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レンの想い

「ふん!お前の話なんか聞きたくも無い!まだここに居る方が驚いたぜ!厚顔無恥とはあんたの事を言うだろうな!」

「まあーそれを言うのならクレアが恥じ知らずだわ。彼女は貴方に取り入って、しっかりレン様を狙っていたのですもの」

「馬鹿なこと言っているんじゃないぞ!」

「馬鹿はどっちかしら?知らないのは貴方だけ・・・私聞いてしまいましたのよ。二人で入っていった部屋で話していた事。あの二人、閉じ込められた洞窟で口づけをしたみたいですわ。それでそれがどうとか言っていましたのよ。レン様があんな貧弱な娘を相手にする訳ないのですから、クレアが迫ったに違いありませんわ。そしてどうしてくれるのかと脅迫していますのよ。これだから下々の者は品が無くて嫌ですわ」

 ダーラはそう言うと声高々に嗤っていたが、ぎょっとして嗤いを引っ込めた。目の前のサードが逆毛を立てるように激怒していたからだ。

「おいっ!女!品が無いのはお前の方だ!その話、他で言って回るなよ!もし言ったらお前の首へし折ってやるからな!」

「ひっ――っ!」

「返事は――っ!」

「わ、分かったわよ!」

 ダーラは慌てて走り去って行った。あんなに怒るとは思わなかったが成功だと、ほくそ笑んだ。


 そんなやり取りがあったとは知らない二人が戻って来た。

「クレア、大丈夫か?」

 サードは気遣うように声をかけた。

「はい、大丈夫です。すみませんでした。仕事に戻りますね」

「無理すんなよ」

 はい、と微笑んでクレアは残っている仕事に取り掛かった。

「おいっ、レン。話しがある」

「サード?」

 いつにない真剣な顔をしたサードをレンはいぶかしんだ。そして再び、個室へと入って行くと、サードが唐突に聞いてきた。

「レン、お前、クレアが好きなんだろう?」

「な、何を急に・・・私が?そんなこと有り得ない・・・」

 サードのいつもの事とは言え直球な物言いにレンは動揺してしまった。

「好きじゃないのに唇奪ったっていうのか?」

「なんっ!何故それを!」

「ダーラがあんたらの話しを盗み聞きしてわざわざ教えてくれたよ。クレアがあんたに迫って誘惑しているってな!」

「馬鹿な!彼女はそんなことしない!あれは私が・・・」

 言いかかって口をつぐんだ。誤魔化せばいいものを白状してしまったのだ。

「やっぱり、あんたからしたんだ・・・クレアじゃないとは思ったけどな・・・」

 レンはその言葉を聞いて、むかっとなった。何故、サードがそんなにクレアを信用しているのか?二人の間に見えない絆がある感じで嫌な気分だ。


「サード、貴方こそクレアが好きになったのではないですか?」

 考えられるとしたらこれしかない。今までの色恋沙汰の場合、彼の怒る矛先はいつも周りの者達だった。それなのに今回はレンに向けられているからだ。

「オレがクレアを?好きか嫌いかと言われたら好きだぜ。だがな、あんたがクレアに持っている感情とは違うけどな!」

「わ、私の感情?」

 驚いたように言うレンにサードは呆れた。

「あんた、オレを誤魔化そうと思った訳じゃなくて、本当に自分で気が付いてないのか?呆れるな・・・まったくよ・・・」

 サードはレンを常日頃見ているから彼の変化は見て取れた。だから彼がクレアに心が傾いていると感じていたのだ。そしてダーラの密告に確信を持った。怒ったのはあくまでもダーラに対してだった。浅はかな馬鹿娘が二人の事をあれこれ言って回れば問題が大きくなると思ったのだ。今、二人の関係は微妙なところだろう。だから余計な騒動は避けたかったのだ。

 虫除けにいいとは言っても、レンが何時までもアーシアの事を綺麗ごとで飾っているのは彼の為に良いとは思っていなかった。宝珠の位置を譲るつもりは無いが、恋人の位置は誰か座っても仕方が無いと思っている。その誰かが問題だっただけだ。サードはそれが誰でも良いとは思っていないし、今までこれと思った者もいなかった。


(そうさ、クレアならいい・・・クレアじゃないと駄目だ!)


