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木梨誠一がそれを初めて見たのは中学生の時だ。
急に金縛りにあった。
金縛りにあったのはその時が初めてだった。
すると真っ暗だったはずの周りがうっすらと明るくなり、そして出てきた。
黒い人の影。
どうやら成人男性のようだが、影だけなのでその容貌はよくわからなかった。
――ひえっ!
怖いが身体が全く動かない。
目も思うように閉じられないのだ。
影は木梨の顔を覗き込んだ。
そしてぶつぶつと何かを言っている。
しかし声が小さすぎて、何を言っているのかわからない。
しばらく影はそうしていたが、不意に消えた。
周りも真っ暗な空間に戻った。
――なんだ、今のは。
木梨は動けるようになっていた。
暑くもないのに木梨は汗だくだった。
それ以来、時折金縛りにあい、影を見るようになった。
影はいつも木梨を覗き込み、何かを言うのだ。
しかし毎回何を言っているのかがわからない。
木梨は怖かったが、誰にも影のとこは言わなかった。
母一人、子一人。
木梨は母子家庭だった。
父は木梨が生まれてすぐに死んでしまった。
それは事故というよりもほぼ殺人に近い。
父はトラックにひかれた。
ひかれてもまだ生きていた父を、トラックの運転手はわざわざ山の中に運び、放置したのだ。
見つけたのは山菜取りに来ていた親子だった。
検死の結果、山の中に捨てられても父は数日間生きていて、苦しみながら死んだのだそうだ。
出血はほぼなかったが、両手両足骨折に、内臓も損傷していたようだ。
しかしすぐに病院に運べば、助かっていたと言う。
運転手はその後逮捕され、重い罰を受けた。
十四年前のことだが、今でも刑務所にいる。
そういうことがあったので、木梨の家庭には木梨以外は母しかいない。
そんな状況で、母に余計な心配をかけたくなかったのだ。
時折影に悩ませられながらも、木梨は中学を卒業して高校生になった。
そして入学してしばらく経ったある夜のこと。
また金縛りにあった。
辺りがぼんやりと薄明るくなり、そして影が出てきた。
ここまではこれまでと同じだったが、大きく違う点があった。
それは影が一つではなかったということだ。
二人いた。
黒い影が。
そして二人して木梨の顔を覗き込み、何かを言うのだ。
――ひやっ!
一人でも怖いのに、二人だとなおさら怖い。
そんな中でも木梨は、二人はどうやら若い男だということに気がついた。
影だけだが、その動きや雰囲気でそう思ったのだ。
そして間違いなく、木梨に何か言おうとしている。
――いったい何が言いたいんだこいつら。