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謎の男

――パシャ、パシャ――


(水音?)


 寝ている感触は土の上のようだがとても暖かく、いつまでもそうしていたい誘惑を押し退けてレンは重たい瞼を微かに開いた。身体は鉛のように重たく自分の身体では無い感じがした。最初は暗く感じたが慣れてみると光り苔が周囲をほのかに照らしていた。ここは洞窟のようだった。しかもかなり暖かい。

 レンは悲鳴を上げる身体を無理やり半身起き上がって傷口を見ると驚いた。専門的な治療が施されていたのだ。


――パシャ、パシャ――


 また、水音がした。今度はすぐ側からだった。

「おっ、目覚めた?腹空いて無いか?」

 レンは急に話しかけられて、ぎょっ、とした。

 靄がかっていたように見えていたのは温泉の湯煙だったようだ。その温泉の中から先ほど自分を助けてくれた男が上がって来たのだ。声がそうだから多分そうだろうとレンは思った。意識が朦朧としていたうえにその男はレンを助ける為にかなり汚れていたから、目の前で湯から上がり着替えをする人物が同一だと一瞬思えなかった。

 レンは細くても身長は低くは無いのだが、この男は更に高かった。年令的にも上だろう。傷だらけだが、がっちりと均等の取れた躯と、驚くことに整った顔立ちをしていた。だが甘さを微塵も感じさせない大きな原因は、右頬にはしる大きな傷跡だった。手負いの獣のような印象だ。


 そうこう考えているとズキリと痛みが走り、思わず肩に手を当てた。やはりかなりの損傷だと判断せねばならない。だがこのような所で時間を潰す訳にはいかないのだ。

「あれからどれくらい時間が経ちましたのでしょうか?もうすぐ夜明けでは?」

 男は感心したように口笛を吹いた。

「大当たりだ!凄いな、別嬪さん!」

「別嬪さん?」

 レンもこの容姿だから色々な呼び名で呼ばれたが〝別嬪さん〟と言われるのは初めてだった。


(そもそもその呼び名は女性に対する言葉でしょう?)


「――申し遅れましたが私の名前は、レンと申します」

「ああ、オレはサードって呼ばれている。宜しくな、別嬪さん!」

 サードは片目を瞑ってニッと笑った。

「ところで、これはあなたが手当てして下さったのでしょうか?」

「ああ、道具が揃っていないから応急処置だが・・・ひょっとして疑ってる?オレ一応医者なんで処置は間違ってないぞ」

「医師?そうでしたか。いえ、適切な処置でしたのでお礼をと思いまして。ありがとうございました。いずれ、お礼は後ほど改めまして――」

 レンはそう言うと、ふわり、と微笑んで立ち上がった。

 サードは一瞬、その微笑に見とれてしまったが、レンの立ち去ろうとする行為に驚き大きな声を出した。

「おいっ!お前、まさか出て行こうとしているんじゃ無いだろうな?」

「はい?そうですが」

「馬鹿やろう――っ!何、考えているんだ!お前、危うく死に掛けたんだぞ!今でも全身ボロボロだろうが!そんな状態で数歩も進まないうちに獣かガガラに食われるのがオチだって事が分からないのか!この大馬鹿野郎が――っ!」

