ココロプカの夢
「あ、えっと、初対面、かもですねえ。ははは」
クレイアはいぶかしむような様子で、私をじろじろ見てくる。最初に会ったとき、クレイアには一目でママの娘だとバレているため、ミニルクスで顔を隠す。
「……まあ、ルクスがなついてるくらいだし、多分、大丈夫ね」
「相変わらず、軽っ」
「それじゃあ、あたしは帰るわ」
「もっといてくれていーんだよ、まなちゃ?」
足早に去ろうとするクレイアに、ルクスの母が声をかける。
「――さ、行くわよ」
「無視!!」
「お邪魔しました、シニャックさん」
「ちょっ、シニャックにだけ!? あたしには? ねえ、まなちゃ、待っ……まなちゃあああ!」
それにしても、まなちゃ呼び、かわいいな。私も今度、呼んでみようかな。嫌がりそうだけど。
「そいでそいで? こりわ、おもしろーことになったねん?」
ふざけた調子で話す彼女だが、その根底からは、じっくりと、私たちを見定めるような気配がしている。
――まさか、賢者と呼ばれるだけあって、夢とはいえ、私たちのことに気づいているのだろうか。
「まさか、あのルクスが、こーんなかわいー彼女を連れてくる日が来るなんて! れなは、れなはもう、感動で、感動しまくって、胸が張り裂けそうだよん!」
「か、かのっ――!?」
「あんれえい? まだ違ったかぁー」
「なんでそこまで分かるんですかっ!」
間違いなく、彼女はルクスの母親だ。私をからかって楽しんでいるときの顔が、そっくりだから。
「ありがとねん、ルクス。いいもの見させてもらったようー」
そう言って、彼女は小さなルクスの頭を撫でる。知らないうちに、どんどん、小さくなっているような気がする。これはこれでかわいいけど――って、何考えてるの私。クレイアさんに性癖歪められすぎ。
「それにしても、好きな女の子の膝の上で緊張しすぎて赤面して声も出ないって、きゃはは、ウケるー!」
「わ、笑わないでください!」
発音がふにゃふにゃのルクスをよく見ると、耳が真っ赤になっていた。え、そうなの? かわよっ。
「れーな?」
「みぎゃっ」
ルクスの父親に名前を呼ばれると、母親はひしゃげたような声を出し、背筋をピンと伸ばした。
「ごめんね、うちのがやりたい放題で」
「いえいえ! お気になさらず!」
父親がまともそうな人で、よかった。
「――それじゃあ、僕は少し、席を外すよ」
と思った側から、クレイアに続き、ルクスの父親も退出してしまった。
「さてさて、ルクスちゃん。夢の中にあたしがいた場合、ルクスちゃんを夢に取り込ませたりはしないだろう、ってのは、気づいてたよねん?」
「……そうだったらいいな、とは」
やはり、賢者と呼ばれるだけのことはあって、こちらの事情には初めから気づいていたらしい。
「んー、かわいーね、ルクスちゃんは! お菓子食べる?」
「いらないです」
「んもう、釣れないなあ」
と言いつつ、自分がお菓子を食べていた。こういうマイペースなところは、クレイアに似ている、かもしれない。
「――でもまあ、こんな未来を望んだってことは、れなもシニャックもまなちゃも、そっちじゃ死んでるんだろうねぇ」
自然に、お菓子をつまみながら、そう言った。あまりにも自然で、何気ない日常のような会話で、聞き流してしまいそうになるくらいだった。
「……どうして」
「どうして分かるのか、なら、それはれなが賢者だから。どうしてそんなお気楽なのかって言われたら、これが現実じゃないって知ってるから。――それとも、どうして生きてるのか、どうやったら、あたしとシニャックとまなちゃが死なずに済んだのか、聞きたい?」
ポツリと、漏らすように問いかけたルクスの反応を聞くに、最後が正解なのだろう。そもそも、私はどうしてここに、クレイアの名前が入ってくるのかさえ、知らないが。
「あ、アイネちゃんも、そんな床じゃなくて、こっちのソファーに座りなよ! ルクスは抱いててもどっちでもいいけど、そのままだと潰れちゃうかもよん?」
強く抱きしめすぎていたことに気がつき、私はルクスを膝から下ろし、隣に座らせて、その小さな手を握る。
