おまけ まあまの日記
2087年2月14日
子どもが生まれた。元気な女の子。立ち会ってくれたまなさんが、何度も、おめでとうと、繰り返し言ってくれた。彼は、立ち会えなかった。
勇者として世間に知られている彼は、此度の戦争に出向かざるを得なかった。私が、身重の体でさえなかったなら、この身一つで、とっくに戦争を終わらせることができていたかもしれない。私のせいで、戦争はいたずらに長引き、犠牲者は毎日増えていく。
たくさんの命と引き換えに産んだ、待望の我が子でさえ、かわいいと、思えない。彼女はあんなにも、嬉しそうな顔をしているのに。私は本当に、ダメな母親だ。
2087年2月19日。
女の子に、アイネと名前をつけた。私のことは、まだ、よく分かっていないみたいだ。すごく小さい。
2087年2月28日
アイネは、私のことが嫌いなのかもしれない。私が抱き上げると、よく泣き、まなさんが抱き上げると、すぐに泣き止んだ。こんなママでごめんね。
2087年10月5日
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。何度、謝罪を書き連ねれば、すべて、なかったことにできる? どうしたら、この罪を償うことができる? まなさんが死んだのに、なんで私はまだ、生きてるの? 誰か、私を殺してよ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい――。
2089年2月7日
一年間、眠っていたそうだ。彼は、私が殺した。私を庇って死んだ。私が、自殺なんてしようとしたから。ああ、もう全部、どうでもいいや。
2089年2月26日
帝国、メリーテルツェットを築いた。ほぼすべての国を滅ぼして、支配下に置いた。やることは多かったが、大変ではなかった。流れた血は多かったが、後悔はない。
2090年2月13日
久々に日記を開いた。書くことなんてなかったし、書く暇もなかった。明日は、アイネちゃんの誕生日。去年は祝ってあげられなかったから、今年は目一杯、お祝いしてあげたいな。
2090年2月14日
アイネちゃんが、3歳になった。3年目の人生、おめでとう。3本のロウソクがうまく消せなくて、フーフー言っているわりに、ちっとも吹けていなかった。
見本を見せてあげようとして、代わりに火を消してあげたら、ものすごく、泣かせてしまった。新しくロウソクを買ってきて火をつけたけれど、イヤだと、また、泣かせてしまった。ケーキもごちそうも、いらないそうだ。誕生日なんて嫌い、って言わせて、ごめんね。
……せっかく、喜ぶと思って、作ったんだけどなあ。
2090年2月15日
アイネが、朝からお城を駆け回って、探しものをしていた。机の下や、カーペットの裏側など。
あまりにも、うろちょろするものだから、何を探しているのか聞くと、ケーキはどこに行ったのかと、半分泣きながら聞いてきた。
食べてしまったと、正直に答えると、大泣きしていた。ケーキ、ケーキと、廊下で大暴れ。お店のを買ってくるよう、メイドに頼もうとすると、昨日のじゃなきゃ嫌だと、ごちそうも寄越せと、駄々をこねる。だから、思わず、怒鳴っちゃった。ごめんね。
……でもね、アイネちゃん。ケーキに使った生クリーム、この日のために、二年半前から育てた牛の、搾りたてのお乳から、半日かけて作ったの。毎日、管理してエサを上げて、愛情を注いで。自然に妊娠するように、何匹も飼って。今日の搾乳は済んじゃったから、どれだけ急いでも、生クリームを作るだけで明日の午後までかかっちゃう。
バター用の牛も、別で育てたんだよ。バターを作るための塩だって、三年前から管理してる海の水を使って作ったの。卵も、数世代前から育ててたニワトリが産んだ、朝一番の、産みたての卵だったんだよ。牛とニワトリのエサもね、私が育てたの。
私は、料理が上手じゃなかったから、ケーキを失敗せず作れるようになるまでに、一年もかかっちゃった。今でもたまに失敗するから、明日、ちゃんと成功できる保証はないし。
お砂糖もね、一年前に植えた、収穫したてのサトウキビから、丸一日かけて作ったの。イチゴもね、アイネちゃんが生まれたときから品種改良を始めて、この世のどんなイチゴよりも、甘く、赤く、つやつやになるようにしたんだよ。
全部、農薬は使わずに育てたんだよ。寄りつく虫は、一匹一匹、退治して。天気や気温、水の管理も毎日して。
製菓の道具も自分で開発して。ふくらし粉の調合もして。ふくらし粉を作る材料も、純度の高い結晶の精製から始めて。
飴細工で、アイネちゃんの大好きな動物、たくさん作ってのせてあげたし。砂糖菓子とか、名前の入ったプレートとか、全部、手作りしたんだよ?