 レンはサードの頭ごなしの怒鳴り声に驚いた。自分をここまで怒鳴りつけた者など、今まで誰一人いなかったからだ。

 穏やかな性格のレンには珍しく声を荒げて言った。


「このような所でゆっくりしている訳にはいけません!」


「はあ~ん?何だって?命より大事な用って言うのか!」

「その通りです!」

 レンは強い意志を翡翠色の瞳に宿し言い放った。

 サードはレンに勢い良く近づくと、傷付いた肩を荒々しく鷲づかみにした。


 激痛が走る―――


 レンは瞳を瞬間きつく閉じ、痛みに耐えるとサードを睨んだ。

「叫び声一つあげねえ。本当に可愛げが無いな。顔は女みたいなのによ」

 再び傷口が開いてきたようだった。血がサードの掴んだ手を濡らし始めていた。だが彼を振りほどく力さえレンには無かった。

「――放して下さい」

 自分の声さえ、遠くに聞こえるようだった。

 今度は唐突に放されたかと思うと地面に押し倒された。

「ほら、見てみろ!何処に行くのか知らんが、こんな状態でこの山を越えられると思うのか?冗談じゃない!」

「それでも私は――」

 サードはレンに圧し掛かったまま、ジッ、と彼を見つめていたが、起き上がって座り込むとわめきだした。


「あああぁ――もう!分かった!分かった!ちくしょう!お前の決心は良く分かった。仕方無い、力貸してやる。もう二度と使いたく無かったけどよ!」


 サードはそう言い終わらぬうちに、レンの肩に掛けてあった衣を剥がし傷口の包帯を解き始めたのだ。抵抗する間も無くレンは開きかけた傷口を外気にさらしていた。

「さあ、別嬪さん。力を出しな」

「まさか・・・そんな・・・」

 そのまさかだった。傷口に触れたサードの左手にはくっきりと珠紋が浮かび上がっていたのだ。金色に煌くその印は紛れも無い宝珠の証だった。彼からは宝珠の気配などまるでしなかったのに今はその内側から輝くような珠力が溢れていた。宝珠の男性型は滅多にいない。今までルカドぐらいしかレンも会った事は無かった。ルカドもそうだが貴重なのはその性だけではなく女性型の宝珠に比べて珠力が格段に強いのだ。レンの封じられてしまった龍力でさえも数百倍に高めてしまう。レンは唖然として塞がっていく傷を見つめた。

 サードも内心驚いていた。レンの微々たる龍力の中に、何か途方も無く煌くようなものを感じたのだ。それに昔から宝珠の力を使う時に感じる嫌悪感が一切無く、陶酔にも似た感覚が全身を満たしていた。そして心の奥底から何かが叫んでいるようだった。


 お互い無言で力を注ぎあったが、レンの傷はさすがに深く、完治とまではいかなかったが、動けるぐらいには回復した。

 それからサードは手際良く再び包帯を巻きなおし始めた。レンはまだ信じられないという思いで彼の顔と、動く手を交互に見つめていた。宝珠は生きた貴石といわれるのだから容姿端麗なのは当たり前であり、唯一見知っているルカドでも女性型と変わらない繊細な美しさだった。宝珠は龍を飾る宝石とまで揶揄する者がいるぐらいだ。確かにこのサードと名乗る男の容姿は頬の傷さえ無ければ、そうともいえるものだが、繊細とは程遠い感じだ。しかも宝珠の持つ独特の雰囲気が無いのだ。宝珠は個人主義で気位が高く、また何かに依存するような感じがある。結局、宝珠は龍に全てを委ねる性質をもつ者だからだろう。だがこの男にはそれが無い。

「・・・・・・」

「どうした?いきなり大人しくなったな」

 レンははっとした。サードがいつの間にか作業を終え、自分を覗き込んでいたからだ。

「・・・・まさかあなたが宝珠だとは思いませんでした」

「ちっ、それ以上言うな!オレは嫌いなんだ。龍も宝珠もな!自分が宝珠だなんて反吐がでる!」

 レンはくすりと笑った。〝龍が大嫌い!〟だと言っていた少女を思い出した。似ても似つかないのに―――

「あ~なに笑ってやがる!恩人に向かって!」

「失礼いたしました。同じように〝龍が大嫌い〟だと言っていた人を思いだしたもので」

「へぇ~まさか宝珠でか?珍しいな」

「はい」

 レンはそう返事をすると、懐かしむように静かに微笑んだ。

 サードはそのレンの表情を見ると何故か面白くなかった。

「へぇ~じゃあ、そいつ、お前の宝珠にはならなかったんだ」

「そうですね。私の友の宝珠になりましたから」

 レンはまた微笑んだ。

「なんだ!じゃあ、そいつ〝龍嫌い〟じゃ無いな!オレのような奴はそんなにいないと思った!で?お友達に負けたっていう訳?まぁ~その龍力じぁな~しかも宝珠より綺麗だろ?宝珠としたら微妙に避けたいタイプだよな」

