表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/82

アイネ様!

 行きと同様、一人で城に帰り、こっそり自室に戻る。疲れているはずなのに、いや、疲れすぎているからか、まったく、眠くならなかった。


 ――時計の針が、時を刻む音だけが聞こえる。


 ママは、もう、いない。私のママは、もう、どこにもいない。どれだけ、私が立派になろうとも、どんなに悪いことをしていようとも。褒めてくれない。叱ってくれない。


 ママを捜して、世界中を駆け回った。


 ママに会いたくて、褒めてほしくて、皇帝を目指した。


 ママの帰りを、いつまでだって、待つつもりだった。


 ママの部屋は、まだ八年前のまま、残してある。いつ帰ってきてもいいように、毎日、掃除だけして。


 でも、ママはもう、帰ってこない。二度と、帰ってくることはない。


 パパのことを、たくさん話してくれるという約束も。次に帰ってきたときは、今度こそ、ずっと一緒にいてくれるという約束も。


 それらが果たされる日は、永遠に、来ない。


 八年間。ずっと、信じ続けてきた。何度も疑って、けれど、どうしても、信じたかったから、信じていた。いつかまた、会える日が来ることを。


 周りのすべてが、信じられなかった。信じていたものに裏切られるのが怖くて、何もかも、受け入れられなくなりそうだった。


 それでも、ママは、どこかで生きていてくれると。それだけは、信じていた。


 ――信じていたのに。


「ぅぁあああああああっ――!!!!」


 机の上のものを、雑に床へと払い落とす。


 本のつまった本棚を、殴りつけて倒す。


 頭を強く抱えて、うずくまる。


 なんで。なんで。なんで。


 私がいて、みんながいて、こんなにも、世界は平和になって。


 私は、今、こんなにも幸せで。みんな、こんなにも笑顔で。


 私は皇帝になって、ママはただ、そこに座っているだけでいいのに。


 ――なんで、ママだけが、ここにいられないの?


 一番頑張ったママが、なんで、ここにいないの?


 一番、幸せでいてほしかったのに。


 どうしてママは、あんなにも強かったママが、過去に戻って、たった一人で死んじゃったの?


「なんでッ――!!!!」


 どうしようもなく、腹が立った。


 怒りをぶつける先がなかった。


 本気でぶつけてしまったら、世界なんて簡単に壊せてしまいそうだった。


 真実を知りたいと願ったのは、私だった。


 いっそ、知らないままでいればよかった。


 傷つくだけと分かっていたのに。


 それでも、知りたかった。真実を。


 ――だから、どうしようもなかったのだ。


***


 クレイアと冬の間にと約束したのに。――現在。


「アイネ様! ヘントセレナが連日の豪雨の影響で大変な被害を被っております! いかがいたしましょう!」


「アイネ様! ヘントセレナでココロプカが大量発生したとのこと! それも、進化して海を泳ぐようになったとか! いかがいたしましょう!」


「アイネ様! ヘントセレナの民たちを不憫(ふびん)に思った本大陸の住人たちが、デモを起こしています! いかがいたしましょう!」


 とりあえず。ヘントセレナの王、つまり、クロスタが、いかに無能かということだけは、よーく分かった。


 ――余計な仕事増やすんじゃねえクソスタ!!


「てめえの国はてめえでなんとかしろって伝えといて」

「はっ、承知しました!」

「アイネ様――」


 この数日の間に、名前を呼ばれるのがすっかり、嫌になってしまった。もううんざりだ。うんざりすぎる。


「今度はヘントセレナがどうしたって?」

「いえ、ヘントセレナではなく……。タルカ様より、言伝(ことづて)を授かっております」

「何?」

「では、んん。――ルクスと仲直りしたなら、ぼくがスパイする必要なくないですか、陛下? あと、ルクスとやらを一発、殴らせていただきたく存じます――とのことです」

「あー……うん、無視でいいや」

「はっ、承知しました!」


 優しさなんて、あっという間に尽きた。なぜママがあんなにも笑顔でいられたのか、さっぱり、分からない。しかも、その上で、私とロロとも遊ぶとか、超人すぎる。


 あああああもう、嫌!!


「アイネ様――どちらへ?」

「はあ? 脱走するに決まってるでしょ? もう、嫌なの。うんざりなの。甘えてんじゃないわよ! 少しは自分で考えたら!? 魔法使えるんだから、たいていのことはどうにかできるでしょ!? 自分たちでどうにかしなさいよおっ!!」


