サードの過去
――青天城――
天龍王とイザヤにルカド。それにラシードとアーシアが今回の件で集まっていた。
「レンからの連絡は?」
「到着した連絡もございません」
「・・・・何か不都合が生じたのだろうか?」
その時、イザヤへ緊急の書状が来た。彼はそれを一読し、顔をあげた。
「レンが行方不明でございます」
「何?行方不明!何処でだ!」
「供を命じた配下の報告ですが、艮龍州の山岳地帯でガガラに襲われ、行方不明だと。供をしていたもう一人の者は助からなかったようですが、連絡をよこした者は運よく人家の近くに落下して一命を取り留めたようです」
「ガガラ?レンの力なら難なく回避出来ただろう――」
カサルアは、はっ、として金の瞳を大きく見開いた。
「しまった・・・・・今度の制御装置には解除の呪が必要だったのに教えていなかった!」
「兄さま!馬鹿じゃない!何てことしたのよ!馬鹿、馬鹿」
「アーシア落ち着いて」
激怒して立ち上がった彼女の手を引きながらラシードは言った。
「ラシード!落ち着いている場合では無いわ!」
「いいから落ち着いて。レンはそれぐらいで死ぬような奴では無い。死体は出て無いのだろう?ガガラや獣に食われたとしても骨までは奴らは食べないからな」
アーシアは食われたと聞いてぞっとしたが、ラシードは落ち着き払った声でそう言うと、イザヤを見た。
「その通りだ。一帯を調べたそうだがその痕跡は無かったようだ」
「なら大丈夫だ」
「ちょっと!大丈夫って!良くみんな笑っていられるわね?」
「アーシア、誰も笑ってないよ」
ルカドがみんなの顔を見回して言った。
「笑っているじゃない!自信たっぷりに!自分達だけ分かるって事でしょ!もう、知らないから!」
アーシアはプンとして椅子に座った。ラシードは彼女のその様子に笑いを堪えながら見た。
「まあまあ、アーシア。嫉妬しない、しない」
「嫉妬?兄さま・・・兄さまが一番悪いんですからね!」
「はははは・・・そ、そうだね」
イザヤの咳払いで、カサルアもラシードも表情が改まった。イザヤに皆が注目をした。
「いずれにしましても、私が早急に向かいましょう」
「そうだな。イザヤ、お前が適任だろう。レンと案件を頼む」
「承知いたしました」
「それとラシードとアーシア。お前達も要請があれば直ぐに駆けつけられるように準備していてくれ。それで良いだろう?イザヤ?」
「はい。ありがとうございます。ラシード達までお約束して頂けるのでしたら何も言う事はございません」
「イザヤ、私達の仕事も残していてくれ。そうでないとアーシアが駄々をこねるからな」
「ラシード!駄々をこねるって、何よ!」
「ほら、ごねてるじゃないか」
他愛も無い痴話げんかに成りつつある二人を残して、イザヤとルカドは出立した。
レンの無事を祈りながら―――
――坎龍州――
この土地は平野部が多いのだが年中冬季で覆われた州だった。気候には恵まれていなかったが地下資源に恵まれ、屋内の芸術方面が発達した豊かな州でもあった。
イザヤの予想では敵の所在は田舎では無く街の中だろうとの事だった。街のど真ん中であっても、もともと野外で行動する人が少ないので、屋内でこもりっきりだったとしても誰も怪しむ者などいないだろうとの見解だ。しかも流通の中心地であれば何不自由無く材料や情報も集まり、秘密の研究をするのには最高の土地に違いなかった。
レンはその目的の地に立っていた。
何かと世話好きなサードのおかげで難なくこの地へと辿りついたのだった。予定よりかなり遅れをとり、連絡を絶って随分経つ。皆、心配しているだろう。
レンはイザヤの情報網の一つでもあるごく普通のありふれた店の娘へ客を装って暗号文を渡した。こういった者達は全州どこにでも存在する。結局、この地へ到着しても離れようとしないサードでさえもそんなやり取りをしているとは思ってもいないだろう。
「あなたはご自分の目的がありますでしょう?行かれたらどうですか?」
「到着したら、もうオレはお払い箱かい?用が済んだ娼婦より冷たいな」
レンはカッと頭に血がのぼった。
(娼婦だって?この男は!)
