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口づけの意味は?(2)

「ああ――っ!何だあれ!クレアを口説いているのか?」

 丁度その頃、作業を終えて戻ろうとしていたサードがクレアとラシードが見つめ合っている場面を指さして言った。

「馬鹿なことを・・・ちゃんとアーシアも隣にいるでしょう」

「でもさ!あいつは昔から女タラシだろう?」

「それは昔の話ですよ。昔の・・・」

 レンはそう言いながら親密そうに見つめ合っている二人が気になっていた。サードが言うように、ラシードが口説くなど有り得ないが、クレアが恋するのは自由だ。彼は女性が恋するには十分な魅力だろう。今でもアーシアという恋人がいるのに恋をしかけてくる女性は数多くいる。レンは胸の奥に何かが重く圧し掛かるものを感じた。サードはというと慌てて走って行った。

「おいっ!クレア!」

「あっ、サードさん!お疲れ様でした」

 振向いて微笑んだクレアを、サードはラシードの側から引き離すように腕を荒っぽく引っ張った。


「サード!そんなに強くクレアを引っ張ったら腕に痣が出来るでしょう!」


 レンはその様子を見ると何故か気分が悪かった。だからつい大声を出してしまったのだった。

「えっ?あっ、悪い!」

 サードはぱっと手を離したが、ラシードは驚いた様子で見ていた。レンらしくない態度に気が付いたのだ。そして苦笑する。

「ラシード、何、笑っているの?」

「くくっ・・嫌、何でもない。アーシアには分からないだろうから」

「何?何よ!私が分からないって!」

 アーシアはふくれてラシードを叩いたが、彼はそれ以上何も言わなかった。レンのアーシアに対する気持ちは昔から知っていたし、それを彼女に知られたく無いと思っているのも知っている。だからアーシアに言う訳にはいかない。しかしその長年抱き続けていた気持ちに変化が出ているのに気がついてしまったのだ。


(レン、もうそろそろ気が付いてもいい頃だろう?ただ黙って見守っていけるような恋は本当の恋じゃない。誰にも渡したく無いものが本当の恋なんだからな)


 ラシードは戻って来たレンを意味有り気に見た。

「ラシード、何か?」

「嫌、何でも無い」

「・・・・・・・・」

 レンはラシードの何か言いたそうな感じが気になったが、案件が片付いた今はクレアの事で頭はいっぱいだった。合意もしていないのにいきなり口づけをしているのだ。その時の気持ちは自分でも分からない。

 その後、アーシアとラシードは天龍都へと戻って行き、レンは休む間もなく州城へ事後報告へと出かけて行った。残されたクレアは休息をとるようにと宿舎へ向ったのだった。

 クレアは与えられている部屋に入り、どさりと寝台に倒れこんだ。薬が切れかかり限界だったのだ。だから色々考える余裕が無かった。震える手でポケットから薬の小瓶を出し一口、それを飲んだ。そして大きく息を吐き、仰向けに寝返りをうった。


(・・・危なかった・・・)


 クレアは、ほっとしていた。薬をレンの前で飲む事は出来なかった。独特な香りのする薬はレンならそれが何の薬なのか直ぐに気が付くだろうからだ。それに薬が切れた時、もう自分がどんな状態になってしまうのか考えられなかった。きっと酷い有様だろう。

「神様・・・私は後どれくらい生きていられますか?」

 クレアは呟くような声で天井を見ながら言った。今日はもう死んでも良いと思えるぐらい幸せな時を過ごした。夢にまで見た・・・夢を見る事さえ考えられなかったもの・・・それが現実に起これば〝もっと〟だと欲が顔を出しそうだった。だからクレアはその想いを心の奥へ閉じ込めた。そして瞬きをした・・・・瞬き?何度も瞬きをしてみた。

「え?まさか・・・そんな・・・」

 クレアは瞳をしっかり開いているつもりだった。つもりなのに・・・何も見えないのだ!何も見えない真っ暗な世界―――いきなり自分は死んでしまったのかとさえ思った。

「何も・・・何も感じない・・・」

 自分では両手で顔を覆ってみたつもりでも、その手や顔に触っているという感覚が無かった。

「私・・・私は死んでしまったの?」

 震えながらそう呟いたが、その声が聞こえることに気が付いた。クレアは、ほっとした。すると朧気に視界が戻ってきたようだった。いきなり見えなくなった時とは違って霧が晴れていくように周りが見えてきたのだ。

「コラードが言っていた様になっただけみたい。でも良かった・・・」

 頭に巣食うものは進行すれば神経を圧迫して目が見えなくなったり、物が持てなくなったりするかも知れないと言われていた。目は一時的みたいで一応回復はしたけれど感覚は少し鈍ったままだった。クレアは手を何度も握ったり開いたりしてみた。