 たった数日で、何も悪くない、宰相のロアーナにブチギレて、私はクレイアのテントへと向かった。


「まあ、三日持っただけ、たいしたものじゃない」

「たった三日でこれとか、ほんと、しんどすぎるんだけど……。ママ、よく何も言わずにできてたなって、ママの凄さを改めて実感した」

「マナと後継のギルデが国を甘やかしたせいで、アイネにしわ寄せが来てるのよ」

「そういうことだよね、うん。なんとなく悟ってた。これ、全部、ママのせいだなって。ママしか治められない国だなって」


 これでは、なんのために帝国内部に王国を配置しているのやら。特にクロスタ。なんであれで王様をやれてるのか、マジで分かんない。


「予想以上に甘ったれてたわ。これは、根本から改革しなきゃダメだ」

「頑張って」

他人事(ひとごと)だなあ……。でも嬉しい。しゅきぃ。がんばるー」

「はいはい」


 いつものように話しているうちに、私とクレイアは、セトラヒドナ周辺にたどり着く。イノノンは、どこにでも湧くモンスターだが、セトラヒドナの周辺はモンスターがうじゃうじゃいるため、狩りには最適だ。


「イノノンは、暑い時期は体毛がツンツンしてて危ないんだけど、寒くなると、フカフカになるの。防寒着なんかに使われてることもあるわ」

「なるほど、それで冬なんだ」

「そう。毛が生え変わらないうちにと思って」

「でも、ま、完全に皇帝の忙しさ、ナメてたよね。全部終わらせて、と思ってたんだけど、絶対に無理だなって」

「手を抜くのも仕事のうちよ。まあ、今は、ギルデも手伝ってくれるでしょうし、ある程度は大丈夫でしょ」

「ね! そうだよね!」


 もう、ヤケクソだ。知らない知らない。私だって、クレイアさんと青春したいんだからいいでしょ。え? 皇帝になりたいって言ったのは私ですけど? 何か?


 そして、私も、もう、十六になった。


「ねえ、クレイアさん。私って、感染してると思う?」


 その上、本来なら不要である、女王の要件まで満たすことになった。感染源があるというのなら、きっと、感染している。


「してるでしょうね。あたし、わけあって、マナから感染してる血液をもらったの。だから、感染源うんぬんは関係なく、どっちにしろ、あたしがうつしてる可能性が高いわね」

「クレイア菌もらえるの嬉しい」

「うわあ、あかりみたいなこと言い始めたわね……」


 クレイアさんがドン引きしている。でも、本心だもん。


「すぐには死なないから、大丈夫よ。じわりじわりと死んでくやつだから」

「でも死ぬよね」

「死なないように薬を作るんでしょ」

「でも治験とかされてないやつだよね。それとも、過去で試したりした?」

「いいえ。アイネを実験台にして、本命のマナを助けるつもりだけれど?」

「血も涙もないこと言い出したよこの人!」


 とはいえ、クレイアがそんなことをするはずがない。治験していなくとも、十分に安全ではあるのだろう。多分。


「だって、マナの作った通路だと、飛べる時間軸が確定してるでしょ? だから、アイネが十六になる前に色々準備しなきゃ、って考えてたら、あんまり時間なくて。あたしが戻ろうって決意したのがそもそも遅かったのもあるし。ひとまず――突貫工事で理論だけ構築して、思考実験した結果、最終的に過去で作ることにしたってわけ」

「いや、ただの間に合わせじゃん!? 急に不安! 不安なんだけどクレイアさん!」

「大丈夫。先に、あたしの腕に打つから。まあ、それで何かあったら――(いさぎよ)く、私と散って?」

「いい笑顔で言わないで!」

「あはは、アイネの反応は面白いわね。大丈夫よ、嘘だから」


 え、嘘なの? どこからどこまでが??


 ――なんて思っていると、目の前に、十本も足の生えた、全体的に動きの遅いイノシシ型モンスターが現れた。


「あ、イノノン発見! とりゃあっ!」


 クレイアは、イノノンの背中に飛び乗ると、片手に収まるような普通の石で、


「ていっ、ていていっ!」


 と、ぶっとい牙を叩き、ちまちまと削り始めた。


「いや、原始人なの!? 道具くらい用意しておきなさいよ!」

「昔、愛用してたナイフがあったんだけど、壊れちゃって。お金なんかも、こっちの世界に持ってくると大変なことになっちゃうから、何も用意できなかったの」

「でも、お金、稼いでたよね?」

「そんなの、全部、酒につぎ込んだわ。未来のお酒を味わいたくて」

「え、全部!?」


 まだ姫だったとき、地位を利用してクレイアの薬の値段を調べ、ざっと計算してみたが――そんなに簡単に使いきれるような額ではなかったはずだ。


「お札をドラム缶に敷き詰めて、お金風呂、なんていうのもやったわね。お酒でひたひたにしたかったけど、さすがにやめたわ。酔いそうだったから」

「うん、知ってたけど、馬鹿なの? てか、そもそも、クレイアさんって、お酒、のめるの?」

「のめるわよ、失礼ね。ちょっとのむとすぐに眠くなって、次の日吐くだけよ」

「それをのめないって言うのよ!!」


 この人は、一人でどうやって生きてきたのだろうか。本当に、心配になってしまう。まあ、そんなところがかわいいのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