魔境の贄
翠の龍レンは昔した人気投票で連載中だったのかもですが・・・ラシードを抑えて一位でした。完結した後に救済措置で彼の話を追加するぐらい四龍の中でも影が薄かったのですがね(笑)今では私も一番好きになりました。なので、この物語は3部作になっています。主役達より話は長いかもです。私はこのシリーズがとても好きです。みなさんも気に入って頂けると大変嬉しいです♪
1部はサードとの出会い。2部はクレアとの出会い。3部はクレアとのその後。という感じです。
その少女は何時も花のように微笑んでいた。誰もが魅了されずにはいられない。
彼女が幸せならそれで良いと自分に言い聞かせていた。そう・・・いつも・・
月の光の色をした聖なる乙女アーシアは宝珠だった。
宝珠とは特殊な力を持つ龍と呼ばれる者達の、その力を増幅する事が出来る貴重なる存在なのだ。
貴重なるもの―――宝珠は生涯、只一度だけ龍と契約をする。
龍は宝珠を乞い願う―――それはまるで恋に焦がれるかのように。だが選ぶのは宝珠であり龍では無かった。数多の龍の中から自分の生涯の伴侶とも言うべき只一人を選ぶのだ。
〝龍は宝珠に恋し乞い焦がれる〟
微笑む彼女の横には真紅の瞳をした戦友がいる。共に彼女を氷結の封印から救い出し、共に戦った・・・・そして選ばれたのは自分では無かった―――
もう心の整理はついていると思うのに、何も考えないようなこんな日は、ふと苦い想いが湧き上がってくる。
その苦味を呑み込みながらレンは何処までも澄んで晴れ渡った空を翼竜で移動していた。大きな翼と長い尾を持つ翼竜は騎乗するレンの手綱に合わせて大人しく飛行している。彼の秀麗と言う表現さえ恥入るような美しい貌に、風になびく漆黒の黒髪と翡翠の瞳―――
彼は各龍の首座とも言える四大龍の一つである、大地の力を源とする「翠の龍」の称号を持ち、治癒と防御力は大陸一だろう。
魔龍王ゼノアを斃し、輝く陽の龍を新しい世界の王と戴いた昨今でも、旧勢力の小競り合いは続いている。特に首都である天龍都から遠くになればなる程、勢力は増しているようだった。千年にも及ぶ膿は少々の事では出てしまわないらしい。
そんな中、レンは天龍王カサルアの命を受けて北の坎龍州に向かっていた。
――数日前――
「お召しにより参上いたしました」
レンは火急の呼び出しを受け、天龍都の青天城に急ぎ伺候した。
「すまない。今朝戻って来たばかりだと言うのに急がせてしまって」
「いいえ。何か問題でも?」
レンが通された部屋は公式の場では無く、どちらかと言えばカサルアの私的な部屋のようだった。だからその場には銀の龍であるイザヤしか居なかった。
カサルアはチラリ、とイザヤを見て視線をレンに戻すと声をひそめた。
「レン、実はかなり困った事が起きている。この事が皆に漏れると恐慌が起きてしまうだろう――最近、同じような病気が流行っているのは知っているな?」
「はい、確かに。しかし特に難しいものでは無く、完治も早いと報告を受けておりますが」
「今までは――だとしたら?」
カサルアは更に低く言った。
レンは、はっ、としてイザヤを見た。
銀灰の無機質な瞳がレンを見返して、その答えを告げた。
「私が情報を操作している――その病気は最近では変容し、毒性が強く死に至るうえに広範囲に伝染する――」
「皆が皆、死に至るのでは無いが確実に死亡する確率は上がっている。しかも大抵が力無き者達だ。このままでは全州に広がっていくのは時間の問題だろう」
レンは過去の酷似した記述を思い出した。やはり強力な伝染病で大陸の半分の数に相当する人命が失われた事があったと云う。しかしその病原菌は撲滅した筈だった。
「な、何故その事を早く私にお知らせ頂けなかったのですか?都を留守にすることが多いと言っても、早い段階でしたらまだ抑える事が出来ましたでしょう?」
「――レン、本当にこの数日の展開だったんだよ。しかもあの男を捕まえていなければもっと気づくのは遅れただろう――この災害は人為的なものだ」
「!」
カサルアの続きをイザヤが話しだした。