「あなたは本当に思った事を言葉にされますね。勝ち負けではありませんが、友は素晴らしい龍ですし彼女の為には良かったと思っています」


 レンの言葉と表情は本当にその友と宝珠を大切に思っている感じだった。それもサードは何故か気に入らなかった。どんな奴らだろうかと気になった。

 レンが立ち上がった。サードは下から彼の顔を見上げた。先ほどまで優しげに微笑みを浮かべていた表情は消えていた。強い意志を秘めた顔だ。

「出ていくのはまだだよ」

「もう、大丈夫です」

「怪我の事じゃない。外は吹雪で大荒れだ」

 レンは入り口だと思う方角へ走った。近くまで行けばそれが事実だという事が分かった。前方にぽっかりと空いた白い空間が見えたからだ。それも吹雪しか見えない丸い入り口だった。

 それでも行かなければならない。歩みを止める事無く進むレンの腕をサードがつかんだ。

「馬鹿野郎!お前、死ぬつもりか!」

「放して下さい!」

「いい加減にしろよ!オレもいい加減にキレるぞ!この土地に慣れたオレでさえこんな状況で出歩きはしない!」

「しかし!」

「うるさい!ずっと待てと言っているんじゃない。半日待つんだ。普通なら二、三日は絶対吹き荒れるが、今回は幸運な事にあと半日もすれば止みそうだ。だから今は温泉にでもつかって体力でも温存しろ!この泉は傷に良いからな」

 男はそう言って、片目を瞑った。レンはつかまれている腕に視線を落とした。

「分かりました。おっしゃる通りにさせて頂きますから手を放していただけませんか?」

 急に大人しくなったレンに戸惑いながらサードは手を放した。開放されたレンはくるりと踵を返し怪我をしていると思えないような足取りで奥へと戻って帰って行った。サードはその様子を後ろから見ながら呟いた。

「まったく調子狂うよな。気位の高いお姫さんのようだぜ」


――パシャ、パシャ――


 レンは温泉につかりながら自己嫌悪に陥っていた。焦った挙句、自分らしくなく声を荒げたり、無理を通そうとしたり・・・見知らぬ男にそんな無様な姿を見せてしまったのだから落ち込むのには十分だった。


(ラカンにでも知られたら、ずっとからかわれるでしょうね・・・)


 そう思うと逆に楽しくなってきて、クスリと笑った。

「なんだ?さっきまでプンプンしていたかと思ったら急に笑って、気味が悪いな。それはそうとコレに着替えろ。お前のはボロボロのうえに血の臭いが染み付いているからな。餌はココですよ~っと教えているみたいだからよ。オレのだから上等じゃないが我慢しろや」

 レンはムッとした。誰とでも合わせられる性格と自負しているレンは、こんなに勘のさわる相手は珍しかった。

 礼など言いたく無かったが一応、礼を言って着替えを受け取った。サードはニヤニヤしている。

「いや~しかし、やっぱり間違い無く男なんだなぁ~裸見るまで半信半疑だったけどな。綺麗な顔なのにもったいない」

 最後の帯を腰に締めたところでレンは不躾なサードをギロリと睨んで言った。

「私には姉も妹もいませんよ」

 サードは目を丸くして大笑いしだした。

「あはははは、お前、愉快、愉快!みんながそう聞くんだな?あははは、でも本当にいたら顔だけそっくりな方がオレは良いな。女でお前みたいなキツイ性格はゴメンだ!」

 レンは唖然とした。


(私がキツイ性格?)


