待ち合わせっ!
スクショしてある新幹線の時間を確認して、城を抜け出す。辺りはすっかり、真っ暗で、雪が降っていた。ひんやりと冷たい空気にさらされて、耳が千切れそうだ。
新幹線の到着よりも早く着いてあげないと、クレイアが凍え死んでしまう。ちゃんと、暖かい格好をしていっただろうか。
「アイネ、先に待っててくれたの? ありがと」
「ううん、今着いたところだから」
隙をついて、手を触られる。前みたいにドキドキはしないが、すべすべで、むにむにで、温かくて、ずっと触っていたい。
「ほら、冷たくなってるじゃない。結構、待ってたんじゃない?」
「まー、三時間くらい?」
「あたしが出てすぐじゃない。馬鹿なの?」
「馬鹿でもいいもーん。クレイアさん、大好きだから。らびゅ」
「はいはい。じゃあ、手を繋いでいきましょうか?」
「え、いいの!?」
「えっと、冗談のつもりだったんだけど……」
「大丈夫大丈夫。めっちゃ仲良しの姉妹にしか見えないって。ね?」
「――あんた、まあまとおんなじこと言うのね」
「そりゃ私、まあまの子どもですから」
久々に、クレイアさんとお出かけだあ。ふんふふん……。
「あ、そっちじゃないわよ」
「え?」
「先に、あっち」
クレイアの指差す先には、空があり、きれいな満月があった。
「え、月に行くの?」
「その下。よく見てみなさい」
――その下に、大きな亀が浮いていた。まさに、月とスッポンだ。
「さあ、問題です。あのモンスターの名前は?」
「チリパハ」
「正解。じゃ、サクッと、甲羅を採取しちゃいましょうか」
「クレイアさんが、ただ出かけるなんて、言うわけないですよねえ……!」
「じゃ、真下まで走って。よろしく」
「へい、ボス!」
私はクレイアを抱え、やりきれない気持ちを走って吹き飛ばした。
***
「でも、私たち、空飛べないじゃん。甲羅なんて、どうやって採取するの?」
「よくぞ、聞いてくれたわ。これを使うのよ」
そう言って、クレイアは背負っているリュックから何かを取り出そうとして――はっとした様子でしまった。
「あ、これ、見ちゃダメだったわ。アイネ、目、つぶってて」
「見ちゃダメって……まさか」
「そう。そのまさか。石蛇よ。アイネなら、あそこまで、目をつぶってても投げられるわよね?」
遠目に見たチリパハは、雲よりも上にいて、月よりも大きく見えた。そこまで、石蛇を飛ばして、石化して落とそうというのだ。
「直に見ると、チリパハを元に戻せなくなるから、鏡も一緒に投げて。いい感じに」
「なんて無茶ぶりっ。ま、余裕だけど」
「じゃあ、あたしは逃げるから。石蛇とチリパハを捕まえたら、そこで待ってて。石蛇は、このケースに入れてから、あたしのリュックに入れてくれればいいから」
利用されている。私の、クレイアさん、もうめっちゃしゅき、を利用されている……! でも、むしろそれがいいとか思ってる自分がいるのが、恐ろしい……!
「アイネ、頼りにしてるわよ」
「うん、任せて!」
反射的に返事を返して、私は肩を軽く回しながら目を閉じ、聴覚により視界を得る。
そして、真上に、石蛇と鏡を、投げた。
視界が利かずとも音を聞いていれば分かる。チリパハが落下を始めたのだ。そのまま落ちたら、チリパハが痛いだろうと思い、支える準備をする。
「ばっちこい!!」
先に落ちてきた石蛇と鏡をキャッチして小脇に抱え、迫るチリパハに向けて、構える。想像以上に大きく、その全貌は、視界に収まりきらない。巨躯の重心を音で聞き分け、どっしりと、受け止める。
衝撃を受け流した地面が、陥没した。衝撃波で、草原の植物がすべて横倒しになる。落下が完全に止まったのを確認してから、その巨体をそっと地面に下ろし、素早く石蛇をリュックにしまう。そして、目を開ける。
クレイアの音がする方を見ていると、豆粒に見えるくらい遠くにいたクレイアが、手を振りながらひょこひょこ走ってくるのが、やっと見えた。近くに来ると、先ほどの衝撃で舞い上がった落ち葉が、一枚、真っ白な頭に乗っているのが見えた。
「ありがとアイネ! すごかったわよ!」
「えへへ、照れるなあ」
さりげなく、頭上の落ち葉を取ってやる。まったく、手がかかるんだから。
「これもバイト代に入れておくわね。あと、何か食べたいものとかあれば奢るわよ」