「私の部下がたまたま不審者を捕らえたところ、その男から出た内容に流石の私も背筋が凍る思いがした。かの大厄災〝魔境の贄〟の菌を作り出し、この都へ運んだそうだ。手を尽くしそこまで聞きだしたが、誰が何の目的でそうしたのか吐かせる前にその男も発病してしまった。だが、熱に侵され朦朧とした中で男は手がかりを喋っていた。奴は自分が発病するとは思っていなかったらしかった」
「発病しないと思っていた?予防薬?違うでしょうね以前の〝魔境の贄〟ならそのようなものは存在していなかった・・・・」
レンは何か思いついたように翡翠色の瞳を見張った。
「もし、本当に〝魔境の贄〟を人工的に作り出したなら、作った本人がそれに侵されてしまっては話にならない。予防薬もしくは治療薬は、たぶん実在するのでしょう」
「私もそう思う。死んだ男は口封じの為に使い捨てだったのだろう。嘘をついて敵地へ赴かせたと言うところか」
「レン、いずれにしても今はイザヤがこの情報を出来る限り抑えて対処しているがそう長くはもたないだろう。そうなれば民衆は病気よりも先に心を乱して更なる厄災が起きてしまう」
確かに〝魔境の贄〟の大厄災の時がそうだった。大げさになっていく情報に振り回された民衆は、発症した者が一人でもいる家や町を見境なく焼き討ちにしたりして、罪の無い者達が多く死んでいった。
イザヤもそれは十分承知していた。
「今はまだ、単なる流行病ぐらいにしか思っていない。隔離をして対処はしているが、死人が多くなりすぎるとそれも難しくなる・・・・」
「では、私は急ぎ治療を!」
「いや、レン。それはいい――無駄なんだ。治癒を施しても症状を抑えるだけで治らないんだ。だからレンは、その治療薬を探してきて欲しい」
「治療薬を?場所の検討がついているのですか?」
それにはイザヤが答えた。
「これだけの計画なのだから、それなりに試して実行したに違い無いと考えて似たような実例を探したところ、坎龍州の田舎町でそれらしきものを見つけた。しかも加担していた男は坎龍州出身のようだった。手がかりはこれだけしか無い。その地が本当に拠点なのかも分からない」
「こういう状況でかなり無謀だと思うがレン行ってくれるか?」
「もちろんでございます。早急に調べます」
時間の猶予は無かった。一刻も早くその首謀者を捕まえ全貌を明らかにして手立てを講じなくてはならない。しかし、相手もそうそう捕まるような馬鹿でも無いらしい。イザヤの情報網をもってしても手がかりが無さ過ぎるのだ。こうなったら直接行動に出るのが最も有効だと判断されたのだった。
まさか敵もこのように迅速に、しかも四大龍の一人を送ってこようとは思ってもいないだろう。敵に悟られず隠密に潜入する為に、次元回廊は使わず翼竜で移動している次第だ。同行者は連絡係としてイザヤの配下二名のみだった。現地の様子を確認後、応援要請する手筈だ。
後少しで目的地の坎龍州に差し掛かる時だった。大人しく飛行していた翼竜が急に暴れだした。それもその筈、天敵のガガラの群れが急に現れたのだ。獰猛のうえ爪は猛毒を持つ巨大な肉食鳥のガガラは滅多に住処から出て来る事が無い。だが他州へと渡って来たのを考えると、この冬は食料が乏しかったのだろう。
レンは龍力を発動すれば目立つので出来れば使いたく無かったのだが、悠長にしている余裕は無かった。しかしその前に、カサルアから施された龍力制御装置の腕輪を外さなければならなかった。だが、もうそのような余裕も無く、瞬く間に翼竜から振り落とされて地上へと落下してしまった。最後に目にした光景は青い空に真っ白な雪が舞い始めていた。翼竜の甲高い鳴き声と、骨を砕いて咀嚼する音が遠く響きわたった―――
男は空を見上げた。天候が変わりそうだった。
「今日から吹雪きそうだな。やれやれだ」
近くでガガラの群れが騒いでいるのも聞いた。
「やれやれ、今日はとんだ災難かもな。見つからないよう林を抜けるか」
大きな体のガガラは、木々が群生している場所を好まないのだ。見つかったら最後、食われてしまうのだから遠くへ去って行くまで隠れるしか無いのだ。