 当然今まで他人から言われた事も、その通りだと自分で思った事も無かった。この男に関わっていると自分が自分で無くなりそうだった。

 まだ馬鹿笑いを続ける男を無視して、レンは心を落ち着かせようと洞窟内を見回した。着替えさせられたこの衣にしてもそうだが、男も着替えをしているところを見ると、ある程度此処に生活必需品があるようだった。だが住んでいる様子でも無い。それに珠力が強く、しかも男という宝珠の噂は聞いた事は無い。この情勢の中、正体が分からない者に深く関わるのは避けなければならないだろう。

 無言になったレンの様子を窺いながらサードも彼の事を考えていた。着ていたものは質素にみせているが上等な代物だった。それよりも丁寧な言葉使いと品の良い物腰が上流な出身を物語っている。龍力は話にならないぐらい弱いが、何か惹かれるものを感じていた。



 そして待ちに待った吹雪が止んだ。外は嘘のように青く晴れ渡っていた。

 ザクリと雪を踏んでレンは一歩外へ踏み出した。

「で?ドコに行く訳?お供を探しに?」

 レンは最初に自分の他にも誰かいなかったか?と尋ねていたのをサードは思い出したのだ。推測したレンの身分からすると従者だろうとは思うのだが・・・あそこまで焦って外に出たがった理由もそれなら分かる気がした。人命救助なら―――

 しかしサードの予想は当たらなかった。レンは否と頭を振ったのだ。

「――先に進みます」

「へぇ~以外と冷たいんだな。ま、どうせ取るに足らない従者って事か?」

「――優先順位です。もう既に、まる一日が経過したあの状況で、生存の可能性は低いと思います――」

「可能性が全く無い訳でも無いのに?本当に冷たい――」

 サードは隠れ家の入り口を隠し終えるとレンを見て言葉が止まってしまった。淡々とした言葉とは裏腹に、レンの顔は苦渋の色を浮かべていたのだ。それは見ている此方がつらくなるような表情だった。

「――悪かったな。つまらん事言って・・・心配して無い訳ないのにな」

「いえ――」

 サードがあっさりと謝るので、レンは驚いて口の悪い男を見た。そして更に驚く。


 洞窟は薄暗く、分からなかったがサードの無造作に長い髪は燃える炎のように赤かったのだ。しかも瞳も赤だった。火の龍でもここまで赤い色はそういないだろう。ラシードはその龍力に相応しく真紅だが、この男の赤とはまた違っていた。ラシードは紅玉のような透きとおった無機質で冷たい感じだが、目の前の男は本当に炎のようだった。その姿はまるで伝説の神々を乗せて天空を駆け巡ったと云われる炎馬のようだった。

「何じっと見てやがる?ふん!」

 サードは器用に頭に布を巻きつけ髪をまとめて目立たなくしていった。いつもそうしているのだろう。

「で?ドコに行く訳?」

 レンは尚更、この男に不審を抱いてしまった。こんな印象的な容姿で噂にも上らないのは十分用心に値した。

「あなたこそ、このような人里離れた所で何をする予定だったのですか?――これは失礼いたしました。私には関係ございませんね。どうぞ、ご自身の用事をお済ませ下さい」

 サードは呆れたように大仰に溜息をついた。

「オレには関係無いから、さっさ、とドコかへ行って自分の用事をやれっ、て事かい?」

 穏便に別れようと思っているのに、本当に勘に障る男だとレンは思った。黙って立ち去ればいいのについ反応してしまった。

「・・・・・あなたの言い方をすればそういう事でしょうか?」

「喧嘩するつもりはねえよ。オレはこの洞窟にある金になる苔を採取して坎龍州に行って金に換え、ガガラの薬を買いに行く途中だ。あれは坎でしか手に入らないからな。同じ方向なら一緒に行ってやるが、違うならココでお別れだ。お前に付き合う義理は無いから勝手にしたら?」

「・・・・・・・・」

「黙っているところを見ると同じ方向ってな訳だ。決まりだな。じゃ、早速出発するとするか?」

 レンは、この失礼な男に反論したかったが何も言えなかった。冷静に考えれば何の装備も無いまま自分一人でこの山を越え、目的地へ到達するのは難しかった。嘘か真か定かでは無いにしろ、この男は誠実に自分の目的を告げ、レンの行動を促してくれたのだ。粗野な男だが、目的地が違ったとしても何だかんだと言いながら同行してくれるような気もした。

 かくして龍力の無い龍と、宝珠である事を隠す宝珠の奇妙な二人組みは坎龍州へと急いだのだった


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