「ほんと!? じゃあ、肉! 肉がいい!」
「分かったわ。今度、連れてってあげる」
よっしゃあっ。お肉食べるクレイアさん見られるとか、ほんと嬉しいんだけど。楽しみすぎるっ。
「さて。じゃあ、甲羅を少し、拝借して――」
それから、クレイアは甲羅の一部を削りとり、エリザクラエキスをかけ、チリパハと甲羅の石化を解く。
「悪いわね、いきなり落としたりして」
チリパハは、ほんとにな、とでも言いたげな様子で、すぐに空へ飛び立とうとする。
「さ、アイネ。乗るわよ」
「え、乗るの!?」
「ええ。チリパハの甲羅には、飛行石と同じ成分が含まれてるから、魔法が使えないあたしたちでも飛べるのよ」
――というわけで。私たちは、空飛ぶ亀に乗っていた。なぜ乗るのかとか、色々聞きたいことは、飛んでから教えてくれた。
「切り取った甲羅をつかんでると、重力と浮力の差で、ゆっくり落下できるの。浮くことはさすがにできないけれど、パラシュートみたいな感じで、高いところから落ちても大丈夫ってわけ」
「……ほう?」
「セトラヒドナは、ルクスが治めてるから、アイネが来たって知られると、色々面倒でしょ?」
「そう、だね。前もけっっっこう、入るまで待ってたかな」
「だから、侵入するのよ」
「侵入――。そそる響きですな」
クレイアは、簡易な釣り竿のようなものを取り出すと、その先に、生きたタニシをつけ始めた。
「何に使うの?」
「操縦よ」
クレイアは、チリパハの鼻先に釣り竿を垂らす。――すると、チリパハは、急にやる気を出し、速く走り始めた。
「速っ!? チリパハって、こんな速く走れるの!?」
「ええ。実は、走ると速いのよ」
びゅんびゅん空を飛び、あっという間に、セトラヒドナの上空付近にたどり着く。上から見ると、円形に建てられた壁が三つ、三重丸になっている。かつての城郭を上から見られる機会は、なかなかない。
「はい」と、クレイアに甲羅を手渡された。触って浮力を確認する。確かに、これなら浮けそうだ。てか、重っ。上に重っ。
「一番、内側の円の中に降りるのよ」
すると、クレイアは、みしっと、幼子のように私にしがみついてきた。
「……クレイアさん?」
「あ、あああ、あた、あたし、た、たたたっ、たか、高いところ、む、むりむりむりむりむり」
「あーはいはい、降りるよー」
クレイアを抱え、甲羅を片手でつかむと、静かに、高度が落ちていく。ちなみに、ここも、魔法による結界が張られており、私たち以外は通れない。
「た、たたた、たか、たかい、むり、しぬ」
「死なないってば。私がクレイアさんを落っことすわけないでしょ? ――クレイア家は、高いところが苦手なの?」
「……あたしぐらいじゃないかしら? あまり知らないけれど」
その辺りの事情が、すごく、すっごく、気になるのだが、
「あたしのことは全部、ギルデが持ってるマナの日記に書いてあるから、気になるなら読むといいわ。家族のこととかも、色々、書いてあるから」
「読んで、いいの?」
「なんでダメなの? あたし、アイネのことは、すっごく信頼してるわよ」
――嬉しい。すっごく、嬉しい。心がぽわあってする。
おおおっとっとおっ、嬉しすぎて、一瞬、手離しそうになっちゃった。言ったら怒られそうだし、黙っておこう。
「そういえば、ルクスから聞いたんだけど、アイネって、セトラヒドナの地理に詳しいの?」
「うん。たぶん、私より詳しい人はいないと思う」
「――ポツンと立ってる、お墓とか、見たことない?」
「お墓? うーん……あ。あったよ。すっごく広い場所に、一つだけ建てられてるんだけど、絶対に誰も寄りつかないの。しかも、子どもにしか見えないみたいで。大人たちが気味悪がって、近づかないようにって言ってた」
「それは、魔法で結界が張られてるのよ。子どもは魔法が効きづらいから、なんとか入れたんでしょうね」
「ああ、なるほど」
一体、誰のお墓なのだろう。パパのお墓は、ノア城の庭に建てられてるし。
「そこで、全部、話すわ」
小さい頃は、気にも留めなかったそのお墓。ほこりが被っていて、長年、誰も訪れた形跡がない。
その墓石には、こう刻まれていた。
二〇八七年一〇月五日、マナ・クレイア、ここに眠る――と。