「まったく、ガガラの奴、大人しく坎龍州の僻地でウサギでも追いかけていたらいいものを、こんな隣の艮龍州まで出張ってきやがって!おちおち外へ出られやしねえ!ちっ、やっぱ雪まで降ってきやがった」
男は悪態をつきながらガガラが寄り付かない林へと向かって行った。木々は寒々とした枝を風に揺らし、遠い春を待っているかのようだった。地面には真っ白な雪が結構深く積っていた。誰も通らない山岳地帯なのだから当然だろう。
その白銀の中にぽつりぽつりと真っ赤な花が見えた。
「花?違う・・・これは」
血だ!と思った瞬間、男は思わず上を見上げた。
真冬の大木に咲いたまるで花のような人物がその枝に突き刺さっていた。絹糸のような漆黒の長い髪が枝に絡み、雪より白い美しい貌は青ざめ、肩に突き刺さった傷口から真紅の血が滴っている。
男はその壮絶なまでの美しさに声が出なかった。
翼竜から振り落とされたレンが林のおかげで地面へ叩きつけられる事は無かったが、その代わり大木の枝に突き刺さってしまったようだった。
レンの瞼が少し動いて苦痛に顔を歪めた時、男は現実に引き戻された。
「こいつは酷いな。女か?違うか・・・」
男はちょっと残念だと思いながらレンの救出にかかった。木の枝を足場に上り、自分の身体とレンを幹に縄で結びつけるとレンの肩に突き刺さった枝を切り落しにかかった。しかし、人間一人を支えただけあってそう易々と折れてはくれなかった。枝を揺らす度にレンにも苦痛を与えていた。仕方なく、逆にレンをその枝から抜き取る事にした。
「こんな所で枝を抜きたく無かったんだけどな。止血がまともにできねえし・・・しゃあないか。別嬪さん、ちょっと我慢しろよな。せえ~のっと」
男はレンを深く抱いて一気に枝から抜いた。血も一気に吹き上げて辺りを真紅に染め上げた。
レンはその激痛で覚醒したが、目の前には見知らぬ男がニッと笑いかけていた。
「別嬪さん、すげぇ~根性だな。痛かろうに叫び声一つ上げないんだな。驚いたぜ!」
男はそう言いながら、レンを抱えてするすると木から下りて行った。
レンは朦朧とする中で状況を把握しようとした。陽の傾きからするとさほど時間は経って無いのが分かった。一瞬気を失っていただけのようだった。他の者は?辺りを見回そうと首を回しかけたが激痛が走り立っていられなかった。
「おい、無理するな!翼竜の乗っているところをガガラに襲われたんだろう?向こうで翼竜の手綱が落ちていた」
「ありがとうございました。助けて頂きまして・・・私の他には?」
「他?さぁな。それよりもお前、龍だろう?自己治癒でもしたら?」
(かなりの損傷・・・制御装置を付けている場合では無いですね・・・??)
レンは右手に施された腕輪をカチャカチャと扱ったが全く外れようとしなかった。落下の衝撃で何らかの故障が生じたらしかった。しかもカサルアが最新式だと自慢しただけあって完璧に龍力を抑え込んでいるようだ。今の龍力では切り傷一つ治すのがやっとだろう。
(王よ・・・何もここまで龍力を抑えなくても・・・)
たぶんカサルアが自分用に作ったに違い無いとレンは思った。そして大きな溜息をついた。
男はおもしろ半分でレンの様子を窺っていた。何やら腕輪をカチャカチャいじっていたかと思うと、まあ~その容姿に相応しいというか、可愛らしいと言えばいいのか、弱々しい治癒の力が少し出ただけで諦めたように大きな溜息をついたのを見た。
「なあ~お前、自分の傷、治せないのか?一応、地の龍だろう?」
「すみません。駄目みたいです。申し訳ございませんが止血を手伝って――」
レンは言い終わる前に気を失ってしまった。血が流れ過ぎたのだ。崩れる彼を男は支えて舌打ちをした。
「本当に今日はついてねえ」
男はとりあえずレンの傷口を固く縛って止血をすると肩に抱えあげ足早に避難して行った。もうじき陽も暮れる。ガガラは来ないが今度はこの多量な血の臭いを嗅ぎつけた獣が徘徊してくるだろう。奴らを凌げる場所まで逃げなくてはならなかった。