 サードはレンには彼女じゃないと駄目だと思った。人に安らぎを与える翠の龍は他人にそれらを与えても、自分は何時も心の奥に寂しさを抱えているようだった。サードは彼に退屈しない色々な刺激を与えることは出来ても、心の奥底に漂う空虚さはどうしようにも無かった。それをクレアの持つ何かがレンを癒していると直感したのだ。

「レン、あんたがアーシアの事が好きっていうのはさ、よ~く知っているよ。でも本当に女として好きだった訳?あんたの言いたい事は言わなくても分かるさ!彼女が好きなのは紅の龍だし、二人は相思相愛なんだからとか、色々自分の中で理由を付けている。だから自分はアーシアの幸せを願って見つめているだけだって言いたいんだろう?馬鹿馬鹿しい!一度ぐらい迫ってみたことあるのか?どうせ無いだろう。どうせ嫌われたく無いからとか言う理由だろうけれどな!オレから言わせれば阿呆さ!」

 レンは心の神聖な部分に、無理やり土足で踏み込んで暴こうとするサードに憤りを覚えた。滅多に怒らない彼の形相がその怒りで変わっていた。

「サード!何も知らない貴方に色々言われるのは不愉快です!」

「じゃあ、クレアに口づけしたのは彼女に嫌われたって良いと思っていた訳?アーシアには嫌われたく無かったからしなかった。だけどクレアだったならいい訳?」


 レンは嫌われても良かったのか、と問われて愕然としてしまった。そんな事まで考えた行動では無かったからだ。あの時は本当に自然にそうしてしまったのだ。言葉を無くしたように驚いた表情のまま黙り込むレンに、サードは追い討ちをかけた。

「アーシアの時は色々考えて手は出さなかった。でもクレアは違う。彼女だってオレらが知らないだけで好きな奴がいるかも知れないし、実はコラードと将来誓い合っているのかも知れない。そんな事を考える余裕も無く手を出したんだろう?答は出ているんじゃないのか?どうなんだ?レン」

「私は・・・違う・・・そんな気持ちでは・・・」

 サードはレンの呆然としている様子を見て、一応今日のところ此処までかと思った。

「・・・・まあ・・あんたは見かけによらず頑固だからな。長年の気持ちも簡単には捨てられないだろうけれど、せいぜいよく考えるんだな。手遅れにならないうちにな」

 レンは黙っている。本当に頑なな頑固者だとサードは思った。そしてレンを残し部屋を後にした。

「サードさん、お話は終わったの?」

 働き者のクレアはまだせっせと働いていた。サードを見かけるとその手を止めて微笑んでいる。


(本当にイイ奴さ、クレアは・・・レンの奴、誰かに先越されてもオレ知らね~からな)


 クレアはレンの事が好きだろうと、サードは思っていたが今はその勘が揺らいでいた。そう感じていたものは、ただ尊敬しているだけなのかもと思ってしまうのだ。彼女のレンに対する淡白な態度がそう語っていた。もちろん口でもそんな気は無いと公言している。


(ああ――っ、くそっ!ぐちゃぐちゃしてオレが一番苦手な話だ!結局、レンはクレアが多分絶対、好き。そしてクレアはレンの奴をそんな対象と思っていない。そしてオレは二人がくっついて欲しい。やっぱりレンが自覚して本気でクレアに迫って貰わないと駄目じゃんか!)


「サードさん?どうしたの?」

 思いっきり険しい顔をして悩んでいるサードに、クレアが心配そうに声をかけた。

「あのな!クレア!うう・・・・やっぱ、こればかりは本人じゃないとな・・・」

 レンの気持ちを代弁してやろうかとも思った。

「何が?」

 変なサードにクレアは一層心配になって彼の顔を覗きこんだ。

「ああ――っ、もうっ!おまえはイイ奴だな!本当にイイ奴だ!」

 サードは彼女を、ぎゅっと抱きしめた。感情表現の豊かな彼はよくそんな態度をとる。クレアにしてみれば大型犬にじゃれ付かれているみたいだった。

「サードさん、急にどうしたの?ねぇ?ちょっと・・・」

 その時、レンが戻って来た。そして目の前で展開している二人の抱擁に、さっきまでの動揺は吹き飛び怒りが込み上げてきたのだった。自分をたきつけていたサードが、その相手と抱き合っているのだ。全く理解が出来ないものだった。

「あっ、レン様?ちょと、サードさんったら。レン様が睨んでいらっしゃるわよ。仕事しましょう」

 サードはクレアに抱きついたまま顔だけレンに向けた。


(うわぁ~わかりやすい奴!嫉妬するぐらいなら素直に認めろってんだ!)