――本能が警鐘を鳴らしている。目の前の存在に、油断してはいけない。私は一度も名乗っていないし、ルクスも、私の名前を呼んでいない。それなのに、私の名前を一発で当てたということは、考えられる理由はただ一つ。――私が誰の子どもか、知っているからにほかならない。
なぜなら、私の名前は、父と母の名前からつけられたものだから。
「そもそも、アイネちゃん――アイネっちは、なんでルクスがアイネっちのママンを過去に飛ばしたか、知ってる?」
気さくな呼び方で、緊張を解こうとしているのが分かる。
「知りません」
「へー。ルクス、ひよってんねー」
「別に、僕がどうしようと勝手でしょう」
母親にからかわれて、ルクスはちょっとむっとする。いつもなら笑顔でしのいでいるが、子どもの姿だからか、不満がありありと顔に出ている。
「それもそだねー。じゃー、れなが説明してあげよーか」
「やめてください!」
「やめないよん。だって、あたしの勝手じゃん?」
ずいぶんと、自分勝手な人だ。――わりと、苦手かもしれない。
「あのねあのね、アイネっち。実は――」
「言わないでください」
私が声で遮ると、彼女は驚いた顔をした。
「私は、ルクスが話してくれるまで、待ちますから。それ以上は、聞きません」
「ありゃあ? お姫ちゃんとあかりんの子どもにしては、しっかりしてんだね。――でも。れなは言うよ。地の果てまで追いかけてでも、この事実は今、伝えなきゃいけない。あたしは今しかアイネっちに会えないし、今を逃したら、ルクスが自分で伝えられるわけないもん」
「そんな言い方、あんまりです。ルクスに謝ってください」
「何も知らないくせに、よくそんなことが言えたねん?」
それも、そうだ。確かに私は、ルクスのことを、知らない。昔から知っているけれど、何も知らない。彼女の言い分は、きっと、間違っていない。聞くべき、なのかもしれない。今、ここで。
どうしてルクスが、ママを過去に飛ばしたのか。
「ちょっと、うちのアイネちゃんをいじめないでもらえます?」
――その人は、虚空から現れたように見えた。肩まである琥珀髪をひとまとめにくくった、男だ。顔立ちは麗しく、見方によっては、女のようにも見える。その声は、どこか、懐かしいもののように感じられた。
そして、何より、瞳の色が、世界に類する者がいないくらい、真っ黒だった。
「……あるぇ、おかしいなぁ? この世界線だと、あかりんはもう死んでると思ったんだけどなー?」
「死んでたって、かわいい一人娘のピンチには駆けつけますよ」
「ふーん――ああ、そういうことね」
よく分からないやりとりが、目の前でなされている。ちらと、ルクスを見れば、彼も同じく、私の顔を見て、ふるふると首を振った。はうっ、かわよっ。
「嫌な姑になりましたね、れなさん?」
「そっちこそ、子煩悩丸出しで反吐が出そうなんだけど。あんたはそういうとこ、器用でいいよねぇ」
「ははは。僕の方こそ、あなたが羨ましいですよ。考えなしで、ただ突っ走ってるだけでいいんですから」
――とりあえず、めちゃくちゃ仲が悪いということだけは分かった。言い争いが白熱しすぎて、自然と、魔力まで纏い始めた。これは、よくない。
「はい、ストップストップー。喧嘩しない。お互い、謝ってください」
と仲裁に入る。私が触れれば、二人とも魔法が使えなくなるので、いざとなったら、そうしよう。
「え、れなが謝るの? あかりんに?」
「いや、僕、れなさんに謝るとか、絶対に無理なんだけど」
「はい、いきますよー。謝らなかったら、リアルのほうで、お墓ぐちゃぐちゃにしますからねー。さん、はい!」
「……スンマソン」
「……サーセン」
お墓ぐちゃぐちゃにされるのって、そんなに嫌なんだ。
「とにかく、一度、落ち着いてください。特に男! まず、名乗ってください」
「あー、僕ね。そっか、マナが全部、処分しちゃったから、アイネちゃん、写真も見たことないんだ」
と言いながら、男は私の前に膝をつき、私の顔を見上げる。その立ち振舞いは、まるで、私だけの騎士のようで。
「初めまして、アイネちゃん。――僕は、君のお父さんだよ」
それが、父の顔を初めて知った瞬間だった。




