ブルータスお前がか?
カエサルは、馴染みの店で1杯引っ掛けた後、怪しいキャッチに誘われるままに導かれた幽寂たる熟女キャバレーにて酷く酔わされ、酩酊後期の千鳥ウォーキングで友人のブルータスの家に泊まり込み、そして深夜4時頃に二度吐瀉した筈だと記憶していた──。
「新人のアミでーす♪」
ブルータスの隣に浅く腰掛けたのは、ほうれい線が嫌に目立つ年老いた女だった。
「干支は?」
ブルータスが焼酎?を片手に、嫌な顔をしてそう発した。
女の顔色は変わらなかった。
「牡羊よ♪」
「カエサルよ、顔の見た目はアレだが俺と三ヶ月しか変わらないみたいだぞ? これは当たりだな」
によによとカエサルが、頬をつり上げながら焼酎?を煽った。あまりにニヤつくものだから、時折シャツに垂らしてしまい、その度に女が「あらあら」とオーデコロンのキツいハンカチーフで拭くのであった。
「ブルータス、お前バカ?」
そっと小声でカエサルが漏らした。
が、隣女が通勤圏内の好物件だと信じて疑わぬブルータスには、そんな言葉はまるで届かなかった──。
何故こんなになるまで飲んでしまったのか。
カエサルは隣に座った女の口車に乗せられ、何度もおかわりをしてしまった事を酷く後悔した。
「ま! お兄さん強いのね♪ もう1杯いかが?」
薄暗い店内で流れていた昭和の歌謡曲と隣に座ったやけに胸のデカい女の谷間が、不意に頭の中にチラついた。
「うぷっ!」
酒の臭いを思い出し、三度目の吐瀉を迎えた。
咄嗟にテーブルにあったビニール袋を手に取った為中身の確認はしなかったが、吐き気が治まり中を覗くと、買ったばかりの煙草の箱が浮いていた。
カエサルは胸の前で十字を切った──。
「うぅ、今何時だ……?」
ブルータスが前髪をかき上げながら、ベッドから起き上がった。
酒臭い。そう思い、ブルータスは洗面台に向かった。
「──のわぁっ!!」
洗面台から悲鳴にも似た叫び声がした。
カエサルは驚き、慌てて立ち上がる。そして湯たんぽの様な感触が足の裏から伝わった為、足下を見た。
まるで轢かれた毛虫のように、ビニール袋から緑黄色の液体が漏れていた。カエサルはそれを無視する事に決めた。
「大丈夫か!?」
カエサルが洗面台に向かうと、そこには黒髪の長い女が居た。ブルータスの姿は何処にも無い。
「どちら様で?」
「俺だ、ブルータスだ!」
カエサルは片眉を上げて困惑顔を見せた。
「俺の知っているブルータスはヒゲもじゃのオッサンだ」
「何でか知らないが起きたらこうなったんだ! 信じてくれ!!」
「そうは言っても、なぁ……」
「あ、そう言えば昨日の支払い俺が立て替えたんだぞ!? お前酔い潰れてグロッキーだったからな!!」
「よし信じよう」
興奮するブルータスをなだめるように、カエサルはソファへとブルータスを促した。ついでに支払いのことも忘れさせようと、さらりと話題を変えた。
「変な物でも食ったのか?」
「うーん……どうだろか」
アゴに手を当て、ブルータスは考えた。
黒髪の童顔と、控えめに言って全く控えていない胸の圧倒的膨らみ。そして短パンから生える艶めかしい脚の曲線美、カエサルは複雑な思いをした。
「ブルータス、お前のが……」
「なんだ」
「なんでまたそんな美人に……」
「醜女よりは良いだろ」
「それはそうだが……」
カエサルは目のやり場に困り、スッと顔を背けた。
が、見ないことにも耐えきれず、すぐに顔を戻した。
「腹減ったな」
「ああ」
時計を見れば八時を過ぎた頃。朝食にはちょうど良い時間であった。
「何処か食べに行くか?」
「折角の休みだしな。寝て終わりはちと辛い」
二人は近くにある馴染みのカフェへと向かった──。
「ブルータス、お前モカ?」
「いや、キリマンジャロで」
映えに興味の無い二人は、朝食が届くなりすぐに口へと放り投げ、大して味の違いの分からぬコーヒーを、それっぽく飲んだ。
「しかしお前が女になるとはな」
「まだ慣れんな」
「初日だからな」
カエサルがジッとブルータスを見る。
少々酒臭いが、目の前に座っているのは、正真正銘の女人である。元オッサンかどうかは既に彼の頭の中からは消え失せていた。
カエサルは女性服を買いに行くことを提案した。
自分で選んだ服を着させようと、少し躍起になって透け感のあるドレスを強く推した。
「良い……メッチャ良い」
「なんかはずいな」
このまま首でも絞めたら女のまま保存できないかなー。と、カエサルの中に悪魔染みた考えがもたげる。
が、すぐにカエサルは正気に戻り、元オッサンであることを強く噛みしめた。
明日には元に戻っているだろう。これは悪い夢だ。
カエサルはそう思うことにした。
二人で服を選び、ゲーセンへ行き、ランチを食べて、猫カフェへ行った。
それはまるでデートであり、カエサル、そしてブルータスもお互いを異性として認識しだしていた。
「楽しかったね」
「ああ」
時間の経過と共に、ブルータスの口調は女性のような大人しく、そして慎ましいものになっていた。
「……今日……泊まってく?」
「いいのか?」
カエサルはブルータスの家に連泊する事となり、部屋に戻ると、冷えた緑黄色が二人を出迎えた。
「な、なんか緊張するな」
「……そうね」
カエサルは酒を飲んだ。
緊張で味は分からなかったが、多分酎ハイだ。
「ねえ?」
「──!!」
カエサルの背中にブルータスがそっと体を寄せた。
これは間違いなく御セックスチャンス!
カエサルのカエサルがカエサールしていたが、カエサルは事の最中にブルータスがオッサンに戻った場合、アレはどうなのか? と、少しだけ不安になった。
そして万が一を考え、明日もブルータスがそのままだったら朝一でやろう。そう決め、寝ることにした──。
「ぬぁんじゃこるぁぁぁぁ!!!!」
カエサルは朝の四時に大絶叫してしまった。
ドン、と上の階から物言いがつく。
「どうした?」
ヒゲもじゃのオッサンが顔を出した。元美少女のブルータスだ。
やはり一日だけだったか、やっぱりやっとけば良かったな。と、カエサルは舌打ちをしたが、自分の身に起きた珍現象にそれはすぐに通り過ぎてしまった。
「女になってる……!!!!」
「カエサル、お前もか……」
ブルータスはキッチンへ向かい、開き扉を開け、包丁を取り出した。
「ブルータス?」
「明日にあったら戻っちまう……だから」
ギラリ。包丁が夜に光った。
「お前を殺して女のまま保存する……!!」
その目は血走り、理性を失っていた。
「ブルータス、お前もか……!!!!」
緑黄色に血の赤が混ざり、まるで薔薇の花のように、美しい模様が現れていた。