レンはもう完全に腹が立ってしまい、彼を睨むと無言で早歩きしだした。
「おいっ、待てよ!もうじき陽が暮れるけど宿に泊まる金も無いだろうが。大人しくオレについてきたら?」
レンは立ち止まって振り向いた。
「結構です!心配無用です!」
そう言い捨てたところに、見知らぬ酔った男がレンにぶつかってきた。その拍子にレンとその男はもつれて転んでしまった。男は謝りながら立ち上がると、また通りをふらふらしながら歩いて行った。
サードは爆笑しながらレンに手を差し伸べたが、彼は無視して自分で起き上がった。レンの懐には今の酔っ払いがもたらした城からの返信が入っていた。これもイザヤが手配したものだった。もうサードともめている場合では無かった。目立つ行動は避けなければならない。この男の事だ、何が楽しいのか分からないが追い払っても、追い払っても、騒いで付いてくるだろう。
(困った問題だ・・・)
レンは心の中で大きな溜息をついた。
仕方なくサードの好きにさせた宿では彼が譲らず相部屋となった。そのサードも久し振りに酒が入って大いびきで寝入っていた。
レンは仄かに揺れる暖炉の灯りを頼りに暗号文を読んだ。内容は自分が行方不明との連絡で、急ぎイザヤとルカドがこの地へ向かった、との事だった。レンの安否はイザヤにも伝わるだろうが、彼らが到着するまでまだ数日かかるだろう。その前に、ある程度調べておく必要がある。レンは読み終えた暗号文を暖炉に投げ入れると、密かに部屋を出て行った。
扉が静かに閉まった時、サードはむくりと起き上がった。
「あいつ、何処に行く気だ?」
謎めいたレンの行動に彼は興味津々だった。そっと後をつける。
レンは龍力を封じられてはいるが、大陸一の医師としての能力に遜色は無い。彼はあらゆる薬草に通じ、その匙加減で毒も薬も作り出すのだ。龍力で治してしまえばそんな薬など必要無いと思いがちだが、それだけで完治させてしまうと再び同じ病気になるか、他の病気に直ぐなってしまう。なぜなら簡単に治してしまえば自己の治癒力が後退し、病気に対する免疫力が低下してしまうからだ。だからある程度、龍力で治癒しても薬を与えて、自己の病気に対する抵抗力を強めていくのがレンのやり方だった。
だからレンの薬に関する知識は高い。これだけ大きな計画ではかなりの薬品を使っていると考えられた。だが、その流通関係はイザヤでもつかめず今に至っているから実際、自分の感覚を頼りにするしかないとレンは思っていた。最も有効なのは臭いだった。日中は生活の臭いで分かり難いが、深夜ともなれば手に取るように分かる自信がある。
夜陰にまぎれてレンは探した。翌日もその翌日もだ。そして日中は出歩かず夜の為に体力を温存した。サードは珍しく何も言わないが、何か言いたそうな顔はしていた。彼は寝たふりをしてはレンの後をつけて頃合を見計らって宿屋に戻っていた。余程気になるのだろう。
そして今日も何時ものようにレンは出かけ、ついに当たりをつけたのだった。そこは結構大きな治療院だった。そこから薬品の臭いがしてもおかしく無いのだが、レンの嗅覚は怪しいと判断した。通常使用しないものの香りが混じっていたからだ。治療院とは当たり前過ぎて見落としがちだ。確かに人の出入りも多く、公に薬品を出入りさせてもおかしいとは思わない。
レンは今すぐ、中まで探ってみようかと思案したが思いとどまった。夜中だから逆に警護が厳しいだろう。もし、見つかったとしたら今の自分には戦うだけの力は無い。慎重を欠いて、敵を逃がしてしまう恐れは冒したく無かった。逸る気持ちを抑え宿へ戻った。
翌朝、珍しく出かける様子のレンにサードが声をかけた。
「昨日の治療院に行くのか?」
レンは、はっ、と勢いよく振り向きサードを見た。二人の間に緊迫した空気が漂った。
「何、調べているんだか知らないが、あそこはヤバイ。止めときな」
「あなた!何か知っているのですか!」
「おっと、別嬪さんが怒ると迫力あるな」
レンはふざけた物言いのサードに詰め寄った。
「間近で見ると、ほんと!お前、綺麗だな。言い寄られて悪い気がしない」
「ふざけ無いで下さい!何を知っているのですか!」
「で?お前は何を知りたい訳?」
「それは――」
レンは言いよどんだ。この男を信用して話をする訳にはいかない。
