壊しても間に合わん。ゼノア様見て頂けましたでしょうか?ゼノア様ばんざい――」
ラシードは喚くギルゲに力を叩きつけて黙らせた。
図太い神経で何にも動じる様子の無いサードが珍しく青い顔をして言った。
「雨だ・・・じじい!またこんなものを作りやがって!」
「この仕掛けを知っているのか?」
皆の視線がサードに集まった。
「畜生め!昔見た事がある。今に雨が降る・・・病原菌を含んだ死の雨だ!」
何かがこの建物から飛んで行ったが、それは特殊な周波で天候を操り雨雲を呼びその中に菌をばら撒いたのだ。
それぞれが外に飛び出ると空は暗雲が立ち込めていた。この地の気候からすれば雨と言うよりも雪が降る。死の雪だ!
三人の龍は誰に指示されること無く動き出した。ルカドも動く。
イザヤの龍力が右腕に集まり、白銀に龍紋を描き出したかと思うとルカドの力と交わり、強力な力を噴出させた。その龍力は風の結界を作り暗雲とこの街全体を隔離したのだ。唖然とするサードは更に驚いた。今度は、まぁ~ちょっとは使えそうだと軽く見ていた火の龍が、その隔離された空間に紅蓮の炎をおこしていたのだ。大気が、空が、灼熱に燃え始めていた。
「ラシード!無茶をしますね。サード、私に力を貸してくれませんか?早くしないと病原菌どころか彼の炎で皆焼かれてしまいます」
「や、焼かれるって!ま、まさかお前、街を防御するんじゃ無いだろう?」
レンは、ふわりと微笑んだ。その顔はその通りだと言っていた。
そしてサードは見た。いつも右手首に飾っていた腕輪が無く、その代わりに浮かんだのはレンの瞳と同じ翡翠色の龍紋だった。鮮やかに長く大きく刻まれたその証は、強い力を現していた。サードの珠力と交わった時、その翠の力が地を走った。あらゆる生き物と建物を護る翠の盾となり、銀の龍と紅の龍の馬鹿げた力を凌いだのだった。
大気が焼かれ蜃気楼のように周りが揺れる中で、静かに力を放出するレンの姿にサードは見とれ感動していた。本当に綺麗だと思った。嫌悪する龍だというのに身体に満ちる何とも言えない感覚に恍惚とするしか無かった。〝龍は宝珠に乞いし恋焦がれる〟と、人々は龍が宝珠を欲しがる様は、まるで恋のようだと揶揄するように言うが、その逆もありだとサードは思った。
〝宝珠は龍に恋焦がれる〟まったくもって恋にも似た感覚だった。前に心の奥で何か叫んでいた正体がようやく分かってきた。
(宝珠のオレがオレだけの龍を見つけたんだな・・・そういうことか)
やがて三人の龍達が力を引き、街に静けさが戻って来た。サードはギルゲが決まって大事な物をなおす入れ物を見つけ彼らに手渡した。その中には〝魔境の贄〟の特効薬が隠されていたのだ。これで危機を脱する事が出来るだろう。
そしてサードはこの三人が新しい四大龍の称号を持つ者だということを知った。
「まぁ~しかし見事にオレ騙されたな。可愛らしい力を、ポッと出すだけの奴かと思っていたら四大龍の一人だったなんてよ。あ~あ怖いねぇ」
サードの相変わらず勘に障る言い方にレンはムッとした。
その様子をルカドは大きな目を、ぱちくりさせて横に立つイザヤに囁いた。
「レン様もあんな顔をするのですね」
イザヤもチラリと見て、そうだなと同意した。
「で?傷の具合はどうだ?」
サードが急に真顔になって言ったのでレンの方が驚いた。
「治癒力は制御装置で抑えられていましたから治せなかっただけで、イザヤに解除してもらった時に完治させました――」
「そっか。良かった――じゃあ、もう帰るんだろう?」
「――ええ。あなたにはお世話になりました。お礼は後ほど改めまして」
「ああ、今度たんまり貰うよ。じゃ、またな」
サードはそう言うと手をヒラヒラさせて去って行った。
レンはその後ろ姿が見えなくなるまで見送ったのだった。煩わしく、とても失礼な男だったが急にいなくなると何故か寂しく感じた。短い間だったのに何年も共にいたような感覚だったのだ。
天龍都も民衆を不安にさせる事無く収拾していき、レンもいつもの生活に戻っていた。あのサードと共にいた日々と、比べ物にならない穏やかな日々だった。怒ることも、イラつく事も無い。頼りになる王と友らとアーシアの幸せそうな笑み―――
だが何かもの足りないものを感じていた――ほんの少しだけだが――
レンはその思いを仕事で埋めていた。忙しく動き回るレンは他州で発生した案件を解決し、早朝、帰還したところへ青天城のカサルアからの呼び出しが来た。前回もこのパターンで大変な目にあった事を思い出さずにはいられない。
珍しく苦笑いを浮かべたレンは急ぎ、青天城へと向かったのだった。
そしてまたも通された部屋は私室―――
重大な事がまた起きたのだろうか?と不安が過ぎった。
カサルアはまだ部屋に到着していなかったが、程なく入室する気配を感じ、レンは立ち上がって礼をとった。だがカサルアの他にもう一人の気配を察し、顔を上げると目を見張った。
「やあ~別嬪さん、久し振り」
あのサードだ!