「大丈夫、大丈夫・・・私はまだ大丈夫・・・」

 祈るように震える声で何度も呟いたのだった。


 そして夕方頃、クレアは部屋から出て患者が集められていた診療所に向うとそこにレンの姿があった。クレアは慌てて駆け寄って行った。

「申し訳ございません!私だけ休ませて貰って!」

「クレア?今日は出て来なくて良かったのに・・・」

 レンは彼女と今日は顔を合わす事は無いだろうと思っていたところ、不意をつかれてしまって動揺しそうだった。

「そうだぜ!クレア、オレ様がお前の分ぐらい働いてやっているんだからな」

 レンと共にいたサードは笑いながらそう言った。

「サードさん、ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」

「クレア、顔色が良くありませんね?向こうで診察しましょう」

 クレアは診察と聞いて、ぎくりとした。

「い、いいえ!大丈夫です!」

「そうはいきません。さあ、別室でしましょう」

 クレアはどうしようかと考えたが、剥きになって断っても逆に怪しまれると思い直した。先に進んで行くレンの後に付いて行き始めたが、その後にサードも付いて来るようだった。しかしレンが直ぐそれに気が付き振向いた。

「サード、貴方は遠慮して下さい」

「何でだよ」

「別室でするのですよ。クレアが恥ずかしいでしょう」

「あっ、そうか!悪い。一応、クレアも女だもんな!はははっ。クレア、オレのレンを襲うなよ!」

「サード!」

 レンが慌てたように叫んだ。

 こんなに焦っているレンは珍しく、サードは驚いて瞳を見開いてしまった。女性を別室で診察するのは着衣したものを脱ぐ場合がある。だからクレアに向って裸でレンを誘惑するな、とからかったつもりだった。それにレンが焦る意味が分からない。


(何だ?あいつ・・・)


 二人が消えて行った部屋を見つめながらサードは面白くなさそうに鼻を鳴らすと仕事に戻ったのだった。

 そして二人きりになった部屋でクレアは洞窟の中を思いだしていた。多分レンもそうだろうと思った。そして考えている事も薄々感じた。

 レンは診察とは口実で、クレアと二人だけで例の件を話したかっただけだった。

「クレア、ここに座って・・・」

 レンはクレアに椅子を引いてやりながら座らせると、自分も小さなテーブルを挟んだ向こう側へ腰掛けた。

「クレア、実は診察とは嘘で・・・二人だけで洞窟でのことを話したかったのです。サードがいると大変だから・・・」

 クレアは思わず、ぷっと吹き出してしまった。

「クレア?」

 今からレンが話したいと言うのはやはり例の口づけの件だろうと思ったが、サードに聞かれると大変だと言ったレンの言葉が可笑しかった。まるで浮気を気にする夫ようだったからだ。

「す、すみません。本当にそうだなぁ~と思ったので。あの事をサードさんに知られたら大変だと思って。そうなったら私、彼にここから追い出されてしまいます」

「追い出される?じゃあ・・・貴女は・・・」

 サードが追い出す標的はレンに好意を抱いている者達だ。クレアは自分の事を?と思ったが、確信が持て無いので言いよどんでしまった。それはそれで困るものだ。


「あれは忘れませんか?あの時は普通じゃない状況で、精神的におかしかったと思うのです。別に初めてだった訳でも無いのですから、私は全然気にしていません。皆が憧れるレン様とだなんてちょっと得したとは思っただけで。だから何も無かったことにしませんか?」

 口づけは生まれて初めてだったし、もう死んでも良いと思ったぐらい嬉しいものだったのにクレアは明るく嘘を言った。

 レン自身とても悩んだのに彼女の何でもないと言う態度を見ると、何故か腹が立ってきてしまった。

「貴女はそういう気持ちだったのですか!」

「え?」

 レンの大きな声を出して怒っている姿を余り見た事が無いクレアは驚いてしまった。彼は何を怒っているのだろうか?

「貴女は経験豊かだから、あんな口づけなんか少し得をしたと思うだけで何も感じないと言うのですね!」

 クレアはやっぱり彼の怒っている意味が分からなかった。しかしここはレンに恋愛感情を持っていると気づかれる訳にはいかない。それに自分がサードのよく言う、レンを狙う女性達のようだと思われたく無かった。

「申し訳ございません。そう言うつもりで言った訳では無いのです。私はそれぐらいで貴方に何も要求や期待などしないと言いたかっただけです・・・私はあくまでもレン様の看護婦であり他の何者にもなるつもりはありません」

「そういう意味では――」

 レンはそう言いかけて、どういう意味だと言おうとしたのか言葉に詰まってしまった。不埒な行為をした自分に彼女は気にしていないと言う他に、サードが追い払うような女では無いと言っているようだった。気にされていないという事がこんなに腹立つものとは思わなかった。

「・・・・・分かりました。クレア、貴女の言う通りあれは何でも無かったという事にいたしましょう。女性に失礼な事をした私を許してくれると言う、貴女の寛大な心に甘えさせて頂きます」

「ち、違います!」

 クレアは弾かれたように思わず口走ってしまった。

「何が違うのです?」

「あの・・・・その・・何でもありません・・・」

 クレアが許す、許さないとか言うようなものでは無い。でも本当の気持ちを言え無かった。だからレンの誤解を解く訳にもいかない・・・

「ではこの話はこれで終わりましょう」

 気まずい雰囲気の中、二人は個室から出て行ったのだった。

 その少し前にこの二人の話しを盗み聞きしていた者がいた。それはダーラだ。その話の切れ端を聞いた彼女満面の笑みを浮かべるとサードの所へ向かった。サードはとにかくレンに近づく女を嫌うので有名だ。これを教えればクレアは直ぐに追い出されるだろうと思ったのだ。


「サード、良いこと教えてあげてよ」


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