「だんまりな訳?まあいいけどよ。こそこそ夜中に調べるぐらいだ、ヤバイ事に関わっているんだろう?お前が奴らの同業者とは思えないから何で?と思っちまったがな」
「同業者?」
「何だ!知らないのか?まぁ~普通は知らないか。あそこは表向き善良な治療院だが、裏では昔っから闇の売人だ」
「売人?」
「そう。正規の販路では決して入らない薬を裏でさばいているのさ。それこそ毒なんか一番得意だし、平気で人体実験もやっている」
闇の売人ならイザヤの目を掻い潜っていても不思議では無かった。それが仕事なのだから容易に正体をつかませないだろう。しかし、あらゆる情報を統べるイザヤでさえ知らなかった事実を知るこの男はいったい・・・・猜疑心が濃くなった。
「あなたは何故それを?」
レンは一歩、一歩、後ろへ後退しながらサードに問うた。
男のいつも人をからかうような表情が顔から消えた。
「さあな――そんな事はどうでもいいだろう?」
サードは低くそう言いながら、右頬の傷跡を撫でていた。
彼が敵なのか無関係なのか判断がつかなかった。ただ言えるのは、あの治療院がかなりの確率で怪しいという事だ。サードが敵ならば一刻の猶予も無い。既に遅いかもしれないのだ。レンは、彼の制止を振り切り外へ飛び出した。サードはすぐにレンを追いかけた。そして治療院に飛び込もうとするレンを後ろから口を塞ぎ、力ずくで建物の影に引きずり込んだのだった。
「まったく!無茶しやがるお姫さんだな。大人しくオレの話を聞けって!」
レンは悔しい事に、体格の差と完治していない身体では押さえ込まれては身動き一つ出来なかった。
「何をしたいのか話してみろよ。話によっては協力してやる」
「・・・・・・・・・」
「また、だんまりか・・・まあ~話すにしてもオレは怪しすぎるって事だろうな・・・あそこの親玉はギルゲって言うイカレタじじいてよ」
「ギルゲ!まさか、生きていたのですか!」
「知っているのか?奴を知っているなんてお前、只者じゃないな?――はっ!また、だんまりか?いいけどよ。奴は地の龍のくせに人が苦しむのが三度の飯より好きなイカレタ野郎さ。そんな奴にオレはガキの頃、飼われていたと言う訳さ!まるで家畜のようにな!」
サードの赤い瞳が憎しみで燃えているようだった。
ギルゲは表向き立派な人格者だったが、その裏では悪行三昧だった。無法化していたゼノア時代でも、彼の所業は死に値し処刑された筈だった。民衆を震えあがらせたゲルドだったが、小さな村での出来事で一般的には知っているのは少ない。レンは地の龍の首座でもある翠の龍だから同族のどんな小さな昔の事でも知っているのは当然だった。
それにしてもそのギルゲと幼い頃、共に過ごしたとは想像を遥かに超えた辛苦を味わっただろう。頬の傷に触れながら話しをしていたサードの様子からして、その傷もゲルドがつけたに違い無い。頬の傷の他にも身体に残る多くの傷跡がサードの悲惨な過去を物語っているようだった。
レンは〝龍と宝珠が嫌いだ〟と言った彼の言葉を思い出した。彼が宝珠だったから殺さず利用していたぶり続けたのだろう。宝珠はその龍に与える力以外は龍に比べて非力な弱者だ。貴重なる者として崇拝されるのが一般的だが、中にはギルゲのように宝珠を絶対の支配化に置き、玩具のように扱う龍もいる。同じ龍として嫌悪する部類の者達だ。サードが自分を呪い、その責め苦を与える龍を嫌うのも当然だと思った。
サードの話は続いていた。
「――オレは奴の処刑のどさくさに紛れて逃げたが、絶対奴が死んじゃいねえと思って息を殺しながら暮らした。オレの直感は当たった。当たりたく無かったけどよ。やっぱりあの処刑こそ奴の謀で、まんまと昔の名を捨て此処で生きてやがった。昔と同じく闇組織を再開してな」
彼と言う存在が表に出て無かった理由がこれで明らかになった。サードの過去を知ったレンは心が
痛んだ。そして彼の悲惨な過去に負けること無く強く真っ直ぐに生き、培った人としての大きさを思い知った。口は悪いが困っている者に手を差し伸ばさずにはいられない性格なのだろう。その手を払いのけ続けた自分が恥ずかしかった。
「――申し訳ございませんでした」
レンから唐突に謝られたサードは目を見張った。
「はぁ~何それ?」
「今までの非礼許して下さい。あなたは尊敬に値する人です」
レンから面と向かってそう言われたサードは思わず顔を赤くした。
風が吹く―――