唖然とするレンを気にすることなく彼はペラペラと喋り出した。
「しっかし、久し振りに見てもやっぱり綺麗だよな?そんな格好してれば四大龍さまって感じだしなっ!」
横でカサルアが笑っている。
「サ、サード。どうして此処に?」
彼を良く見れば盛装をしていた。宝珠ならば当然だが彼が好むとは思わなかった。しかし、赤い髪は神馬の炎の鬣のようで、その服装を引き立たせていた。だが、ニヤリと不敵に笑う彼はやはり彼だった。
「お礼を貰いに来たのさ!」
「お礼ですか?それなら先日、届けましたでしょう?」
「ああ、アレ?あんなの近所の子供らにくれてやった」
「くれてやったって、そんな・・・」
レンが届けたものは簡単に人にやるような額では無かった。何にしようかと迷ったが結局、金子なら役立つだろうと思ったのだ。それを人にやったとは―――
「オレ、たんまり貰うって言ったよな?」
「足りなかったと言う訳ですか?」
「そうだな。あんな金なんかじゃ全然」
サードはいつの間にかレンの間近に立っていた。
「いくらだったら私の誠意を分かってもらえるのですか?」
レンは久し振りにムッとして冷たく言った。
「金?金なんかいらねぇ~よ。オレはお前が欲しいんだよ。レン、お前だ!」
「なっ!」
レンは翡翠色の瞳を見開いた。サードはその瞳を見つめ、レンの後ろに束ねた絹糸のような黒髪を指に絡めていた。この場から彼を逃がすつもりは無いらしい。
「ば、馬鹿な事を!わ、私が欲しいなんて!」
「ああ?何か言い間違えたか?オレをお前の宝珠にしろ!と、言ってんだよ!」
それこそレンは更に驚いた。
「なっ!何を急に――」
「仕方ないだろう?ココがよ、お前がオレの龍だって言っているんだからさ!」
サードは空いた手で胸を指差しながら答えた。
レンはもう、どう答えて良いのか困惑してしまった。
そんな二人のやり取りを楽しげに見ていたカサルアが、堪らず笑いだした。
「――陛下。笑い事ではございません」
レンはカサルアを横目で見て言った。
「いや、すまない、レン。余りにおかしかったからね。私も驚いたよ。夜が明けたと同時に門番に〝礼を取りに来た、王に会わせろ〟って彼は怒鳴り込んで来たらしくね。普通ならそんな者は取り次ぎさえしないけれど、彼のこの格好にその珠力だろう?門番も只者では無いと判断したようで私との愉快な出会いとなった訳だよ」
レンは続きを想像してしまった。きっとカサルアに会った瞬間〝レンをくれ!〟と、でも言ったのだろう。サードならやりかねない―――
「おい、王さま!さっきも言ったがコイツに承知させるまでココにいてもいいんだな?」
「ああ、構わないよ」
カサルアは、にっこりと言った。
「話の分かる王様で助かったよ。オレは龍が大嫌いだが、あんたは好きになってやるぜ」
「炎の宝珠にそう言って貰えるとは光栄だ」
レンの知らないところで二人は何やら取引したようだった。
(えっ?炎の宝珠?まさかあの――)
「王よ。今、〝炎の宝珠〟と、言われませんでしたか?」
「え?レン、まさか気づいていなかったのか?彼をひと目見て私はすぐに分かったよ。しかも史実通りの炎のような赤い髪と瞳――」
〝炎の宝珠〟とは、それこそアーシアの伝説よりも古くから伝承されてきたものだった。時折その宝珠は歴史上に現れる。それは地の龍にとって最高の宝珠であり、契約の龍と共に聖なる炎を生み、この世を浄化し安らぎを与えると云うだ。それは生まれ変わりだとか、そう言うのでは無いが皆赤い髪と瞳という同じ特徴を持っていた。真実なのか?ただの物語なのか?いつの世でも囁かれていた。
「だから、レン。良いじゃないか?こんなに望んでくれるなんて〝押しかけ宝珠〟というのも楽しいし」
「カサルア―――人事だと思って楽しむのは止めて下さい」
「オレは諦めないからな!お前をオレの龍にしてみせる!」
サードはレンの瞳を間近で覗き込みながら不敵に笑った。
「・・・・出来るものなら・・・どうぞ、おやりなさい!私は易々とあなたのものになど、なりませんから」
レンも不敵に微笑んだ。彼の挑戦を受けて立つことにしたのだ。
サードは楽しげに口笛を吹く――――
いつまでこの追いかけっこが続いたのか定かで無いがこの時代、炎の暴れ馬は世界を駆け巡り土地には豊かな恵みを――人心には安らぎを――与えたと伝えられる。そしてその手綱を握っていたのは美しい翠の龍だったと史実に記されていた。
レン編一部終了です。あれっ?あれれ?と思われた方・・・ごめんなさい ^_^; そうです・・・恋愛になっていない!!イザヤも危なく禁断の兄弟愛に突入か?と私も冷汗ものでしたが、途中からちゃんとお相手の女性が現れて話を引っ張っていきましたが・・・・
いつレンの恋愛相手が現れるだろうか?と、思いながら読まれていた方もいらっしゃいましたでしょう?うん~レンの宝珠は最初からサードみたいなのと決めていましたが(恋愛対象では無く)レンが恋する女性というイメージが湧きませんでした。アーシアをふっきれる程の人物って?と思うとですね・・・・
と、言う訳で恋愛抜きの話になってしまいました。サードはちょっとヤバそうな思考でしたけど一応健全です。しかし女ッ気無しのこのストーリー展開は初め別サイトでも作ってBL路線で行こうかと真面目に思ったりしてました(笑)イザヤの時もそうだった・・・・恋愛が無いとなんだか寂しい気もしましたが、結構気に入ったコンビになったので良かったです。第二部はもちろん恋愛路線です!