初めまして
「初めまして、アイネちゃん。――僕は、君のお父さんだよ」
父を名乗る怪しいやつが現れた。――いやいや、これは、夢なんだった。夢なら、そういうことがあってもおかしくはない。のかも。これが、生きている世界なら。賢者でもあるルクスのお母さんの言い分はともかく。
「どう、初めて父親を見た感想は? ま、小さい頃は一緒に遊んだりしてたけど、覚えてないだろうし」
「感想、言っていい?」
「うん、どうぞ」
「――めっっっちゃイケメンなんだけど。今まで出会ったどの顔よりも好きなんだけど。ママが一目惚れしたのも納得。てか、声、ヤバ。めっさイケボじゃん。カッコよ。耳が幸せすぎて全身、鳥肌なんだけど。え、本当に私の父ですか?」
「ははっ、ほんとだよ。……まあ、マナは僕の顔、好きじゃないって言ってたけどねえ。声が好きとか、一度も言われたことないし」
そういえばと、昔から、ママとはまったく、センスが合わなかったことを思い出す。私がかわいいと言った花は、全部、凍らせて保存してしまうし。鼻唄をうたっているとすぐに、その歌は好きじゃないとか言ってくるし。動物たちと遊んでいたら、犬みたいだと笑われるし……だんだんむかついてきたから、やめよう。
「騙されちゃダメだよー。それ、あかりんじゃないから」
「やだなあ。どこからどう見ても本人じゃないですか」
「まあ、アイネっちに分かりやすく例えるなら、あかりんのコピーみたいなものだねん。本質は全然違うけど」
いや、なんでパパのコピーが存在してるのさ。ま、どっちが本当のこと話してるかも分からないし、面倒だし、ひとまず、おいておこう。
「それで、パパモドキは何しに来たの?」
「そりゃ、アイネちゃんを悪い姑から守りに来たんだよ」
「別に、悪い姑じゃーなーでしょん? 単に、真実を告げようとしてるだけなんだからさ」
パパのため息で、堂々巡りの会話が一旦、休止する。
「僕が言えれば、済むことなんですけどね」
いやに静かな部屋で、ルクスがぽつりと、呟いた。
「そだよん。ルクスが言えば、あたしはこれ以上、何も言わないし、すぐにこの夢からも返してあげる」
「え? ルクスが帰ろうと思えば帰れるんじゃないんですか?」
「帰れると思う? その小ささで」
見ると、ルクスは三歳児くらいの身長にまで縮んでいた。頬がぷっくりとして、赤みがかっており、声も声代わりする前の、懐かしい声になっていた。
しかし、れなの言い分から推測するに、このまま帰るとルクスの体は現実でも小さいままなのだろうか。それはそれでかわいいし、小さいルクスならお持ち帰りしたいところだが――あのしっとり低音ボイスが聞けなくなるのは、ひじょーに、困る。
「なんだかんだ言って、あたしのこと大好きだからねん、ルクスちゃんは。マザコンなんだよ、マザコン」
「え、いや、これは、ち、違っ……」
「ルクスは、お母さんとお父さんのこと、すっごく大切にしてるもんね。私もママのこと、大好きだから、一緒だね」
「――ちぇっ、つまんないないのん」
唇を尖らせる様は、まるで、子どものようだ。何がそんなに気に入らなかったのだろうか。
「それにね。別に、言いたくないことは無理に言わなくてもいいって、クレイアさんが言ってたし、私は、大丈夫だから」
「アイネ様……」
ママの最期に直接関わることだ。気になるに決まっている。だが、私の感情は、ルクスに真実を語るよう、強制していい理由にはならない。
どちらかが我慢しなくてはならないのなら、私は、譲る。
「ルクスは、本当のことを話したいんだよ。ただ、アイネっちが傷つくのが嫌なだけで」
「え? そうなの?」
体が縮んで、心まで幼くなっているからか、いつもよりも感情の変化が聞き取りやすい。間違いなく、図星だ。
「――そういうことなら、大丈夫だよ、ルクス。私、何を言われても、絶対に、大丈夫だから」
正直、何を言われても、という自信はない。
今まで打ち明けられてきた事実の、そのすべてが私の想像の及ばないもので、何度も、打ちのめされた。知れば知るほどに恐ろしくて、何度も、逃げ出したいと思った。
それでも、知りたいと思う気持ちには、一度も、勝てなかった。
「どうして、ルクスは、ママを過去に送ったの?」
「……うあぅっ!!」
ルクスは、深呼吸をすると、おもむろに、自分の手に噛みついた。だらだらと、血が流れている。
「ちょっ、何してるの!?」
「いえ。自分の覚悟を、確かめただけです」
小さな手から滴る血液が、口の端を濡らしていた。それをぺろりと舐めとると、ルクスは私から手を離し、小さな体で、彼の母親の前に立ちはだかる。
「僕の前に、お母さんから話してください。どうやって、僕の望む、理想の未来を手に入れたのか」
「ふーん……。ま、いいよん。話したげる」
彼女がくるっと、人差し指の先で虚空に円を描くと――周りのすべてが消え去った。床も壁も天井も、ソファも電気もお菓子も。すべてが。
「ほんとうのお話には、お互いの存在だけあればいいからねん。邪魔なものはいらない」
今は、私たちだけが、ここに、ある。
「簡単に言うと、犠牲にしたんだよ。アイネっちを」
「アイネ様を……」
「そ。アイネっちが死んでれば、まなちゃは死ななかった。簡単な話でしょぉ?」
――は?
「それは……」
ルクスが、静かに、気遣わしげに、私を振り返る。動揺で固まってしまいそうな体で、無理やり笑顔を作る。
私が、受け入れるって、決めたんだから。取り繕うくらい、ずっとやっている。難しいことじゃない。
「ありがとねー、アイネっち。まなちゃの代わりに死んでくれて」
まるで、おつかいにでも行ってきてくれてありがとう、くらいの軽さだった。この人にはロロと似たようなところがある。だが、ロロよりもいっそう、感情が希薄だ。
「――おい。うちのアイネちゃんに、何言ってるんだよ」
そのとき、コピーパパが、聞いているだけの私が身震いするくらい、暗い瞳と低い声で、彼女を責める。飄々としている彼女の内に、小さな怯えが聞こえた。
「だってぇ、事実だしぃ?」
「アイネちゃんが決めたことだから黙って聞いてたけどさ。いい加減にしろよ」
「おお、こっわあー」
茶化しながら肩を抱いたりしているが、それこそが、彼女が男を恐れ、畏怖していることの証明だった。
私を想って、こんな風に、本気で怒ってくれる人が私のパパだと思うと、それだけですごく、幸せな気持ちになった。怒ると怖そうだけど。
「それじゃ、ルクスちゃん。アイネっちに教えてあげちゃってい!」
ひょいと、母親に持ち上げられて、こちらに向き直されたルクスは、私の顔をじっと見つめる。
少しでも、変な素振りを見せたら、きっと、話すのを躊躇わせてしまうだろう。
――感情を、殺せ。
「……アイネ様が、今日まで生きてきたのは、マナ・クレイアのおかげなんです」
「うん。そうだね?」
そんなことは言われなくても知っている。私は、あの人に助けられて、ここまでやってこられたのだから。
「そうではなくて。――あなたは、一度、殺されかけているんですよ。まだ、生まれて間もない頃に」
また、知らない事実だった。
知らないほうがいい、事実だった。