他のごちそうだって、アイネちゃんがこの日食べるためだけに、全部、皇帝の権限を駆使して用意した材料で作ったの。
――それを、あなたはいらないって言ったんだよ、アイネちゃん。分かってるかな?
まあ、そんなこともあろうかと、実はもう一つ、今朝、焼いたんだけどね。本当は、冷えるまでもう少しだけ、待ってほしかったけど。
だからね、もっと、味わって食べてもいいんだよ? あんな風に、顔から突っ込むみたいに食べるものじゃないんだから。でも、三段重ねの特大ケーキ、まさか一人で全部食べちゃうなんて、思わなかった。そんな小さな体のどこに収まったのか、教えてほしいくらい。
本当に、顔中、クリームだらけにしちゃって、もう。そのクリーム、指先でなぞるだけで、一体、いくつおやつが買えると思ってるの? ママが全部舐めてあげたいくらいに、本当に、もったいない。
イチゴも全部、食べちゃって。そのくせ、キラキラだー! とか、あまーい! とかしか言わないの。もっとこう、あるでしょ、ちゃんとした感想。
ケーキ、美味しい? って聞いたらね、うん、って笑って、すごく嬉しそうな顔してた。本当に分かってるのかなあ?
来年は、接ぎ木して育てた柿が育つから、他のフルーツと一緒に、カッティングしてあげる。ケーキは四段、重ねられるようにしておくね。
2091年2月14日
4歳のお誕生日、おめでとう、アイネちゃん。今年はロウソクを、一時間かかったけど、なんとか消せたね。私もちゃんと我慢しました。ロウソクが溶けちゃって、消えてるって気づかれないように新しいやつと交換するの、大変だったんだから。
でも、せっかく、柿で作った白鳥を、嫌いだってぐちゃぐちゃにするから、今年も、怒鳴っちゃった。ごめんね。
接ぎ木じゃないほうの柿も育ててるから、柿八年。八歳までに食べれるように、練習しようね。絶対だよ。
今年は四段のケーキを見たとき、すっごく、驚いてたね。わーすごーい! って、それだけだったけど。もっとこう、なんかあるでしょ。……まあ、まだ4歳だもんね。期待した私が悪い。
ケーキ、美味しい? って聞いたら、
甘くてふわふわで、雲を食べてるみたい!
赤くてキラキラで、宝石みたい! どこかに飾っておけないかな?
って答えてくれたから、色々、考えてくれたんだなあと思いました。成長を感じます。三十点、ってところかな。
2092年2月14日
アイネちゃん、5歳のお誕生日、おめでとう。ロウソク、上手に消せたね。五段のケーキもまた、ぺろっと平らげてたね。
今年は、ママが作ってくれたものならなんでも美味しいよ、という、魔法の言葉を覚えてたね。
私的には、その後の、――いつも食べるケーキよりもめちゃくちゃ美味しい! って言葉のほうが嬉しかったけど。
でも、飴細工でベトベトになった手で、部屋中触りたくるから、また怒っちゃった。本当にごめんね。
最近、アイネちゃんの顔を見ると、嫌でも、まなさんと彼のことを思い出して、つらくなるの。喜ぶ顔が、彼そっくりになってきて、泣きそうになる。
まなさんのことは、覚えてないよね。……彼とまなさんと、三人で、お祝いしてあげたかったな。ごめんね、アイネちゃん。
一緒にいるのがつらいの。ごめんね。本当に、ごめんね。許さなくていいから。ごめんね。
明日、あなたを人質として、教国に送ります。お友だちと、仲良くしてね。
2095年1月14日
アイネがうちにやってきた。三年ぶりに、帰ってきた。背もこんなに大きくなって。たくさん、話せるようになって。
誕生日のために育ててた柿、待ちきれなくて食べさせてあげたら、渋いって言って、すごい顔してた。まだ緑色だったもんね。
それでも、全部、食べてくれて、本当に、嬉しかった。ありがとう。たくさん作ったごちそう、全部、美味しいって、食べてくれて。嫌いなものもあったかもしれないのに。気を使ってくれたんだよね。すごく、いい子に育ってくれて、ありがとう。
なのに、子どもらしくない、かわいくない、って、怒っちゃった。
そしたら、アイネちゃん、泣きそうになりながら、せっかく気を使ったのにとか、全体的に多すぎるとか、ママの馬鹿とか、色々、怒ってたね。ごめんね、許して?