 サードは、さっとレンから顔を背けると、クレアにじゃれ付いたまま喋った。

「なぁ~クレア、明日の晩飯さ、一緒に食べようぜ!ちょっと下に行った所にうまい店見つけたんだ。オレが奢ってやるからさ!」

「レン様と喧嘩でもしたの?」

 クレアが小さな声で聞いた。

「なんで?」

「だって、何時もならレン様を誘うのに、私を誘うなんて珍しいもの」

「誘ったってあいつは殆ど付き合ってくれないからな。心の広いオレ様もいい加減諦めたさ・・・なぁ~可哀想なオレに付き合ってくれよ」

「・・・仕方が無いわね・・・」

「ありがとうな!クレア」

 サードはそう言って腕を解くと彼女の頬に接吻した。

「きゃっ!もうっ!」

「ははっ!オマケ!」

 そして反対側の頬にも軽く口づけた。端から見ればまるで仲の良い恋人同士のようだった。夜の食事の約束をしていたと思ったら、何やらひそひそ二人で話して終いには・・・・レンはもう完全に怒ってしまった。それは今まで経験の無い感情だった。

「サード!私もその店に連れて行きなさい!」

 サードはニヤリと笑った。

「ああ、いいよ。オレの言いたい事、分かったんだろう?」

 その言い方にサードがわざとやったのだと気が付いた。

 アーシアへの想いと違うクレアへの感情―――アーシアとラシードがどんなに仲良くしていても心が少し痛むぐらいだった。しかし今この二人を見た時は嫉妬で心が張り裂けそうだったのだ。サードに激しい怒りを覚えてしまった。


(これがサードの言っていた本当の恋情なのかもしれない・・・・)


 レンの怒りは潮が引くように去り何時もの柔和な笑みを湛えていた。

「ええ、良く分かりました。でも、サード、もう一度確認させて頂きますが貴方の気持ちは私とは違うのですよね?」

 微笑の中に最後の方の言葉には刺すような冷たさがあった。


(こ、こえなぁ~こういう風に笑っているレンが一番怖いんだよな。意識した途端これかよ?)


「サード?」

「あ、ああ。もちろんさ!オレは全面協力さ!」

「そう、それは良かった。名乗りを上げても容赦しませんけどね」

「はははは・・・・」

 クレアは話の内容は分からなかったが二人が和解したのだと思った。安心して微笑んでいると明らかに今でとは違うレンの視線を感じた。それは洞窟で少しだけ垣間見たようなものと同じような?

「クレア明後日でここでの仕事ももう終りです。だから頑張ってくれたご褒美に明日の夜街に食事に行きましょう。私がご馳走します。息抜きにお洒落でもしたらいいですよ」

「えっ!でも・・・私は自分の仕事をしていただけだし・・・それにお洒落なんて・・・」

「ああ、これは私が浅慮でした。出張だからそんな用意は無かったですね。後で何か似あいそうなのを届けさせましょう」

 クレアは、ぎょっとした。

「そ、そんなつもりで言ったのではありません!」

「いいから、いいから。それに連れて行こうと思っている所は盛装しないと駄目な所ですからね。たまにはいいでしょう。断りは受け付けませんよ」

「で、でも、さっきサードさんと明日の食事は約束したので・・・」

 サードは呆れてしまった。レンが積極的に誘っているのにクレアがのってこないからだ。豪華な食事に連れって行くし、衣も買ってやるって言っているのに・・・普通の女達なら大喜びで受けるだろう。


(クレアらしいけどさ・・・レンはやっぱり眼中に無いってか?)


「サード!貴方の約束は今度でもちろん良いですよね?」

 レンが微笑みながら視線を流してきた。


(うひゃ~こえぇぇ・・・)


「あ、ああ、もちろん」

「あの、レン様。サードさんも沢山手伝ってくれましたから一緒に行っては駄目ですか?」

「サードも?」

「オ、オレは良いよ。二人で行って来たらいいさ!なぁ~レン」


(クレア、頼む!奴と一緒に行ってくれ!そうじゃないとオレが嫌われる)


 レンは戦々恐々とするサードの顔と不安そうなクレアの顔を交互に見た後に、力み過ぎていた肩の力を抜いた。

「サードも行きましょう。三人の方が楽しいでしょうしね」

 クレアは嬉しそうに微笑み、サードは仰天してしまった。クレアを抜きにしてもレンがサードを何かに誘うことなど無いに等しいからだ。誘うのは何時も自分だしそれに文句を言いながら付き合って来るのがレンだったのだ。


(何だ?この感じ・・・何か、くすぐったい・・・)


 レンとクレア、そして自分。やっぱり理想な組み合わせだとサードは思った。


(しかし、まぁ~前途多難だよな。レンもオレも・・・オレなんか何年越し?契約してくれないしさぁ~レンの方が早くクレアをものにするかもな。あ~やだやだ)


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