ああ、憎い
――目覚めると、そこは自分の匂いのする布団の中だった。ぼんやりとする意識の中で、直前の記憶が蘇ってくる。消えたいと、そう願ったはずだ。
なのに、どうしてまだ、ここにいるんだろう。
何度かまばたきをして、ぼんやりと天井を見上げる。間違いなく、私の部屋だ。
起き上がり、片手が重いことに気がつく。その手の先を見ると、クレイアが私の手を握ったまま、眠っているのが見えた。その頬には、涙の跡が見えて。
「また、助けてくれたの?」
やわらかい彼女の手の温度が、温かいというのが分かって、やっと、自分が生きているのだという実感を得た。
――直後、ぐちゃぐちゃな音がしていることに気がつく。色んな音が混ざったような音だ。音のする方には、案の定、ルクスがいて、遠くから私を見つめていた。
が、私と目が合うと、すぐに視線をそらして、つっと立ち上がり、わざわざ、窓から去ろうとする。
「そんなところにいないで、もっと近くに来なさいよ!」
クレイアは、起きない。起きると決めた時間まで、絶対に起きない。どれだけ私が大声を出そうとも。
ルクスは、肩をすぼめながらも、近づいてくる。悪いとでも思っているのかもしれない。おそらく、この部屋にいることを、誰にも知らせていないのだろう。特に、ギルデが許してくれなさそうだ。
私は、クレイアの手をギュッと握り、その手から、勇気をもらう。こうして、冷静になって顔を見ると、言いたいことが泡のように浮かんできた。
「――ああ、憎い」
私の声に、ルクスが肩を震わせる。
「本当は、ずっと、憎かったよ。ルクスのこと。クレイアさんが私をかばって死んだからって、ママを恨むのは違うでしょ。そのためにナーアを犠牲にしたのも、わけ分かんないし。そもそも、自分の母親が自殺したからって、なんで私まで殺されかけなきゃいけないのって感じだし」
「あなたが生まれたせいで、彼女と僕の母は死んだんですよ」
「知るかよ、そんなこと」
「そんなこと……!?」
「そんなこと、でしょ。私が勇者だったから、どっちかしか生きられなかったから、クレイアさんが自分で、勝手に、代わりに死んだんじゃん。なんで私、ルクスに殺されるほど恨まれなきゃいけないの?」
「そんな言い方……あんまりです!」
「は? ――ふざけんなッ!!」
今すぐにでも、その口を塞いで、様々な手段を用いて、心の芯に、分からせてやりたい。そんな衝動を、小さな手から伝わる熱で、冷ます。
「クレイアさんは、私を助けてくれたの! 悲しいときもつらいときも、ずっと側にいてくれた。色んなことを教えてくれた。たっくさんの愛を注いでくれた! そんなクレイアさんが、私を命がけで守ってくれた。今もこうして、救ってくれた――。そんな私を殺す権利が、ルクスにあるわけない!」
消えたいと願った私を。多くを犠牲にした私を。彼女の代わりに生き残った私を。
それでも、彼女は、選んでくれたから。
「私は、生きてていいんだ。生きてなきゃいけないんだ! だから、ルクスになんて殺されてあげないんだから!!」
何より。
「それに、私がいなくなったら、クレイアさんが泣く! クレイアさんだけじゃない、みんな、泣くよ! そんな可哀想なこと、私にはできない!」
「じゃあ僕はどうすればいいんですか! 母の死の責任を、誰に問えばいい!? 僕がこういう生き方しか選べなかったのは――」
「そんなの、私に言わないでよ! それに、お母さんがいないからって、ルクスは、私とナーアと三人で過ごしてたあの日々が、楽しくなかったって言うの!?」
「楽しかったッ!! ――とても、楽しかったですよ。本当に、純粋に、ただだだ、楽しかった……!!」
「じゃあ、それでいいじゃん!」
クレイアの手を離して立ち上がり、私は、泣き崩れるルクスを、強く抱きしめる。悲しいときや寂しいときに、ルクスが、私を慰めてくれたみたいに。
「ルクスが寂しくないように。私が、ずっと、傍にいてあげるから」
「許して、くれるんですか?」
「はあ? 許すわけないでしょうが。私、すっごく、悲しかったんだから。すっごく、つらかったんだから。本当に消えようかなって思ったんだからっ!」
「そう、ですよね」
「だから! 謝んなさいよ、この馬鹿!」
両肩をつかみ、ルクスの赤い瞳を、焦がすくらいに見つめる。
「本当に、すみませんでした……」
「なんで言われなきゃ謝れないのよ! しかも、謝って済むと思ってんの!? この馬鹿、人殺し!」
「そうですよね、その通りだ。……それじゃあ、どうすれば?」
「それくらい自分で考えなさいよ、この馬鹿!!」
ふんっ、とルクスに頭突きをする。ルクスは目を回していて、頭突した私も、おでこが痛かった。
「てか、クレイアさんは、いつまで寝たフリしてるのよ!」
「うぐっ、バレてた……」
「早くギルデに報告してきて!」
「はーい」
「それから! ――ありがとう。また助けてくれて」
「……私の方こそ、ありがと。アイネ」
その意味は分からなかったが、クレイアが笑ってくれて、よかった。
「目が、回ります……」
しかし、この男は。ずっと、側にいてあげる、と言ったのに。どうして、こういうときに限って、気づかないのだろうか。いつもは嫌になるくらい鋭いくせに。
「はああああぁぁぁ。私、知ーらないっ」
その後、私のベッドで眠っていたルクスは、ギルデに散々、干されたらしい。ざまあみろだ。