嫌いだからって、食べないのは、ダメだけど、文句も言わずになんでも食べるのも、それはそれで、なんだか、寂しくて。八つ当たりしちゃった。
三年もの間、アイネちゃんの成長を見られなかったこと。本当に、悔やんでも悔やみきれません。言い訳になっちゃうけど、私はあのとき、まだ、自分のことすら、よく分かってなかった。
アイネちゃんと会えないことが、こんなにもつらいなんて、知らなかった。アイネちゃんがどんな思いをするかなんて、考えられもしなかった。本当に、ごめんなさい。
ママもやっと、アイネちゃんのかわいい顔、ちゃんと見られるようになったよ。これからは、アイネちゃんのために、頑張るね。
――アイネ。本当に、心の底から、愛しています。
この日記は、あなたへの手紙。私に何かあったとき。いつか、すべてを知ることになったとき。
アイネは、きっと、何もかも、信じられなくなってると思う。
でもね。私はあなたのことが、こんなにも、大好き。ずっと、愛してる。他でもない、この私が愛してるんだから、他の人にだって、愛されるに決まってるでしょ?
だから、本当にあなたのことを、大切に想ってくれるみんなを、それ以上に大切にしてあげてね。
いつか、あなたが私と同じ、親になったとき。あなたが子どもを想う分だけ、私もあなたを想っているんだってことを、思い出して。
――いや、違うね。私のほうが絶対に、アイネちゃんのこと、大好きだもん。アイネちゃんに種から育てた柿なんて、作れっこないだろうし。私の勝ち。ぜーったいに、私のほうが、アイネちゃんのこと、愛してるんだから。
嘘だと思うなら、この日記に書いてあること全部、やってみせてよ。アイネちゃんの着る服だって、全部、化学繊維を作ったり、蚕を育てたりするところから始めてるしー? アイネちゃんの遊ぶ遊具だって、全部、設計したの私だしー? アイネちゃんが読む絵本だって、作ったんだから。ふふん。
私以上にアイネちゃんを大切に想ってくれる人なんて、いないんだよ! だから、絶対に、変な男にだけは引っかからないこと!
……でも、絶対に、パパみたいな男の子を好きになる気がする。そうなったときはもう、しょうがないから、潔く、後に死んであげてください。ママの娘に産まれちゃったんだから、そこは諦めて。って、八歳のアイネに言っても仕方ないけど。
それから、たまには、トレリアンにある、まなさんのお墓を訪ねてあげて。アイネちゃんもとても、とーっても、お世話になった人だから。
お供えもの? んー。美味しくないものがいいと思う。まなさん、そういうの大好きだから。
パパのお墓には、きれいなお花がいいかな。あの人、そういうの好きだったから。アイネちゃんも好きだよね。ほんと、そっくり。
次の誕生日こそは、怒らないように頑張るから、一緒にお祝いさせてね。八段のケーキを用意する準備はできてるから。次はチョコケーキにしようと思って――カカオ、栽培してあります。
産まれてきてくれて、ありがとう、アイネ。これからもずっと、よろしくね。
これをもって愛しい紙片は完結となります。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。副題なしの別作品の方もぜひお願いします。




